三十夜、稲刈りと脱穀機
今日はじいじの番です。
眠れないのかい、それは困ったねえ。じゃあ、少しお話をしてあげようかね。どんなことがいいかな。何がいい?
「・・・・・・」
そうだねえ、じゃあ、じいじが子供の頃のお話をしようかねえ。
まだ、小学校に入ったばかりの頃のことだけれど・・・
秋になると稲の刈り取りの季節になるんだけど、その頃は機械もなくてどこも手作業で稲刈りをしてたよ。そして田んぼに細い木の柱を三本組み合わせて足を組んで、二つの足に横木を渡す。それを二段三段と重ねて、それぞれの横木に刈り取って束ねられた稲束を逆さまにして跨がせて並べて天日で干す。そうして全体が乾燥して、稲わらと稲もみにうまく分けられるようになったら、脱穀が始まる。
天気の良い日、少し風があったほうがいいよ。家から脱穀機を持ち出して、それで脱穀をする。
もちろん、電気やエンジンで動くわけもなく、足でゴンゴン踏んで、動かすものだったよ。
脱穀するところは木製の胴にとんがった山形の鉄棒がたくさん取り付けられていて、それをぐるぐる回して籾が山形の棒に引っかかって外れるようになっていた。そしてたくさん木の板が取り付けられていて回すと風が起きる胴型になった風車の前を落ちる籾とごみの混じったものに風を当てて籾だけをより分ける。
籾は横の出口から取り付けられた袋の中に入り、ごみは軽いから後ろの出口から風に飛ばされて出てくる。そうして、要所、要所には一家総出で大変な作業をしてやっと籾になるわけさ。
それはまだ、もみ殻が付いたままだから、来年の田植えに使う分を残して、あとはすべて国に供出するわけさ。実際は、各地の農協が預かって、出荷する際に玄米に脱穀して食べられる状態にする。でも、大きな農家は自分の家で玄米にして、供出するところもあったみたいだよ。多少値段が違ったのかねえ?
もしかしたら、じいじの感違いがあるかもしれないから。
こうして脱穀された稲わらは刈り取ったところを外側に、輪になるように重ねていって、芯まで乾燥させるんだ。その稲わらは、畳屋さんが買い取ったり、畜産をやってる農家が買い取ったり、いろいろな使い道に利用されるんだよ。
じいじたちの学校も、春の田植えの時と、秋の稲刈りの時はおやすみになったよ。じいじはまだ小さかったから、遊びまわって邪魔をするだけだったけど、大きなお兄さんや、お姉さん、近所の手の空いた奥さん連中や、爺さん婆さん連中がみんなして手伝いに出ることが常だったよ。
田んぼや畑だけじゃなくて、忙しい人たちやお手伝いの人たちのお昼ご飯や、おやつの用意、夕ご飯の賄いや、赤ちゃんや、幼児の世話なんかも大切なお手伝いだったからね。たくさんの人たちがいないとできなかったよ。だから、その頃は子供の数が多かったのかもしれないね。
おや、眠たくなってきたかい、それじゃあ、おやすみ、いい夢を見てね。
農家のお仕事は、とにかく手間が掛かり、お米を収穫するまでに、八十八回手間をかけると言われていました。今は多少楽になったのでしょうか?




