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Innocent Vision  作者: MCFL
92/189

第92話 準備期間

最近撫子は昼夜を問わず忙しかった。

それは『ジュエリア』の全国展開のために奔走していたからだった。

ようやく最終段階まで漕ぎ着けた量産計画に撫子の顔にも笑みが灯る。

「来年を迎えた瞬間からジュエリアは全国での販売を開始しますね。」

「はい。これによりWVeの利益の向上とジュエルの数の増加が見込まれます。」

それだけ聞けば良いとこ取りだがもちろん困難もあった。

まずはジュエリアの製造の困難さ。

実際に年明けから全国販売するとはいえ目標予定数の1割程度しか製造できておらずすぐに品切れしてしまうことが予想された。

もともと建川限定で販売していたのも数量の問題があったことも1つの要因だった。

「製造ラインを増やせればよいのだけれど…」

「ソルシエールの秘匿を考慮しますとこれ以上の増加は危険です。」

「そうね。」

後ろ暗い物を作っている以上仕方がないこととはいえ撫子は嘆かずにはいられない。

「人に本質を知らしめることなく全国に広げるのは大変ね。」

「展開についてもそうですが情報規制に難航しました。」

実際に撫子たちが苦労したのはそちらだった。

壁に耳あり障子に目あり、人の口に戸板は立てられない。

噂は誰にも止められないためジュエリアの全国展開を進める際には細心の注意を払って情報漏洩を防いだ。

関係者にはサプライズのためだと説明して納得したはずだったが最近はどこからか噂が出回りだしていたのだという。

「"Innocent Vision"に勘づかれずにすんだようね。」

「気付いていて放置していたという可能性もあります。」

「…怖いことを言わないでちょうだい。」

「失礼しました。」

撫子はその推測がもたらす未知の被害に身を震わせて、手を振ってその考えを振り払った。

机に両肘をついて組んだ手の上に額を乗せる。

(これでヴァルキリーの戦力は磐石になります。ジェムにも、"Innocent Vision"にも負けない組織になるのです。)

だというのに撫子はいつものように顔をあげて前を向くことができない。

すべてがうまく行っているはずなのに不安感が拭えない。

瞳を閉じた闇に浮かぶのは自らの輝かしい未来ではなく底知れない不敵な笑みを浮かべて立つ陸の姿だった。

「…葵衣、"Innocent Vision"の状況は?」

「ジェムの討伐で確認されていますがこちらと戦闘に入る前に撤退しています。以前と状況は変わっておりません。」

「"Innocent Vision"は必ず仕掛けてきます。皆さんには準備を怠らないように伝えておいて。」

「お嬢様。」

普段ならすぐに返事をして手配する葵衣が動かない。

撫子は無理矢理顔をあげて笑みを作った。

「大丈夫よ。わたくしは平気。」

「…了解しました。」

葵衣はいつもよりワンテンポ遅く反応を返すと部屋を後にした。

震える右手を左手で押さえ込んで撫子は遠くを睨み付ける。

「わたくしの、わたくしたちの理想を止めさせはしませんよ、インヴィ。」



壱葉高校は明日に迫った期末テストへの不安や焦りとその先に待つクリスマスへの期待で落ち着かない雰囲気が漂っていた。

普段は勉強を見てくれる八重花が

「八重花さん、一緒にテスト勉強して親睦を深めましょう。」

「本音は成績がピンチなだけですけどね。」

「とにかく一緒にやりましょう。」

と妙にテンションの高い同級生のジュエルたちに拉致され、命綱となった叶は突如現れた巫女装束の琴が

「叶さんをお借りしていきますね。」

と問答無用で連れていってしまった。

残されたのは裕子と久美と…にこやかに手を振って存在をアピールしている芳賀。

裕子はガクリと床に手をついて項垂れた。

「終わった。私の期末は終わってしまった。」

「一緒に勉強しようぜ。おーい、黒原。お前もやらないか?」

芳賀は教室を出ていこうとしていた黒原に声をかけたが黒原は冷たい目で一瞥すると

「作倉さんのいない君たちに価値はないよ。」

そう言いきってどこかへ行ってしまった。

「どうしたんだ、あいつ?」

叶一筋なのは皆が知っていたがあそこまで露骨ではなかった。

その豹変とも言える変化に芳賀は首を傾げた。

裕子は興味なさそうに手を払って顔を上げた。

「よぅし、やる気出さないと。芳賀くん、テストの総合点を賭けて勝負よ!」

「勝負ってことは景品ありだよな?」

芳賀の挑発するような笑みに鏡写ししたような笑みを浮かべる裕子。

「当然。なんでも好きなことを1つやらせるってのはどう?こっちは欲しいものがあるんだよね。」

「その約束、守れよ。俺は今から勉強の鬼になる!」

異様な闘志を燃え上がらせる芳賀とどこから出てくるのか自信に満ちた笑みを浮かべる裕子の2人は本当に楽しそうで、久美はそっと教室を出た。

家に帰ったところで勉強するわけでもなく、他に勉強を教えてくれる友達はいない。

「にゃは、ちょっと建川に行ってみよ。」

久美は早速諦めて建川へと出向くのであった。



一方、拉致された八重花は図書室の奥まったテーブルに着いていた。

目の前には名前を知らないジュエルの少女その1が頭から煙を噴きそうな勢いで頭を捻っている。

その隣ではジュエル少女その2が自分の勉強をしていて、その3の少女は八重花の手元のノートを盗み見てばかりいる。

「勉強を見てあげたりしないの?」

八重花が尋ねるとその2は手を横に振った。

「ジュエルは実力主義ですから。わざわざ助けてあげませんよ。それで自分が落ちたら惨めじゃないですか。」

その3も同意しつつ八重花のノートから目を離さない。

「他の部隊のジュエルは敵だけど同じところもライバルだからね。」

見事に協調性が0だった。

その3が鬱陶しいのでノートを閉じるとああと小さく悲鳴を上げた。

「帰っていいかしら?」

「「「ダメです!」」」

こんなときばかり結託する3人に呆れつつ八重花は頬杖をついてぼんやりと周囲に目を向けた。

さすがにテストが近いため同じように勉強している集団が多い。

みんな勉強しつつも友人を気にする様子がよくわかる。

それに引き換えジュエル少女たちは完全にスタンドアローンだ。

(ジュエルには仲間意識がないのかしら?あるのはヴァルキリーへの忠誠と野心だけ?)

そこまで単純ではないだろうが本質はそこだろうと推察する。

ふと、合宿以前のジュエル少女たちは伏し目がちだったことを思い出した。

「合宿より前は勉強とかどうしてたの?」

ただの質問にもジュエル少女たちは嬉しそうに顔を上げた。

八重花が興味を持ってくれたことが嬉しいのだ。

「純乙女会に入るまでは普通に友達と勉強してましたよ。」

「ジュエルになった後は?」

八重花としてはそこに興味があったのだがジュエル少女たちは遠い目をした。

「…純乙女会から追い出されるの嫌でしたからね。宿題とか押し付けられても文句も言えずやってました。」

「ずいぶんと殺伐とした女の園ね。」

男子たちが夢見て、女子が憧れる乙女会や純乙女会は実のところ殺戮集団だったり欲望渦巻く魔窟だった。

「でも今は変わったんでしょ?」

3人ははっきりと頷いてみせた。

「はい。今はやらせてます。」

「…。」

八重花は無言で席を立ち上がった。

その3が慌てて袖を掴んでくい止めた。

「悪いけど、軽く失望したわ。」

「もうしないから見捨てないで!」

その1、2もコクコクと何度も頷いていたので仕方なく席に座り直した。

八重花はまた頬杖をついてため息を漏らした。

「こうして話を聞くと純乙女会はつくづく最低ね。そこまでしてヴァルキリーに入りたいの?」

もともと流行り廃りに疎い八重花にはいまいちヴァルキリーというネームバリューが理解できない。

むしろ嫉妬されたりすることの方が多くなったように感じていたくらいなのでマイナス印象なくらいだ。

「何を言ってるんですか!」

その1は図書室であるにも拘わらず大声を上げた。

一応周囲の視線を気にして小声になったが興奮は覚めていないようだった。

「建川近辺の女子から密かに全国の女の子の憧れになりつつあるヴァルキリーを悪く言ったりしたら夜道で教われるよ?」

「そんなにみんな『お茶ですわ、ほほほ』の世界が好き?」

八重花にとってヴァルキリーはその程度の存在、陸を手に入れるまでの宿り木でしかない。

それ以上を価値を見い出そうとも思えないでいた。

「興味はありますが違います。私たちがヴァルキリーに入りたいのは、花鳳先輩に気に入られるためです。花鳳ブランドは世界に広く展開する企業。いずれはその頂点に君臨する花鳳先輩の印象が良ければ将来は安泰ですから。」

「…。」

八重花は呆れ果てて立ち去る気力もなかった。

すべてのジュエルがそうだとは言わないらしいが大半は地位や名声、将来的な財産のために上を目指しているのだという。

ソルシエールが欲望の発露の鍵だとしても純乙女会は想像以上に暗い感情が渦巻く集まりらしい。

「でも私たちは八重花さんについていきますよ。」

「来なくていいわ。」

その1の誓いを一蹴し

「八重花さんみたいな強い素直クールを目指します。」

「素直クールじゃないわ。りく限定でデレるもの。」

その2のコアな会話を正しく反論し

「必殺技を使えるようになりたい。」

「山に籠って修行しなさい。」

その3の願いを放り投げた。

八重花はとうとう席を立ち本棚に手を添えて一度振り返る。

不安げに見つめてくるジュエル少女たちを見てため息をついた。

背を向けて

「私についてきたいなら、協力して今回のテストを乗りきりなさい。誰か1人でも赤点を取ったら私のジュエル部隊は解散よ。」

救いの道を残して去った。

「よし、やるよ。お願い、教えて。」

その1の元気な声、その後図書委員の注意の声を背中に聞きながら八重花は図書室を後にした。



叶は琴に連れられていつものように太宮神社に来ていた。

お茶を出してもらいお茶菓子を食べてから叶は首を傾げた。

「琴先輩。私は何で呼ばれたんでしょうか?」

「しっかりくつろいでから尋ねてくる辺り、叶さんもずいぶん逞しくなりましたね。」

「琴先輩が呼びに来るくらい大事な用事みたいでしたから。やっぱり半場君のことですか?」

琴は頷いて表情を引き締めた。

「"太宮様"の占いで半場陸さんの身に争いが起こり大きな災いが降りかかると出ました。」

「え!?半場君は大丈夫なんですか?」

突然の凶報に叶は顔を青くした。

「落ち着いてください。未来はまだ定まってはいないのです。」

「そ、そうですか。よかった。」

叶が落ち着きを取り戻したところでことは思案するように黙り込んだ。

それはどう伝えるべきかを悩んでいるように見えて叶は

「どうすれば半場君を助けられますか?」

自分から尋ねた。

この状況で話となれば陸を救うためには叶が必要で、何か言いにくいことをしなければならないだろうという考察からだった。

陸や八重花を見て叶も成長していたのである。

「…芦屋さんとはお話ししましたか?」

急に琴は関係無さそうな話題を振った。

話をはぐらかすほどに言いづらいことなのかと思いつつ質問にたいして

「この間みんなでお見舞いに行ったときに話しました。思ったよりも元気そうでしたよ。…事件の日の事は忘れちゃってたみたいで、半場君に会いたがっていましたけど。あ、今日もお見舞いに行こうと思ってるんですけど琴先輩も一緒にどうですか?」

ちょっと重くなってしまった話題を無理矢理明るくしようとお見舞いに誘ってみたが琴は難しい顔をして聞いていないようだった。

「琴先輩?」

「そうですか。わたくしはお見舞いは遠慮させていただきます。面識もありませんし。」

残念そうにする叶に琴は微笑みかけた。

「今日はお1人ですか?」

「?はい。みんなテスト勉強で忙しそうでしたから。私もお見舞いが終わったらやらないといけませんけど。」

質問の意図が読めず困惑する叶だったが結局琴は何も教えないまま席を立った。

「そういうことでしたら引き留めるわけには行きませんね。今日は半場陸さんに危機が迫っていることをお伝えしたかったのでお呼びしました。」

妙に説明的な内容に疑問符が浮かぶが琴は追い出そうとするかのようにテキパキと片付けを終えてしまった。

「それではお気を付けて。」

そして本当に追い出された叶は

「?。??」

しきりに首を傾けるのだった。


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