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 王子はそのまま踵を返して去ろうとしたが、また立ち止まると教皇の方に視線をやった。

 モリーナとした別の約束を思い出したからだ。



「教皇、モリーナの遺骸はこのあとどうなる。」


「国営の共同墓地に。」



 聖女が亡くなったことは秘する為、ひっそりといずれかの墓地に埋葬するのが決まりであった。

 その言葉から王子はしばらく考えていたが、ある場所が思いつき、他人に聞こえぬように教皇を部屋の隅に連れてき、口を開いた。



「国の外れに小高い丘がある。そこにモリーナを埋葬することはできぬか。約束をしたのだ。美しい夕日が見れる丘に連れていくと。一度馬で遠乗りしたとき、そこで見た夕日が綺麗だった。」


「ですが王子、一人だけそこに埋葬するのは…。」



 王子の言葉に教皇が渋い顔をするが、王子は引き下がらなかった。



「ならば、これからの聖女はその丘に埋葬すればよい。国の守りとして一生を過ごした者を、死してなお丁重に扱わずしてどうするのだ。」


「ですが、王子。」



 王子の言葉はただのエゴ。今までの慣例を覆すことになる。それはわかっていたが、モリーナとの約束だけは果たしたかった。

 王子が懇願するように教皇の瞳を真っ直ぐ見つめると、教皇は大きく息を吐いて折れた。



「その丘に、これまでの聖女を祀る慰霊碑を建てましょう。そうすれば、今までの聖女への面目も立ちましょう。」


「教皇!礼を言う。」



 王子が教皇の手を両手で包んで握りしめると、教皇は苦笑した。



「その丘の名はなんという名前に……?」



 教皇が問うと、王子は当然といった顔で真面目に答えた。



「モリーナの丘だ。」



 教皇は、その答えにくっくっくと小さく笑った。

 その後、モリーナは王子の言う丘に埋葬され、その丘に聖女を祀る慰霊碑が建立された。




 王子は数日後、先触れとして事前に出しておいた手紙の答えを聞くため、先日会った聖女のいる祈りの塔を訪れた。

 聖女は王子より先に応接室で待っており、王子に気づくと跪いた。



「おはようございます。王子様の来訪を心より歓迎いたします。」


「前口上はよい。占術の結果は?」



 王子は聖女が顔をあげるやいなや、聖女が先ほどまで座っていたソファーの対面に座った。

 頼んでいたのは勿論、モリーナのことだった。


 モリーナが言っていた『聖女は生まれ変わる』という言葉。

 自分は元聖女だった、なんていう輩は聞いたことがないし、いたとしても馬鹿にされて笑い者にされるだろう。たとえ経典に書いてあったとしても、それくらい眉唾の話だ。

 けれど、なぜかモリーナのその言葉が、本に挟んだ栞のように脳裏ににひっかかるのも事実だった。


 バカだと思われようがかまわない。

 王子は目の前の聖女に手紙を出した。


『聖女モリーナは生まれ変わるのか。』


 王子は足を組み、組んだ足の上に手を添え、聖女の言葉を待った。



「先日、王子様に問われた件を占わせていただきました。」


「それで、どうなった。」



 王子が身を乗り出すと、聖女は続けた。



「6という数字がでました。それが6ヶ月後なのか6年後なのかは定かではありません。ですが……。」


「その数字にまつわる時期に、モリーナが生まれ変わる可能性がある……と?」


「はい。ですが、それはあくまで占いで予言ではなく……。」



 聖女は自分の占い結果に迷いがあるのか、最後の言葉を濁した。占いがたがえたとしても、無論、王子は聖女を罰するつもりはなかった。ただなぜかその時は、その占いが当たるような予感めいたものが、胸の奥にあった。



 それから、11年の年月が流れた。

 王子は父である王から、仕事を引き継ぐためにある程度の責務を譲渡されていた。その傍ら、聖女解放の為にも動いていて、休む暇もない。

 そんな最中、臣下からもたらされる婚姻の釣書に辟易していた。

 王子が書類に目を通していると、その執務室に教皇が訪ねてきた。



「王子、少しお話が。」


「見合いの話ならいらん。」



 教皇に視線ひとつやらず書類に目を通していると、聞こえたのは小さく笑う教皇の声。



「なんだ薄気味悪い。」



 王子が怪訝そうな視線を教皇に投げ掛ければ、教皇はわざと見せびらかすように胸元に一冊の書籍を持っていた。『国民録』と書かれたそれを、王子の方に差し出す。



「国民録には、国のある程度の生まれた地域しか載せられていません。ですが、ある北の地方に1人の娘が登録されたそうで。」


「何が言いたい?」



 仕事が忙しく、教皇に邪魔されたくないので、若干邪険にしていたところはあった。教皇を睨むと、逆に教皇は笑顔を浮かべた。



「先日、国民録にモリーナという娘が登録されました。」



 王子は危うくインク壺を倒しそうになった。



「それがなんだというのだ。」


「聖女に占術を頼んでいたのでは?」


「教皇!!」



 教皇の言葉に胸を突かれ、王子は声を荒らげた。



「そなた、何を聞いた。」


「王子が、モリーナのことを占ってもらっていたと。」



 王子は内密に事を運んだつもりであったが、聖女に届く手紙はたとえ王室からであろうと中身を精査されているのを、王子は知らなかった。

 教皇にばれていたと知り、王子が顔にはださねど耳を赤くすると、教皇は楽しそうに告げた。



「ちょうど、6年前に生まれて5歳で登録したならば、数字としては合いますな。」


「確かにそうだな!」



 占いの結果まで教皇に知れているとわかり、王子はやけになって叫ぶように返したが、ふと冷静になって声のトーンを落とした。



「だが、そのモリーナという娘が、元聖女のモリーナとは限らん。」


「そうですが……会いに行かれますか?」



 王子は教皇の提案に首を左右に振った。



「私はまだ何も成していない。国の防衛に関しても、他の国に使者を送り、どのように魔物対策をしているのか伺いをたてているだけの段階だ。そんな私が胸を張って会いに行けるわけがない。」


「左様ですか。」



 王子の言葉に教皇は引き下がると、国民録を机の上に置いた。



「よろしければ、ご確認を。」



 教皇は礼をすると、王子の執務室から出ていった。

 王子は何とはなしに国民録のページをパラパラと捲る。その1つのページに栞がはさまれており、そこにモリーナの名が記載されていた。

 王子はその名の記述を、そっと指先でなぞった。


次回、最終回となります。

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