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Innocent Vision  作者: MCFL
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第9話 明けぬ夜を探して

「別の学校の制服の女の子?いるよ、4組に。」

朝登校してさも今朝見掛けたような口調で久住さんに尋ねてみるとあっさり答えが返ってきた。

「柚木…なんとかさんだったかな?9月の頭に転校してきたんだけど…」

そこでにやりと久住さんが意地の悪い笑みを浮かべた。

僕の後ろの方からは作倉さんたちがちょうど登校してきたようだった。

「しっかし下沢さんに続いて転校生にまで手を出そうだなんて、半場くんのスケベ。」

酷い言われようだがそれよりも問題なのはそんな面白そうな話題を彼女らが受け流してくれるわけがないわけで

「転校生、柚木明夜ね。」

「にゃはは、美少女狩りのりくりく見参だ。」

「お嬢様の次は無口系か。次はツンデレあたりかな?」

「うう…」

柚木明夜という無口系の美少女で4組の生徒だという情報は得られたが

久住さんたちには弄られるし作倉さんにはなぜか泣かれるし、

男子からは憎悪の視線で睨まれるしでとにかく割りに合わない被害を受けた朝だった。


席についても芳賀君が女性関係を相関図もしくは表にして提出せよというので

母さんとおばあちゃんに親族と書いて渡したら叩かれたり

昼休みに柚木さんを探しに行こうと思ったらいつもの如く久住さんたちに捕まってしまったりとままならない。

「あれかね。乱闘を予言したみたいに運命の美少女をビビッと見つける才能でもあるとか?」

「…属性、全制覇?」

「単なる女の子好きじゃない?」

「その意見には同意だけど男なんてそんなものでしょ。」

「え、女の子、好き…(ポッ)」

この面子はとにかくかしましい。

僕が何か話せばそれをネタに話が広がり、僕が黙々と食べていてもやっぱり何某かの話題で盛り上がる。

座席もローテーションかと思えばそういうわけではないらしく規則性は見られない。

「あの、半場君。」

隣で話に参加していたはずの作倉さんが少し泣きそうになりながら不安げにこちらを見ていた。

「もしかして、私たちと一緒だと迷惑、ですか?」

一瞬、本音が漏れそうになった。

確かに久住さんたちがいつも声をかけてくれるおかげで少なくとも寂しい思いはしていない。

だけどそれが男子には不評なようで「突然やって来てちやほやされやがって」ということで今のところ芳賀君以外男友達がいない。

それを考えれば迷惑と言っても差し支えないのだが…

「そんなことないよ。いつも声をかけてもらって嬉しいよ。」

それもまた僕の本心。

それを聞いた作倉さんの顔に笑顔が戻るなら本音の大小など気にはすまい。

「そっか、良かった。」

恥ずかしそうに笑う作倉さんを見て和む僕は

「おー、ナチュラルに好感度アップ。」

「よっ!女殺し。」

「やっぱり、女好きね。」

「グッジョブ。」

言いたい放題の4人にさすがにツッコミを入れるべきか密かに悩むのだった。


結局休み時間一杯まで皆と過ごしたため4組に向かうのは放課後になってしまった。

掃除当番じゃないのは幸いだけど早くしないと柚木さんが帰ってしまうかもしれない。

「なんだ?これから転校生とデートか?」

分かってるくせにからかうせいでクラスメイトに睨ませたり作倉さんに涙目で見つめられたりした僕は芳賀君を軽く睨みつつ教室を後にした。

4組までは教室一つ分挟んだだけなのですぐに到着し、中を覗いてみると結構な数の学生が残っていたが別の学校の制服は見つからなかった。

仕方がないのでたまたま出てきた女子に声をかける。

「柚木さんはもう帰っちゃったかな?」

「柚木さん?今日は来てないみたいよ。」

意外な答えに落胆したがそこは表には出さず礼を告げてその場を去った。

(今日は来てなかったのか。しょうがない。また明日にしよう。)

校外に出た僕は例の昏睡事件の現場を見ておきたくて壱葉から数駅離れた建川に向かうことにした。


その姿を見られていたことに僕はまだ気付いていなかった。


電車に乗って2駅隣の建川駅に降りるとさすがにテレビで取り上げられるくらいの事件だけあって野次馬やらレポーターやら警察官やらかなりの人が駅前にいた。

黄色いテープで区切られた事件現場に群れ成す人たちとそれを押さえる警官、

駅の出入口ではテレビが事件現場を撮影していたり街角インタビューをしていた。

僕も野次馬に紛れて現場を覗いてみた。

シャッターの閉まった店の前で警察官や鑑識らしい人が忙しなく働き何か手がかりがないかを探しているようだった。

他の場所にはテープが張られていないのを見るとここだけで被害があったみたいだった。

(僕の、Innocent Visionの力じゃないみたいだな。)

断言はまだ出来ないけどもしも夢に見た光景で被害が出たのならもっと広い範囲で起こるはずだから。

すぐ近くではいかにもチャラチャラした感じの大学生くらいの男の人が

「あいつら女いんのに平気でナンパすんかんな。女の悲鳴で気絶しただけなんじゃねえ?」

と被害にあった友達に対して心配もせずに笑っていた。

それを拾ったアナウンサーが押し寄せてきて現場は大混乱になった。

僕は人混みから逃れてファーストフード店に入って一息ついた。

「ふぅ、やっぱり人が多いところは疲れるな。」

結局Innocent Visionが見せたのは昏睡事件の現場で間違いなかったことがここに来てわかった。

おそらく駅前ではまさに犯人が彼らを昏睡させていたのだろうが僕は別の場所を見ていて気づかなかった。

(そういえばなんであんな上空からの視点だったんだろう?)

新宿ダルマ事件のようにすぐ近くから見せてもらえれば犯人も昏睡させた方法も一目瞭然だったというのに今回は遠巻きに見るだけだった。

(夢だから、そう言ってしまえばそうなんだけど。)

僕には別の意味があるように思えてならない。

たとえInnocent Visionが超常的な予知能力だとしてもそれを見ているのは普通の人間である僕だ。

もし夢の世界の僕でさえ昏倒させることができる力を犯人が使ったとしたら…例えば強烈な光は視神経に負荷をかけるから自己防衛本能で意識を失うかもしれない。

もしくは音も脳を揺さぶり意識を失わせることが出来るかもしれない。

とにかく今回の夢は夢の中で僕が昏睡しないようにというInnocent Visionの配慮だった…のかもしれない。

(というか無意識に危機を回避しようとしたって考えた方が自然かな?)

Innocent Visionに自我があるとは考えすぎかなと笑って気づけば閉じていた瞳を開くと


世界が一変していた。

見下ろしているテーブルにはセットメニューが4つ置かれていてその真ん中に壱葉や建川を含めた一帯の地図が広げられ何ヵ所かマーキングされていた。

「これで7ヶ所か。」

「ひどいね。」

向かいに2人と左に1人、僕以外全員女の子。

それだけならいつもの昼食とあまり変わらない状況だが雰囲気は切迫しているのが伝わってくる。

僕が顔を上げると

「だが、やるしかないだろう。」

斜め前に座る長い黒髪のおそらく先輩が小さく頷き、

「まかせて。」

その隣に座る小さいけどうちの制服を着ているから多分同級生の女の子が元気に手を挙げた。

最後に僕は隣に振り向く。

「…大丈夫。」

静かながらも強い意志のこもった瞳をこちらに向けてきたのは、柚木明夜だった。


ハッと目を開けると僕はテーブルに突っ伏す形で眠っていた。なので倒れたとは思われていなかったようで騒ぎにはなっていなかった。

僕はすっかり温くなったコーヒーで喉を潤して背もたれに身を預けた。

(さっきの夢は、何を意味しているんだ?)

柚木さんと和解してその友達と一緒に食事…という雰囲気ではなかった。

秘密計画を知ってそれを阻止しようとしているかのように見えた。

地図にあったマーキングが何を意味していたのかはわからないがそこで何らかの事件が起こったのだろう。

後で何処なのかチェックしておこう。

「ふぅ。」

それにしても最近はやたらと女の子に関わる機会が多い気がする。

(まあ、自分から関わっていってる気がするけど。)

窓の外は闇に染まった黒に街灯の明かりが明るく照らしている。

よくよく時計を見てみれば9時を回っていた。

慌てて家にメールを送ろうとして視線を下げようとした刹那、人ごみの中に見覚えのない制服を纏った探し人が歩いているのに気づいた。

「!」

僕は急いで片付けて店を飛び出して後を追った。

メールで遅くなることを伝えて駆けるが柚木さんの姿は見失ってしまった。

すでに帰宅ラッシュの時間は過ぎていて酔っ払いが見受けられるだけ、制服姿は何処にもいない。

「どこに行ったんだろ?」

見間違いではないはずだし瞬間移動できるわけないから脇の路地に入ったのだろう。

路地を覗いてみると大通りの光が届かないせいで酷く薄暗い印象を受けた。

勇猛果敢な性格ではないことは自覚しているので進みたくはなかったが状況から考えて柚木さんがここを曲がったのは間違いない。

こんな時間に何をしているのかも気になるし、それ以前に助けてもらって以来接点がなかった彼女をここで逃すともう会えないんじゃないかという強迫観念に襲われ、僕は路地裏へと足を踏み出していた。

闇の向こうから突然人が出てこないか、上や下から人ならざるものが飛び出してこないか怯えながら進む。

ただでさえ少なかった雑踏の音がさらに遠くなり、孤独は恐怖心を膨らませていく。

(落ち着こう。こういうときは楽しいことを考えた方がいい。)

楽しいことと考えてここ数日の学校でのことしか思い浮かばないとは自分の人生ながら泣けてくる。

芳賀君とどうでもいいことを話して、

久住さんたちに捕まっては騒ぎの中心に据えられて、

それが楽しいと感じられる日々。


“化け物”の僕が“人”として生きられる大切な時間。


次々に浮かび上がる殺人現場、

不思議で美しい武器、

ヴァルキリー、

そして戦う術のない僕に襲いかかる神峰の刃。

それらは“人”では体験することすら稀な戦いという名の闘争や混乱につながるもの。

僕が“人”の側から外れているという証拠であった。

「…わかってるさ、そんなこと。」

それでも悔しくてグッと拳を握る。

どんなに化け物じみた力を持っていたとしても僕は“人”として生きていたいのだと胸に誓いを刻み付けた。

その第一歩として、夜を歩いている知り合いの女の子に注意するために僕は裏路地を駆けるのだった。


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