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「新国王、万歳!!」



 5年後、王子は父から王位を引き継ぎ、国王となった。

 国民は慶事に歓声をあげ、新国王の誕生を祝福する。

 その当の本人である王子、改め王は執務室で、国民録を開いたり閉じたりするのを繰り返していた。


 何も成していないから、などと理由をつけたけれど、王はただ怖かった。生まれかわったモリーナに何もかも忘れ去られ、見知らぬ他人のように扱われるのが。

 それに、『普通の生活』を望んだモリーナを、そっとしてやりたい気持ちもあった。



 少しでもその姿を見たい気持ちと、やめた方がよいという気持ちがせめぎあい、頭の中がぐるぐるとする。

 そんな中で立ち上がったのが、地方の輝石視察計画だった。


 聖女の祈りの力を発揮させる輝石。

 その輝石の研究は進んでいるが、首都にある祈りの塔の輝石はまだしも、塔の輝石と連動しているという地方に存在する輝石は、見たことがない。

 聖女解放案を議会に提出するにあたって、地方の視察を兼ねて、普段は地方領主に管理を任せている輝石を見に行くのはどうだという話があがり、輝石視察が決定した。

 くしくもモリーナが住む地方は、輝石がある領地に程近い場所にある。

 一目見るだけなら良いのではないかと、王はモリーナに会いに行くことを決めた。



 王が馬を走らせ、山の開けた場所から山裾やますそにある集落を見下ろしていれば、王に追い付いた近衛騎士団長が、王に苦言を呈した。



「陛下!先に行くのはお止めください。陛下が先にいかれては、警備ができません。何のための我々、近衛騎士ですか!」


「ああ、すまぬ。」



 気持ちがはやり、騎士を置いて馬を飛ばしたことを謝罪したが、騎士団長は納得していない様子だった。



「確か、先日巡視した村を訪れたときも、同じようなことをされましたね。」


「……もう、しない。」


「ところで各地の村で村人全員を集めさせたのにはどのような理由が?」


「…………。」



 王はわざとらしく目をそらしたが、騎士団長からの刺すような視線に耐えられず、仕方なく説明した。騎士団長は歳もかなり上で、王子時代から護衛として世話になっている存在なので、昔から知られている分、反抗がしづらい。



「理由は言えない。ただ、探している人物がいる。」


「首都から出たことがない陛下が探している人物が、このような地方の村に?」



 はるか下に見える集落を、騎士団長が指差す。



「そうだ。」


「その人物を見つけたら、どうするおつもりで?」


「………………。」



 モリーナに記憶がないのなら、今のモリーナの生活を変えるつもりも邪魔する気もない。

 ただその存在を知れれば、それで充分だ。



 それ以上は話すつもりもなく、王は騎士団長から視線をそらし、馬の向きを変えた。騎士団長はため息をつくと、王に話す気がないならとそれ以上は聞くほど野暮ではないので、追及しなかった。



 今日訪れた村は、小さな教会のある農村だった。訪れたときはちょうど稲の刈り入れ中だったのか、遠くの田畑に人が点在しているのが見える。

 多数の騎士達に村人達がおののき、右往左往しているかと思えば、事態に気づいた村長とその妻らしき者が慌てた様子で王のもとにかけつけた。

 騎士団長はちらりと王に視線をやると、王の代わりに言葉を発した。



「我々は、各村を視察している。村民をすべてどこかに集めさせよ。」


「はい!では、村の広場に!」



 村長は緊張をはらんだ声で答えると、広場に王達を案内した上で、村民を集めるために駆けずり回った。

 村民が広場に集まり、村長共々平伏すると、王は皆の前に進み出た。



「私には、探している者がいる。全員、顔をあげよ。」



 王の言葉に、恐る恐るといった様子で徐々に村民が顔をあげていく。村民全員が顔をあげると、王は今一度、目を閉じて深く息をした。モリーナが見つからなければそれまでだった。



 集まった子どもを含めて50名ほどの村人の顔を、順繰りに確認していく。

 違う、違う、違う。

 心の中で呟きながら確認していくが、半数ほど見たあたりで、若干諦めかけていた時だった。



 年の頃合いが10歳くらいの、日に焼けて少し浅黒い肌の娘を見た瞬間、なんとも言えない不思議なモノを感じた。見た目も瞳も髪の色も、聖女モリーナとは似ても似つかない姿。

 けれど目と目があった瞬間、目の前にいるのがあのモリーナだと確信した。

 動悸が激しくなり、息が浅くなる。なんとか声を出しそうになるのを堪え、何も気づかなかったふりをした。他の村民の前で話しかけては、迷惑になると考えたからだ。


 素知らぬ振りで全員の顔を確認すると、村民全員を解放した。

 村長が、家で王を歓待するとのことで招待を受けたが、気が気でなかった。粗末だけれど座り心地の良い椅子を勧められて座ったものの、そわそわと落ち着かない。


 不意に村長の家から外を見れば、窓の外をモリーナと確信した娘が通るのが見えた。途端、我慢ならないと、王は立ち上がった。



「悪いが、少し村を見学させてもらう。あ、付き添いはいらぬ。」



 慌てて村長の家を飛び出ると、その姿を見て騎士団長は盛大なため息をつき、室内にいた他の騎士に目で合図する。合図された騎士は敬礼し、後を追うように家から出ていった。



 王は最初は、話しかけるつもりは毛頭なかった。

 ただ見ているだけのつもりだった。

 けれどモリーナが危なっかしく木桶を扱い、よろけた姿を見たらつい身体が動いていた。



「危ないぞ、モリーナ。」



 声をかけた途端、モリーナが持っていたはずの木桶が宙を舞い、バシャンという音と共に水が跳ねた。

 驚いたように振り向いたモリーナは、慌てて王の方を向いて跪く。その姿は、かつてのモリーナを思わせた。そこで改めて確信した。目の前にいるのは、元聖女のモリーナだと。



「顔をあげよ、モリーナ。占術のできる聖女に、そなたのことを占わせた。遠い山村にてそなたが生まれ変わると言われ、待っていた。」



 占術をした聖女は、6という数字を伝えただけだ。けれどモリーナを篭絡する為に、王は嘘をついた。


「ひ……人違いです。名前こそ、モリーナと申しますが、陛下の探している者とは違いましょう。」


「いや、そなたは元聖女のモリーナだ。モリーナ以外、身分が上の者の出迎え方を、平伏以外知らんようだからな。」



 ここまで来たら、もう逃がすつもりもない。

 王はモリーナの脇に手を添えると、ぐっと抱えた。小さな王子時代には、モリーナをこうして抱えることができるとは、夢にも思わなかった。

 モリーナから非難めいた声があがったが、王は抱きかかえたまま逃がさなかった。



「あの場では目立ちたくなかろうと、話しかけるのをやめてやっただけ感謝しろ。そなたに、祈りの塔からよりも、モリーナの丘からの景色よりも素晴らしい景色を見せてやろう。」



 王の言葉に、モリーナの固くしていた身体の力が抜け、表情が緩むのがわかった。

王子編はこれにて終了となります。ありがとうございました。



モリーナ編の続編を開始しました。

よろしくお願いいたします

→生まれ変わった聖女は、聖女の救済を模索する

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