七十五夜、ばあばの中学生生活 24 水害後
今日は、ばあばの番です。
眠れないのかい、それは困ったねえ。じゃあ、少しお話をしてあげようかね。どんなことがいいかな。何がいい?
「・・・・・・」
そうだねえ、じゃあ、ばあばが子供の頃のお話をしようかねえ。
まだ、中学校の頃のことだけれど・・・
ばあばの叔母さんは水害に遭った後家を建てて高台に引っ越すことになった。そう方針が決まって土地の手当てが終わり、新築が終わるまではアパート暮らしになったんだけど、結構長く時間がかかった。
家がすぐ建たないことはわかっていたんだけど、思ったよりもかかったかなって感じ?後から考えれば水害でその被害の復旧にも人手がかかるし、叔母さんと同じことを考える人たちも多かったみたいだった。
最初は、高台の畑の中にポツンと家が建つように思っていたけど実際は一塊の宅地開発が近くで始まった。結局叔母さん家はその住宅地からちょっと離れたところに建つことになったさ。母屋と少し離れた倉庫兼、車庫兼、避難小屋?
農機具倉庫と併設して半地下の避難場所を作っていたんだよ。高台は何も風を遮るものがないので、もしもの時に避難できるところを作っておいたってことだった。これは後に役に立つことになったけどね。
駅やバス停からは離れていて不便なのは仕方がないけれど、これで水害からはサヨナラできると喜んでいたさ。
お父さんやお母さんと新築祝いに訪れたけど、立派な家が立っていたよ。南側に風よけの植木と、畑の南にも風よけの垣根が出来ていた。結構広い敷地は畑になっていて作物が育っていた。集った人たちみんなが祝って、口々に褒めていたさ。
それからしばらくが経って、叔母さんが家を建てた付近は開発が進んで、小学校が出来たり、今でいうスーパーマーケットが小さいながらもでき始めたのには驚かされたさ。叔母さんやお父さんの目の付け所がすごかったのか、水害に遭えば、当然ながら高台に皆が眼をつけるものなのかはわからない。だけど、最初に見に行った時には一面畑で、なんにもなくて、トウモロコシが育っているだけだったのだから。
その後、もう一人の叔母さんもその家から近い所に家を見つけて引っ越すことになった。そこは元商店で、道側に商店跡の広い土間があって、ドアを通り抜けたところに居間や台所、寝室などがある結構広い所だったよ。
お父さんはこちらの叔母さんが気安いらしく墓参りに来るときはこちらの家に泊まっていたよ。叔母さんも、独身だったし、家の手入れなんかをお父さんに頼むことが多かったからね。こうして、お父さんの二人の妹たちは近すぎない所に家庭をもって、あるいは一人で住んで、助け合っていくことになったさ。
おや、眠たくなってきたかい、それじゃあ、おやすみ、いい夢を見てね。
水害後、川のそばから離れたい人が想像以上に多かったのでしょうね。なんか、それが町の方針を変えたみたいで驚きです。堤防はかさ上げされてしっかりしたものになったので町は発展を続けていますよ。




