1話『最強』
この世界で『最強』と言えば誰だろう?
俺からすると、最強に値するのは1人だけだ。
数万の軍勢を1人で相手し、千年に一度の逸材と呼ばれ、剣も魔法も全てが極まっている。
剣聖でありながら、偉大なる魔術師でもある。
そんなチートを体現したかのような存在。
俺の幼馴染のアイラという少女だった。
まだ年齢は18と、あまりにも若すぎる少女だった。
そして、そのスーパーハイパーチート女ことアイラにとっての『最強』は
──『俺』だった。
☆☆☆
俺は魔術師の才能も、剣の才能も、悉くに恵まれなかった。
いくら努力しても、並以下の成果だった。
魔術師を目指せば、初級魔術を使えるようになるために2ヶ月を要した。
一般的な人の初級魔術の習得期間は『1日』だ。
剣士を目指せば、普通に剣が重すぎて触れなかった。
子供でもブンブン振れるような剣が、全く持てなかったのである。
そして、俺は気づいた。
あれ? 俺、逆に天才なんじゃね? と。
何をやっても圧倒的に不出来。
逆をいえば、何をやっても圧倒的に不出来。
逆を言っても何も変わらないのはさておき、これは最早俺の才能と言っても過言ではないだろう。
そして、俺の隣には常にアイラがいた。
剣聖で偉大なる魔術師のアイラが。
俺のように逆に天才ではなく、真の天才が隣にいた。
そのため、俺はとんでもない劣等感を幼い頃から浴び続けていた。
俺が剣を一生懸命持ち上げているうちに、アイラは大人の騎士を倒している。
俺が初級魔術のやり方を本で学ぶうちに、アイラは新しい魔術を思ついている。
2人は大人達から比べられ、いつしか比べられることすら無くなった。
大人からの評価は『絶望的に才能がない少年』と『奇跡のような才能を持った少女』だった。
しかし、アイラは違った。
他の大人達は俺の事を絶望的に才能がないと評価していた。
いや、実際そうだ。俺は絶望的に才能がない。
しかし、アイラは俺のことを『自分を遥かに超える天才』だと勘違いしているらしく、何かと全てのことで俺をライバル視していた。
魔術も剣も知識も強さも技量も、アイラは全てにおいて、俺に劣っていると勘違いしていた。
無論、そんなことは全くない。
しかし、幼い頃の俺にとっては、それは嬉しい事だった。
容赦のない劣等感に晒され、大人達から冷たい目を向けられる俺にとっては、それは救いの手だった。
見事に俺は調子に乗った。
「ふっ、まだまだだな」とカッコつけて言ってみたり、「ふーん、もうここまで出来るのか」と達観してみたり……。
今思えば、死にたくなるような格好のつけ方をしていた。
そして、アイラも見事にそれを真に受けた。
俺がカッコつける度に、アイラは自分と俺との力量差を嘆いていた。
実際に俺の実力を見た訳でもないのに。
彼女は真剣に俺のことを強いと思っていた。
「待ちなさい! 私の最強の魔術が完成したわ! 貴方を倒すために5年を費やしたわ!」
そして、今。
俺の目の前に、1人の天才が立ちはだかっている。
剣聖となり、偉大なる魔術師となり、あらゆる才を天から与えられた少女。
金色の絹のような長い髪を揺らしながら、大きくキリッとした緑色の双眸を俺に向けて、彼女は言った。
「お、お、おかえり……アイラ」
5年ぶりの再会に、俺はどんな顔をしていいのか分からなくなる。
アイラは俺を倒すために修行すると言って、5年前に故郷を飛び出し、あらゆる場所で、あらゆる伝説を残して帰ってきた。
アイラが「私には絶対に勝ちたい人がいる」とか、「私なんかより、あの人の方が何倍も強い」とか、俺のことを示唆するようなことを、あちこちで言いまくったせいで、俺の存在は伝説化しつつあった。
『大天才アイラの師匠説』『生き別れの姉妹説(別れてない)』『古の大英雄説』『もはや魔王説』
色々な説が立てられるほど、それは憶測に憶測を呼んだ。
実際は無能で最弱の少年なのだが。
そして、アイラは最強の魔術とやらを完成させて、遂に帰ってきた。
もちろん、帰ってくると聞いた時は足がガタガタ震えた。
もう逃れることは出来ない。
アイラの目の前で裸で土下座するか?
それとも、ここから逃亡するか?
いや、どちらも同じだろう。
彼女は最早止まらない。
遠くへ逃げても探し当てられ、土下座で謝っても問答無用でぶっ放して来るであろう。
俺は首を括って、ここに立っている。
過去最大の敵と、俺は対峙している。
「さあ……受けてみなさい。私の最強の奥義……『火焔滅却神造兵器最大出力晴天霹靂大放出光源砲台百万東西古今全領域殲滅一斉掃射撃滅淘汰無双塵山斬月卍解霹靂一閃大円陣高射砲撃電撃暗黒斥力終焉龍神召喚滅雷』ッ!!!」
もうよく分からない魔術の名を叫びながら、アイラが杖に魔力を集める。
10メートル? 20メートル? それくらい大きな魔力の塊が浮かび上がる。
「──は? え?」
俺の目の前に圧倒的な大きさの魔力源が現れた。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!
な、な、な、何だこれは!? は!? 魔術って、こんな化け物みたいなこと出来るの!? 知らないんだけど!?
というか、これ当たったら俺多分死ぬよね!? ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい死にたくないっ!!
まだ童貞も卒業してないし、就職もしてないし、孫の顔も見れてない!!
「ま、ま、ま、ま、ま、待て……アイラ」
俺はガクガクと足を震わせながら、手を大きく上げる。
「何よ? 遺言は聞かないわよ」
アイラはキリッと俺を睨みつけると、そう言い捨てた。
「違う。その魔術……少し回路が間違っているぞ? 本当に5年間かけたのか?」
俺は渾身のハッタリをかましてみる。
無論、回路とか知らない。
というか、俺には目の前にただ物凄い大きさの塊が浮いてるだけにしか見えない。
「嘘っ!? 完璧なはず──あっ!」
すると、アイラがアワアワ慌てながら、何かを見つけて目を丸くする。
「ここにルーン魔術式を組み込めば……威力が上がって……あっ! ここにも式が入るから……」
アイラはブツブツと何かを呟きながら、考え込む。
もう既に、頭上の馬鹿でかい塊は消えていた。
「くっ……まだ私じゃ貴方の足元にも及ばないって訳ね。一瞬で回路の不完全性を見抜かれるなんて」
アイラは悔しそうな表情で俺に言った。
「お、おう……」と俺はやるせない気持ちを感じつつ返事をした。
「ふふっ、それでこそ……私のライバルね」
アイラは嬉しそうに笑った。
俺の心臓がドキッと跳ねる。
天下の美少女が俺の目の前で笑みを浮かべている。
それと同時にシャンプーのいい匂いが鼻をくすぐる。
正直言おう。
大天才で美少女で幼馴染で、俺がアイラのことを好きにならないわけがないだろう?
俺はアイラのことが好きだ。
それ故に、俺は意地を張って、嘘をついてしまっている。
本当は俺が弱いことを隠してしまっている。
俺の弱さを彼女に知って欲しくないから。
「あの時の約束……まだ覚えてるわよね?」
すると、アイラは俺の目を覗き込むように聞く。
あの日の約束……? お、おお? おおお? おおおお!?
何それ?? ヤバい! 覚えてない……!
しかしッ!!
「む、無論だ。覚えている。あれは大切な約束だからな」
俺は胸を張って答える。
心はビクビク怯えてるけど。
「何だったか教えてくれる?」とか聞かれたらゲームオーバーだからな。
「ならいいわ。私も貴方に追いつくように努力するから……。待っててね。ノア」
初めてアイラのキリッとした目が蕩けた。
アイラはあどけない笑みを俺に見せてくれた。
「あ、ああ……」
全く何のことか分からない俺は、ただ返事をすることしか出来なかった。
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