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Innocent Vision  作者: MCFL
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第87話 ジュエル強化合宿 前編

12/17、それは壱葉高校の開校記念日。

そんな降って沸いたような休日にヴァルキリーとジュエルのメンバーは花鳳家所有の合宿所にやって来た。

ヴァルキリーという組織の結束を高め、戦闘技術の向上や連携の強化を図るのが今回の合宿の目的である。

あるのだが…

「楽しみだね!」

「新しいパジャマ買っちゃった。」

「お菓子ちょうだーい。」

バスの中はまるで修学旅行のような雰囲気だった。

皆到着後に待っている厳しい訓練のことを分かっているのかいないのか、キャイキャイワイワイと騒いでいる。

50人乗りの大型バスが2台とそれを先導するリムジンが人里から離れた山中に向かっていた。

リムジン内のソーサリスたちは静かなものだった。

後部の窓の向こうに見えるバスの騒ぎを見てヘレナが目元をひきつらせた。

「純乙女会のメンバーともあろう者が、嘆かわしいですわ。」

「まあ、大勢での旅行みたいなものですからね。」

美保は適当にあしらいつつ良子の手札から1枚引く。

"RGB"と緑里はババ抜きに興じていた。

「日帰りで地獄の特訓だから、帰りにあの元気があるのは何人いるかな?」

良子が意地悪く笑い緑里のカードを引き、わずかに顔をしかめた。

対して緑里はフッと笑う。

「自分達が置かれてる状況をわかってもらわないとね。」

「そうですね。ジェムは確実に強力になっていますから。」

緑里、悠莉の順にカードを引いてペアを捨てていく。

良子が念を送りながら美保に手札を差し出した。

「葵衣先輩、東條の下につけるジュエルは決まったんですか?」

美保は手札を探りながら首だけ振り返って葵衣に尋ねる。

良子は手札の位置を微妙にずらしながらとあるカードを取らせようとしていた。

「少なくとも希望者はおりません。人数割りと能力を考慮して人選する予定です。」

「そうですか。」

美保はカードを取ろうとして、やり遂げた顔をした良子と目があった。

「…。てい。」

「ああ!」

美保は取ろうとしていたカードをやめて別のカードを取った。

「分かりやすすぎですよ、良子先輩。」

「うー!」

静かに遊んでいる面々をこれまた不機嫌そうに見つめるヘレナ。

その隣ではノートパソコンで撫子と葵衣が打ち合わせをしていた。

「今回の合宿における目標値です。」

「…今回の合宿ではソーサリスに至るジュエルは…ゼロ。」

「総合的な知見から抜け出せる者はいないかと思われます。」

「現実は厳しいものね。」

人造ソルシエール『ジュエル』を作り上げたことでヴァルキリーの兵の増強は着々と進んでいるが質の面では問題が山積していた。

やはり魔女から与えられたソルシエールとは初期の能力に大きな差があり、なにより

「誰一人としてグラマリーを発現できていませんね。」

理論設計上ではジュエルでもグラマリーを発現できるはずである。

アルミナ、クォーツ、エルバイトと特性の異なる種類も用意したのにその一つとして本来の力を発揮したという報告は受けていない。

「こればかりは当人に努力していただくほかないでしょう。ふぅ。」

「そのための強化合宿です。」

落ち込み撫子を葵衣が支え、気を取り直して2人は別の案件の打ち合わせを始めるのだった。


八重花はリムジンの最後尾でドアに身を預けるようにしながら外を眺めていた。

いつ真奈美の見舞いに行けるようになるのかと連絡を待っていたらかかってきたのは乙女会の連絡で葵衣に半ば強引に参加を認めさせられてしまったのだ。

よって八重花は不機嫌だった。

「八重花、一緒に…」

「やりません。」

良子の誘いをにべもなく断ってひたすらに窓の外を眺め続ける。

(確かに私はヴァルキリーに入った。だけどジュエルの面倒まで見る必要があるのかしら?)

八重花にしてみればヴァルキリーは陸を探し邪魔者を排除する間の協力関係のようなものである。

陸を手に入れさえすれば恒久平和になど興味はない。

その後で敵対するというならばかつての仲間だろうと容赦する気はない。

つまりヴァルキリーに義理立てする必要はあまりなかった。

(私の下に回されるジュエルは可哀想ね。)

葵衣がどんな人選をするつもりなのかは知らないが育てる気のない上司の下に無理矢理追いやられる部下はあまりにも惨めだろう。

それを分かっていながら八重花は改善する気はなかった。

木ばかりだった窓の外の風景の先に合宿所が見えてきた。

「ふぅ。」

これからのことを思い八重花はため息を漏らすのだった。



合宿所はまるで学校のようだった。

ただし校舎に当たる部分の大半は宿泊施設で体育館脇にスポーツジムが併設されていたりと違いはある。

今はジュエル全員がグラウンドに配属ごとに並べられて壇上の撫子に熱い視線を送っていた。

「わたくしたちの敵は日に日にその力を増しています。ジュエルの人員は相当数に上り、皆さんがその力を遺憾なく発揮できるようになった暁にはヴァルキリーに敵はありません。今回の合宿は今日一日という非常に短い時間ですが各自己の力がどういうものかを理解し強くなるよう努めてください。」

撫子が壇上で礼をすると誰ともなしに拍手が起こった。

それが終わると葵衣が壇上に登る。

「各部隊の育成方針は担当するソーサリスに一任しています。皆様の指示に従い訓練を開始してください。」

「それではワタクシのチーム、行きますわよ。」

「はい、ヘレナ様!」

まずヘレナが自身の部隊を率いて裏の山へと駆けていった。

それに触発された緑里が檄を飛ばす。

「総司令のヘレナの部隊には負けないよ。」

「私たち、緑里様についていきます!」

緑里たちも別の方角の山中に入っていった。

どちらも前線部隊としてある程度場数を踏んでいるため実戦的な訓練をするつもりである。

「さてと、うちは筋トレでもするかね。」

良子は腕の柔軟をしながらのんびりと告げた。

気迫みなぎるヘレナと緑里を見た後なのでジュエルは不安を隠せずにいた。

「本当にそれでいいんでしょうか?」

良子はニッと笑って頷いた。

「何事も体が資本。どんなに強い技が使えても体がついて来なければ自滅するだけだからね。あとは訓練中に自分は勝てるとイメージトレーニングし続けよう。」

いかにもスポーツ科学的な理論だが配下のジュエルは感動して何度も頷いていた。

体育館脇の施設に向かっていく良子たちを見た悠莉は頬に手を当てて思案する。

「悠莉様、私たちは何をすればいいですか?」

不安げなジュエルに悠莉はゾクゾクと嗜虐心を刺激されたがそこは仕事と割りきって我慢する。

「そうですね。」

悠莉は周囲を見回す。

撫子と葵衣は全権を持つものの他に仕事があるので配下はおらず、そうなると残っているのは自分の部隊と美保の部隊、そして八重花の部隊だった。

「美保さんと東條さんはどうしますか?」

「うちらは校庭を使おうかと思ってたんだけど。東條は?」

「まだ決まっていませんからご自由に。」

やる気のない様子に美保はムッとしたが

「それでは私たちは体育館を使わせてもらいます。」

悠莉が間に入って場を取り持った。

「わかったわ。うちは1対1での戦闘訓練よ!死ぬ気で戦いなさい!」

「はい!」

美保は苛立ちをやる気に変えて部下に撒き散らした。

それすらも許容するのだから美保の部隊もだいぶ教育されたということだろう。

「館内で連携戦闘の訓練を行いましょう。それでは東條さん、お先に失礼します。」

「ええ。」

悠莉たちも体育館に向かい、残されたのは八重花の部隊だけだった。

(これが私の部隊ね。)

そこに並んでいたのはどこかパッとしない少女たちだ。

他のジュエルに見られるような向上心はなく、怯えたように八重花の言葉を待っている。

おそらくジュエリアが彼女たちのささやかな思いを拾ってしまったのだろう。

(放り出されたわけね。)

どこに所属していたかは知らないがやる気がなければ生き残れない殺伐とした実力主義の世界だ。

それが怖いのにジュエルであり続けているのはジュエリアの力かはたまた純乙女会の名か。

どちらにしても八重花には関係のないことだった。

「あの、私たち、どうしたら?」

「何がしたいの?」

八重花は問う。

だがジュエルは困惑するばかりで誰一人として案を出そうとはしない。

八重花は大きなため息をついて背を向けた。

「好きにやりなさい。」

「それは勝手すぎる!」

八重花の態度に対する文句ばかり声を揃える面子に八重花は心底呆れた。

「自分達では何一つできず、そのくせ文句を言う。」

背中を向けたままの八重花の気迫に気圧されながらもジュエルの少女たちは反論する。

「それは、ソーサリスに従うようにって言われたから…」

「だから私は自由にしていいと言ったの。」

八重花の言葉は一種の正論だが当然納得できるものではなかった。

「本当に強くなりたいと願うなら1人であっても何かできるはず。言われたからやるだけでは何も得られないわ。」

話は終わりだというように八重花は宿泊施設に向かっていく。

本気でやる気のない八重花にとうとうジュエルは我慢の限界を迎えて武器を抜いた。

「私たちだって強くなりたい!でも、どうしたらいいかなんてわからないよ!」

八重花は半身で振り返り、瞳にわずかな興味を宿した。

「上官に刃を向けるだけの度胸はあるのね。」

「え、あ!ごめ…」

「謝る必要はないわ。」

完全に振り返った八重花が浮かべていたのは引き寄せられるほどに魅力的で恐ろしい笑みだった。

「ソルシエールの本質は邪魔者をすべて殺すことなのだから。」

ビクリと身を震わせたジュエルの前で八重花は手を広げて宣言した。

「戦いなさい。ここにいるのは味方ではない。すべてが強くなるための糧であり障害よ。ヴァルキリーもジュエルも関係ない。力を振るい最後まで立っていたものが強者よ。」

そう言って八重花はソルシエール・ジオードを抜き放った。

圧倒的な殺気を前に

「…」

ジュエルは誰一人として逃げ出さなかった。

八重花は楽しそうに笑い

「さあ、私を倒してみなさい。」

赤き炎を巻き起こした。


ギン、ギンと絶え間なく刃を打ち鳴らす音が響く。

定まった戦場はなく、自分と敵のいる場所すべてが戦場だった。

「うわあああ!」

「たぁ!」

ほんの少し前まで何かに怯えていた少女たちはジュエルの生み出した本能のままに目の前の敵に向かっていく。

力で競り負けて線の細い小柄な少女が弾き飛ばされた。

八重花の冷たい言葉に泣きべそをかいていた少女は

「負けないんだから!」

転んで擦った腕をものともせずに再び向かっていく。

その気迫は本気で仲間だった者たちを殺してしまいそうなほどに激しいものだった。

八重花は宿舎の屋上に立っていた。

今はつかの間、襲撃してきたジュエルを返り討ちにした空白の時間。

眼下では地面や屋根、時には電線の上を綱渡りして戦うジュエルの姿が見える。

そこにいる誰もが死力を尽くして戦っている。

「怯える心なんて、理性なんて取り払ってしまえばいい。みんなソルシエールを持つに相応しい感情を持っているのだから。」

八重花の配下はせいぜい20名、互いに潰し合えばそう時間がかからず淘汰されるのを待つだけだ。

八重花は下を見るために乗り出していた頭を引き戻した。

直後、眼前を誰かのジュエルが下から通りすぎていった。

あと少しで頭が串刺しになるところだったというのに八重花は笑っていた。

「奇襲、闇討ち、騙し討ち、包囲殲滅。戦いで卑怯は褒め言葉よ。勝った者こそが正しいのよ。」

「てぇい!」

下の窓から飛び上がってきたジュエルが空中で剣を掴み、自身の膂力に落下速度を上乗せした斬撃を放った。

それと同時にやられた振りをしていたジュエルが地面を滑るように八重花に肉薄する。

上下からの攻撃に

「そうよ。来なさい。」

左右の腕を交差させた。

赤と青の炎が螺旋を描いて巨大な火柱となる。

熱風の吹き荒ぶ屋上には八重花以外誰も立っていなかった。

倒れたジュエルは本当に気を失っている。

風に髪を激しく揺らしながら八重花はジオードを掲げた。

「誰か私に傷をつけられる人はいないのかしら?」

その姿は戦いを楽しむ戦乙女そのものだった。


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