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残りの日数が過ぎ去り、とうとう王子が祈りの塔から出る日がやってきた。
城から護衛の為の兵士、王子付きの側近、そして教皇が王子を迎えに訪れた。
教皇が城に報告はしていたが、側近は3ヶ月ぶりに見た王子が随分と大人な顔つきに変わったことに驚いた。子どもの成長は早いというが、まだまだ野山を駆け回る子鹿のようだった王子が応接室で静かに迎えを待っている姿を目にした時、その確かな成長を感じた。
王子が立ち上がると、その傍についていた聖女は、跪いて王宮から来た者達を迎えた。
王子は聖女の方に向き直ると、笑顔で礼をのべた。
「世話になった。感謝する。」
王子が心からの気持ちで伝えると、
「こちらこそ、楽しいひとときをありがとうございました。」
モリーナは笑顔で王子の言葉を受け取った。王子は1つ大きな息を吸うと、モリーナに抱きついた。
「そなたは、姉のようで、母のようで、あたたかな存在であった。そなたがここを出るときには、美しい夕日が見える丘に、そなたをつれていくことを約束する。」
それは王子にとって、モリーナへの、そしてすべての聖女にたいしての誓願であり、切望であった。
『必ず聖女を解放する。』という誓い。
ただモリーナにとっては叶わぬ夢のような話であり、小さな子どもの口約束だと本気にしていなかった。
相手は国を背負う王になる者であり、身分に大きな違いがある。これまでのように付き合うことはできないと線引きをする為に、王子の今後の幸福を願って抱き締め返した後、失礼の無いように王子の手を己から離した。
そのまま頭を下げると、告げた。
「この国の安寧が、恒久であることを願います。」
モリーナは聖女として、この国の守りとして生きることを誓い、王子が国のトップとしての地位を継いだ時の、統治の安寧を願った。
「約束する。よい王になる。」
王子はまだ先の見えない不安を心に秘めながらも、その不安を払うために無理に微笑んだ。
王子は城に戻ると、塔の側仕えに書かせたメモを側近に渡した。
「聖女についてわかるものを、城の書庫にいる司書にすべて探させろ。このメモにある物以外だ。あと、祈りの塔の輝石を研究している者と、内密に会いたい。」
自分が知らないことはまだまだ多く、途方もないことだと思ったが、王子は誓った以上、覚悟を決めていた。またその覚悟の証しとして、自分に枷をつけた。
ケジメとして、聖女の解放の為の話が少しでも進まない限りは、モリーナに会いに行くのをやめることに決めた。いつでも会いに行けるのだから、今度会うときは、モリーナが自由に外に出られるようになったときにしたい。
そう決めたことを後悔したのは、モリーナと会わなくなってから、4年後のことだった。
側近に聖女解放の為に動いていることを告げて協力を求めたが、最初は無理だと一笑に付された。
けれど王子は諦めなかった。
まだまだ聖女はもとより輝石についても謎が多く、なぜ聖女と定められた者の外見年齢が止まるのかもわかっていない。
輝石がその要因とも思われたが、国の宝のゆえに研究が止まっていたので、王子の働きかけでやっと輝石についての研究が進みだした矢先だった。
「モリーナが病に倒れました。」
教皇の報告を聞き、王子は慌てた。
「モリーナの容態は?!」
「現在、医師を派遣して治療をほどこしております。医師の話では流行り病の症状と似ているとのことで、面会を制限しているそうです。」
つまり、モリーナの様子伺いに顔を見に行くこともできないということだ。
王子はなぜ早く会いに行かなかったのかを悔やんだ。
「治る見込みはあるのか?モリーナの側仕えに同様の症状がでている者は?モリーナが流行り病に感染したということは、その病を持ち込んだ者がいるということであろう?」
王子が教皇に掴みかかる勢いで問いただせば、教皇はそれを制した。
「まだ調べているところです。」
王子は自分がなにもできないことが歯がゆく、唇を噛んだ。王子は国を動かす立場にあたり、モリーナのことだけを気にかけているわけにはいかない。王子は自分の心を殺すと、公人の立場として口を開いた。
「国の中枢に近いところで流行り病に感染した者がでたのは一大事だ。国民に感染した者がいないか、病院から流行り病についての報告がないか調べる必要がある。祈りの塔への人の出入りを制限させよ。他の聖女にも感染させてはいけない。」
まだ聖女なしの国防の方法も定まっていない。だからこそ、聖女全員を共倒れにさせるわけにはいかない。
この場に及んでも、まだ聖女を頼らねば国を守れない己の未熟さを恨むしかなかった。
「陛下も同様のことを仰っていました。私は王子にモリーナのことを、とりいそぎ報告に上がっただけです。」
「そうか、礼を言う。」
王子は苦しげに息を吐くと、モリーナの無事を祈った。だが、その願いは叶うことはなかった。