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聖女の制度は、1000年以上続いてきたもの。それを変えるには、国の根幹を変えるしかない。
自分以外にもその制度を変えたいと思った者はいたに違いないと王子は思ったが、その制度が変じることなく脈々と受け継がれている事から、それが途方もない事なのは想像ができた。
もしかしたら1000年前の王も、自分の出来なかったことを誰かに託したくて、王の導き手という制度を考えたのでは、と思った。
「聖女を解放するためには、どうしたらいい。」
王子の目の前の相手は、聖女を統括し選別する立場である国教会の最高位、教皇。聞く相手を間違えているとも思えたが、国の中で目の前の人物以上に聖女を知っている者などいない。
それに、王子がした会話の流れから、聖女の立場を変えたいという意思は悟っているだろうに、教皇は否定せずに王子の言葉を傾聴した。そこに王子は活路を見いだし、聞くしかないと思った。
王子が教皇の目を真っ直ぐ見る。教皇は王子の言葉に反対するでもなく、ただ淡々と答えた。
「ここは、祈りの塔です。教会や聖女のことを知るための資料は、書庫にたくさんあります。また、国の歴史書も保管されています。まずは、知ることから始めてみたらいかがでしょうか。」
教皇の口から、明確な答えはでなかった。ただそれは当たり前とも言えた。聖女制度を決めて施行したのはかつての王。それを止めるための考えを持つということは、王に対する背信行為ととられる懸念がある。たとえ質問した相手が、その王に連なる血族の王子だとしても。それでも、考えを見いだすヒントを出してくれただけありがたい。
「そうだな。そうしてみる。」
祈りの塔を出るまであと2ヶ月。たった2ヶ月では、1000年以上続く制度を変える考えなど思い付くとも思えない。王子は先が見えぬ憂いに、深くため息をついた。
それからの2ヶ月は、長くもあり短くもあった。
難しい古語で書かれた資料は、モリーナに解読の仕方を聞きながら読み込むので、理解するのに時間がかかった。
わかったことは、いくつかある。
この国では、子どもが5歳になったとき、各地域にある教会にて洗礼を受け、国民録に国民として記載されること。
その際、洗礼の儀式として男女平等に聖女の選別の輝石を握らせ、輝石を輝かせた者は、聖女候補として聖女録に記載されること。
女子の方が強く光らせることが多く、男子が光らせた場合は、後に教会関係者として雇われることが多いこと。
なぜ特定の者だけが輝石を輝かせることが出来るのかは、研究中なこと。
輝石についての記録も知りたかったが、あいにくそれについての資料は少なく、祈りの塔を出てから調べるしかなかった。他にも歴史書の巻が抜けているものがあったりした。
「モリーナ、この間の巻はなぜないのだ。」
「あら、本当ですね。」
モリーナは気づきもしていなかったようで、首を傾げた。他の側仕えも理由がわからないのか、顔を合わせれば首を左右に振る。
「まぁ、よい。城に帰ってから調べることにする。」
今まで教育係の指導は受けてきたが、いつもどこか受動的であったことは否めない。ここまで主導的に勉強をしてこなかったことを、王子は恥じた。
側仕えには、後で勉強する為に、巻の抜けた歴史書を記録させた。そのついでに、祈りの塔にある書物はどのようなものがあるのかわかる資料も、作らせた。後で何を調べていないかを確認するためだ。
「王子様、ゆっくりおやすみください。」
あまりに根を詰めすぎて、王子はとうとう倒れた。王子は毎日、時間があれば書庫に通い詰め、夜は月が中天に差し掛かるまで資料を読み込んでいた。幼い身に無理がかかったのだ。王子はモリーナに、無理やり寝床に寝かされた。
「嫌だ、時間がないのだ!」
「時間とは、何の時間ですか?」
モリーナの質問に、王子は口ごもった。王子のしようとしていることは、今はできると断言できない、途方もないことだ。無駄に期待を与えて、できないと分かったときに、気落ちさせたくない。
王子は無理にでも起きようと、肩を押さえるモリーナから逃れようと身をよじった。けれど身体は重く鉛のようで、頭は熱く、背筋は寒くてままならない。
「早くしないと、モリーナが……。」
その先は言葉が真実味をもってしまいそうで、言いたくなかった。刻一刻と、祖母の享年に近づくモリーナを思う。早く自由の身にしてやりたいのにままならない。
「私はここにいます。ゆっくり、おやすみください。」
王子が何を思い、何を考えているかなど、モリーナにはわからなかった。ただ、自分のことを慮って、憂いているのだけは察していた。今、モリーナに出来ることは、ただ傍にいてあげることだけ。
王族も輝石を握る儀式をしますが、もし輝石が光った場合、婚姻で国外に出ることはできません。