二十夜、ロバのパン屋さんとバナナ
今日はじいじの番です。
眠れないのかい、それは困ったねえ。じゃあ、少しお話をしてあげようかね。どんなことがいいかな。何がいい?
「・・・・・・」
そうだねえ、じゃあ、じいじが子供の頃のお話をしようかねえ。
まだ、小学校に入ったばかりの頃のことだけれど・・・。
じいじが子供の頃はとんでもなくバナナっていうものが貴重品だったんだよ。今ではどこの家庭でも、その気になれば、一房単位で購入して食べれられるんだけど、この頃は、病気になって、食事がとれなくなったり、年に一度のお誕生日に、それこそいっぽん単位での購入だったよ。
田舎だったこともあって、果物屋さんなんかなくて、たまに気が向いた時に八百屋さんが一房仕入れて、一本ずつばらして、売ってるのがすべてだったような気がするよ。っていうか、近所の子供の誕生日なんかはみんな知ってるので、買ってくれそうなうちの子供を当てに仕入れてる?っぽいんだよね。で、売れ残ったのは、そのまま痛むままになるので、八百屋さんとしてもあまり仕入れたくないものの一つだったのだろうと思うよ。
その頃は、スウィートスポットなんて言う小洒落たことは知識として行き渡ってなかったから、少しでもぽつぽつが出たらもう商品にならないらしくって、値引きになって仕入れた分だけ赤字になるってことらしい。じいじにとってみれば、そのぽつぽつが出てからが勝負?
初めてバナナなるものを食べたのは、そのスイートスポットがかなり広がってから叩き売られたものを、熱が出て、食事が喉を通らないときに食べたってのが最初だったよ。甘くって、とろとろで、得も言われぬいい匂いがして、たった一本の黄色くない物だったけどね。
それと、パン屋さんはなかったよ。八百屋さんの隅に置いてある、蝿帳?だったかな、今の、網戸みたいな作りで、小さな食器ケースっぽい戸棚に、ウエハースに上下から挟まれてバタークリームが間に塗ってある、ピンクと薄グリーンに染められたウエハースが可愛いパン?が置いてあったよ。
本当にたま――ーに、ロバのパン屋さんがやってきたよ。本当にロバが馬車を引いて、その馬車は小さいけどきれいにお化粧されてた。いっちょ前に、音楽だったか、オルゴールだったか、両方だったか、を鳴らしながら静々と?やかましく?村のはずれの国道を通っていく。みんな、これが通る時はお金を握って買いに行ってたみたいで、近所のお母さん連中が、子供と一緒に消えるっていう珍現象が起きた。
たまにはって、結構頻繁に、子供がパン屋さんについて行ってしまって、行方が分からなくなることがあるほどの人気で、結構繁盛してたみたい。
じいじは、そのロバのパン屋さんのパンは、ほっかほかの三角に切られた黒糖味の蒸しパンしか食べたことはなかったけど、他にも、種類は多くはなかったろうけど、販売してたんだろうね。ただ、今みたいな総菜パンなんかは影も形もなかったと思うよ。クリームも、バタークリームで、ショートケーキなんかは見たこともなかった。今も思うけど、そのロバのパン屋さんは、ホカホカ蒸しパンだけしか売ってなかったのかもしれないね。思いだしたけど、その蒸しパン、中にサツマイモがいい具合に蒸かした形で細切りされてはいってたよ。でも、蒸しパンなんかは田舎では家では作れなかったから、珍しくて、おいしくて、止められなかったよね。それこそ、たまに訪れる小さな幸せっていうか・・・
おや、眠たくなってきたかい、それじゃあ、おやすみ、いい夢を見てね。
ここには書きませんでしたが、じいじもパン屋さんの馬車について行って、どこに行ったか分からなくなった一人だったのです。ははは、ちゃんと帰って来られてよかったね。




