五百六十一夜、ばあばの洋裁学園生活 214 母の職場復帰 50 その後 16
今日は、ばあばの番です。
眠れないのかい、それは困ったねえ。じゃあ、少しお話をしてあげようかね。どんなことがいいかな。何がいい?
「・・・・・・」
そうだねえ、じゃあ、ばあばが子供の頃のお話をしようかねえ。
まだ、洋裁学園の頃のことだけれど・・・
お母さんがバス停に着くと、それほど待たなくても家に帰る方向の路線のバスが到着した。お母さんは、またここでつまずいて怪我でもしたら、何のことだか分からない気がして、いつもより慎重にバスのステップを上っていく。なんだか自分が今以上に年を取ってしまった気がして嫌な気がした。
お母さんが近くの空いた席に座って、ほっと一息ついた時にふと山の方の景色が目に飛び込んできた。そういえば、このところ、景色なんかをまじまじと見る事なんかなかったような気がした。いつもなんとなく落ち着かなくて、どこか追い詰められているような気持になっていたような気がする。
会社でもう一度働くために、入院中に衰えてしまった両足のリハビリに集中していたこともあって、心に余裕が生まれなかったのだろうか。近くのお寺の長い階段を上った時にも、遠くの景色を眺める余裕がなかったような気がする。周りの景色は、目には入っていたのだろうって思う。
階段を降りる時には、ちょっと顔を動かしさえすれば、大きく深呼吸をしたくなるほどの景色が、眼下に広がっていたはずなんだ。階段を降り始めれば、足元に注意していないと石段を転げ落ちることになりそうなので、遠くを見る余裕はない。けれど、下りも一休みしながらだったので、休んでいる時には眺められたはずなんだけれど、全く印象に残ってはいない。
そんなことを思いながら、真っ赤に染まった夕焼け空が、徐々に紫色に沈み込んでいく西の空と山の端を眺めていた。ふと視線を上げると、細い細い月が何かの裂け目のように光っている。もうすぐ冬の星座が光り出すのだろうか。そういえば、近頃、星も見た覚えがない。まだ学生の頃には、もっと南の地で、こことは違った星空をたくさん見ていたと思う。あの頃の自分は何を考えながら星を見ていたのだろうか。
いやいや、これ以上考えることは止めようと思う。過ぎてしまったことに感傷を抱いても、碌なことにはなりそうもない。今でさえも、ともすると目に涙がいっぱいに浮かんできそうだから。
お母さんは、できるだけ、段々と色を濃くする空だけを眺めることにして、じっとバスの座席で身を固くしていたよ。
おや、眠たくなってきたかい、それじゃあ、おやすみ、いい夢を見てね。




