2話『今』
数時間後──
「ノアじゃん! 奢ってよ!」
故郷の親しみ深い酒屋で、俺が酒を飲んでいると、隣に少女がドッサリと遠慮なく座ってきた。
俺は露骨に嫌そうな顔を少女に向ける。
「奢らねぇよ。それより、就職は出来たのか? レナ」
そう、この少女レナは俺の親友である。
それも、就職出来ない組としての親友である。
それ以外は腐れ縁でしかない。
しかし、同じ就職出来ない組。
絆だけはある。
「う……ううっ……40ギルド目よ」
泣き目になりながら、レナは言う。
俺にはその気持ちが痛いほど分かった。
しかし、俺は安心し、嬉しくなった。
「はっはっはっ!! まだ就職出来てないのか!! 能力だけ高くても性格がそれじゃあ、無理だなぁ!」
俺は自分のことを棚に上げて、レナのことを笑った。
レナは俺と真逆で、才能の塊ではあるが、性格に難アリだった。
大勢の人の前に立つとテンパって何も喋れなくなるのだ。
それは面接において致命的だった。
「はい、自己紹介をお願いします」と言って、全く喋らず不動の少女を誰が採用するだろうか?
「ノアだって、どうせニートになるんでしょ? 分かってるんだからね」
レナの容赦ない一言にグバっと血を撒き散らす俺。
「に、ニートには絶対ならんぞ!」
俺は謎の抵抗をレナに見せる。
「正直な話。貴方……アイラさんとくっつけば玉の輿に乗れるよ? アイラさんは将来有望どころか、将来は世界一の人間になるんだよ? 金なんて降って湧いてくる。そんな人の夫なら、遊んで暮らせるよ?」
レナはゲスい笑みを浮かべながら、俺に話す。
アイラの夫……? それならば、ニート判定ではなく専業主夫ということになるのでは?
「いやいや! ダメだ! 俺はアイツに頼るわけにはいけない!」
俺は自分の頭をブンブンと振って、さっきまでの考えを打ち消す。
「いいなー、私がノアだったら、すぐにでもアイラさんにプロポーズして、結婚して、遊んで暮らすけどなー」
レナは羨ましそうに俺を見てくる。
「いや、プロポーズしてOK貰えるとは限らないだろ。爆死したらどうするんだ? 俺は立ち直れないぞ?」
俺がそう言うと、レナは大きな溜息を吐く。
「はぁ……馬鹿なんですか? 何の才能もなくて、何の取り柄もなくて、何の権力もなくて、何の魅力も無い。そんな貴方に、5年間も故郷を離れていたのに、会いに来たんですよ?」
レナはジト目で俺を見てくる。
確かに言ってしまえば、俺のためにアイラは帰ってきたのか。
そう考えると……。
「確かに……もしかして、プロポーズするなら今しかないのか?」
俺は恐る恐るレナに聞いてみる。
「今回を逃せば、一生ありませんよ。何のためにアイラさんが5年間故郷を離れたと思ってるんですか? そして、どうして今帰ってきたと思ってるんですか? 貴方にプロポーズの機会を与えるためでは?」
レナは真剣な表情で、そう回答した。
「そ、そうなの……か?」
正直、アイラは好きだ。
それもただ好きじゃなくて、恋愛感情だ。
プロポーズすべきなのか?
しかし、アイラには俺を超えるという、俺にとって矛盾した目標がある。
ううっ、どうすれば!!
「まぁ……私がアイラさんだったら、もっといい男見つけますけどね」
レナがボソッと呟いた。
「いや……本当にそれな」
笑えない事実に、俺は負い目を感じていた。
どうして、アイラが自分のことを大切に思ってくれてるのか、もはや自分でも分からない。
俺がアイラだったら、無能でカッコよくもなく魅力もなく権力もない男は、そこら辺の石ころと同じだろう。
もしかすると、今しかないのかもしれない。
アイラが俺のことを大きく意識している奇跡のような今しかない。
アイラが目移りをする前に。
アイラがいい男に出会ってしまう前に。
俺がプロポーズをするべきなのだろう。
☆☆☆
同刻。アイラ視点。
「ふふ……ふふっ……ふふふっ!」
アイラは枕に顔を埋めながら、不気味な笑い声を上げていた。
その可憐で澄んだ声からは想像できない程の気持ち悪さだった。
「やっと話せた……。ふふっ、カッコよかったよお……ノア」
バタバタと足をばたつかせて、アイラは呟く。
アイラの口からは、だらしなくヨダレが垂れており、目はトロンとふやけていた。
もうこの反応から分かる通り、アイラは重度の幼馴染コンプレックス……略してオサコンなのだ。
無論、ノアは全く知らない。
「それに……あの日のこと覚えてるって……えへっ……えへへへへへ」
アイラはノアの言ったことを何度も頭の中で回想しながら、笑い声をあげる。
これをノアや他の人達が見たら、気絶してしまうだろう。
それ程までに、今のアイラは崩れていた。
「えへっ……えへへへへ……私、ノアのために頑張ったんだからね……えへへへ」
アイラはニヤケ顔で目の前の紙を見る。
その紙には『推薦状』と記してあった。
「──これで、ノアも私と同じ……『学園生』だね」