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Innocent Vision  作者: MCFL
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第98話 決戦前夜

鋭い剣撃が縦横無尽に襲ってくる。

僕は1人走っていた。

向かう先に救いはない。

周囲には敵がいて向かう先は斜面。

針のむしろのように剣の先が向けられる。

恐怖はある。

だけどそれは目の前の敵に対してではない。

はたして僕に生き残れるだけの運があるか、それだけが怖い。

ジリジリと詰め寄ってくるジュエルはギラギラと瞳をたぎらせ、ギラギラとした刃を突き付けてくる。

「南無三。」

僕はぐっと膝を落とし、崖に向かって後ろ向きに飛び込んだ。



「うわああああ!」

と目を開ければすでに見慣れた天井。

僕は間抜けに手を伸ばしながら叫んでいた。

「ああ、あ、…ふう。」

目が覚めても落下する浮遊感が抜けず地に足つかない感じだったが少し経つと落ち着いた。

動くのも億劫で濡れたシャツのまま目元を腕で覆い隠す。

「…ああ。」

もう時間がない。

明日。

まだ今日になったばかりの時間だが明日の戦いで"Innocent Vision"の命運が決する。

敵はヴァルキリーの大軍勢。

戦場は花鳳グループの所有するゴルフ場になった。

身を隠す木々はあるものの開けた場所の多いゴルフ場では敵からこちらの姿を発見しやすく隠れてやり過ごすのは困難だろう。

集団で動けばジュエルの大群を一斉に相手にしなければならず、かと言って分散すれば危機に陥ったときに助けることができない。

「ふう。」

しかも敵はジュエルだけじゃない。

むしろ敵はヴァルキリーのソーサリスと言って過言ではない。

神峰のグラマリー・エスメラルダは今回のような大規模戦闘で真価を発揮するし、下沢のコランダムは少人数の"Innocent Vision"にとっては脅威だ。

等々力のラトナラジュの威力と爆発力は危険だし、海原緑里のかごめはジュエルよりも運用範囲が広い。

他のメンバーに至ってはどんな力を有しているかも不明だ。

「そして…八重花。」

八重花の性格を考えると作戦など考えず僕に会うためだけに飛び込んでくるだろう。

そして僕が手加減することまで予測している。

敵を引き込めば内と外からの攻撃で"Innocent Vision"は統率が取れぬまま瓦解する。

「…僕がそう考えている以上、そうなる未来は起こらないわけだ。」

だから初手は決まっている。

そしてそこからの流れも自然と決まっていく。

「ふう。」

妙に頭が冴えてしまっているので仕方なく僕はベッドから起き上がった。

シャツを変えてリビングに出る。

みんな寝ているため電気は消えていて空調が効いているのに少し涼しく感じる。

紅茶のティーバッグでお茶を出してテーブルにつく。

「ここでの生活ももう2ヶ月か。」

"人"を捨ててヴァルキリーや魔女との戦いに備えるためにここに来た。

確かにこれまでの生活とは一変して戦いに身を置いていた。

紅茶を飲んだら深いため息が出た。

「結局、僕は"人"を捨てきれなかった。」

明夜、由良さん、蘭さんとの生活は戦闘組織としての集まりではなく気の合う仲間との共同生活でしかなかった。

僕は白い目で見られることの多かった以前の生活から理解してくれる人しかいない居心地のいい空間に逃げ込んだだけだったのだ。

「そろそろ、おしまいかな。」

明日の戦いに生き残ってもヴァルキリーは本気で"Innocent Vision"を潰そうとするだろう。

これまではゲームの不文律としてここの捜索は熱心に行われなかったがそれすらも破られて見つかってしまう。

秘密基地に隠る生活ももう限界が見えていた。

「楽しかったよ。」

僕を、Innocent Visionを理解してくれる仲間たちとの生活は長年隠し続けていた偽りの自分ではなく本当の自分でいられた。

皆の好意に支えられて何の不安もなく笑っていられた。

だけど僕が求めたのは楽園じゃない。

ここに居続ける限り僕は成長することができない。

だからもう終わりにしよう。

「僕は戦いが終わったら、楽園を出るよ。」

戦うために、これからも僕が戦い続けられるために。

「だから…勝つよ、生きるために。」

策はもう練り上がっている。

いくつかの不安要素はあるがそこは仲間と僕自身を信じている。

「ヴァルキリー。無邪気な悪夢を見せてあげるよ、このInnocent Visionがね。」


「フッ、見せられるかしら、そんな微睡みの瞳で。」


「!?」

いきなり僕は砂漠の中心に立っていた。

目の前には見下すように笑う魔女がいる。

いつの間にか魔女に引き込まれたらしい。

「微睡みの瞳ってどういうことです?」

「言葉通りよ。まだ瞳は開ききっていない。」

それがInnocent Visionのことを指していることは分かる。

だが、どうすればいいかなんて分かるはずもない。

「まあ、時計の針を止めることは出来ないのだから仕方がないわ。微睡みの瞳のままで何とかしてみるがいいわ。」

魔女は声援とも言えないことを言ってクックッと笑った。

その言葉に気付いたことを直接尋ねる。

「つまり"Innocent Vision"とヴァルキリーの戦いに介入するつもりはないと?」

「なんでそんなことをしなければならないの?自分が力を与えたソーサリスが全力でぶつかり合う舞台。そんな面白そうな見世物、観戦するに限るわ。」

本当に楽しそうに魔女は目を細めた。

(僕たちが命をかけて戦う決戦も魔女にとってはゲームと同じか。)

人の命を軽んじているようで不快だが魔女に言ったところでしょうがない。

「フフン。所詮、私は蚊帳の外だもの。せいぜい楽しませてもらうわ。」

ジェムが出てくる光景は見なかったから分かってはいたがこれで完全に"Innocent Vision"対ヴァルキリーの正面衝突となるようだ。

「…この戦い、あなたはどちらが勝つと思いますか?」

僕は魔女に問う。

魔女はうーんと悩む素振りを見せたあとふうとため息をついた。

「ヴァルキリーね。3対99は覆らないわ。」

魔女の挙げた3対99は僕の作戦を知った上での発言だ。

それでも勝てないと。

「…それなら、もしも僕たちが買ったら褒美くらいは貰ってもいいですよね?」

ここからが本題。

魔女がこの戦いを楽しみにしているからこそ、そして"Innocent Vision"が不利だと理解しているからこそ持ち掛けられる取引。

「なるほど、確かに勝てるならそれくらいは許されるでしょうね。それで、魔女であるあたしに何を望む?」

魔女との取引は失敗したら何を要求されるかわからない。

だけど負ければ命があるかもわからないのだ。

退く理由はない。

「僕たちが勝てたら、ジュエリアの出荷を止めてください。」

それが勝利後の懸念。

例え勝てても次に100万の軍勢で迫られては勝ち目はないから。

「はっはっは。」

魔女は僕の提示した条件を笑う。

「いいわ。"Innocent Vision"が負けたときの担保はその身と魂よ。」

「ツッ!」

胸に焼けるような痛みを感じてシャツの中を覗き込んでみると刻印のようなものが心臓の辺りに刻まれていた。

「明らかに状況が敗北となったとき、敗けを宣言したとき、その刻印は心臓を止めて魂を引き抜くわ。」

物騒な話だがそれくらいの方が危機感があってちょうどいい。

「約束ですよ?」

「約束は守らないけど契約と取引は守るわ。」

ビュオと砂嵐が僕と魔女を別つ。

「精々頑張りなさい。ふふふ。」

魔女の笑い声がエコーで聞こえ


気が付けばリビングに立ち尽くしていた。


胸元を見れば刻印がある。

「これでいよいよ負けられなくなった。」

胸元を押さえながら決意を固める。

「さて、最後の足掻きをさせてもらおうかな?」

僕はベッドに向かい、すでに慣れてしまったスタンIVに落ちていくのだった。



ピピピピピピ…カチッ

ジリ…カチッ

叶は目覚ましがなるのと同時に目を覚ましてベルの音を止めた。

「24日、今日を乗りきれば半場君に会えるんだ。」

不安はある。

琴が以前言っていたように陸が戦いを望んでいるのならそれを止められるのか、受け入れられるのか分からない。

「半場君に…会える。」

だが今の叶にはそんなことよりもただ探し続けていた陸に会えるという事実が純粋に嬉しかった。

ベッドから起き出して朝の準備をする。

今日から冬休みなので学校に行く必要はなく、もし今日会えたときのためにちょっとおめかしをしていたら出発予定時間ギリギリになってしまった。

「あ、急がないと。行ってきます!」

7時50分、叶はちょっとだけ急いで家を出た。

叶は歩きながらポケットに入れていた予定表を取り出した。

「ええと8時15分に駅。ここから普通に歩いても普通に間に合うよね。」

叶の家から駅まではゆっくり歩いても20分程度、早足気味に歩いていればかなり余裕だった。

そして予定表はそこで終わっている。

「これって駅に半場君がいるってことかな?」

あるいは駅に到着することで遭遇するチャンスが発生するとも考えられたが叶は既に陸が駅にいると信じて疑わなかった。

「それなら早く行った方がいっぱいお話しできるかも。」

この時ばかりは叶も少しばかり欲が出た。

今までずっと会えなかったのだから少しでも多くあって話がしたいという可愛らしい願いは叶の足をいっそう早くさせた。

そうして壱葉駅が視界に入ったのは予定時刻よりも10分早かった。

あとは比較的大きな立体交差点を渡りきれば駅はすぐそこだった。

青信号になったのを確認して叶は足を踏み出し

「アイタタタ。」

すぐ後ろからそんな声が聞こえて足を止めた。

振り返れば大きな荷物を背負ったお婆さんが横断歩道に入ったところで蹲っていた。

周囲に人はいるが誰も見向きもしないで横を通りすぎていく。

「大丈夫ですか、お婆さん?」

叶は時間との駆け引きなんて考えることもなくお婆さんに駆け寄っていた。

「すまんね。ちょっと躓いただけじゃ。」

「でも重たそうです。お持ちしますよ。」

叶は荷物をお婆さんから受け取る。

信号はまだ青だが急がないと赤に変わってしまう。

「行きましょうか。」

「優しい娘っ子じゃな。」

お婆さんの歩幅に合わせてギリギリ青信号の内に渡りきった。

「ありがとうね。もうここで平気じゃ。」

「でも…」

叶はズシリと重い荷物の感触に不安げな顔をした。

頭まで手が届かないお婆さんはシワシワの手で叶の手を撫でる。

「大丈夫じゃよ。それに、急いどったろ。」

「…はい。それでは気を付けてくださいね。」

叶は迷ったがお婆さんの気遣いを無下に出来ず荷物を下ろした。

お婆さんに見送られて叶は駆け出す。

時間はもう3分しかない。

最近はタッチ式の改札だがあまり出掛けない叶は持っておらず券売機に並んだ。

「あうー、買っておけばよかったよ。」

今さら言っても仕方なく入場券を通して駅に入る。

一番線と二番線、三番線と四番線がそれぞれ同じホームだった。

「うー、一番線!」

叶は一瞬迷って一番線を選んだ。

電光掲示板は発車1分前を示していた。

階段を駆け降りてホームを走りながら電車内を見るが陸の姿は見つからない。

そうこうしている内に発車時刻になり、叶は乗り込まずに電車を見送った。

「はあ、はあ。」

走り去る電車が途切れたとき、反対側のホームに陸と明夜、由良、蘭が電車に乗り込もうとしている姿が見えた。

「いた!半場君!」

叶は疲れた体に鞭打って階段を駆け上がり三番線のホームに向かう。

ピリリリリリ

階段に差し掛かったとき無情にも発車ベルが鳴り響いた。

「待って!」

叶は一段抜かしに階段を降り切って

プシュー

目の前でドアが閉まった。

「…。」

「半場、君…。」

階段脇の車両に乗っていた陸と目があって互いに見つめ合う。

だがそれも一瞬、陸の姿が横に流れていき

「…行っちゃった。」

叶はホームにペタンと座り込みながら走り去る電車を見送った。



僕はしばらく呆然と流れる景色を見ていた。

(どうして作倉さんがあそこに?)

あの慌てぶりは遅刻しそうだから急いでいたようにも見えた。

だが

(まるで僕がここにいることを知っていて追いかけてきたみたいだった。)

そんな疑念を持った。

確証はないが直感がそちらだと言っている。

作倉さんとはこれで二度遭遇したことになる。

偶然といえばそれまでだが別の可能性を考えていた。

(僕の他にいるのか?未来を見る人が。)

未来視がInnocent Visionだけだなんて思わない。

だが何らかの意図で作倉さんと接触し僕に差し向けたのだとしたら警戒しなければならない。

(余計なこれも、生きる目標になるのかな?)

僕たちは決戦場に向かっていった。

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