恋にならない恋でした。
―恋にならない恋でした― COLOR green
揺れる電車の中、もたれかかるとそっと座る位置をずらして肩に頭が乗るようにしてくれる。華奢だと思っていた彼の体は意外としっかりしたものだったらしく、受け止めてくれる安心感があった。
車両の端の座席。終電も近いせいか、各駅停車の中は日中より人も多い。お酒の臭いがするサラリーマンとの間にそっと体を滑り込ませて壁を作ってくれた彼がいつも着ているカーキ色のモッズコートは、すこし甘い香りがした。香水をつけるひとだとは思っていなかったけれど、移り香だろうか。女性的な香りにも思え、なんとなく私の知らない彼を想像させて少しだけもやっとした。
「寝れそう?いつでも寝てくれていいからな」
「大丈夫、ありがと」
同じ学科で同じ同好会に入っている私たちは、授業も放課後も一緒に過ごすことが多かった。好きな本を薦めあったり、授業のノートを見せてもらったり。中国語の先生の授業の真似して笑いあったり。
くだらない話で一日の大半を共に過ごすのに、何が大切か、どこまでは踏み込んでもいいのか、そういった距離感は絶妙だった。
一緒にいるのが当たり前で、傍に居ない時は「山本くんは?今日は休み?」と聞かれるほどに、お互いの傍に居るのが当たり前だった。
「この前、先輩に最近お前、面白くなくなったって言われてん」
頭の上から声が降ってくる。顔を見なくても、なんとなく声のトーンで気持ちがわかる。
こんな時の山本は独り言のようにつぶやくけれど、話を聞いてほしいと思っている。
そしてただただ、聞くだけでいいのだ。彼なりの答えはもう、出ている。
「え、そうかな」
「なんかお前とおると毒気を抜かれてるみたいなこと言われた」
「山本に影響与えられるほど、キャラ濃くないよ、私」
「キャラが濃いかどうかは置いとくとしても、面白くなくなったはショックやった」
「関西の人にとってはいちばんの誉め言葉が面白い、やもんね」
「一応、お前も関西の人なんちゃうの」
「どうだろうなー。ネイティブじゃないから」
そう言って笑うと、頭をくしゃっと撫でるようにされて。
そうやなー、中学からやったっけ。と聞くでもなく、思い出したことばを紡ぐ。
「もう傍におられへんかも」
「面白くなくなるから?」
「いや」
二人とも目は合わせない。
「先輩に言われたから?」
「それともちょっと違うかな」
「ふーん」
「聞かへんの?」
「何を?」
「傍に居られなくなる理由」
「言いたかったら言うだろうけど、言わないから聞かない」
寝たふりしながら、ゆっくりと息を吐いては吸う。
それを繰り返す。
少しずつ首の力を抜いて。重さを彼の方に移しながら、彼の言葉を、呼吸を拾う。
カタンコトンと電車の揺れる音の合間に、そっと撫でられる頭。
そんなに優しく触れることなどなかったのに。
私の左手の薬指にはめられた指輪を、そっと山本が撫でる。
「お前があいつを選ぶもは思ってなかったからな」
寝たふりをやめることはできないまま、彼に体を預けて。そっと撫でられるその手の感触がじんわりと心に染み込んでくる。
電車は私たちを運んでいく。