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ダブルスタンダード  作者: 佐藤あきら
11/12

第9話 荒木場アリス


 痛みを覚悟した大志の意識に真っ先に入ってきた金色は、にこりと微笑んだ。



 帝国軍の証である黒スーツ。スリットの入ったスカートからは白い足が伸びる。

 利発そうな顔。それにすぐに思い至った。

「紀州さんのバディの方、ですよね」

「……帝国軍本部の方ですか? すみません、私、本部の方とはあまり面識めんしきが無くて」

「あ、えっと、さっき見かけて__……」

 そこで二人とも、話すのをやめた。

 反乱軍のメンバーが、ナイフや拳銃を手に囲むように建物の陰に隠れている。

 気配を追って数と方向を確認すると、静かにお互い目を合わせた。

「……そちらのバディは?」

「リーダー格を追っています。紀州さんは?」

「『上』です」

「上?」


「がっ、ぁ」


 妙なうめき声が聞こえて、二人は上を見る。

 建物の屋上に、遊一郎が立っている。足元には首から血を垂れ流した男が転がっていた。

「狙撃に気をつけろ」

 相変わらず神経質そうにメガネを指で直しながら、簡潔にそれだけ伝える。


「こちらの手勢てぜいは三人。相手は複数。おもしろくなってきました」

 __初任務、おもしろくなってきたね、大志!


 ふと、ハルカの声が彼女のものとダブった。

 驚いて大志はバッと彼女の顔を見る。それを不思議に思った彼女が、コテンと首を傾げた。

「なにか?」

「いえ、なんでも」

 自分でも挙動不審だと思えるほど、大志は慌てて顔を逸らす。彼女はそれを追求せず、前を見た。

「敵が来ます。構えて」

 あらゆる方向の陰から、一斉に反乱軍のメンバーが飛び出してきた。

 大志は雑念を振り払い、銃を構える。

「背中を預けるのに、初対面の女ですみません」

「こちらこそ、名前も知らない男ですみません」

「では、名乗りましょうか」

 背中を合わせてから、彼女はよく通る声を張り上げた。


「帝国軍東防衛支部、二軍三班所属・荒木場あらきばアリス一等軍士です」

「帝国軍中央本部、堤凪沙班長統括直属部二班・宮本大志二等軍士です」

「これでもう『名前も知らない』間柄ではありませんね、共に生き残りましょう」

「もちろん!」


 言いながら発砲する。銃を持っている者を先に狙った。

 遊一郎は窓のさんや外付けされたパイプを上手く渡り、難無なんなく地上へ降りて来た。さすがは工作員の身体能力だと、大志は感心する。

「貴様、ギンはどうした」

 手近の敵を両断し、遊一郎は大志を睨んだ。

「リーダー格らしき男を追っています」

「そうか。アイツは足が速い。まぁ大丈夫だろう」

「噂の訓練校万年一位さん、ですか?」

 アリスの問いに答えたのは、ムスッとした遊一郎ではなく大志だ。

「そして万年二位があそこでメガネをカチャカチャしている紀州さんです」

「言っとくがな、腕力わんりょくでは負けたことがないぞ俺は!」

 遊一郎は、やつ当たるように近くの敵をバッタバッタぎ払う。

「だいたい、アイツの足の速さは逃亡でつちかわれたようなものだ! いつも逃げ足だけは速くて、毎回俺がその尻拭いをしていたからアイツは反省せずに何度も何度も何度もやらかしてそのたびに逃げてのエンドレスだったのだ! 俺は感謝されるべきではないか!?」

「その話は柴尾さんに直接お願いします!」

「今クソヤローの名前が聞こえた気がしたが!?」

「テツ兄さん! 敵を間違えています!」

面倒めんどうなのが増えた!」

 遊一郎と大志の会話に突如として入って来たのは、銀臣を目のかたきにしている鉄平てっぺいと、そのバディである苦労人の剛斗たけとだ。

「剛斗、お前なんでこっちにいるんだよ!?」

「持ち場を制圧したから援護に回ってんだよ!」

「援護どころか面倒な人増えたんですけど!?」

「どこだ銀臣! さては俺に恐れをなして逃げたか!?」

「鉄平! 貴様任務に集中しろ!」

「テメェどこのメガネかと思ったら遊一郎じゃねぇか! 丁度いい、テメェをエサに銀臣をおびき出してやる!」

 一太刀ひとたち、鉄平が敵を斬る。

「いやだから敵を間違えすぎですってテツ兄さん!」

 発砲音はっぽうおん、剛斗が敵を撃つ。

「貴様ごときにやられるか!」

 一太刀、遊一郎が敵を斬る。

 なぜ言い合いながらそんな的確に敵を薙ぎ倒していくのか心底不思議であるが、結果的に制圧できるのなら別にいいかと、大志は口喧嘩を止めるのをやめた。

「……本部の方は、皆さんあんな感じでにぎやかなんですか?」

「風評被害です。一部だけです」

 大志の返答に、アリスは最初戸惑ったように目を瞬かせた。

 それからニッコリ笑う。

「本当におもしろくなってきました。賑やかなのは大好きです」

「うるさい、の間違いじゃないですか?」

 そしてうるさい間に、場を制圧していた。

 周りに動く影も敵意も無い。


「敵勢力の沈黙を確認。制圧十一・損亡そんもう無し。オールクリアです」


 自軍だけとなった戦場で、アリスは銃口を下げて微笑む。

「遊一郎さん、車まで行きましょう。無線で堤さんに報告をします」

「ふん、言われなくともわかっている」

「それでは、他の皆さんも__……」


 ゴォンと、腹の奥にまで響くような轟音ごうおんが鳴る。


「なんだ!?」

「すっげー音だったぞ!」

 剛斗も鉄平も、その場の全員が鼓膜をごうごうと振動させる音の正体を探る為に辺りを見渡した。

 そしてすぐに理解する。建物の向こうに、黒々と立ちこめるけむりが見えた。

 何かが崩れる音、人の声、それは「火事だー!」と叫んでいる。引火しているのか、続いて何回も爆発音が聞こえた。

 遊一郎は信じられないとばかりに目を見開く。

「こんな街中で爆発だと!? 反乱軍はなにを考えているんだ!」

「はやく車まで戻りましょう! 現場の確認をしなければ!」」

「わかっている!」

「皆さんも私たちと一緒に__……」

「すみません! 俺、柴尾さんを捜します!」

「え、ちょっと!」

 アリスの話を最後まで聞かず、大志は武器を担いで駆け出す。

 その姿は、火から逃げる人々の中に飲み込まれて消える。アリスは呼び止めたが、姿が見えなくなると気持ちを切り替えて車まで走った。



 ◇◆◇



 一瞬だった。


 青年たちが乗り込んだ廃村で、その場を鎮圧ちんあつするのはまさに一瞬のことだった。

 厳しい訓練を積んできたと聞いてどんな手練てだれかと思えば、警戒の仕方も立ち回りもお粗末そまつ烏合うごうしゅうであった。

 この程度では、国を変える前に軍人の戦闘訓練用にされて終わるだろうなというのが男の感想だ。

 帝国軍は並の実力では無い強者揃つわものぞろいである。こんな烏合の衆に負けるというなら、この国はとっくにまわしい権力から解放されているはずだ。

 部屋の中にはバタバタと何十人と倒れている。

 青年たちが鎮圧する際、反抗の意を見せた者は殺し、すぐに武器を捨てた者は生かした。

 なので部屋にいる人数のわりに血生臭いニオイはそこまで強くない。殆どの者が主犯格を恐れて脱走できなかった者たちなのだろうなと、男は予想する。

 一番笑えるのは、侵入者である青年たちが殺した死体より、仲間にリンチにっていた死体の方が無惨むざんな有様だという点くらいだ。


「お前がここのリーダーかい?」


 そんな部屋の中、青年の声はそれでもおだやかだ。

 小さい子のちょっとしたイタズラをとがめるような温もりの響きに、無精髭ぶしょうひげの男は天の助けと勘違いしそうになった。

 無精髭の男は鉄パイプを取り上げられ、床にひざを付いた状態で座らされている。

 予想外の出来事に口をわなわなと震わせるのみで、言葉を発する気配は無い。青年は気にせず続けた。

 まるでこれから、とんでもないハッピーエンドを語るように。



「ああ自由よ、なんじの名のもとでいかに多くの罪がおかされたことか」



 または、クサい三文芝居さんもんしばいのように大雑把おおざっぱに。

 青年は無精髭の男を見下ろす。

「遥か昔、世界に『外国』という概念がいねんがあった時の話さ。いつかどこかの世界を生きたご婦人が、革命の渦中かちゅうに断頭台のつゆと消えた際に遺した言葉らしい」

 文明社会が滅ぶ前。人類は空を飛行する摩訶不思議まかふしぎな魔法が使え、小さい電話でどこに居ても会話ができた頃より少し前の世界での話。

 王の圧政に苦しむ民が立ち上がり、革命を成功させたというお伽話とぎばなしがある。数少ない古代の文献ぶんけんからはその片鱗へんりんしか見えないが、それを元にした小説が今、民衆の間で密かに人気があった。

「自由の為に戦い、自由の為に死ぬ。自由の為の犠牲は必要なものである。まるで安い英雄譚えいゆうたんだ。そんなの流行はやらないと僕は思うのだけど、どうやら人間っていうのはわかりやすくて愉快痛快爽快な物語が好きなものでね」

 部屋には、青年の声以外一切の音がしない静寂が満ちた。

 誰も騒ぐどころか、身動き一つしない。まるで神の啓示けいじを聞くかの如く、神妙に青年の声に耳を傾けている。

(ホント、詐欺師さぎしの方が向いてるんじゃねぇの?)

 男は胸中で悪態あくたいをついた。

 青年は話をするのが上手い。

 声の強弱、その時の表情、間の取り方、重要なところで気をひくように一拍置いてみたりする。聞かなければと言うより、『つい聞いてしまう』と表現する方が正解に近い。

 これは天性のものだろうなと男は感心したものだ。

「自由の為の犠牲、自由の為の殺し。自由の為の戦い。それって、本当に思想にしていいものなのかな? 自由を『正義』という口実に仕立て上げた、ただの殺戮さつりくではないのかと思うんだ。お前はどう思う?」

 大柄な男が、薄暗い部屋に明かりを足す。

 車から持って来た携帯型スタンドライトを部屋に備えた。明るくなった部屋で青年の顔をはっきりと見た無精髭の男が、目を見開く。

「あ、あなたは……!」

「うん? どこかで会ったことがあったかな。ごめんね、人の顔を覚えるのは苦手なんだ」

「俺のことも最初は全然覚えなかったもんな」

「ははっ、ごめんね」

 男は急に思い出した。何度この青年に名乗ったことだろう、と。

 青年を見上げたまま固まった無精髭の男は、口から何か言葉を出そうとするのに上手く出てこない。感動と畏怖いふと、青年の前で何とか恥ずかしくない言葉を紡ぐのに自信がなかった。

 その様子すら青年は気にならないのか、話すのは青年ばかりだ。

英雄えいゆうになろうなんて考えてはいけないよ。僕らは決して英雄ではない。僕らの行いを英雄にしてくれるのは、それを語り継ぐ後世こうせいの人々だ」

「お、俺は……あなたの、お役に、立とうと……」

「うんうん、そうやって革命の波紋はもんが広がるのは喜ばしいことだ。けど、お前がなにをげられるって言うんだい?」

 神が愚かな人々にゆるしを与える、そんな光景を描いた絵画。男はなんとなく、どこかで見たそれを鮮明に記憶の中から掘り出した。

 神が両手を広げ、かしずく人々に微笑みかける。どこの宗教かも知らないが、そんなお笑いのような光景と似た出来事が目の前で起こっている。

 実際に見ると笑えないもんだなというのが、男の雑学に付け加えられた項目だ。


「お前は導くような器では無いよ。こんな猿山のボスでいることに満足感と征服欲を見出しているようでは、新しい世界なんて見られない。このまま何処どこへなりとお行き。そこで犬でも飼って、静かに暮らすといい」


 とても優しい優しい、波に揺蕩たゆたうような声。表情もそれにともない全てを赦す神の如く。

 それに無精髭の男が、静かに激昂げきこうしたのがわかった。

「お、おれ、おでは、あなた、の、ために、あな、たと、ともに、なのに、なんで、みとめ、て、みとめてくれな、みとめて、みとめろ、お、おれを」

 瞳孔が開き、泡でも吹くのではと思うほどに口を震わせる。電流が走ったように戦慄わななく手が、僅かに動いた。


 そして響いたのは一発の銃声。


 青年の斜め後ろに立っていた男は、そでの下に隠した超小型の単発銃たんぱつじゅうで無精髭の男の脳天を撃ち抜いた。

 頭を撃たれた反動で無精髭の男は、膝を付いたまま背をるように崩れ落ちる。

 ピクリとも動かなくなったのを確認して、男は単発銃を袖の下に仕舞った。


「……この男は、悪ではなかったよ」

「そうか? 先日の領主のクソヤローと大差無く見えたけどな、俺には」


 珍しく、青年の声が感情を落とした。

 心底残念そうに悔やむ声。だが、決して男のことを責めている声音ではなかった。青年は一つの命が目の前で消えたことは残念に思っているが、男の行動の意味を疑っていないからだ。

 男はいつもの仏頂面で、無精髭の男に歩み寄る。

 仰け反る無様な姿勢のそれを蹴り転がし、かがんでそのジャケットの裏を見せた。

「隠し武器だ。気づいてなかったとは言わせねぇぞ」

 無精髭の男が震える手で掴もうとした物。ジャケット裏に雑な仕立てで備えられたポケットには、小さいナイフが一つ入っていた。

「それでも、彼も世界の犠牲者だ。彼はきっと、迷ってしまっただけなんだ」

 その発言に、男は心底呆れた。

「ナイフを持った手で神に導いてもらおうなんて奴は、現実にも絵の中にも居やしねぇ。コイツは自分を承認してくれるんなら、相手はテメェじゃなくても良かったんだ。認めてくれないとわかった瞬間、ナイフ持ち出されるくらいの宗教の神さまだったんだよ、テメェは」

「……」

「そうやってなんでもかんでも赦します、受け入れます、認めてあげます、僕は哀れな人間どもを救いますみたいなつらで笑ってるから、この手のアホを助長させんだ」

 男は足元の血生臭いかたまりを足の爪先でつつく。

「これは生まれつきだよ。それに、そんなこと思ったことも無いし」

 青年は思わず自分の頬に手を当てた。

 そんな風に周りに見えているとしたら心外だとばかりに目を瞬く。その反応がむしろ男には心外だった。意識してそういう顔をしていると思っていたからだ。

 自分こそが虐げられた民衆をはたを掲げ導く、指導者なのだと。

「……だとしたら、その面は違うと思うぜ」

「……整形を視野に入れようかな」

「ダメ、あれは、痛い」

 長身の男が横からすかさず口を挟む。青年は「じゃあ嫌だな」と軽い調子で言う。

 それから青年は、部屋の中の生きている者へ向けて微笑んだ。

「お前たちは一つの支配から解放された、おめでとう。これからは好きに生きるといい。畑をたやがしてのんびりと暮らすのも素敵だし、また武器を持つのならそれも良し」

 それだけ言って、青年は部屋を出て行く。

 男もその他の仲間も、青年のあとに続いて振り返ることもなく部屋を出た。最後に小屋から出た男は、乱暴に扉を閉める。



 壁を隔てた向こうで、絶叫が聞こえた。次に何かを破壊するような音も。



 青年は表情一つ変えず、小屋から離れて行く。

 後ろでは「よくも妹を!」「お前だってこの前、俺の兄貴を殺した!」「許してくれ!」「助けて!」「お前も同罪だ!」と次々に罵声ばせいが上がっている。

 小屋の中は、凄惨せいさんな殺し合いが始まった。

 恐怖政治による強制された暴行ではなく、私怨しねんによる純粋な殺しに。そして身を守ろうとする者もまた武器を取る。それはもう、青年のあずかり知らぬことである。

 青年は確かに『ゆうみ』の願いを果たした。彼がやるべきは恐怖政治からの解放であり、その先にある私闘は誰にも止める権利などない。

「だいぶ時間を食った。急いで目的地まで行ってくれ。作戦が上手くいってりゃぁ、帝都に届く武器輸送列車は俺たちのもんになってるころだ」

「りょーかいだよ」

 男が車に乗り込むのと同時に、運転手である女に声を掛けた。女は一つ返事をしてから、ハンドルを握る。

 全員が乗ったのを確認してから車は発進する。重い車体をできるだけ急がせ、山道を降りる。

 それから少し経った頃、窓の外に何かがチカリと光る。

 こんな山奥にそんな光源があるはずないと男が外を見れば、先ほどまで自分たちが居た小屋の辺りが赤く燃え上がっていた。誰かが怒りのまま廃村に火を点けたのだろう。

 暗い夜を心なしか明るくするような大火たいかに、青年は「夜明けのようだ」とブラックジョークを口にする。

(夜明け、か。言い得て妙だな)

 男は胸中で呟いた。怨みと間違った指導者によって狂わされた、ある夢の終わりだ。

 だがそれに同情するほど、男は情に深くない。座席に背中を深く預けて体を休めた。


「ところでさ」


 青年が指先をあごに当てて、思案するように首を傾げている。

「なんだ」

 男が聞けば、青年は子供のように純粋な声音で続けた。

「あの男、僕に会ったみたいなのだけど、どこで会ったのかな。全然記憶に無いんだ」

 その言葉への男の最初の答えは、ため息だ。

 こんな、天使は天使でも堕天使みたいな男に惑わされたあの無精髭の男を、少し不憫ふびんにさえ思う。

「テメェはよくそれで革命軍のリーダーなんてやってるな」

「え、僕ってリーダーだったの?」

「は? ちげぇの?」

「僕よりお前の方がそれっぽいってよく言われるから、そうなのかと思ってた」

「テメェ……いい加減にそのスッカスカの頭をどうにかしやがらねぇとカチ割るぞ」

「怒られてしまった……」

「大丈夫ッスよ兄貴! 俺はどっちがリーダーでもついて行くッス!」

 大柄な男が能天気に笑うかたわら、運転席の女は「これだからウチの男どもは……」と大きなため息を吐いた。

 男もそれには同意だ。

 ここまで人をき付けて、あらゆる手管で革命の意思がある者を導くような真似をして、それでリーダーである自覚が無いなど殴ってもいいのではと思う。

「前に鬼怒野町きぬのまちで革命家たちの密会があったろ。テメェ参加したよな。それも忘れたとか言ったらテメェの脳みそで味噌汁作るぞ」

「さすがに覚えているよ。僕の脳なんて摂取せっしゅしたら、人の顔を覚えるのが苦手になるよ」

「俺にデメリットしか無かったわ。で、そこに居ただろうが、あの男。テメェの話を熱心に聞いてたぜ。そん時はどっかの革命隊の下っ端だったが、あの様子を見ると独立してああなったんだろうな」

 それに青年は「そうか」と返して黙った。

 別に思い出す為に考え込んだとか、罪悪感にさいなまれて黙ってしまったとかではない。

 気が向いたように話し、気が向いたように黙る。今回は黙る方に気が向いたらしい。

 聞いておいて何だとは、男の方も思わなかった。

 青年も男も、別にあの無精髭の男に興味も関心も無い。全て過ぎたことにして次に向かえるくらいの、ほんの少しの障害物程度のものだ。



 外を見る。山の中では、火がまだまだ燃え上がっていた。

 それは天にも届く聖火に似ていると、青年はなんとなく感想を抱く。




 ◇◆◇



 場は混乱のうずおちいる。

 革命軍と帝国軍の戦闘は、帝国軍の見立てを大幅おおはばに過ぎて長引いていた。

 帝国軍の突然の介入に焦った革命軍が、列車の爆破の為に用意した爆弾を街中で誤爆させてしまった。

 近くのガス管が破裂し、周りの家から火が上がる。それが隣の家に次々と引火していった。

 町はあっという間に赤く燃え上がり、熱で息苦しさを感じる。

 軍人は急遽きゅうきょ、人員の半分以上を住民の避難誘導にいた。それに気を取られて革命軍の不意打ちにい、負傷する者も出ている。


 女性が赤ん坊を胸に抱いて逃げて行く。老夫婦が杖を必死に使って横を通り過ぎる。子供が母親を呼び泣き叫ぶ。商人が必死に金庫を担いでいる。

 カンカンと高台の鐘が避難を呼び掛ける。火消しの男衆が勇ましく炎に立ち向かう。

 赤、赤、それと少しの暗闇。夜空の星は炎に飲み込まれて消えた。


 そんな戦場を、銀臣は駆ける。


 地理に詳しいのは向こうのようで、建物を上手く利用して立ち回られる。

 いくら銀臣たち工作員が身体能力に優れているとしても、すぐには追いつけなかった。

 だがそれでも猟犬と呼ばれるだけはあり、普通の人間との距離は徐々《じょじょ》に縮まる。

 逃げる革命家の男が路地裏へと続く角を曲がった。銀臣もすぐ後を追ってそこに入る。


 視界の端に動くものをとらえた。


 銀臣はほぼ条件反射で反応してそれを掴み上げる。相手の勢いを利用して投げ飛ばした。

 男の体が近くの壁にぶつかる。尋常では無い力で投げられ、男は肋骨ろっこつの一本を折った。

 動こうとすると激痛が走り、持っていたナイフを取りこぼす。その場にズルズルと座り込む。

 銀臣は【二式装備】である剣を起動させ、男の首筋にそれを当てた。

 男は必死に顔を上げる。鼻からは血が垂れ、歯茎はぐきも折れたらしい。口から血を飛ばしながら叫んだ。

「こ、このやろう……帝国のクソどもが! お前らの所為でどれだけの仲間が死んだと思ってんだ! 俺らはただ少しでも裕福ゆうふくに暮らしたいだけなのによぉ! 税も物価も上がって……こうするしかなかったんだよ! 俺らに飢え死にしろってのか! 俺らが皇帝や貴族の贅沢の為に手のマメが潰れるほど働いても、国は俺らになにも返しちゃくれねぇじゃねぇかよ! なんなんだ、なんだんだよクソ! クソクソクソ!!」

 一気にまくし立てた男が肩で息をしているのを見て、銀臣は冷静に返す。

「遺言は以上か?」

 その目に慈悲じひが無いことを悟った男が、待ってくれと声を裏返した。

「俺は死ねねぇんだ。死ねないんです。お願いします、見逃してください」

「ほぉー? 国に逆らおうってんだから、てっきり死ぬ覚悟は済んでると思ってたぜ」

「お願いします、お願いします、妻と娘がいるんです。妻の病気に薬が必要で、お金が欲しかったんです。娘はまだ三歳なんです、母親を失わせたくないんです」

 今度は打って変わって、しおらしく肩をうな垂れる。

「俺が帰らなかったら娘が路頭ろとうに迷うかもしれない」

 その言葉に、銀臣の手には明らかに動揺の色が見えた。

 男の首筋に当てていた剣の切っ先が、少し外側にズレた。

 見逃すなんて選択肢は有り得ない。革命家は全て始末するか、非戦闘員は捕虜として投獄するのが決まりだ。見逃していいはずがない。

 だけど銀臣の手は、そこから動かなくなった。

 目の前の男の家族を思い浮かべる。三歳といえばつたないながらも言葉を話し、自分で着替えや片付けができる時期だ。

 銀臣の妹が三歳の時は、ヨタヨタと自分の後をついて来たなと、場違いながらも思い出す。母を呼び、兄を兄と認識できる。父親が居なくなれば、それに悲しむこともできる頃だろう。

 躊躇ためらいにとらわれて体が硬直する。その隙に、地面についた男の腕が少しだけ動く。



 そして破裂音。気づけば男の米神こめかみに風穴。くつに血の飛沫は掛かる。



居眠いねむりするには危険ですよ、ここ」

 嫌味というよりはジョークのような言い方。彼の相棒が路地ろじの入り口に立っていた。

 大志は四則変形戦闘器具よんそくへんけいせんとうきぐではなく、スーツの下のホルダーに入れてある拳銃の方で男を撃ったらしい。拳銃を元の場所に仕舞いながら、銀臣の横まで来る。

 銀臣はもう動かない亡骸を見ながら、呆然と呟いた。

「……捕虜にすべきだったんじゃ」

「負傷した上に戦う意思の無い、非戦闘員だったからですか?」

「……見てたんなら早く来いっての」

「すみません」

 大志はなんて事のない調子で、もう力の入っていない男の腕を持ち上げる。

「隠し武器です。気づいていませんでした?」

 男の手のひらには、暗器用に薄く作られた手に収まる大きさのナイフがある。

 銀臣は気づいていなかった。意識が完全に違うところへ向いていて、自分で自分が情けなくなる。

「ナイフ持ちながら命乞いなんてお笑いですよ。彼は非戦闘員では無いと見なしたので射殺しました。家族の話だって、柴尾さんの情に訴える為の姑息こそくなやり方だったのかもしれません。究極きゅうきょくな話、嘘かもしれない」

「……だが、本当かもしれない」

「それならそれで仕方ないです。だけど、だったら尚更武器なんて持つべきではなかった」

 大志は死体をまたぎ、路地の向こうへ進む。まるで何の関心も持てない障害物かのように。

 銀臣もその後をついて行く。路地を出る前に男の方を振り返った。

 当たり前だが動かない。せめて早く遺体は回収してやらねばと、場所をしっかり記憶する。


「任務終了です、柴尾さん。俺らの勝利です」


 炎が鎮火していく町の中、大志は空を見上げている。

 夜の暗さを取り戻しつつある空に、自軍が放った閃光弾せんこうだんが一筋光っている。作戦が勝利で終わっ合図だ。

 大志のホッとした表情に、銀臣は精一杯笑って返す。

 横に立つ将来有望な軍人の姿に、彼は自分の気持ちが少しわからなくなった。その情けなさからくる自嘲じちょう……だったかもしれない。



 __工作員になったのはご自分の選択でしょう。グダグダ言わないでくださいよ。



 大志に言われたあの言葉が、何度も頭の中で反復はんぷくした。


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