二十五夜、ばあばのお母さんのお仕事と引越し
今日は、ばあばの番です。
眠れないのかい、それは困ったねえ。じゃあ、少しお話をしてあげようかね。どんなことがいいかな。何がいい?
「・・・・・・」
そうだねえ、じゃあ、ばあばが子供の頃のお話をしようかねえ。
まだ、小学校に入ったばかりの頃のことだけれど・・・
ばあばのお母さんは、まだばあばが幼稚園の頃に病気にかかって寝たり起きたりしていてね、少し良くなったり悪くなったりの繰り返しであまりいっしょに居られなかったんだよ。
お母さんは若いころからお布団を作っているお店で働いていたんだよ。昔のお布団は今みたいにナイロン綿じゃなくて、木綿の綿で作ってた。新しい綿より打ち直しって言って、使っているうちにぺしゃんこにつぶれてしまった綿を人の手や、機械を使って、またふかふかになるようにした綿をたくさん使ってた。
他にも、着物や、洋服なんかの古着を裁断して、それをやっぱり打ち直して繊維に戻して、それを使った座布団や、寝具もあったよ。それに何割か木綿綿と混ぜて、それを寝具に仕立てることも多かった。だからお仕事は忙しくて、暇になることはなかったみたい。
木綿綿ってのは、ナイロン綿に比べても、よく干したり乾かしたりしないと、ダニが出たり、カビたりしやすかった。それで、古い寝具をばらして、中綿を打ち直すのは埃やごみがたくさん出るんだよ。今と違って、良いマスクなんてなかったから、タオルや手ぬぐいで頭や鼻や口を覆って、埃を吸わないようにしていても、悪い空気を吸ってしまってたんだね。一日お仕事をすると、頭は真っ白、鼻や口を覆っていた手ぬぐいも埃で真っ黒になったって言ってたよ。
お店の奥でお仕事をしていたけれど、そこは、打ち直しで出る埃、ごみ、綿くずでちょうど深い森の奥の木に寄生する植物みたいに、白くて長く垂れ下がった髭のようなものがぶら下がっていたし、いたるところに綿くずなのか埃なのか、ごみなのかわからないものが山盛りに積もっていたよ。すごい埃が立つから、そこは触るなって言われたよ。
そんな中で、長いこと働いていたから、体を悪くしちゃったんだね。ずっと寝てることが多かったけど、ひと言も恨んだり、悪口を言ったり、悔やんだりしてるのを聞いたことがなかったよ。昔は仕方なかったことなんだろうね。今では考えられないことだけど。
枕元に酸素タンクを置いて、苦しそうな息をしていた。でも、いい薬がなくて、結局治ることがなかった。長い長い七年が過ぎた頃、亡くなったんだよ。
今もそうなのかな、酸素ってお金がかかるんだよね。だからお父さんは、お母さんが亡くなってから、暫くして、お店をやめて大きな会社で働くことにしたんだよ。近くにはなかったから、ばあばたちは遠くにお引越しをしたんだよ。
うん、だからばあばとじいじが出会えることになったんだけどね。
おや、眠たくなってきたかい、それじゃあ、おやすみ、いい夢を見てね。
第二次世界大戦がはじまる頃、アメ〇カの戦略研究所では、日本人の平均寿命が四十歳だと判断していたそうです。聞いた話なので確定ではありません。
が、こんなことをしていたんでは、長くは生きられませんよね。聞けば、他の職場も似たようなものだったとか。なんだかな――。ご先祖様に感謝?したほうがいい???




