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Innocent Vision  作者: MCFL
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第86話 噂のあの人とあの人の噂

目を覚ました真奈美だったが検査などの理由でいまだ面会謝絶だった。

叶が、八重花が、裕子や久美が待ち続ける連絡はまだ来ない。


白で統一された室内に黒と灰色のスーツを着た男たちがいた。

灰色のスーツの中年男は丸椅子に腰掛け、真っ黒いスーツを着た若い男は待ったまま手帳を開いている。

漆黒の手帳の中央には菊の紋があった。

それを持つ彼らはつまりは警察官である。

彼らは一月前に起こった女学生暴行事件の犯人を追っていたがなんの手がかりも得られず被害者である真奈美が目覚めるのを迎え、面会謝絶が解かれた直後にやって来たのだ。

「それじゃあ、あの夜のことはまったく覚えていないのかい?」

人が良さそうでありながら細められた目の奥が妙にギラギラしている中年の刑事は困ったように何度目かの確認をした。

「はい。そもそもあの夜が何時なのかわからないです。」

ベッドに上半身を起こした真奈美は見たところ元気そうな少女であった。

ただ、布団の下に隠れている下半身のうち左足に当たる部分膝から下の布団の膨らみはなく、左目の部分には眼帯がしてあった。

短い期間に左足と左目を失った真奈美の痛ましさに刑事は強く出られないでいた。

黒いスーツを着た若い刑事が中年刑事に耳打ちする。

「医師の話では目を失ったときの衝撃で記憶障害を起こしている可能性があるとのことです。」

中年刑事は小さく舌打ちをした。

手がかり一つ見つけられず最重要参考人の被害者からも何も情報が得られないのでは迷宮入りだ。

刑事は立ち上がり帰る様を見せながらドアの所で振り返って最後に尋ねた。

「半場陸君、だっけ?」

それは捜査線上に噂という形で上ってきた名前だった。

本人が事件直後に行方不明ということもあって有力な犯人候補となっている。

刑事は帰り際の相手の気がわずかに緩んだタイミングを見計らって揺さぶりをかけてみた。

「半場ですか?友達です。どうかしたんですか?」

真奈美はきょとんとした顔で首を傾げた。

「いや、ちょっと聞いてみただけだよ。それじゃあ、また何か思い出したら教えてほしい。」

刑事たちはそうして帰っていった。

医者や両親、そして刑事と毎日ひっきりなしに人がやって来たがようやく一段落ついて1人になれた真奈美は左目があった場所に手を当てた。

「半場、陸か。」

真奈美の口元にはどこか不敵な笑みが浮かんでいた。



ジェムとヴァルキリー、ジュエルの動向をInnocent VisionとスタンIVで探っていた僕が起き出してリビングに行くとみんな揃ってコンビニのお弁当を食べていた。

食事は極力皆で、しかしInnocent Visionの時の陸は無視というのがルールと化していたので特に文句はない。

デラックス特盛弁当を食べる明夜は箸を止めず目を向けてきただけだった。

鮭弁当の由良さんとカルビ弁当の蘭さんは僕に気付いて

「お、先に食べてるぞ。」

「りっくんの分も買ってあるからね。」

と声をかけてくれた。

水を飲みにキッチンに向かったときに弁当が見えた。

スタミナギンギン弁当。

冗談みたいに精力が出ると言われている食材の入った豪華なものだった。

「…疲れてるように見えるのかな?」

確かにスタンIVは体力の消耗が激しいから疲れる。

もう一つの可能性は頭の奥に追いやりつつ弁当を温めてテーブルに戻った。

明夜はすでに食べ終わっていておむすびを食べていた。

「そうだ。ランは今日も学校に行ったんだけどね。」

由良さんがすごい目付きで蘭さんを睨んでいたが蘭さんはさらりと受け流す。

なんとも度胸が座った人だ。

僕には絶対に無理だから。

「でね、噂で聞いたんだけど、真奈美ちゃんが目を覚ましたらしいよ。」

「!蘭、本当か!?」

芦屋さんが目覚めた情報に一番に食いついたのは友達の僕や明夜ではなく由良さんだった。

テーブルに手をついて身を乗り出したから箸が落ちた。

「由良ちゃん、何を慌ててるの?」

「芦屋真奈美はジュエルだった。それが完全になくなったかわからない。また陸を襲うかも知れないだろ?それにInnocent Visionやソルシエールについて他のやつに話されたら面倒だ。」

由良さんは僕やみんなのために慌ててくれている。

本当に頭の回転が早い頼れる兄貴分だ、とは口には出さない。

「少なくとも芦屋さんがソルシエールとかの情報を一般人に話すことはないと思うよ。その辺りはうちもヴァルキリーも同じ認識だからちゃんと説明してあるはずだよ。」

僕の冷静な指摘に由良さんは逆に熱くなる。

僕を射殺しそうな視線で睨み付けてきた。

「わかるものか!あいつは陸の命を狙ったんだぞ?」

「…そう、だね。」

それに関して僕は弁解できない。

だけど僕にはあの時の芦屋さんの気持ちがわかったから。

だから僕は芦屋さんを憎むことができない。

(1人が嫌だって泣いていたみたいだったから。)

たぶん蘭さんはわかっているが介入してくる気はなし。

この緊迫した状況で僕のおかずを巡って明夜と箸で戦っているくらいだ。

「由良さんはどうしたいの?僕は芦屋さんに関しては不干渉で大丈夫だと考えているよ。」

いつまでも睨み合っていても埒があかない。

話し合って妥協点を見つけるのが賢明だろう。

由良さんはフンと鼻を鳴らしてドカリと座った。

「俺だって芦屋が陸の友達なのは知ってるから殺すとは言わない。ただ口止めはしておくべきじゃないか?」

「あれー、由良ちゃんやさしー。」

「蘭!」

茶々を入れた蘭さんに由良さんは拳を振り上げて怒鳴った。

心なしか顔が赤く見える。

(由良さん、僕を思って意見を変えてくれたのかな。)

由良さんならあり得る話だ。

ちょっと感動して熱い視線を送っていると由良さんの顔が見る見る赤くなっていく。

「な、何見てやがる!」

思い切り睨まれたが照れてるのが丸分かりなので全然怖くない。

「いやー、由良さん優しいな゛っ…」

言い切る前に一足飛びに迫ってきた由良さんに馬乗りにされてしまった。

「ゆ、由良さん?」

「選ばせてやろう。痛いのと苦しいの。」

由良さんがとても輝かしい笑顔で笑っている。

どうやら琴線に触れてしまったようだ。

明夜は一応こちらを気にかけながらもとうとう僕の弁当を手に取って食べ始めてしまったし蘭さんは口パクで

『りっくん、ここで一発ギャグを。』

と無責任なことを言っている。

由良さんはコキコキ拳を鳴らしながら僕の返事を待っている。

僕としてもこの体位は恐怖とは別の意味で辛いので

「や、優しくお願いします。」

何故か照れながらになってしまった。

場の空気が一瞬凍りついた気がした。

「とりあえず…」

ゴン

とりあえずでグーを頭にもらった僕を由良さんは肩に担いだ。

由良さんはにこやかに手を上げて2人に告げた。

「ちょっと自覚の足りないバカにお仕置きしてくる。」

「え、ちょっ!」

「いってらっしゃーい。」

「…」

なんだか生命の危機を感じるほどの笑みに対して仲間たちは薄情で明夜もサムズアップしていた。

「ギャグに走るからだよぉ。」

「それは蘭さんが…」

「行こうか、陸。」

弁解する間もなく運ばれていく僕にさすがの蘭さんも困り笑顔で手を合わせていた。

まあ、やってしまったのは僕だが。

「なに、優しくしてやるさ。」

最後にそう呟いた由良さんは背筋が凍ってキュってなってしまうほど女王様の顔をしていた。

こうして寝室に運び込まれた僕は翌朝紐で縛られて正座をしたまま涙を流しているところを発見された。

代わりに芦屋さんの件に関してはしばらく静観することになったがその代償はあまりにも大きいものだった…かもしれない。



面会時間もとうに過ぎ、鎧の足音の噂も聞かなくなった深夜の壱葉総合病院は物音ひとつしない静寂に包まれていた。

(眠れないな。)

寝過ぎたのかなんなのかわからないが就寝時間になっても真奈美は眠れずにいた。

(本は母さんに頼んだけど今あるのはもう読んだやつだしね。)

ソフトボール部で体を動かすのが好きな真奈美だったが同時に結構な読書家でもあった。

わりと文武両道な子である。

真奈美は窓の方に目を向けるがカーテンがしてあって、向こう側の光がわずかに透けて見えるだけだった。

右だけの瞳でそれを見つめていた真奈美は寂しげに微笑んだ。

「皆に会いたいな。」

面会謝絶は解かれたがあと数日は皆を呼べないらしく病院内での携帯は禁止されているので簡単に声だけを聞くこともできない。

病室を出るのにもまだ許可がいるため現状は軟禁状態と言っても過言ではなかった。

(あー…)

「お暇そうですね?」

「!?」

本来この場にあるはずのない声に真奈美はギョッとして上体を起こした。

声のした入り口の方は照明が落ちていて闇に沈んでいた。

その向こうに人の気配があった。

「…誰?」

こんな時間に音もなく入ってきた相手はやっぱりアレかな、と内心ビビっていた真奈美の前に現れたのは

「夜分遅くに申し訳ありません。」

まるで日本人形のような整った顔立ちと黒髪に巫女装束を着た同年代くらいの少女だった。

「あ、はい。ご丁寧にどうも。」

妙に礼儀正しい対応に真奈美は毒気を抜かれて頭を下げた。

「わたくし、太宮神社で巫女をしている太宮院琴と申します。芦屋真奈美さんですね?」

「はい。…太宮神社の巫女さんが一体何の用で?」

こんな時間に、とは聞いても無駄な気がしたので尋ねなかった。

この巫女は笑顔の裏側が計り知れないと直感的にわかったから。

琴は頷くと着物の袖の下に手を入れてゴソゴソと何かを探し始めた。

「あら、ここに確か…ありました。」

胸元に手を突っ込んだ時には真奈美も少し慌ててしまったが琴が取り出したのは太宮神社のお守りだった。

「それ。」

ベッドの支柱にくくりつけられているお守りと同じものだ。

両親の話だと叶が置いていったものだと聞いていた。

「神社に訪ねてきた叶さんがご友人のためにお守りを探していましたので。こちらはこれから先の未来に幸がありますようにと特別に誂えたものです。」

琴は真奈美の心を読んだように説明しながら同じ場所にもう一つお守りをくくりつけた。

不思議には思ったが言動の先読みは陸や八重花もやっていたのでそれほどの驚きはなかった。

「叶と知り合いなんですか?」

「はい、お友達です。」

真奈美は苦笑する。

その言葉と表情は大人っぽい琴の雰囲気とは違い歳相応の少女のように思えた。

叶は臆病であまり進んで友達を作らないため「叶の友達」は信用できる証のようなものであった。

「それで快気祝いにお守りを持ってきてくれたんですか。」

「それもありますが、一つ占いをと思いまして。」

言うが早いか琴は印を結んで何かを呟いた。

真奈美はその姿を見守る。

「…全体的には運気は好調のようです。今後しばらくは大きな怪我や病気はありません。」

「それはよかった。これ以上傷物になるのは、ね。」

自分の体を右目で見て

(ボロボロだな。)

真奈美はどこか他人事のように思う。

「そして一つ忠告をしておきます。本当にあなたが話したいと思ったことは1人にだけ告げるのが良いでしょう。」

「本当に話したいこと?随分と抽象的ですね?」

琴はおかしそうにクスクスと笑った。

「占いとは得てしてそういうものですよ。間接的な広い意味のある言葉の中に自分の状況を当てはめ、都合のよい解釈を利用する。卜占とは曖昧なものです。」

「なるほど。」

雑誌やテレビの占いも神社でのおみくじも先の指針を示すものであって事象を断定するものではない。

真奈美が納得している横で

「もしも事象を見ることが出来たのなら、それは『占い』ではなく因果を歪めた『結果』、本来あってはならないものです。」

琴は険しい表情で呟いた。

「え、何です?」

「なんでもありません。そろそろお暇させていただきます。」

琴は折り目正しくお辞儀をすると出口に向かって歩いていく。

取っ手に触れたときに振り返る姿は昼間の刑事のようで真奈美はちょっと身を固くした。

「伝えるのは1人ですよ。」

「なんのことかわかりませんけど、わかりました。」

琴は頷くと音もなく戸を開いて去っていった。

「なんだったんだ?」

ベッドに倒れ込んだ真奈美は気疲れのせいか眠気に襲われて

「話す、こと…くぅ。」

抗うこともなく眠りに落ちた。


翌日、病院内では巫女服の幽霊が徘徊していたという噂が囁かれていた。


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