第88話 ジュエル強化合宿 後編
八重花の部隊の戦場は目に映る場すべて。
当然近くにいた別の部隊のことなど関係なく、戦禍を広めていく。
美保の部隊は1対1の戦闘訓練をしていたが
「退いて!」
「邪魔するなら容赦しないわ!」
狂戦士のように乱入してきたジュエルの存在で一気に慌ただしくなった。
美保はスマラグドを構えて2人を睨み付ける。
「東條のとこのジュエル!?何しに来たのよ?」
「はぁ!」
ガン、ギン
2人は美保の言葉など耳に届かない様子で互いの剣をぶつけ合う。
その鋭さはさっきまで戦闘訓練をしていた美保のジュエルたちとは比べ物にならないほどに激しい。
(東條のやつ、いったい何をしたの?)
八重花自身も手加減する様子もなく炎を振るっているから暴走しているのかもしれないと美保は緊張感を高めた。
その間にも八重花のジュエルは他の人垣を木立のように掻き分けながら斬撃を放つ。
間にいたジュエルは
「きゃあ!」
悲鳴を上げて逃げ出した。
「邪魔よ!」
2人は人の波を掻き分けるように刃を振るうためさらに混乱が巻き起こった。
最近は堪忍袋の緒も固く、沸点上がり気味だった美保は久々に大爆発した。
「そんなに戦いたいならおもいっきりやってあげるわ!」
翠色の光が校庭を包み、光が収まったあと、人形のように無表情になったジュエルが全員闖入者を睨み付けた。
さすがに不気味すぎる光景に熱くなって回りが見えなくなっていた2人も正気に戻り
「ひっ!」
ようやく美保が怒っていることに気が付いた。
美保は口が裂けるんじゃないかというほどに壮絶な笑みを浮かべてスマラグドを振り向けた。
「うちのジュエルの限界の力、たっぷり味わいなさい!」
「「きゃー!」」
恐怖に震え、抱き合った2人のジュエルは美保のエスメラルダの怒濤に飲み込まれたのだった。
「連携戦闘の相手をしてくださるそうですよ。」
体育館に紛れ込んだ八重花のジュエル2人は30人近くのジュエルに包囲されていた。
圧倒的な物量差を前に、それでも怯えていたのは悠莉の部隊だった。
「邪魔する者は…」
「誰であろうと倒す!」
(なんという気迫でしょうか。東條さんの部隊に回されたのは不適合者だと聞いていましたが、これは…)
悠莉の思案の途中で2人はそれぞれに飛び出した。
倒すべきは互いだが邪魔をするものがあるならばまずはそちらを排除する。
奇しくもそれこそが絶妙のコンビネーションとなり大部隊を翻弄する。
1人は小柄な体躯とショートソードのジュエルを持つスピードタイプで速さをもって陣形を掻き乱し、もう1人はクレイモアのような大剣を振るい怯んだ相手を薙ぎ払っていく。
稚拙な技巧ながらその戦う様に悠莉は一瞬少数精鋭で圧倒的な強さを誇る"Innocent Vision"のソーサリスを見た気がした。
「ふふふ、随分と派手に暴れてくれましたね。ちょっとお仕置きが必要そうですね。」
八重花のジュエルは悠莉の部隊の半数近くを瓦解させた。
「包囲陣形。」
だが悠莉の一声で部隊は統率を取り戻す。
半数に減った班編成を各自で判断し号令に合わせて陣を成す。
2人の連携の強みは撹乱と強襲の波状攻撃にある。
包囲陣形は一定距離を確保し続け、攻め込まれても陣をすぐに復元できる防御の型だ。
近付こうにも動いた分だけ輪が動く。
「このぉ!」
痺れを切らした2人は一点突破に出た。
だが
「鶴翼陣形。」
悠莉はその瞬間を待っていた。
突入した2人の周囲にいた悠莉のジュエルが一斉に前進してきたのだ。
それは翼を羽ばたかせる鶴のごとく、狙われたジュエルにたどり着く前に翼の檻は2人を捉え、見事捕獲された。
敵の確保に部隊は湧き、涙を流して喜び合う者もいた。
(やはり敵の存在があると動きが違いますね。これは訓練方法を検討し直さないといけませんね。)
イレギュラーを収穫に悠莉は楽しげに微笑んでいた。
山中に入ったヘレナと緑里の部隊はそれぞれ正体不明の敵の襲撃を受けていた。
「何ですの!?」
「何だ!?」
もちろん未知の生物でもジェムでもなく八重花の部隊のジュエルだが本能を解放しすぎて野生化していた。
地を這うように駆け、木々を跳ねるように飛び、的確に獲物を狙う彼女らは正しく森に住まう獣だった。
素早く木から木、草場から草場へと飛ぶため暗くなりつつあることもありその正体が判別できなかったのだ。
1人、また1人とやられていくためジュエルの間に動揺が走る。
「ワタクシの精鋭部隊はその程度なのかしら?」
「こんなんじゃヘレナさんとこに負けるよ!」
不安に沈んだ空気を吹き飛ばしたのは隊長の叱咤激励だった。
互いにジュエルの中でもエリートである自覚を持つ彼女らは
「あいつらだけには負けられない。」
と闘志を燃やす。
すでに夜と差し支えない木々の闇の中で目の効く者が絶えず敵の動きを追い、仲間の援護を信じて敵の進行ルートに武器を投げて動きを封じ、ついには自分達の力だけで敵を倒すに至った。
犯人が八重花の部隊のジュエルだと知った隊長2人は地団駄を踏んでいたがジュエルたちは今回の戦いで得るものがあったらしく清々しい顔をしていた。
そして夜の帳が降りた屋上では最後の戦いが行われていた。
「はっ!」
裂帛の気合いと共に振り下ろされた刃を八重花は受けずに回避した。
斬撃の間合いの外から振り抜いた直後で動けないジュエルの体の右肩を赤い炎が襲う。
「う、あぁ!」
ジュエルは右肩に直撃する直前に強引に体を後ろに投げ出した。
炎はかすっただけで無理に倒れたから背中を打ったものの大した傷ではない。
「はあ、はあ。」
それでもこれまでの戦いでついた傷は数知れず、お気に入りであったであろう服ももはやズタボロだった。
「よくやるわ。」
だが、揺らめく炎に照らされた八重花は全くの無傷だった。
剣筋は決して鋭くはないがそれを補助して余りある二条の炎が八重花に圧倒的な戦闘力を与えている。
だがその力を前にしてもジュエルは一歩も退こうとしない。
すでに体力も限界に近く立っているだけでフラフラしているのに眼光だけは背筋が震えるほどに鋭い。
八重花は2つの炎を両手に納めて尋ねる。
「あなたは私を倒して何を望む?この戦いに何を求めているの?」
八重花の問いにジュエルの少女は不敵に微笑んで無骨な剣・アルミナを突きつけた。
「何もありませんよ。私はただ、あなたを倒したい。」
「…上出来よ。」
八重花はジオードを構えて自らの敵に対した。
「名前を聞いておくわ。手加減できないかもしれないから。」
ジュエルは大上段に剣を構えながら頭を振った。
「私が勝ったときに教えてあげますよ。」
八重花は頷いて腰を低く落とした。
「たあぁ!」
ジュエルは防御も何も考えずにただ一撃を放つために駆ける。
アウトレンジからの攻撃を八重花はあえて使わなかった。
ただ強くなりたいという思いの乗った一撃に八重花は応える。
刃が交錯する直前、ジュエルのアルミナが目映い光を放ち夜の闇を引き裂いた。
そして…
その光が、炎に飲まれて消えていく。
八重花は倒れた名も知らないジュエルの少女の前に膝を下ろした。
「それだけの気迫と力があればあなたはどこでも戦える。私に名前を教える必要はないわ。」
八重花はそう言い残して屋上を去った。
こうして八重花の部隊は全滅し、八重花1人が残った。
訓練が終わったジュエルは皆一様に力尽きていてシャワーを浴びる間に眠ってしまう者、食事中に舟を漕ぐ者が続出した。
そんな中でもさすがにヴァルキリーのソーサリスは元気であり
「何だって?八重花の部隊がいろんな場所に乱入してきた?」
良子は大きな驚きの声を上げた。
美保は不機嫌そうに、悠莉は嬉しそうに頷く。
「あたしんとこの訓練を台無しにされましたよ。おかげでうちの部隊全員筋肉痛です。」
「それは美保さんのエスメラルダが原因ですよ。私のところでは仮想敵としてうまく機能してもらったおかげで訓練は予想以上の成果でしたよ。」
ヘレナと緑里も食事中のためか、それともコメントしたくないのか黙々と箸を動かしている。
良子は話を聞くとわしわしと頭を掻いた。
「あー、なんてうちのところには誰も来なかったんだよ?」
「狭かったからじゃないですか?」
「等々力先輩が嫌われてるだけです。」
美保の正論も悠莉の冗談だか本音だかわからない答えの前に霞み
「うう、やっぱりあたし、八重花に嫌われてるのかな?」
良子は箸をくわえたままべそをかいていた。
(ああ、等々力先輩の泣き顔、いいですわ。)
「悠莉!良子先輩、大丈夫ですよ。」
「…本当に?」
グスッと鼻を啜りながら上目遣いで尋ねてくる良子に
(うわ、確かにクルわ。)
とちょっと悠莉の気持ちが分かってしまった美保だが正気を保ち
「………たぶん。」
やっとの思いで答えを絞り出した。
今の間が美保の本心である。
「八重花ぁ!」
当人に助けを求めようとする良子だったが隣を見るとすでにそこはもぬけの殻だった。
「東條さんでしたらもう食べ終わって出ていきましたよ。」
「うわーん。」
良子は情けない姿を晒しっぱなしだったが幸い良子の部隊は箸を持ったまま眠っていた。
八重花は1人シャワーを浴びていた。
久々の戦闘で疲れたが倒れたりしてしまうほどではない。
「ふぅ。」
左腕を見ると以前陸に守られたときについた傷は糸を引いたように薄れたもののまだ残っていた。
(残らないかしら?)
むしろ八重花は傷が残ることを望んでいた。
あの約束はまだ保留中だから。
(責任、取ってよね、りく。)
りくを思う八重花は大切そうに左腕を抱き締めた。
そして日付が変わる頃、ジュエルの全員がバスの中でぐっすりと眠りながら壱葉へと帰っていく。
先導するリムジンでも美保や悠莉、良子が身を寄せあって眠っておりヘレナと緑里も肩を押し付け合うように寝ていた。
八重花は行きと同じように闇に包まれた外をじっと見つめている。
「東條様。到着しましたら起こしますのでお休みになって構いません。」
「大丈夫です。このくらいの時間はいつも起きていますから。」
葵衣は会釈をするとそれ以上は何も言ってこなくなった。
静かになって窓の外に意識を向けようとした八重花に今度は撫子が声をかける。
「自分の部隊は如何でしたか?」
「ただの寄せ集めでした。」
若干の嫌味と皮肉を込めて本音を返す。
「そうですね。あなたと同じように熱い思いを胸に宿しながら別の殻を被ってしまっていた子達を集めただけの、寄せ集めですよ。」
八重花は窓の外に目を向けたままだった。
撫子も驚かないことを気にせずさらに尋ねる。
「部隊を持つ気はありませんか?」
八重花は少しだけ答えが遅かった。
フッと笑って首を横に振る。
「今日の訓練を見ればわかりましたよね?私に誰かを束ねて従えることはできませんよ。」
八重花の拒絶に、なぜか撫子は微笑んだままだった。
「何も従えることだけが全てではありませんよ。」
「?」
それきり撫子も黙ってしまい、結局その言葉の意味を聞くことは出来なかった。
そして休日を挟んだ月曜日、八重花はその意味を知ることとなる。
「…?」
最近の八重花の登校時間は1人だ。
だから待ち合わせなんかしていないはずなのだが…
「八重花さん!」
「おはようございます。」
「早くしないと遅れるよ。」
通学路になぜか八重花を待っている人がいた。
それは先日コテンパンに伸したジュエルの3人だった。
「何事?」
八重花には理解できない。
一昨日の出来事のどこに親しくなれる要素があったのか。
だが八重花さんと呼んだのは昨日最後に倒した子だし他の2人も戦っているのを見た。
「私たち、八重花さんについていきます。」
「私も八重花さんみたいに強くなりたいんです。」
「嫌だって言っても無駄ですからね。」
「…。」
八重花は何も言わずに横を通りすぎようとするが3人ともニコニコしたまま付いてくる。
それは休み時間も。
「(じー。)」
昼休みも。
「(ニコニコ。)」
放課後も。
「(じー。)」
「…わかったわ。勝手にしなさい。」
「「勝手にします!」」
なんとも逞しく成長した部下に八重花はため息を漏らしてヴァルハラへと向かう。
こうして半ばなし崩し的に八重花のジュエル部隊が結束したのであった。