五百三十二夜、じいじの高校生生活 195 お母さんの家へ 62 義父 32
今日は、じいじの番です。
眠れないのかい、それは困ったねえ。じゃあ、少しお話をしてあげようかね。どんなことがいいかな。何がいい?
「・・・・・・」
そうだねえ、じゃあ、じいじが子供の頃のお話をしようかねえ。
まだ、高校生の頃のことだけれど・・・
ふふ、じいじのお話はいつもどこかへ流れて行ってしまうよね。ばあばからもいつも言われるんだよ。どうも話がそれて行ってしまうし、なんだか教訓的になってしまって、ちっとも話を聞いていても面白くない。「あちこち飛んだり跳ねたりしないでじっくりと話すことは出来ないの」って言われているよ。
じいじにはそんなことを考えて話してなんかいないんだけれど、どうもそんなことになってしまうらしいね。「屁理屈だかなんだか知らないけれど、理屈っぽい事はちっとも面白くない。」って言われ続けているじいじにとっては、気になることなんだけれど、これは性分だからどうしようもないんだよ。
実際、じいじは良く理屈っぽい事を考えることがあるしね。もともと、女性と男性では考える形が違っているって聞いたことがあるのだけれど、そんなところがあるのだろうかね。もしそうなら、じいじとばあばは理解し合えるどころか、同じ立場に立って考える事さえもできないことにならないか、ちょっと心配だね。
って、もうこんなふうに理屈で考えるから、ばあばには嫌われるんだろうね。でもじいじには、ばあばと週刊誌のような世間話をしていても、ちっとも面白く感じることが出来ないんだよね。やっぱり、何かの出来事の裏には表の顔とは違った面があるように感じているから、そんなことを話したいって思ってしまう。
ばあばにとっては、そんなあるのかないのか分からないことなんかよりも、実際に目の前にあることが楽しいのか、悲しいのか、興味があるのかないのか、それとも、面白いのか面白くないのか、そのことを話したいらしいのだけれどね。なかなかうまくかみ合わないから困ったことだね。
それにもう一つ、じいじは表面だけ態度を合わせて適当に返事をするのが苦手で、自分の言っていることをちゃんと理解してもらいたい。それと同時に相手の言っていることもちゃんと理解してあげたいって思っている。
だから、あいてが何を言いたいのか厳密に聞いたり、知りたいって思ってしまうので、それをばあばに強いるところがあるんだよ。それがばあばには気に入らない所なんだろうね。
どうも話がかみ合わないし、何が言いたいのか分からないことがある。そこを指摘するから、余計に嫌がられるんだろうね。
おや、眠たくなってきたかい、それじゃあ、おやすみ、いい夢を見てね。




