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Innocent Vision  作者: MCFL
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第81話 デスゲーム

そして夜が明け、陸と魔女のゲーム当日。


「ふあぁー、アフ。」

叶は大きな欠伸を噛み殺した。

変な声が漏れてしまい恥ずかしそうに振り返ると数人のクラスメイトが微笑ましげに笑っていた。

その中には裕子や久美の姿もある。

叶は頬を染めて縮こまりながら小さく笑った。

(半場君を見つけて、裕子ちゃんたちとまたみんなで遊べるようになりたいな。)

そのために昨日は好きなドラマを我慢して夜の町をジョギングがてら少し回った。

自宅の周辺だけでへばってしまい、今夜は自転車にしようと心に誓った。

「ふぁー。」

また欠伸が出て今度は忍び笑いが聞こえてきた。

そんなクラスメイトの中で、八重花だけが何もない正面の黒板を睨み付けているのが異様な光景として叶の目に映った。

(八重花ちゃん、どうしたのかな?)

声をかけようにも微妙に近づきづらい雰囲気があるしそもそも眠気で立ち上がるのも億劫だった。

目蓋を開いているのも限界で

「ちょっと…だけ…」

腕枕に飛び込んだ瞬間には叶は眠っていた。

そうして優等生の叶は初めて授業中完全に眠ってしまい

「どうして誰も起こしてくれないんですかー!?」

昼休みになって珍しく吠えていた。

寝顔が可愛らしくて起こすのが忍びなかったという事実はクラスメイトと教師の共通認識である。



叶が眠っている姿を八重花は複雑な表情で盗み見ていた。

(叶は友達。だけど、叶はりくを狙ってる。)

左目が輝きそうになるのを無理矢理押さえ込む。

いくら教室の一部の女子がジュエルとはいえ"日常"の中で左目が光ったり剣を手にしていれば良くないことになるのは分かりきっていた。

(りくもこうして隠し事をしていたのね。)

ソルシエール、ソーサリス、ヴァルキリー、魔女、ジェム、Innocent Vision。

命が狙われる危険を常に感じながら陸は"人"として生活していた。

少なくともソルシエールに関わり出すまで陸がそんな状況にあったことを知る機会はなかった。

(…そうでもないわ。)

よく考えれば怪我をして学校に来ることが多かった。

どうしてその時にもっと追求しなかったのか、八重花は過去の自分に対して文句を言う。

言ったところで何も変わらないのだから先のことを考える。

陸を自分のものにするために。

(りくは未来視Innocent Visionを持っている。だけどそれは条件があるみたいだと言うのがヴァルキリーの見解。)

八重花は自分の腕に目を移す。

制服の下には大分薄れたガラス片の傷がついている。

もしも本当に陸がいつも未来が見えている、もしくはいつでも使えるのならこの傷はつかなかったはずだし陸自身が傷つくこともなかった。

(今にして思えば、りくはああなることを知っていたのね。)

あの時の陸の行動と言動は突発的な事故にしては冷静すぎた。

命の危険がある傷を受けたのに死を恐れることがなかった。

それは自分が死なないと知っていたからだ、そう考えれば辻褄が合う。

(りくは常に未来を見ているわけではない。ならそれを見る条件は?)

ヴァルキリーはそこまではわからないと言っていた。

だが八重花は諦めない。

こと陸に関してはわからないことが許せないから。

(普通にしていて見えないならそれ以外の条件で見ていることになるわね。

リラックスしている時?でもそれなら日常的に使えてもおかしくない。

夢で見た?でも夢の内容なんてそうそう覚えてはいられないはず。

守護霊にそんな力がある?確かにあり得そうだけど前に神社に行ったことがあるわね。

それに霊がついてるなら条件云々は要らなくなる。)

真実を掠めた考察も一般的な常識に当てはめると候補から外れてしまう。

だからこそヴァルキリーがInnocent Visionの正体を計り知れないのだから。

足りないピースがあることに八重花は奥歯を噛み締めた。

記憶にある陸のすべてを思い起こす。

引きこもりだったこと、どこか一線を引こうとする態度だったこと、謎の病気に掛かっていること…

「あ…」

八重花の中で何かが繋がった気がした。

そこを基点にしてこれまで乱雑だった思考が急速に纏まっていく。

(りくは未来を見る。だけど普通には見れないから普通じゃない状況にならないといけなかった。普通じゃない状況、陸にだけあったもの。あの突然意識を失う病気。)

思考が組み上がって一つの形を成していくことが堪らない快感となり知らず八重花の口に笑みが点る。

目を開きながらすべてを頭の中での思考展開に費やして八重花は加速する。

(医者が匙を投げて最近は病院に通わなくなったって言っていた。だけどりくはそれがどういうものなのかちゃんと知っていたのね。未来を見せるために自分が落ちていることを。)

ヴァルキリーは時おり見せる陸の奇行とInnocent Visionの危険性にのみ注視していたために気付かなかった。

八重花は陸を見ていたからこそ常識的にはあり得ない"気まぐれな夢"の真実にたどり着いた。

(Innocent Vision、気まぐれな夢とでも言うのかしら。りくのネーミングセンスはなかなか素敵よ。)

八重花は陸に近づけたことの喜びに身を震わせた。

瞳を輝かせて黒板の先にある未来を見る。

(りく、私は逃がさないわ。絶対にあなたを私だけのものにしてみせる。)

キーンコーンカーンコーン

「あれ?」

聞き覚えのある鐘の音に意識が戻った。

なぜか教師がしょんぼりとした様子で帰っていき、クラスメイトもぞろぞろと教室を出ていったり机を移動させている。

時計を見上げればいつの間にか昼を過ぎていた。

「あ、あれ?午前中の授業?」

浦島太郎みたいな感覚だったが体は正しく食事を要求する。

八重花はしきりに首を捻りながら食堂に向かうのであった。



海原緑里は悩んでいた。

ポケットには昨日から悪戯手紙が入ったままである。

(誰かに相談しようかな?)

普段この手の相談を持ちかける双子の片割れは敬愛する撫子と遠出していて明日の朝にならないと帰ってこない。

かと言って内容が内容だけに普通の友達に話すのも憚られた。

(そうなるとヴァルキリーのみんなになるんだけどね。)

緑里は難色を示した。

それはヴァルキリー内での緑里の格付けや立ち位置に由来する。

(ヘレナ先輩は論外。話したらバカにされるに決まってる。)

緑里とヘレナは仲が悪い。

ヘレナが撫子に突っかかっているのが気に食わないのが主な要因だが根本的に2人の反りが合わないのだ。

(良子は…うーん。)

ついこの間までなら頼れる同級生として相談に乗ってもらっていただろうが

(意外と情けないからね。特に東條八重花の前だとダメダメだし。)

酷い評価だったが周知の事実なので仕方がない。

ここのところバレー部で退部する生徒がいる現状は伊達ではない。

(でも、美保と悠莉に頼むのもな。)

2人とも親身になって相談に乗ってくれるとは思っている。

悠莉はこの手の話題が好きそうなので協力してくれるかもしれない。

だがそこで緑里のプライドが年下に頼ることを許してくれないのだ。

結局頼れる相手は誰もいなくなり

「緑里、一緒にご飯しない?」

とクラスの友達に誘われたところで思考を中断した。

「うん、行くよ。」

「やった。ついでに次の時間の問題の解き方を教えて貰えるといいな、なんて。」

ちろりと舌を出す友人に苦笑しつつ席を立つ。

「ちゃっかりしてるな。いいよ。デザート一つで手を打つよ。」

緑里もね、と笑いながら他の友達に声をかけに行ったのを見送りながら緑里は手紙に手を触れた。

誰にも見えないように口の端をつり上げる。

(いいよ、何が出てくるのか知らないけど出会ってあげるよ。)

「緑里ー?」

「今行く。」

緑里はにこやかに駆け出す。

獰猛な獣の表情をその奥に潜めて。



そして夜がやって来た。

今日は特にジェムが出現する予定がないから4人でテーブルを囲んで由良が買ってきたコンビニのおでんをつついていた。

「ハフハフッ、玉子うまいな。」

「大根染みてるよ。」

「…(ハグハグ)」

「やっぱり暖かい料理は美味しいね。ぐす。」

あまりの温かさに瞳に汗が。

「そこまで感動することか?」

由良さんは呆れたような顔で片膝を立てたままお茶を煽り、大根を箸で小さく切り口に運ぶ。

その姿はオジサンみたいなはずなのに由良さんがやると妙にかっこいいのだから不思議だ。

「普段の機械で温めた感じとは違う生の熱に感動してるんだよ。」

「ただのダシだ。そんな温かさならカップ麺のお湯も同じだろう?」

由良さんにはどうも僕のニュアンスが伝わらないようだ。

たとえコンビニであらかじめ味付けされていた具をパックに入ったダシで温めただけだとしてもそこに人の手が加わった感じがするだけで有り難みが増すということを僕は言いたいのだ。

「どんなものでも腹に入れば一緒だ。」

「同じように食べるなら美味しい方がいいに決まってるよ。」

おでんの容器を挟んで僕と由良さんが火花を散らす。

この主張の勝負の結果によって今後の食生活の改善が望めるかもしれないから引き下がるわけにはいかなかった。

「りっくん、由良ちゃん。」

昆布巻きをくわえた蘭さんが割って入ってきた。

僕たち2人の鋭い視線をものともせず指を下に向けた。

そこには、ものすごい勢いで無くなっていくおでんの具があった。

「(モグモグ)」

「明夜!?」

「このままじゃ共倒れか!陸、勝負は預けるぞ!」

僕たちは遅れを取り戻すように箸を進める。

決戦直前、僕にまた一つ楽しい思い出と一つの約束ができた。


そして夜、9時になろうとしている。

さすがに早い時間は魔女も避けてくれると思うからそろそろだろう。

一通りの準備と言っても動きやすい服装で帽子を被り、ポケットにはスタンガンといくつかの小物といった軽装と呼べるものだからすぐにできた。

コンコンとドアがノックされた。

蘭さんの準備ができた合図だ。

僕もオッケーの意味でドアを叩き返す。

するとドアの向こうで

「ランのマジカルショーへようこそ!イッツ、ア、イリュージョン!」

蘭さんの元気な声が聞こえた。

だけどその直後、ドアを一枚隔てただけの向こう側から何の音もしなくなった。

世界が異様なほど静まり返り僕の心音がいやに大きく聞こえた。

もしかしたらこの部屋以外のすべてが消滅したんじゃないかと不安に駆られながらコラン-ダムのように異常に長く感じる時間を過ごした。

いよいよ我慢が限界でドアに手を伸ばすと僕を待っていたようにドアが独りでに開いた。

そこには

「何もないところから鳩がー。」

なぜかタキシードを着込んだ蘭さんがマジックを披露している姿があった。

鳩が舞い、カードが変わり、箱が瞬間移動する。

そんな幻想的なショーに明夜だけでなく由良さんも見入っていた。

僕も2人からは気付かれない舞台袖で目を奪われていたが

「…。」

蘭さんが一瞬だけ僕の方を見て頷いた。

その動作もまた手品の中に消えていく。

僕は頷き返すと明夜たちに見つからないようにリビングをひっそりと抜け出した。

ドアを閉めるとまた無音の世界に戻った。

もしかしたら蘭さんお得意の幻覚の一種だったのかもしれない。

「ありがとう、蘭さん。」

きっと聞こえていないだろうが僕は家を出る前に感謝を述べた。

肌を刺す冬場の冷気にいきなりやる気を削がれるが今さら引き下がるわけにもいかない。

協力してくれた蘭さんのためにも。

「第一段階突破だ。」

だけどここからが本当の勝負。

魔女が突発的にジェムを送り込んでくることも、ヴァルキリーが大挙して押し寄せてくることも冗談とは言えない予測不能の戦場となる。

「スタンIVの見せた未来がどれくらい当たっているかな?出来れば八重花とは会いたくないけど、その時は仕方がないか。」

迷いは消えないけど少なくとも敵として八重花が目の前に立つ現実があることの覚悟はできた。

不夜城のごとき遠い都心部を見ながら眼下に広がる漆黒の町へと向かう。

魔女の開いたデスゲーム、開始の時だった。


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