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ダブルスタンダード  作者: 佐藤あきら
10/12

第8話 人生で初めて、

 反乱軍に奇襲を勘付かれるのを警戒して、大志たちの乗った軍用車は林の中に止められた。

 堤が助手席から降りると、野営地のテントから男が一人出てくる。


「お疲れ様です、堤班長統括」

「おつかれちゃーん。状況報告」

「はい。町にはすでに反乱軍が身をひそめています。奴らの作戦開始時刻は夜〜夜明け前と思われますが、武器輸送列車がポイントに到着するのが今夜の九時頃です」

「間違いなくそこで反乱軍が動くね。幹部クラスは確認できた?」

「いえ、手配書てはいしょの回っている顔は確認できません。この作戦の為だけに集めた即席隊か、または新勢力の可能性が高いです」

「ありゃ、それはやりにくいね」

「えぇ、統率とうそつの取れていない武装勢力はなにをするかわかりません」


 珍しく真面目に仕事をする堤を横目に、大志たちは三島の指示でテントに向かった。

 中はそこそこ広く、作戦会議用の簡易テーブルに椅子が数脚。銃も立て掛けられている。

 訓練校の時に何度か設営訓練をしたなぁと、大志がなんとなく思い出していると後ろから声が掛かった。

「入るならさっさと入れ、邪魔だ」

「す、すみません。って、紀州きしゅうさん」

 慌てて返事をしながら中に入った。それから後ろを振り返ると、見覚えのある顔に大志は少し安心する。

「ん? どこかで見た顔だな」

 しかし遊一郎ゆういちろうの方は神経質そうに眉根を寄せ、大志の顔をいぶかしげに睨め付けた。

 その後ろから勢いよく遊一郎の肩に手を回し、銀臣が揶揄うように笑う。

「おいおいもう忘れたのかよ。宮本くんだろ」

「ギン、貴様きさまもこの任務に参加するのか?」

「ユウこそ、一昨日おとといから本部に居なかったよな。この任務に当たってたのか」

「夜通し反乱軍の動向を見張っていた。寝不足で眉間にシワが寄っているだろう?」

「あーホントだ。悪人面あくにんづらに拍車が掛かってんな」

(え、普通にわからない。初対面の時と一緒に見える)

 大志は思わずじろじろと遊一郎の顔を見た。が、全く以前との違いがわからない。

 眉間のどこらへんにどうシワが増えたというのか。ビフォアフター写真を見せられてもわかる気がしない。

 視線に気づいた遊一郎が、大志を更に強く睨む。

「なんだ、視線が鬱陶うっとうしい」

「いえ、すみません」

「おまえ〜、もうちょい愛想良くしろよな。そんなんだからお前と組む軍人は次々に根を上げていくんだぜ」

「片っ端から女を落としていくからという理由で、女と組めなくなった貴様には言われたくない」

「え、柴尾さん、そんな感じなんですか?」

「ちっがーう! 人聞きの悪いこと言うなよ、相手が勝手に俺を好きになんの!」


 それを受けて、大志と遊一郎は銀臣に背を向けて声を潜めた。


「今の聞きました?」

「あぁ、相手が勝手に好きになるという、世の男が聞いたら殺したくなる言葉がしっかり聞こえたぞ」

「あくまでも自分の所為せいじゃないらしいです」

「どうせ自分が勘違いさせるような態度を取っていたに違いないのにな」

「柴尾さん、ナチュラルにそれっぽい行動するんですよね」

「あぁ、あれは勘違いするなという方が無理だ。それもこれも相手が勝手に好きになるのが悪いらしい」

「全部相手の所為ですか」

「そう、全部相手が悪いのだろう、アイツの中では」

「ハイハイハイすみませんでした! 俺が悪いですすみませんでした!」

「最初からそう言えばいいのに」

「ギン、貴様そういうところだぞ」

「お前らもな……」

 握った拳を震わせる銀臣の後ろでは、鉄平が「新人に揶揄われてやんの」と笑っている。

 再び戦いのゴングが鳴る前に、剛斗がサッと口をふさいだ。

「そういや、お前のバディが決まったって堤さんから聞いたぞ」

 気を取り直した銀臣が遊一郎に聞くと、彼はメガネを指で持ち上げて直しながら答える。

「聞いてしまったか。別に貴様に話す程のことでも無いと思って言わなかったのだが」

「水臭いこと言うなよ。幼馴染だろ?」

 それに大志が納得した顔で会話に入った。

「あ、なるほど。どおりで仲が良いと思いました。紀州さん、取っつきやすいタイプじゃないのに」

「よく本人の前で言ったな貴様」

「いやいや、仲良くなるまで結構掛かったんだぜ? 家が斜向はすむかいでさ。俺と話してくれるまで毎日ピンポンした」

「それは普通に迷惑ですね」

「普通に迷惑だった」

「だって俺と同い年くらいのが他に居なかったんだよ。遊び相手確保に必死だったの」

「貴様の所為で俺は近所で『メガネの方の悪ガキ』と言われていたのだぞ」

「ちなみに俺は『銀髪の方の悪ガキ』」

「うわぁ」

「でも毎回被害が大きいことをするのはユウだったぜ」

「貴様のやったことの尻拭しりぬぐいではないか!」

 そこでテントのカーテンが開き、堤がひょっこりと顔をのぞかせる。

「え〜、なになに、ここも仲良いの? 若いってホントに羨ましいなぁ〜」

「お疲れ様です」

 遊一郎が頭を下げると、堤は軽く手を上げて「おっつっつ」と返す。

「もうすぐ集合だよん、若造諸君わかぞうしょくん。一秒でも遅れたら堤お兄さんが怒っちゃうぞ」

「だからオッサンですって」

 姿は見えないが、後ろから三島の声も聞こえた。

「わかっています!」

「遅れるなんてとんでもない!」

「堤さんのお顔を見ると、超やる気出るっす!」

 銀臣と遊一郎と鉄平が、背筋を伸ばしてあまりにも早く反応した。キビキビとテントを出て行く。

「……堤さん、怒ると怖いってのは本当そうだな」

「え、なんの話だ?」

 それには答えず、大志は剛斗の背中を押してテントを出た。




「__以上が作戦の概要です。各自、町の地図を少しでも頭に叩き込んでおいてください」



 作戦に関わる軍人たちは、テントの前で整列している。

 三島は各員の割り当てを簡単に説明してから、少し横にズレる。

「では、今作戦こんさくせんの最高責任者である堤凪沙班長統括よりお言葉があります」

「ま、鼓舞こぶとかそういうの俺のガラじゃないからさ、肩の力抜いて聞いてほしいんだけど」

 そう前置きしてから、堤は全員を見渡す。いつもの底の見えない笑顔で語りかけた。


「君たちがこれからびる血は、人間の血だ」


 やはり話をするのが上手いと、大志は思った。

 場を一瞬で引き込ませる声の力がある。


「頭を撃つだろう。足を切るだろう。喉を裂くだろう。俺たちが殺すのは人間だ。俺たちと同じ言葉を喋り、同じ思考力を持ち、同じ世界に生きている」


 そこで一拍いっぱく置いて、観衆かんしゅうの注意を引いた。


「そしてその人にも、家族や恋人がいるだろう」


 場が、少し動揺どうようする。


「だがそれは君たちも同じだ。殺さなきゃ殺される、情け容赦無用。そんなものは便所べんじょと一緒に流せ。だが、決して甚振いたぶって殺すな。人間としての尊厳を傷つけずすみやかに殺せ。それが殺戮者さつりくしゃの最低限の礼儀だ。もし無意味な拷問をしてる奴を見かけたら、俺が後ろから撃ち抜いてやるのでそのつもりで」


 その目は、本気だった。誰が見てもわかるほどに。


「これから奪う命は、食べる為でも身を守る為でも無い。お互いが気に入らないっていう、獣の縄張なわばり争い以下のガキの喧嘩けんかだ。だがそのガキの喧嘩に、少しだけ『正義』なんてスパイスを掛けてみよう。途端とたんにカッコよく聞こえるだろう?」


 __それが俺たちのしていることだ。


 そう締めくくって、堤はいつものようにニッコリと笑った。

 すると先程までの威圧感は鳴りを潜め、いつもの軽薄な男に戻る。だがその場を支配している空気は中々霧散せず、ピリリと緊迫感が続いた。

「ま、全員の無事な顔を見れることを祈ってるよ。俺、葬式そうしきとかそういう雰囲気苦手だから、みんな大好き堤さんの泣き顔を見たくなきゃ身を守ること第一ね。俺が泣いたら三島チャンも焦って泣いちゃうから」

「泣きませんよ!」

 最後に場をなごませるように舌を出して茶化しつつ、堤は「かいさーん」とのんびり言う。

 作戦開始まで、各割り当てに沿って待機が命じられた。大志たちは少し下山して、そこで待機だ。

 配られた資料を銀臣と確認していると、ふと遊一郎の姿が見えた。

 そして目が行ったのは、その隣に立っている女性である。

 輝くような金髪は、後ろで一つに結われている。スーツがよく似合う、大志たちと同年代の利発そうな女性。

「お〜、あれが遊一郎の飼い主さんか? カワイイ子じゃん」

 銀臣は後で揶揄う気満々らしい。何故そんなにも中等部のノリなのか大志は疑問である。

 そこで、一つ大志が揶揄ってやることにした。

「柴尾さん……あなた人のバディにまで手を……過去のことちっとも反省してないじゃないですか!」

「いやどうした急に!?」

「あなたはもう女性とは組めないんですよ、残念でした! そんなに女性がいいなら俺が女装すればいいですか!?」

「丁重にお断り申し上げたい提案なんだけど!?」

「みやもっちゃんの女装!? なんで今年の新人に忘年会でやらせようと思ってたネタが漏れてるの!?」

「堤さん、話に入って来ないでください! 三島(保護者)さーーん!」

「新人はあなたのオモチャじゃないんですよ! 三島(保護者)さーーん!」

「誰が保護者よ!」



 ◇◆◇



「前方に人影を確認」



 運転手の声と共に、車がゆっくりと停止した。

 全員が武器を手に立ち上がる。男はそれを制して、手ぶらで車のドアに手を掛けた。

「俺も行くッスよ」

 大柄おおがらな男が腰を浮かせるが、男は眉間にシワを寄せて突き放した。

「いらねーよ。お前は図体ずうたいがデカくて目立つ。相手が敵じゃなかった場合、更に警戒させるだけだろ」

「なるほど、カズさんはちっさいから警戒されないってわけッスか!」

「お前に悪意が無いのはわかってるんだが殴っていいか?」

「えぇ!? なんでッスか!?」

「ほんと、お前、バカ」

 バカだバカじゃないで騒ぐ二人を「うるせぇ」と一喝いっかつし、男は今度こそドアを開けた。

「でも敵だったらどうするんスか、一人じゃ危ないッス!」

「バカヤロウ、敵だった時こそ一人で良かったってなるんだろうが。仮に俺が死んでも、お前らに敵だって知らせてから死ぬんだ。心残りはあるが後悔はねぇよ」

「カ、カズさん……感銘を受けました! 一生ついていくッス!」

「お前はいつも感銘を受けてるだろうが」

 大柄の男はおいおいと涙しながら男を羨望せんぼうの眼差しで見る。運転席から「ホントにうるさいんだから、うちの男どもは」とうんざりとため息が漏れた。

 男は鬱陶しそうに大柄な男の視線を跳ね除け、車を降りる。


武運ぶうんを、と、一応言っておくよ」


 青年が、常と変わらぬ優しげな声でのんびりと言う。

 男はそれに鼻で笑った。口のはしだけ上げて不敵な表情で、青年に見向きもせず答える。


「そいつぁ相手に祈ってやれ。俺の体に触って怪我しねぇ所はねぇからよ」


 青年の反応を待たず、男はドアを閉める。

 だが扉一枚をへだてた向こう側で、青年がのどを鳴らして笑ったような気がした。ほぼ間違いなく笑っているだろうと確信できるのだから、いつの間にか付き合いも長くなったものだと男は少し懐古かいこする。

 とっくにが落ちた、月と星と車のライト以外に何の光源も無い暗い道を慎重に進む。

 深い森と崖ばかりの山道さんどう。軍人にこちらの動きを先読みされたという線もあるが、盗賊や人身売買の商人という可能性もあった。

 ライトの光を頼りに、一歩一歩踏みしめるように歩く。いつでも体が動くように呼吸を整えた。

 車のライトの先、人影と男の距離は三メートル以内に入る。

 人影はうずくまっていた。かすかにうめき声が聞こえる。怪我人を装った強盗団のニュースが頭にぎる。


「おい、なにしてんだ」


 人影がのそりと動く。

 男は服の下に仕込んだ武器をいつでも取り出せるように、指先に力を込める。相手の出方でかたに最適で最短に対処できるように意識を集中させた。

 人影は手を伸ばす。暗くてもわかるくらい血だらけでボロボロの手を。

 そしてかすれ切った、殆ど声になっていない声を絞り出した。


「た……す、けて……た、た、す、て……」

「おい、どうした、なにがあった!」


 人影が顔を上げた。歯が折れて、鼻は曲がり、片目は潰されている。その人影が女性だと気づくのに数秒掛かる程だった。

 尋常じゃない状態に男は敵では無いと判断し、車に向かって手でサインを送る。

 車からはすぐに人が降りて来た。

「重傷者だ!」

「救急箱を持って来たッス!」

 大柄な男からそれを引っ手繰るように受け取り、男はまず女性を横向きに寝かせた。

「俺の声が聞こえるか! 名前は言えるか!?」

「う、あ……ごめ、なさ、ご、たすけて、ゆる、し、て……」

「しっかりしやがれ名前を言え名前を!」

「あ、あ、さ、さき、ゆうみ……」

「よし、上等だ。ここらには病院はねぇ。下山げざんまで踏ん張れるな!」

「こ、ころ、ころされる、みんな、ころされちゃう、たすけて、みんなを」

「テメェの心配しやがれ!」

 ひどく混乱している様子の『ゆうみ』は、男が包帯ほうたいを切るために持ったハサミにすら怯えた。ガタガタと震えて逃げようとする。

 大柄な男とひょろっと背の高い男が、なんとか『ゆうみ』を落ち着かせようと手を伸ばしたが、それは彼女を更に混乱させるだけだった。


 そこに、真っ白い手が伸びる。


 その手は優しく『ゆうみ』の手を取り、もう片方の手は彼女のほほを撫でた。

 優しい手つきに『ゆうみ』の動きが止まる。その手に敵意が無いことを感じ取り、体の力を抜いた。


「大丈夫、よくがんばったね」


 まるで歌声のような、柔らかいのにどこか空虚で、なのにまるで指し示すような声が夜に響いた。

 青年はいつくしむように笑い、『ゆうみ』の頬を包む。

 彼女が安心したように体を地面に預けたので、男はその隙に傷口に応急処置をしていった。

 青年はそれきり口を開かず、彼女の頭を撫でる。暫し呆然とそれを受け入れていた『ゆうみ』が、思い出したように起き上がった。


「天使様!」


『ゆうみ』は青年の手を包み、まるで祈るように握りしめる。つめの無い手で、それでも青年の手を離すまいとしっかりと。

 いきなり動いたことで傷口から新しい血が垂れた。だけど彼女は気にせず、青年に祈りを捧げる。

「天使様! 助けてください、みんな殺されてしまいます! あ、あんなの異常です! 天使様! 天使様!」

「動くな、傷が広がる!」

 男が叱咤しったしても、『ゆうみ』は止まらない。青年にすがった。

 青年はとくにあせった様子もなく、冷静に彼女の手を取る。そして、本当に天使のように優しい声を出した。

「なにがあったのか、言えるかい?」

 それに彼女は、全てを語る。涙が血と混ざって地面に落ちていった。

 彼女の話によると、この山の上には廃村はいそんがあるらしい。

 そこを隠れみのに、革命軍は打倒皇帝の為に日夜戦闘訓練にはげみ、武器を少しずつ集めて暮らしていたという。

 だが食料や薬が常に足らず、辛い訓練に脱走者が後を絶たない。

 その革命軍のリーダーである男は脱走者に『再教育』だと容赦の無い制裁を与え、実質的にはただのリンチを行う暴君である。それに感化された者、リーダーが怖くて逆らえない者とで暴行はエスカレートし、今まで何人も殺された。自分は七回目に気絶した際に放置され、奇跡的にすぐに目が覚めて、廃村を飛び出し崖を滑り落ちてここまで来たと、『ゆうみ』は語った。


「まだリンチは続いています! 助けてください天使様! 私たちをお救いください!」


 その言葉を最後に『ゆうみ』は動かなくなった。

 体が青年の腕の中でだらりと垂れる。何も映さなくなった目が、虚ろにどこかを見ていた。

 青年はどこまでも優しい手付きで『ゆうみ』のまぶたを下ろす。元の顔がわからない程にひしゃげているが、何故かすっきりした顔をしているように男の目には映った。

 最期の最期に、天使なんかに会えたからだろうかと、くだらないことを考える。

「みんな、少し相談なのだけど」

 青年はそっと遺体を横たえながら、穏やかに切り出した。



「ちょっと寄り道してもいいかい?」



 天使の声にその場の全員が頷いたことで、彼らの行き先は急遽きゅうきょ変更された。




 ◇◆◇



 帝国軍の作戦は、武器輸送列車がホームに着く午後九時より少し前に開始された。

 八百屋のトラックに偽装ぎそうした車の中には、数名の軍人が身を潜めている。野菜が詰まった箱の隙間すきまには大志と銀臣、大志にとっては名前の知らない初対面の軍人と工作員が三名ずつ乗っている。

 車を運転しているのも、もちろん軍人だ。スーツではなく、シャツにエプロンと商人の出で立ちで周りに目を光らせる。

 荷台の中では、車に揺られた銀臣が小さく隣の大志に声を掛けていた。

「宮本くんは集団戦闘は初めてだよな。大丈夫か?」

「はい、頭に一連いちれんの流れは入っています。線路の爆破に使う爆弾を運んでる反乱軍を、一軍三班が奇襲します。騒げばすぐに敵の後衛こうえいが出てくるはず。一軍三班がそいつらにはさみ撃ちにされないように、背中を守るのが今回の任務です」

「おう。ま、君は緊張で頭が真っ白になるタイプでもねぇか」

「戦闘になったら、俺が後方援護をしますので柴尾さんは特攻してください」

「お、危険な役割を遠慮なく振ってくるな。そういうのいいぜ」

「えっと、すみません。以前の寄生植物との戦闘で、そういうスタイルが一番俺たちに合っているかと思ったんですが……」

「いやいや、別に責めてねぇけど? 人の顔色気にしすぎだって、堂々としてろ上官殿。とりあえず笑っとけよ」

 そう言って、男前に笑ってみせる銀臣。大志は少し躊躇ちゅうちょしたが、真似て口の端だけで笑って見せる。眉が下がっていたので、ただの困り笑いだった。銀臣はおかしくなって声を出して笑う。


「柴尾、お前は相変わらず不真面目だな」


 突如、不機嫌な声が薄暗い車内から飛んできた。

 大志は驚いて肩を震わす。

 一方の銀臣は、なんて事のない顔で声の方を見た。

「なんだよ谷島やじま、緊張してんのか?」

 銀臣のすぐ斜め前に座っている男は、ギラッと睨み付ける。

 肩まである髪を一つに縛った、爬虫類はちゅうるいのような目をした男だ。

 谷島は舌打ちでもしそうな勢いで口をゆがめた。

「なんで俺が緊張している話になるんだ」

「ちなみに俺はいつも任務には緊張感を持って当たってるぜ。不真面目なのは、まぁ認めるけど」

「じゃあその不愉快なニヤケ顔をなんとかしろ。見てると気分が悪くなるんだよ」

手厳てきびしいなぁ」

 銀臣は芝居がかかった仕草で肩をすくめて、壁に背を預けて黙った。

 大志は銀臣の二の腕の辺りを軽く叩く。それを受けて銀臣が何事かと視線をやれば、大志がジェスチャーだけで謝ってきた。

 それに銀臣も笑ってジェスチャーで返す。なぜ大志が謝るのか銀臣には謎であったが、人間関係に慎重な彼らしいと受け流した。

 そこで話は終わるのかと思いきや、谷島は続ける。

「なんでお前は笑ってんだよ、いつも、こんな場所で」

 文句のような、または嫉妬しっとのような響きだった。

 谷島は言い捨ててから、顔をそむけてしまう。妙な空気になった場に、くすりと笑う声が一つ漏れる。

 それはやはり銀臣で、彼は心底楽しそうに口の端を上げた。

「そりゃ、戦場《こんな場所》で笑わなかったらどこで笑うんだよ」

 そして、まるで当たり前のことを言うかのように穏やかに言った。



「こんな世界でさ」



 その言葉に、大志は戸惑とまどった。

 掛ける言葉は思い付かず、むしろ何も言うべきでは無いかと判断したところで、顔を上げる。

 谷島は言葉を失ったように呆然と銀臣を見てから、うな垂れた。その姿に、彼も彼で不遇ふぐうを受けてきたことへの不満があるのだろうと大志は確信する。

 三人の間に気まずさが流れると、すぐに運転席から声が掛かった。

初撃しょげき一軍三班、行動を開始。反乱軍と戦闘中。前方に敵後衛を捕捉、鎮圧せよ」

「了解」

 荷台に乗った軍人の一人が【一式装備】の銃を起動させ、窓から上半身を乗り出す。

 前方に走る敵の車のタイヤを撃ち抜き、動きを止めた。

「全員出ろ! 作戦開始!」

 荷台の扉を開け、全員出て行く。するとすぐに発砲音が何重と鳴る。銃撃戦の開始だ。

「行くぜ、相棒!」

「はい!」

 銀臣は右手、大志は左手でハイタッチを決める。

 なんとなく始まった挨拶のようなものだった。横に並んだ時や前に立った時、お互いの利き手が左右別れているのもあってやりやすかったのもあると思う。

 手のひらを打つ音を鳴らしてから、車を飛び出た。


 悲鳴と銃声。近隣きんりんの住民が慌ててカーテンを閉めるのが視界の端に映る。


 タイヤがパンクした車から出てきた反乱軍が、銃で応戦していた。建物の陰に隠れている。

 帝国軍も建物に隠れ、工作員を突撃させるタイミングを作ろうと応戦する。

 大志と銀臣もすぐに加わるが、あっという間に場は混沌とした。

 一進一退の銃撃戦だった。反乱軍もかなり手勢がいるのか、暫くすると数が増える。

「はっ、特攻し甲斐がいがあるってもんだぜ!」

 好戦的に笑って【二式装備】の剣を起動した銀臣は、走り出そうとする。

「うわっ」

「ノロマはすっこんでろ」

 それを、谷島は後ろから突き飛ばして先に行ってしまった。

「柴尾さん、大丈夫ですか」

「おう」

「なにも戦闘中に私情を挟まなくてもいいのに」

 大志が呆れたように谷島の背中を見ていると、銀臣が片手を軽く上げて謝った。

「わりぃな」

「なんであなたが謝るんですか?」

 それを君が言うかと銀臣は内心思ったが、それは口に出さず谷島を見る。彼は剣で迷わず銃弾が入り乱れる戦場へ飛び出していた。まるで生きるつもりの無い戦い方に見えて、大志は少しゾッとする。

「あいつもいろいろあんだよ。俺みたいなヘラヘラした奴が嫌いな気持ち、ま、わかるからさ」

「……あなたはホントに、優しすぎる」

 そこで会話を終わらせ、二人も戦火へ身を投じた。




 主に軍人が遠距離から援護をして、工作員が盾でギリギリまで接近してから反乱軍の陣営じんえいに入るやり方だ。接近戦に強い手駒を持っていない反乱軍は、それで少しばかり押される。

 銀臣も盾で反乱軍が身を潜めている建物へと近づき、剣を振るった。

 だが谷島は盾も起動しないで陣営に突っ込んでいく。それに銀臣はさすがに声をあらげた。

「おい谷島! 身を守るくらいしろ死にてぇのか!」

「うるさい! 俺のやり方に口を出すな!」

「頭に血が上ってんなら下がれ! 邪魔だ!」

「なんだと……!」


 銀臣の発言に気を取られたのか、あるいはやはり身を守らなかったからか。


 一発の弾丸が谷島の右足のももを撃ち抜いた。バランスを崩して倒れ、谷島は痛みに武器を落とす。

「谷島!」

 銀臣は交戦中の敵を両断してから、谷島に駆け寄った。すぐに盾を起動して銃弾から谷島を守る。

「動けるか!?」

「ったりめぇだ、バカ……っ」

 だけど自力では歩けそうになかった。銀臣は肩にかつごうと思ったが、それでは手に持った盾が不安定になる。次々に襲いくる銃弾の衝撃に耐えながら、安全に谷島を運べないと思った。

水戸部みとべ上等軍士! 谷島工作員が動けません! 援護をお願いします!」

 銀臣は、すぐに谷島のバディである水戸部に向かって叫んだ。

 鋭い目をした、三白眼さんぱくがんの三十代前半の男だ。だが彼は、微動びどうだにせずただただ敵に向かって銃を撃つ。

「水戸部上等軍士!」

 銀臣がもう一度叫んでも、水戸部は動かなかった。冷たい目は、銀臣の方を見もしない。


「動けないなら死ね。貴様らなんてその程度の命だろう。なにをわめく必要がある」


 淡々と、なんの興味も動かされないとでも言いたげな程に淡々と言ってのけた。

 それに呆然とする。銀臣も大志も。谷島は悔しそうに歯を食いしばった。

 水戸部は動いてくれない、すぐにそう悟った銀臣は、思わず大志を見た。


 大志は、すぐには動けなかった。


 二人は銃弾が入り乱れる中心にいる。敵軍も自軍も銃を乱射しているような場所だ。

 そこに出て行くのか思うと、すぐには動けなかった。なんでそんな、仲間とはいえ今日あったばかりの奴の為にとすら思った。

 だけど銀臣にとっては、よく知った仲なのかもしれない。だが大志にはそんなこと関係無い。

 飛び出せば、自分はただのまとだ。そうなってまで救う命なんてあるかと疑問が芽生えた。

 鼓動こどうが速くてわずらわしく、胸を押さえた。ふと、スーツの下の感触に気づく。

 大志はまた銀臣を見た。


 すがるようなその目。

 孤児院でイジメられていた子供と同じ目をしていた。それから目を背けた記憶が頭の中を駆け巡る。非力な自分は、自分の身を守りながらそいつも助けられないとわかっていた。


 だけど、今はどうだ。


 大志は考える。

 あの時から自分の信念は変わっていない。自分が一番大切で、自分の為なら誰かを殺せる自信だってある。

 だけどあの時と違うのは、手の中には()()がある。自分を守りつつ、この状況を打破だはできる手段が。



 大志はおそらく人生で初めて、人を助けようと思った。



「しっかり盾を持っていてください!」

 言うと同時に、大志はスーツ下に装備した物のせんを抜いて、勢いよく敵側に投げる。

 それは地面に落ちると爆発音と共に土煙つちけむりを上げる。手榴弾しゅりゅうだんだ。

 それをいくつも敵側に投げ、相手と自軍の視界を奪う。一瞬、銃声が止んだ。上がった土煙にまぎれて大志は盾を起動して飛び出る。

 谷島と銀臣の前で盾を構える。銀臣は一度武器をケース状に戻して、谷島の分と共に肩に担いだ。

 それから谷島のわきに手を入れ、引きずって近くの建物の陰に身を隠す。大志も盾で二人を守りながら後退した。


 安全を確保してから、谷島を壁に寄りかからせる。

 銀臣は持っていたハンカチをいて、止血に使った。強くめると苦しそうな声が漏れる。

「バカが、次も同じことやったら助けねぇぞ」

「だ、れも、頼んで、ない」

「そーかよ、この死にぞこない」

 言葉のわりには穏やかな口調で言って、銀臣は谷島の頭をペシンと叩く。

 谷島はバツが悪そうに顔を逸らした。

「谷島さん、その傷では任務続行は無理です。安全な場所まで運びますので、身を隠していてください」

「忘れなければ迎えに来てやる」

「忘れんなよ、能天気のうてんき

「うるせぇ天邪鬼あまのじゃく

 場の雰囲気を和らげるように軽口を言い合いながら、銀臣は谷島を肩に担いで戦場から離した。

 先に行った大志は安全そうな場所の確保をして戻って来る。古いが石造りの倉庫のかぎが掛かっていなかったらしい。とりあえずそこを借りることにした。鍵はどうやら内側からも掛けられるようなので、掛けとけよと銀臣は言い捨てて去る。

 それから、大志たちはすぐに戦場へ戻る。

「こういう時、携帯できる無線機とかがあればいいですよね。車を置いて来ても本陣と連絡がついて車を呼べるのに」

「ずっと昔はあったみたいだぜ。今、国の技術者や発明家が頭悩ませて開発中だと」

「そうなんですか、軍での実装希望です」

「俺も」

 無言が流れた。別に気まずいものでは無かったので、大志は気にかけず走ることに集中する。


「ありがとな」


 そこに、銀臣がポツリと言葉をこぼした。

 いきなりで大志は目をまたたかせる。


「正直、君は来てくれないと思った」


 谷島を助けた時のことだとすぐに合点がいった。

 銀臣は真剣な顔で大志を見ている。だが、大志はなんだかその感謝を素直に受け取れなかった。

 だってあの時、確かに迷った。銀臣のようにすぐに駆けつけなかった。その判断を大志は間違っているとは自分で思わないが、銀臣からすれば『迷った』のは事実だと考えた。

 仲間すら助けるのに迷う男なのだと、銀臣は思わないのだろうか。

 だけど隣を走る銀臣は、心から感謝をしているように大志に言うのだ。それには少し困惑する。

「……手榴弾があったので、自分の身を守りながら助けられると判断したからです。そうでなければ見捨ててました」

「おう、それでいいと思う」

「俺はこういう人間なんです。感謝されるとむずがゆいのでやめてください」

「おう、でも、ありがとな」

「……」

 これ以上この話を続けたくなくて、大志はそれきり無言で走った。


 戦場に戻れば、まだ銃撃戦は続いていた。


 建物の陰に身を潜め、大志と銀臣は周りを見渡す。

「宮本くん、どれが指示出してるように見える?」

「二時の方向、緑の上着の男。もしくはあそこで散弾銃さんだんじゅうを持っている白髪の人でしょうか」

「どうする?」

「俺が気を引きます。柴尾さんは後ろに回り込んでください、どうでしょう」

「りょーかい」

 そこでまたお互いの手のひらを鳴らして、別れた。

 大志は建物の陰から数歩身を乗り出した。敵の注意を引こうと派手に銃を連射する。

 思惑通おもわくどおり、反乱軍は大志を狙ってくる。彼はそれを確認してから【三式装備】の盾に切り替えた。銃弾を避け、しかし敵の標的からは外れないようにその場で耐える。


「撃て! いくら帝国軍の武器だって限界はあるはずだ! 撃ちまくってりゃ壊れる!」

「させねーって」

「!?」


 緑の上着の男は、予想外のことに動きを止めてしまった。

 後ろから回り込んだ銀臣は、建物の上から降ってきたのだ。二式装備でその喉を狙う。

「ごめんな」

 そう言ってから、振り下ろす。しかし倒れたのはその横にいた若い男だ。

 銀臣の剣が緑の上着の男に当たる直前、その前に飛び出した。

 短い悲鳴。若い男は最期の力で「お逃げください」と言って絶命した。男は悲痛な顔を一瞬浮かべて、走り去る。

 その背中を、そばに控えていたもう一人の男が守りながら。

「態度を見るにあの男がリーダー格で間違いねぇ!」

 銀臣が自軍のいる方へ叫ぶと、軍人の一人が銃で応戦しながら言った。

「宮本二等軍士! 工作員と共に追え! ここを片付けたら我々も向かう!」

「了解しました!」

 指示を受け、二人はすぐに狭い路地裏を走った。

 銀臣の鼻を頼りに、逃げた男たちを追う。何回か街角を曲がり、大通りへ飛び出した時。

 銀臣のすぐ後に飛び出た大志は、壁に張り付くように潜んでいた反乱軍の一人にナイフで襲いかかられた。


「ぐっ……!」

「宮本くん!」


 大志は銃身じゅうしんを盾に、敵のナイフを受け止める。

 衝撃を流せず地面に倒れた。男は血走った目で、なおも大志の喉を狙う。

 ご丁重に匂い消しの女性用香水まで振りかけているらしい。大志の鼻に僅かに香ってくる。どうやら反乱軍も、工作員への対処を考えて来ているようだ。

「放しやがれ!」

 銀臣が駆け寄ろうとして、大志がそれを制す。

「俺は大丈夫です! 逃げた男を追ってください!」

「でも」

「逃さないでください! 俺の評定の為にもお願いします!」

「……ハハッ。俺、君のそういう所わりとマジで好きだわ」

 口だけ笑い合って、銀臣は走る。

 遠くなった男の背を追った。

 それを見送り、大志は目の前の敵に意識を集中させる。

 男は何度も何度もナイフを振り下ろす。何とか銃身で受け止めるが、マウントを取られている分、不利ふりだった。


「死ねや! 帝国の犬どもめ!」

「っ」


 男が体重を乗せてくる。それをむしろ、大志には好機だった。

 その腹に片足の裏を当て、巴投ともえなげの要領で後ろへ投げ飛ばす。

 男は抵抗する間もなく後ろへ飛んでいき、背中を強打する。起き上がるのに少し時間が掛かった。

「くそっ」

 男が立ち上がった時、目の前には銃口が一つ。己のひたいに向いていた。

 そこから視線を上げれば、無表情の軍人が引き金に指を掛けている。

「まっ__……」

 言い終わる前に、男の頭は粉々《こなごな》になった。危険生物をも撃ち抜ける四則変形戦闘器具の威力いりょくで人を撃てば、死体は悲惨ひさんなことになる。

「……」

 大志は安堵の息を吐いた。

 そして後ろの気配に気づく。反応が遅れたことを一瞬で理解した。

(しまった!)

 振り返ると、ショットガンを持った革命家の男が、もう引き金を引いているところだった。

 盾を起動するには間に合わない。体を横転させるのも間に合わない。

 せめて致命傷を避けようと体をズラした時、割って入ったのは銃声。

 撃たれたのは大志ではなく、ショットガンを構えた男。



「無事ですか?」

 次に大志の意識に飛び込んで来たのは、輝く金色だった。


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