表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Innocent Vision  作者: MCFL
94/189

第94話 決戦はクリスマスイブ

そしてクリスマスを数日後に控えた学生たちに年内最後の障害、期末テストがやってきた。

あいにく天気は曇天。

肌を刺す冷気に震えるのは寒さか不安かわからない。

余裕そうな者、歩きながらも本とにらめっこしている者、絶望した顔をしている者。

多種多様な表情を浮かべながら少年少女たちは戦場(いくさば)である学舎へと向かっていく。

自らの配置に付きある者は祈り、ある者は足掻き、またある者は諦念を抱き戦いの時を待つ。

鐘の音が鳴り響き、皆の表情が緊張で引き締まる。

敵にして立会人である教師が入ってくると最後の足掻きをしていた生徒も資料をしまった。

そこから先、頼れるものはなく味方はない。

頼れるのは自らの知識のみ。

手にするのは剣ではなくペン。

伏せられた用紙に様々な思いを込め、鐘の音と共に彼らの戦いは始まった。


「そこまで。ペンを置いて答案用紙を前に回してください。」

第一戦の終わりを告げる声に生徒のため息が出た。

それは満足げなものと絶望的なものが入り交じる声の中、答案用紙を回収した教師が出ていくとクラスは騒がしくなる。

次のテストに向けて教科書やノートを開く生徒が殆んどだが

「よう、久住。調子はどうだった?」

芳賀のように友人に声をかけるものもいる。

「ここなんだっけ?」

「それはね…」

他所では互いを助け合うために顔を付き合わせているが芳賀と裕子の顔には互いに挑発的な笑みを浮かべている。

「結構埋められたわ。そっちこそ、約束忘れてないでしょうね?」

「当たり前だろ。今回の俺は一味も二味も違うぜ。」

芳賀はクククと笑う。

「私も真の力を見せてあげるわ。」

裕子もフフフと笑う。

2人はテストの点数をかけて勝負しており勝った方が何でも一つ言うことをきかせることが出来るという約束をしていた。

だから

(ヤバいな。さっきのテスト、時間かけすぎて4分の1近く空白だ。)

(焦ってちゃんと確認しなかったけど、まずいかな?)

内心ヒヤヒヤしていることを悟らせるわけにはいかなかった。

不気味に笑い合う2人をクラスメイトは迷惑そうに見ていた。

「いい加減にしなさい。」

そこに割って入ったのは八重花だった。

表情はいつも通り感情を映さず、細められた瞳だけがわずかな苛立ちを浮かべていた。

腕を組んで間に立つ八重花の登場に芳賀と裕子は不満げな声を出した。

「なんだよ、東條?俺たちは大事な勝負の最中なんだ。」

「そうよ。邪魔しないで。」

詰め寄る2人を冷たい目で眺めた八重花は一言

「今さら底辺が足掻いたって大した底上げにはならないわよ。」

2人の胸にグサッとぶっとい杭を打ち付けた。

「ドングリの背比べはいいからもう少し静かにして。周りの邪魔よ。」

さらに追い討ちをかけて八重花は席に戻っていってしまった。

残された2人は

「「はは、ははは…」」

乾いた笑いを小さく漏らし合うばかり。

短い休み時間は終わりを告げ、結局次のテストの準備も出来ないまま戦場に赴くのであった。



壱葉某所にある"Innocent Vision"のアジトでは僕と明夜、由良さんがリビングでのんびりと過ごしていた。

ブランチのワイドショーを見ながら時計と日付を見てふと思う。

「そう言えばテストだね。」

「だな。」

「うん。」

誰も特別食いついてこない。

僕と由良さんはたとえ学校に戻っても出席日数的に留年確定だから焦っても仕方がない。

「蘭さんは?」

「学校行った。」

「裏切り者だな。」

蘭さんは最近よく学校に行っている。

ああ見えても3年生で受験とか就職とか忙しいのだろう。

壱葉高校は完全にアウェイなはずだがそこに堂々と出入りできるのはさすが蘭さんというべきだろう。

別に裏工作を働いているとか敵に襲われているとかそういう心配はしていない。

蘭さんは強いし、何だかんだ言っても僕たちを好いてくれてると思うから。

「それで明夜はテスト受けなくていいの?」

「平気。お願いの手紙を書いたから。」

「テストの日を変えてもらうための?」

「違う。テストしなくていいようにお願い。」

僕と由良さんは顔を見合わせた。

(そんなことできるのか?)

(知らないよ。)

目と目で語り合うがわかるわけもなく、平然としている明夜を見ていると出来るような気がしてきてしまった。

明夜の真偽定かではない話に会話が止まった。

明夜はテレビをボーともジーとも言える感じで見ているだけで、由良さんは足を組んで肘をかけ上体をソファーの背もたれに仰け反らせた。

突き出された双丘に目を奪われてしまうのは致し方ないことだ。

由良さんは実に魅力的なスタイルをしているのに挙措が男らしいというか自分が美人である自覚がないらしく戸惑ってしまうことが多い。

特に風呂上がりの劣情を催さずにはいられない裸シャツはどうにかしてもらいたい。

そんな由良さんは顔を天井に向けたまま

「"試験"はどうでもいいが、俺たちの"試練"はどうする?」

何気無い様子で僕たちが直面している問題へと切り込んだ。

機会を窺っていたのだろう。

僕としては重点的にスタンIVを使って策を練っているがあまり芳しい成果は得られていない。

戦いが広く過激なため重要な事象を掴みきれていないのだ。

「攻めるなら早い方がいいね。ジュエリアの出荷を食い止めるためにも早めにヴァルキリーは押さえたい。本当は今日明日に攻めたかったんだけど仕方がないね。」

「何でだ?」

不思議そうな顔をして体勢を戻した由良さんに講釈するように指をピンと立ててみせた。

「ソルシエールは感情を武器にする魔法の力。つまり使用者のモチベーションが低い時に狙えば本来の力を発揮できないってこと。テストで憂鬱だったり、テスト期間の戦闘だとテストに出れなくなる可能性もあるからテンション下がるでしょ?」

「なるほどな。1人1人で差はあるだろうが確かに士気は低下する。そうなると…」

由良さんはさらにその先を理解して渋面を作った。

そう、何事にも表があれば裏がある。

戦力が下がる条件があれば上がってしまう条件も当然存在するのだ。

「テストが終わった解放感がある。」

「うん。それにもうすぐクリスマス。もし決戦がクリスマスイブなんかになっちゃったら『あたし、この戦いが終わったら彼に告白するの。』みたいな死に台詞でやる気が出る人が多くなると思うんだ。」

死に台詞の下りで由良さんはフッと笑ったが否定はしなかった。

その感情は誰しも持ち合わせているものだから。

何かのために、誰かのために戦うことで1人じゃないと自らを鼓舞する一種の呪い(まじない)。

その力は馬鹿に出来るものではない。

「さすがに今日明日で攻めるにはこっちも準備が足りないな。それとクリスマスはやばいと。」

今ある情報は結局のところ由良さんの言った通りだ。

ソーサリスに武器の調達は必要ないので実質的な準備とは"勝てる策"になる。

焦って無策で挑めば待っているのは圧倒的な物量に押し込まれる敗北、そして死だ。

「だからだいぶ危険な賭けになるけどクリスマス明けに仕掛けて出荷を…」

「ただいまー。」

真面目に話し合っていたところに玄関の方から元気な声が聞こえてきた。

普段の学校に比べたら早いと思ったがよくよく考えるとテストは今日明日の午前中だった。

気付けばもう昼は過ぎていて明夜が見ているテレビはサングラスのおじさんの長寿バラエティー番組になっていた。

蘭さんはリビングに入ってくると元気に片手を上げて

「ごめーん。バレちゃった。」

てへっと笑いなにやら重大発言をしたのだった。



それはテスト合間の休み時間。

3年2学期最後のテストは年明けに控えた大学入学試験に向けた生徒が多いためピリピリとしていた。

推薦が取れている者、就職が決まっている者もいたが皆真剣な様子でテストに臨んでいる。

(やっぱり勉強不足だね。)

蘭は出題範囲の教科書をパラパラと捲りながら困ったと笑う。

一応テスト勉強はしていたつもりだったが11月に休んでいた分の出題に関しての応用力が足りていないことを自覚していた。

(りっくんのせいだ、とはさすがに言えないね。)

陸や由良はヴァルキリーとの戦いのために出席日数を完全に犠牲にしており生き残ったところで留年は決定してしまっている。

そして蘭が敵の腹中とも言える学校に行くことを許してくれている。

そこには蘭に対する陸の信頼がありありと見えてくすぐったい気持ちになる。

(やっぱりりっくんは女たらしだ。はふぅ。)

ちょっと赤くなった頬をため息でクールダウンさせる。

ゆであがった頭を冷まさないとテスト結果が悲惨なことになりかねない。

だから

「少しお時間をいただけますか、江戸川蘭さん?」

「あ、あれぇ?」

そんな惚けた頭だったからいつの間にかジュエルに囲まれていることに気付けず

「撫子ちゃん?」

目の前に立つ撫子を上目遣いで見ると撫子は柔らかく微笑み

「お時間は取らせませんので。抵抗されなければ。」

最後に小さく不穏当な発言を呟いた。

ここで沙汰を起こすとは考えにくかったがさすがに分が悪く、蘭は無抵抗で連行された。


連れられたのはヴァルハラではなく階段の踊り場だった。

普段の休み時間なら立ち話をしている生徒の姿もあったろうがテストが学生たちを机に縛り付けているため誰もいなかった。

撫子を含めて5人のジュエルが蘭を壁に追い詰める。

ジュエルは圧倒的な戦力差に余裕の、どこか見下したような笑みを浮かべていたが撫子だけはわずかに固い表情をしていた。

蘭の頭はすっかり冷えていて心根を掴ませない笑みを作っている。

「それで、何か用かな、撫子ちゃん?」

撫子を敬う様子がない、それだけの理由でジュエルが武器を抜こうとするのを撫子自身が諫めた。

蘭は慌てる素振りすら見せない。

「わたくしも試験に遅れたくはありませんので単刀直入に。ジュエリアの件、"Innocent Vision"はご存知ですね?」

「うん。テレビで見たよ。」

蘭はあっさりと明かす。

この程度の情報は隠すに値しない。

それでも蘭の態度にジュエルは動揺を見せ、彼女らに見えないところで撫子が小さく首を横に振っていた。

「知っていながら"Innocent Vision"になんの動きもないと言うことはヴァルキリーへの抵抗の意思がないと取らせていただいてよろしいですね?」

安い挑発だと蘭は心の中で笑う。

別にここで肯定したところで何の強制力もない。

むしろ油断してくれればやりやすくなるとすら考えた。

無言を肯定と見なして撫子は微笑む。

「インヴィはヴァルキリーの圧倒的な戦力を前に怖じ気づいて身を隠していると。今までヴァルキリーを阻んでいた存在がその程度でしたとは、拍子抜けですね。ホホホ。」

「りっくんは、"Innocent Vision"はヴァルキリーに負けたりしない!」

だが、陸を貶された瞬間に蘭の頭は怒りで沸騰した。

左目を朱に輝かせながら撫子を睨み付ける。

その気迫にジュエルは面食らいながら脅えていた。

「それでは挑んでくるのですね。」

「もちろんだよ!」

「わかりました。大規模な戦闘が予想されますから場所はこちらで用意させていただきます。日時は24日で構いませんか?」

「いいよ!絶対負けないんだから。それでりっくんに謝らせる!」

激昂する蘭に対して撫子は余裕の笑みを浮かべるだけ。

ちょうどチャイムが鳴った。

「それではまた。」

撫子はジュエルを引き連れて優雅に去っていった。



「だから"Innocent Vision"が攻めること、バレちゃった。」

困り顔で笑う蘭さんに呆れつつ由良さんの様子を窺う。

蘭さんが独断で何かをしたときに怒るのは由良さんだから。

俯いて聞いていた由良さんはすっくと立ち上がって蘭さんの前に立ち

「よく言った。」

「えへへ。」

がっちりと肩に両手を置いて褒めていた。

「ええー!?」

僕が驚きの声をあげるとむしろ不思議そうな顔で振り向かれた。

「陸をバカにするやつらを許すわけがないだろ。」

「そうだよ!徹底抗戦だね。」

珍しく2人が意気投合して異様に燃えていた。

僕のために怒ってくれたわけで男冥利に尽きるが今は苦笑することしかできない。

何にせよ決まってしまったことだ。

「あと数日で勝つための作戦を組み上げよう。」

「ああ、期待してる。」

「やるよ、りっくん!」

「うん。」

明夜もしっかりと頷いてくれた。


決戦はクリスマスイブ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ