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Innocent Vision  作者: MCFL
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第97話 予定表生活

決戦の日時が決まった翌日、江戸川蘭は壱葉高校に登校していた。

決戦の準備はあったがヴァルキリーからの情報伝達係として働かなければならなかった。

「メッセンジャーランちゃんの力を見せるときが来たね。」

そう言って元気よく出掛けてきたのだが実はちょっと落ち込んでいたりする。

(うー、失敗しちゃったよ。りっくん優しいから怒らないけどやっぱり困ってたよね。)

普段何事にも動じない蘭も最近は色々と考えている。

それは仲間が出来たから。

"Innocent Vision"を仲間だと認めたから。

明夜とのんびりするのも由良と喧嘩みたいなじゃれ合いをするのも陸を弄るのも、そのどれもが楽しくて飽きることがない。

飽きっぽい蘭にとって"Innocent Vision"は安息できる場所なのである。

蘭はスッと目を細めて瞳の奥に決意を宿す。

(撫子ちゃんがランの大事な場所を壊すなら、それよりも先に撫子ちゃんの大事なヴァルキリーを壊してあげるよ。)

「蘭、おはよう。」

「あ、おっはよ!」

蘭は左目をウインクするように瞑ったまま元気よく手を挙げて振り返った。

ヴァルキリーやジュエルとは関係のない友人に笑顔を振り撒く。

そこにさきほどの戦士の決意はなく多くの者が知る江戸川蘭だった。


教室に向かう途中の踊り場を通ると

「江戸川様。」

いつから待っていたのか海原葵衣が声をかけていた。

友人が突然現れたように見えた葵衣に驚いていたので

「この子に用があるから先に行ってて。」

と半ば強引に送り出した。

直立不動で待っていた葵衣に向き直ってフッと笑ってみせた。

「葵衣ちゃんが来たってことはクリスマスパーティのお誘いかな?」

「…クリスマスパーティ、ですか。なるほど、言い得て妙ですね。」

他の誰かならもう少し笑うなり何なりのリアクションをしてくれただろうが葵衣は関心こそすれ表情は変わらなかった。

蘭はちょっぴり凹む。

「その名称はお嬢様に推奨しておきます。」

「あはは。」

そのくせ気に入っているらしいのだから葵衣は真性のポーカーフェイスである。

過度の警戒心が削がれた蘭に上質な封筒が差し出された。

封も蝋でされている本格的な手紙だ。

「招待状?」

「はい。日時と会場がこちらに記載してございます。」

戦場ではなく会場と言ったのはちょうど生徒が通りすぎたからだ。

その辺りを慌てた様子もなくやってのけるのだから葵衣は(以下略)。

ここまで完璧な無表情に蘭が興味を持つ。

「なんだか葵衣ちゃんの困り顔を見たくなってきたよ。」

「それは困りました。」

口調とは裏腹にやっぱり葵衣は困ったようには見えない。

他の人間なら馬鹿にしてるように感じる淡々とした口調や動かない表情、仕草は「海原葵衣」というカテゴリーにおいて悪感情を抱かせない。

「パーティーの時には本当に困らせてあげるね。それじゃありっくんに渡しておくけど…爆発したりしないよね?」

蘭は冗談めかして手紙に耳を当てた。

さすがに時限式の爆弾のようにカチカチと音が鳴ったりはしない。

気配を探るが魔術的な因子も葵衣が触れていたためについた微かな残り香を除けば見つからなかった。

「お嬢様は気高き御方です。奇襲や策謀を巡らせることなく正面から"Innocent Vision"を迎え撃つおつもりです。」

蘭は人差し指と中指で手紙を挟んでピラピラと弄ぶ。

振っても中にある手紙が微かに動く以外異物の気配はない。

「うん。撫子ちゃんは確かにそんな感じだよね。」

蘭はニコニコと笑いながら告げ

「でも、撫子ちゃん以外が、例えば撫子ちゃんを危険な目に会わせたくない誰かが罠を仕掛けたりしてないかなってね?」

薄く開いた鋭い目で葵衣を睨み付けた。

氷の刃ごとき冷たく鋭い視線にさすがの葵衣もビクリと身を震わせた。

それも一瞬、葵衣はすべての揺らぎを瞬く間に押さえ込んで常の表情に戻った。

「花鳳撫子お嬢様の名にかけまして、お嬢様の尊厳を汚す真似は致しません。」

それはいつも通り淡々とした口調であり、同時に強い意思のこもった言葉だった。

蘭は手紙をポケットにしまって笑みを見せた。

「わかったよ。でも何かあったときは…どうなるかわからないよ?」

蘭はもう一度凍てつく瞳で葵衣を流し見てその場を去っていった。

「…」

葵衣は最後までグッと左手の拳を握り続けていた。



「ええと、授業が終わったら購買に行って教室で…」

叶は"太宮様"の予定表生活に取り組んでいた。

尤も内容の細かい指定、例えば購買でどれを買う、というような内容ではなくあくまで何時にどこと指示されるだけなので時間を気にしていればそれほど窮屈ではない。

叶の手にはタイムテーブルとして書き直した予定表がある。

予定表は12月24日の朝で終わっているためあと数日この生活を続ければ終わるのが分かっていた。

(だけど朝の起きる時間と夜寝る時間が難しいよ。)

夜は"太宮様"が昔の人のせいか就寝時間が早いため見たいドラマを見れなかった。

それ以上に大変なのが起床時間でこればかりは起きなければ予定通りに過ごせないのでなんとしても起きなければならず、先日目覚まし時計を追加した。

そうこうしているうちにチャイムが鳴って授業が終わった。

「叶、ご飯にしよ。」

裕子がお昼を誘いにやって来たが叶は購買に行かなければならない。

「ごめんね。ちょっと購買に行かないといけないから戻ってきたらね。」

予定の時間は迫っている。

叶は財布を持って早足に教室を飛び出していった。

それを見送った裕子は

「叶、お弁当忘れたのかな?」

首を捻るのであった。


結局購買戦線に揉まれながらイチゴ牛乳だけを買って教室に戻ると裕子と久美、芳賀が机を囲んで待っていた。

「なんだ、飲み物だったんだ。」

「かなちん、こっち。」

久々にみんなと一緒の食事に喜びを感じながら席についたが

「八重花ちゃんは?」

そこに八重花の姿はなかった。

「八重花は乙女会よ。」

叶が購買に行っている間に裕子が声をかけたがにべもなく断られてしまっていた。

知る由もないが来るべき"Innocent Vision"との決戦のためにヴァルキリーは水面下で様々な準備を進めていて慌ただしいのだ。

「普段乙女会って何をやってるんだろうね?」

学内で知らないものはない乙女会は同時にその全容を誰も知らない秘密倶楽部のようなものだった。

(でもなんでだろう?最近乙女会への憧れが無くなってきちゃった。)

乙女会に入った八重花をスゴいとは思う。

だけどそれまで抱いていたような自分も乙女会に入りたいと思うことは無くなっていた。

「乙女会は無理でも純乙女会には入れそうだけどね。どうやったら入れるのかしらね?」

"準"を"純"と書き換えた乙女会の下部組織もまた謎が多い集まりだった。

参加メンバーは壱葉高校の生徒に止まらず学外の生徒や社会人までいるらしく、本人に尋ねても入会条件は秘密とのことだった。

「にゃは。でも大変そうだよね。」

久美の言うように純乙女会に入会した生徒は勉強と運動、どちらにおいても目に見えて努力をするようになっていた。

それまで成績に無頓着だった生徒が人が変わったように勉強に打ち込み、テストの点数に一喜一憂するように変わった様を見て裕子たちは面倒そうだと思ったという。

「最近、なんかピリピリしてるよね。女子もそうだけど男子も。」

そして男子もまた変わってきているように感じていた。

「クリスマス前に彼女を作りたくて盛ってるんじゃないか?」

同じく男子だが芳賀は興味なさげにコンビニのパンを食べていた。

(あ。)

時計を見るといつの間にか次の予定の時間が迫っていた。

ちょっと話し込み過ぎたらしい。

叶は急いで弁当の中身を詰め込んで口をリスみたいに膨らませ、それをイチゴ牛乳で無理やり流し込んだ。

飲み物を買っておかなければ難しかった。

(これが"太宮様"の先見なのかな?)

涙目でゴックンした叶は食休みを入れる間も無く立ち上がる。

「ちょっとこの後用事があるから行くね。」

(次は屋上に行って南を見るだっけ?)

叶はまたも早足に教室を出ていった。

「なんか叶も忙しそうね。テストも終わったのに。」

ハムッとおかずを口に放り込みながら裕子は感心したようなため息を漏らした。

「にゃはは。かなっちも変わったよね。」

「クリスマス前に陸を見つけようとしてるんじゃないか?」

真奈美が目覚めてからはわりと話題にも上るようになった陸の話題。

冗談で言った内容がまさか真実だとは3人は夢にも思わず笑うのだった。



八重花は校舎裏にいた。

八重花のジュエル部隊は決戦を前にもう一度配備され、以前よりもやる気を充足させていた。

名を聞いてもらえないジュエル3人は大層不満げに最前列に並んでいた。

「今回の"Innocent Vision"との決戦、私は部隊を率いるつもりは無いわ。」

召集をかけて早々の宣言にもジュエルは動揺しない。

八重花の放任ともいえる方針は以前の合宿で分かっている。

そしてあの時に教わった教えは皆の胸にしっかりと宿っていた。

「今回も規律に縛られず敵を倒せということですか?」

八重花ジュエルその1の発言に八重花はコクリと頷く。

「そうよ。ただし今回は別部隊に乱入すると後ろから刺されることもあるからやるなら気を付けることね。」

八重花は止めない。

戦うも逃げるも傍観するも味方を蹴散らすも、ジュエルの起こす行動すべてが本人の責任だから。

「隊長はどうされるのですか?」

その2の質問に八重花は笑う。

自分がやろうとしていることが馬鹿げていて笑わずにはいられなかった。

「敵中突破とインヴィの拿捕。」

策とも呼べない無謀極まりない作戦に今度はジュエルたちもざわめいた。

「付いてこなくていいわ。私が向かうのは化け物の巣窟。レベル不足のあなたたちが不用意に踏み込めば一撃で落とされるわよ。」

その力の一端はジェム狩りの時に見ているだけに異を唱えるものはいなかった。

「他の部隊の作戦に乗って敵ソーサリスを分断したあとに攻め込みなさい。」

「でもそれだと隊長は鉄砲玉じゃん。」

その3は口調こそ軽いものの心配そうに進言した。

つまり八重花は先陣切って敵の真っ只中に飛び込むということ。

皆にはその後ヴァルキリーの総攻撃で分断した"Innocent Vision"の戦士を倒すのに専念しろと言うことだった。

その時八重花がどうなっているか、それを本人は一言も言っていない。

「私は死なないわ。成すべきことを終えるまで。」

「成すべきこと?」

八重花がそこまで強く思う願いに皆の関心が集まる。

八重花はグッと拳を握り

「"Innocent Vision"のソーサリスを全員排除してりくを手に入れるまで。」

声だかに宣言した。

(結局男か!)

全員の心の声が一致した。

だが同時に八重花にもそういう人間らしい、女の子らしい思いがあることを知って親近感を覚えもした。

「…ちなみに私がりくを手に入れた後に攻撃してくる相手は誰であろうと私の敵よ。あなたたちも例外ではないわ。」

さらには作戦完遂後の敵対宣言までする始末。

しかしジュエルたちは全く動じることなく、むしろ好戦的な笑みを浮かべているものも多かった。

「それはつまり隊長が敵に回ったら遠慮なく倒してしまっても構わないんですよね?」

挑戦的な発言に八重花も不敵な笑みで答える。

「あなたたちに出来るならね。」

これが八重花のジュエル部隊。

己の欲望のままに戦うことこそが規律となる戦闘集団。

八重花はこれで話は終わりとばかりに背を向けて歩き出し、数歩進んだところで足を止めて振り返った。

「一つだけ言い忘れたわ。」

他に何があるだろうと不思議そうな視線を送ってくるジュエルを見回した八重花はフッと優しい目をして笑った。

「こんな馬鹿けた戦いに命をかけないように。」

それは隊長としての慈悲。

どうせ用意されていない席を争うような椅子取りゲームは止めろという主催者側の意見だった。

八重花はそれだけ告げて去っていく。

ジュエルが抱いた感想は様々だった。

大半は馬鹿にするなとやる気を出していた。

八重花は校舎裏から去り際に八重花ジュエルその1を見た。

(尤も、ジュエルが覚醒するようならわからないけどね。)

合宿の最後に見せた光、あれが未完成のグラマリーならばあるいは…

(まあ、私には関係ないけど。)

今度こそ八重花は部隊から別れて動き出した。


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