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Innocent Vision  作者: MCFL
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第99話 クリスマスパーティー開幕

到着したのは普段あまり縁のないゴルフ場。

受付や休憩をする建物には誰の姿もなく異様な静けさで満ちていた。

ラウンドへと続く扉に手をかけたところで振り返る。

「ここを開けたらもう後戻りは出来ないよ?」

ここが最後の境界線。

"Innocent Vision"最大の戦いが始まろうとしている。

この扉を開けたとき決戦の火蓋が切って落とされる。

命を賭けた戦い。

つまり逃げ出すなら今をおいて他にはない。

「バカなことを聞くなよ、陸。」

由良さんは僕の言動の真意に気付いて軽くはね除けた。

「ヴァルキリーと戦う気がなかったら最初から陸についてなかった。今さら退くわけがないだろ。」

由良さんはいつでも自信に満ちていて本当に男らしい。

僕も見習いたいものだ。

「ランも今回は本気だよ。撫子ちゃんに謝らせて葵衣ちゃんを困らせてやるんだから。」

気まぐれな蘭さんもヤル気満々だ。

理由はなんであれ本気になった蘭さんは頼りになる。

「陸とみんなのために、戦う。」

明夜も静かな闘志を胸に宿してグッと拳を握っていた。

誰一人として戦いから逃げようとするものなどいない。

"Innocent Vision"は本当に、最高に

「みんなバカだな。」

どうしようもない集団だ。

3人は顔を見合わせて笑い、僕に目を向けた。

「それじゃあ、バカの大将はどうなんだ?」

僕は空いた左手を胸に当てる。

刻印のことは誰にも言っていない。

これがある限り逃げられないし何より

「僕は大バカだからね。負ける気なんてしないよ。」

みんながいれば負けるなんて思わない。

力強い表情を浮かべた3人に頷いて僕はドアを開けた。


決戦の始まりだ。


そこは魔境と呼ぶに相応しい世界だった。

広大なフィールドを見渡す高台の上からはジュエルが編隊を組んで攻め上がってこようとしていた。

それはさながら軍隊のようで、かつての有象無象の集団ではない。

由良さんは現出させた玻璃を肩に担いで不敵に笑う。

「こっちは少人数だってのに、あいつら全力だな。」

「それだけ僕たちがヴァルキリーにとって脅威なんだよ。」

そうでなければこんな恋人たちの聖夜の日に守るべき人たちを投げ出してまで決戦場であるゴルフ場に全勢力を終結させるわけがない。

今日、ヴァルキリーは完全に"Innocent Vision"を潰す気でいる。

「りっくん、何か言うことある?」

蘭さんはオブシディアンを手に体を解しながら尋ねてきた。

言うべきことは一つだけ、それ以外はみんなちゃんと分かっているから。

「死なないで。」

「りょーかい!」

蘭さんは嬉しそうに拳を振り上げた。

「陸。」

「明夜も無理しないでね。」

僕はポンポンと明夜の頭を撫でるように叩く。

不安げに瞳を揺らしていた明夜が少し微笑んでくれた。

「陸も、死なないで。」

「うん。努力するよ。」

「絶対、死なないで。」

圧倒的に不利な戦いで絶対なんて約束は出来ないけれど

「絶対に、勝つよ。」

僕はその言葉を口にした。

地鳴りはすぐそこまで迫っていたが僕に不安はなかった。


ジュエルは各ホールのフェアウェイに展開していて僕たちの登場と同時に動き出したようだった。

僕は全体を眺めつつ戦況を確認する。

「先陣はヘレナ部隊と海原緑里部隊。それと隣のホールから林を突っ切る形で等々力の部隊も来てるね。ソーサリスはなし。」

10人程度の編成部隊が3つ、特に作戦を立てている様子もなくこちらへと向かってくる。

見晴らしがいいので相手からは僕らの位置が丸分かりなのだろう。

「それと…」

僕は視線を施設の屋根へと向ける。

そこに立ち上るのは炎。

赤と青の炎を手にした八重花が僕たちを、いや、僕を見下ろしていた。

「…八重花。」

「りく、やっと会えた。」

八重花は嬉しそうに目を細めて右目だけ涙を流した。

ずっと僕を追いかけ続けてくれたのは嬉しいが僕はこんなことは望んでいない。

「やめよう、八重花。ソルシエールに取り込まれちゃダメだ。」

「…別に構わないわ。」

予想外の返答に戸惑う僕に八重花はニィと底冷えのするような笑みを見せた。

「りくの周りにいる女たちを倒し、りくを私のものにした後ならね!」

八重花は屋根を蹴ってまっすぐこちらに向かってきた。

後ろからはもうすぐ近くまでジュエル編隊が迫ってきている。

前門の虎、後門の狼。

逃げ場のない状況に動きを止めてしまった僕の目の前に降り立った八重花は微笑みを浮かべ、

「まずはあっちからよ!」

ゴウと青い炎を明夜たちに向けて放った螺旋を描き襲い掛かる炎は3人を瞬く間に包み込み

パンッ

風船が割れるような音と共に消え去った。

「なっ!?」

驚き、慌てて振り向いた八重花が僕を見た。

僕の、いや、俺の手にある玻璃はもう鳴き出す寸前だった。

右手を掲げて指を弾いた瞬間、蘭の形成した幻想が打ち払われる。

「羽佐間、由良!」

「陸に拘りすぎたな。」

周囲のジュエル部隊も異変に気付いたようだが既に遅い。

全員射程内だ。

「今回は全力だ。震えろ!超音振!!」

先制の一撃が十数人のジュエルと八重花に襲い掛かった。


「うまくいったみたいだね。」

蘭さんのソルシエール、オブシディアンの持つ虚像幻影(イマジンショータイム)と由良さんの超音振の組み合わせは絶大な効果を発揮したようだ。

僕たちは虚像の応用で姿を隠して等々力部隊がいたホールへと移動していた。

今は林の中を進んでいる。

「そうだね。ここで待機して由良さんが合流するのを待とう。」

八重花との戦闘を長引かせると他の部隊の展開を許してしまうため一撃で決める必要があった。

八重花には悪いが戦いが終わるまで眠っていてもらおう。

そうこうしている内に由良さんが合流してきた。

「相変わらず陸は俺を1人で戦わせるのが好きだな。」

「だって由良さんの超音振はみんなを巻き込むから。」

由良さんの超音振はゲームでいうマップ兵器のようなものだ。

それを使うにはどうしても個別に運用するしかない。

由良さんはちょっと拗ねているみたいだったが頭を掻いて気を取り直してくれた。

「まあいい。とにかく2割のジュエルとソーサリス1人を撃破だ。」



葵衣は巧妙に隠した指令本部テントで全体の情報統制を行っていた。

「ヘレナジュエル一隊全滅、緑里および良子ジュエルは半数が再起不能、残り半数もショックでしばらく行動不能。および八重花様が撃破されました。」

「開始早々、やりましたね。」

ヴァルキリーも当然由良の超音振を警戒していた。

だから早々に混戦へと持ち込んで由良を仲間から引き剥がせないようにして超音振を封じるつもりだった。

だが現実は突出したヘレナ部隊は全滅、他も動けなくなっただけでなく八重花まで落とされた。

初手は完全に敗北だった。

『キーッ!ワタクシの部隊が!なんてことですの!』

リアルタイム双方向通信なのでヘレナの叫びがとても煩い。

他のソーサリスにも動揺が広がっていた。

撫子はアヴェンチュリンの石突を地面に打ち付けた。

「作戦を変更します。プランアルファからプランイプシロンへ。」

『!』

『花鳳様、それでは…』

ジュエルによって"Innocent Vision"を消耗させ、ソーサリスによって撃破する兵の運用としては常套手段であるプランアルファからジュエルを後方に待機させソーサリスによる襲撃で撃破、もしくは分断しその後残りを全兵力で殲滅するプランイプシロンへの変更。

それはもはや策ではなく全力で敵を倒すという優雅さに欠けた戦術だった。

「最初の戦闘でわかりました。インヴィはわたくしたちが予想していなかった東條さんの独断専行まで予測した上で作戦を立てていました。」

『…確かに。』

いくらジュエルが束になって迫ってきたところで大技を打つ必要性はない。

だがあの状況で八重花との戦闘が長引けば間違いなく好機と見て全軍を進撃させていたことだろう。

つまり陸はそこまで読んだ上で超音振による一撃を仕組んだと。

「こちらの予想外の行動まで予測されてしまってはもはやこちらが用意した策など筒抜けと考えて良いでしょう。ならば策など立てず全力で"Innocent Vision"を打ち倒しましょう。」

まさかの無策作戦。

だがソーサリスからの反論はなかった。

撫子の考察は"Innocent Vision"の、インヴィの脅威を再認識させるのに十分だった。

『分かりましたわ。ワタクシの力を直に味わわせて差し上げましょう。』

『インヴィ、今日こそは刻んであげるよ。』

『撫子様、見ていてくださいね。』

『半場さん、ゆっくりと苛めてあげますよ。フフフ。』

『八重花の敵、とらせてもらうよ。』

ソーサリスたちのやる気は十分だった。

「プランイプシロン始動。各員は所定の位置に移動を開始してください。」

葵衣の指示でジュエルが陣形を変化させていく。

撫子はアヴェンチュリンを手に葵衣の肩を叩いた。

「わたくしも準備を始めます。後はよろしく頼むわ。」

「承知致しました。お気を付けてください、お嬢様。」

「ええ、わかっているわ。」

撫子は優雅にテントから出ていく。

空は徐々に雲が押し寄せてくるようだった。

「本当の戦いはこれからです。」



激戦が開始された頃、叶はフラフラと歩いて太宮神社にやって来ていた。

境内の掃除をしていた琴は人生の終わりみたいな顔をした叶を見つけると

「か、叶さん!?あわわ、とにかく中へ。」

と大慌てで社務所に連れていった。

「はうぅ。」

意気消沈したため息を漏らす叶を見て

「どうしましょう、どうしたら?」

琴はオロオロと慌てるばかり。

叶が心配なのだがこれまで人を慰める経験のなかった琴はどうしたらいいのか分からなかった。

「はぁ…半場君。」

「…そうでしたね。今日は予言の日、その様子では半場陸さんには会えなかったのですね?」

叶は弱々しく首を横に振る。

「会えたには会えたんですが…」

叶はポツポツと自分が予定を守っていたこと、お婆さんを助けて駅に向かったがギリギリ間に合わなかったことを告げた。

それを聞いた琴は原因に思い至る。

(はやく会いたいと願った欲ですね。ですがそれは致し方がないこと。)

琴は自分の中にある「お客様を持て囃す言語集」からどうにか叶を慰める言動を探して敢行しようと口を開いた。

「私、本当に運がないんです。まさかあの二択で外れを引いちゃうなんて。ちょっと自分に絶望しました。」

だが叶の呟きで言葉は封じられ、開いた口が塞がらなくなった。

「もしかして…叶さんが落ち込んでいたのはそのことですか?」

恐る恐る尋ねる琴に叶は首をかしげながら、はい、と頷いた。

「実際に一目ですけど"太宮様"の予言の通りに半場君に会えました。ちゃんとお話しできなかったのは私の運が悪かっただけです。」

「で、ですが、お婆さんを助けなければ…」

言いかけた所で琴は続けられなくなった。

なぜなら、叶はさっき以上に不思議そうに、本当にそんな可能性など考えていなかったというように首を捻っていたからだ。

「あれは関係ありません。もしもお婆さんを助けなかったことで半場君に会ってお話が出来たとしても…きっと半場君に怒られちゃいますから。」

叶はクスッとおかしそうに笑った。

「!!」

琴には叶の後ろに後光が差しているように見えた。

(やはり、叶さん、貴女は…)

「え、琴先輩。どうして泣いてるんですか?」

叶に指摘されて頬に手をやると濡れていて、琴は初めて自分が泣いていることに気が付いた。

目元をぬぐいながらはにかむ。

「叶さんの優しさに感動してしまっただけです。」

「あは。そんな、大袈裟ですよ。」

叶は照れ臭そうに笑うが

(貴女の行いが現代の社会の中で尊いものか、ご存じありませんか。)

だがそれでいいと琴は思う。

意識した善意とは偽善。

善意を誰かに認めてもらいたいという欲望だから。

「でも、また半場君とちゃんとお話しできなかったです。」

それでもやはり残念なものは残念で叶はしょんぼりと項垂れる。

「…大丈夫ですよ。」

「え?」

琴はお茶を傾けてほうとため息を漏らし優しく微笑んだ。

「何となくですが、近い内にわたくしも叶さんも彼と会える気がします。」

「それは、巫女さんの予言ですか?」

少し期待するような瞳の叶に琴は首を横に振り

「ですから、何となくです。」

お茶目にウインクして見せるのだった。

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