五十一夜、ばあばの中学生生活 12 美術の話
今日は、ばあばの番です。
眠れないのかい、それは困ったねえ。じゃあ、少しお話をしてあげようかね。どんなことがいいかな。何がいい?
「・・・・・・」
そうだねえ、じゃあ、ばあばが子供の頃のお話をしようかねえ。
まだ、中学校の頃のことだけれど・・・
入学したときには美術の先生はおじいちゃん先生だったのよ。
ばあばたち女生徒には優しくて、何やかや指導してくれてたよ。ところが、男子生徒にはそんなに優しくもなかった。大体、素直に言うことを聞かない人が多かったし、無駄口が多かったものね。
それでも、辛抱づよく授業を続けていたよ。でもとうとう呆れて積極的に指導しなくなっていった。だからといって何も教えなかったわけではなくて、ただ、やる気のある人中心に教えていった感じ?
余りやる気のない人にも最初は積極的にかかわって、どうにか興味を持ってもらおうとしてたように思うけど。あまり反応がなかった人や、あからさまに反発する人たちには積極的にはかかわらなくなっていったよ。なぜそんなことになってしまったか、よくわからないんだけど、相性が悪かった?
先生の方は贔屓などはなかったと思うんだけど、騒いだ時に叱ったことが気に入らなかったんだろうかね。それでも、ちゃんと作品は提出するし、必要な指導はちゃんとしてたように思う。
たぶん、おじいちゃん先生だってことが素直に指導を受けることが出来なかった原因だったかもね。
それで、次の年には年齢を理由に学校の先生をやめてしまったよ。自分の作品の制作に集中したいってことだったみたいだよ。いろいろ悩んで、それが自分の作品に出るのが悲しかったのかもしれないね。
そのあとを継いだのが、Ⅿ 先生だった。新しい先生はまだ四十代で特に絵画が専門らしくて熱心に教えてくれたよ。
クラスの男子たちも、さすがに懲りたのか、割とおとなしく授業を受けていたんだよ。先生の方も、多少は砕けた人で、どうしても言うことを聞かせたいって様子はなかったし、冗談も交えて授業を進めていたよ。
美術の授業もようやく落ち着いて受けられるようになったさ。
校外に出てスケッチをして、それを水彩で仕上げる授業があったよ。
ばあばは友達と近くの港に行って船と岸壁の絵を描いていたよ。先生は、みんなの間を回りながら、それぞれの絵について一言二言気が付いたことを指導して回っていたよ。ばあばと友達のところにも来たんだけど、特に何も言わずに通り過ぎていった。スケッチが終わって、彩色することになって、ばあばも水彩絵の具で色付けしていったよ。
ふつうはスケッチをしっかり描いてその上に、薄く彩色するのが水彩画の基本らしい。
ところがばあばの絵はしっかり塗り重ねて、スケッチの下書が見えないくらいになってたよ。先生は、巡回してきて、ばあばの絵を見て、指さしながら、この岸壁の階段のところなんかがよく書けてる。しっかり塗り込んでみなさい、って指導してくれたよ。
ばあばが提出した絵をじっと見て、先生は、君は美術の方面に進むのかい? やる気があるなら個人的に教えてもいいが、どうするかね、って言ってくれた。けど、ばあばはその時はまだ本気にそんなことを考えたことがなかったから、はい、まだ決めていません、って答えただけだったよ。
結局、ばあばは美術方面にはいかなかったんだけど、その時教えてもらいに行っていたらどうなっていたかね。今頃、絵描きさんになってたかもね。
おや、眠たくなってきたかい、それじゃあ、おやすみ、いい夢を見てね。
ばあばの書いたスケッチブックなんかは残っていなかったけど、私がいたずら書きしたノートにちょこちょこっと描いてくれた絵はすごくよかったように覚えています。そのノートも残っていないのが残念ですが。




