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Innocent Vision  作者: MCFL
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第69話 彼の目には何が見える

良子は建川の裏路地にラトナラジュを携えて立っていた。

周囲にはジェムとジュエルの交戦後があった。

ジュエルの大半は負傷者の救護を名目に下がらせた。

彼女らにジェムオーガの相手は荷が勝ちすぎると判断したからだ。

今残っているのはヴァルキリーの意志にもっとも近い気高さと強さを持つジュエルだった。

それでもジェムオーガを相手にするには心許ない。

「無理はするな。危なくなったら下がれ!」

「だ、大丈夫です!」

「まだやれます。」

もともとバレー部の後輩たちのため負けん気が強い。

良子は苦笑して前を向いた。

「死なないでよ。」

「「はいっ!」」

駆け出していく2人を見送り、良子も自らの敵を見据える。

「さて、やろうか。」

待っていたわけではないのだろうが良子の言葉に反応してジェムオーガが咆哮を上げる。

地震のような歩みは早くなり地響きと共に襲ってきた丸太のような剛腕が良子に向けて撃ち放たれた。

トラックの追突のような攻撃を前に

「…それで終わりなの?」

良子は右腕一本で支えたラトナラジュで拮抗させた。

刃の腹を盾のようにして拳を相殺させている。

だがそれ以上に恐ろしいのはジェムオーガがどんなに力を入れても良子がびくともしないことにあった。

「ゴアアアア!」

ジェムオーガは右腕をラトナラジュに押し当てたまま左腕を引いた。

「ほい。」

良子はわざと身を引いた。

突き出した右手でバランスを取っていたジェムオーガは急に支えを無くし、ビタンと不格好に地面に倒れる。

その目が見開かれた。

真紅の鉾槍が両手持ちで振り被られていたのだ。

「はぁっ!」

裂帛の気合いと共に振り下ろされた神速のハルバードは前面の空気を押し潰し、空気の槌としてジェムオーガを押し潰し、それら諸々すべてを紅い軌跡を残す斬撃で切り裂いた。

良子の一撃は地面にクレーターじみた陥没と巨大な裂傷を生み出した。

水道管を傷つけたらしく亀裂から水が噴き出す。

水のカーテンで互いの姿が隠される。

ジェムオーガは良子の姿を見失って踏鞴を踏んだ。

瞬間、最前に立っていたジェムオーガの額に水柱を切り裂いて飛来したラトナラジュが突き立った。

水柱が元に戻る直前に飛び出した良子がラトナラジュの柄を空中で握り、一気に振り抜いた。

強引な力にジェムオーガの足が砕け、骨と肉を斬って両断する。

その間わずか数秒。

まさに瞬殺だった。

崩れ落ちるジェムオーガの向こうに立っていた最後のジェムオーガは見た。

左目を朱に輝かせ、無造作に巨大なハルバードを構えた、本物の鬼を。

「グ、グガアァ!」

それでもジェムオーガは吠えて自らを鼓舞する。

己が存在意義を示すため、全力をもって目の前の本物を駆逐するために飛び上がった。

両手を組み、振り上げた上に落下の力をプラスさせた最大の一撃を前に良子はニッと笑った。

「いいね、やっぱ戦いは全力じゃないとね。」

良子は両手で握ったラトナラジュを目一杯後ろに引く。

足はしっかりと踏ん張り目は敵だけを見据えている。

「ルビヌス!」

その言葉は撃鉄、良子から真紅の光が放たれた瞬間、地面が爆発して弾丸と化した良子が下からラトナラジュを振り抜いた。

もはや鋭利すぎる切っ先は押し潰す空気すらも切り裂いて暴風を巻き起こし、かまいたちのような真空の刃と深紅の刀身がジェムオーガを異様なまでに綺麗な切断面で一刀両断した。

膝を折り、後ろに腕を伸ばしたまま着地した良子の耳にグシャリと潰れるような音が聞こえてきた。

良子の纏う真紅の光が消え、溜まっていた息を深く吐き出した。

肩にラトナラジュを担いでジュエルの救援に向かおうとした良子はふと何かに気付いて振り返り、


「あ…」


驚愕に身を凍らせた。



夜の町を闇に溶けるような漆黒のリムジンが静かに駆ける。

窓はマジックミラーで運転席の男の後姿が運転席の脇からしか見えない。

それは花鳳家の所有する防弾車だった。

強化タイヤに防弾装甲、防弾ガラスと無駄に鉄壁の防御を誇る車で撫子は帰宅するところだった。

携帯で東京の大事を知っても慌てた様子はない。

「事態が沈静化しつつあるのなら監視を怠らないようにと伝えておいて。ええ、戻り次第報告を聞くわ。」

携帯を切った撫子は小さくため息を漏らした。

ヴァルキリーの存在を知る側近の運転手がミラー越しに撫子を見ながら問いかける。

「トラブルですか?」

「そのようなものです。東京の広範囲でジェムが大量に出現したようですね。」

何でもないことのように告げられて一瞬理解できなかった運転手は

「た、大変じゃないですか!?」

慌てた声を出した。

一瞬車が蛇行したがそこはすぐに気を持ち直して元に戻った。

「問題ありません。ヴァルキリーは優秀ですので既に沈静化しています。」

その裏で"Innocent Vision"の活躍があったのだが

「それは素晴らしい。さすがお嬢様です。」

と喜んでいる姿を見ると言うに言えないのであった。

車は壱葉にまで帰ってきていた。

都心で父ととある大企業の社長と会食してきた。

社会の上部にいる人たちとの会話はそれはそれで楽しいのだがやはり今の撫子にとって一番の興味はヴァルキリーにある。

(まだ不完全ですがジュエルも戦力として運用できるようになればわたくしたちの活動は飛躍的に広めることができますね。)

初めは自分に与えられた力すら信じられなかった。

それが葵衣や緑里にあると知り、力の使い道に気付いたとき撫子は始まったのだと思っている。

事あるごとに突っかかってくるヘレナに理想を説き、力を持ち理念に賛同してくれる仲間を集めるのにほぼ3年を費やしてきた。

そして今や力を与える側になり組織として非常に大きく成長した。

社会に出ればより大きな勢力を形成させることも可能だろう。

「わたくしの夢は容易く実現するものではありませんが学生のうちに出来る限りのことはしておきたいですね。」

「お嬢様でしたらどんなことで…わあああ!」

運転手が突然叫んで急ブレーキをかけた。

シートベルトで固定されているとはいえ急激な停止で体がベルトで締め上げられる。

タイヤの摩擦音が響き、制動距離を経て車は停止した。

「はあ、はあ。」

「どうか、しましたか?」

曲がりなりにも花鳳家の運転手、プロ級のドライブテクニックと数々の訓練でどんな事態でも冷静に対応できるはずだった。

その彼が悲鳴を上げるほどのこと。

撫子は顔を上げた。

車はいつの間にか住宅街の道を走っていた。

ここは学校への近道でもあるので運転手がこの道を選ぶのは何も不思議ではない。

外灯は50メートル感覚で電信柱についているのだがメンテナンス不良なのかちょうど手前と1つ先が切れていてすぐ近くの電灯も不規則に点滅していた。

チカ、チカと時折照らされる丸く切り取られた地面に、影が落ちていた。

運転手はこれに気付いて急停車したのだろう。

そこに誰かいるのに外灯は弱く、車のライトもわずかに届かない。

さすがの撫子も這い上がってくる恐怖に異様な喉の乾きを感じてごくりと生唾を飲み込んだ。

ソルシエールを知る以上おばけの存在を否定することは出来ない。

何度目かの点滅で、不意に照らされた地面から影が消えた。

「ひっ!?」

ひきつった声が撫子の口から漏れた。

運転手はすっかり怯えて頭を抱えたまま震えていた。

電灯の下にもライトの範囲にも人影がない。

「そ、そうです。ハイライト。」

撫子は手探りでライトのスイッチを見つけると奥へと押し込んだ。

ライトの角度が変わりより遠くまで照らし出した。そこに

「こんばんは。」

「…インヴィ?」

半場陸が立っていた。


僕と花鳳は住宅街にある小さな児童公園にいた。

脅かすつもりがなかったわけではなかったが効果は想像以上だったようで花鳳はまだご立腹の様子だった。

「酷いです。心臓が止まるかと思いました。」

「すみません。ちょっとした出来心だったんです。」

開き直った僕に花鳳は深くため息をつくとブランコに座ってユラユラと前後に揺らし始めた。

「もういいです。…あの場にいたということはわたくしにお話があるのでしょう?」

「確かに話はありましたけどたまたま見掛けただけです。」

正面の鉄柵に腰かけた僕を花鳳が疑いの眼差しで見た。

「ジェムの大量発生でヴァルキリーは全員が出払い、わたくしは親の都合で急遽不在。確かに普通なら偶然でしょう。」

そこまで言ってから花鳳はスッと目を細めた。

「しかし、偶然にしては不可解な点が多すぎるのですよ。これまでジェムの細かな出現まで鎮圧してきた"Innocent Vision"が現れずヴァルキリーが苦戦しました。ジュエルの大半が負傷しソーサリスも出なければ太刀打ちできない敵が現れてから初めてあなた方が出てきました。そしてこの道であなたが待っていたことが何よりの証拠です。普通に考えれば車は大通りを回って学校に向かいますからね。Innocent Vision、あなたは今日起こることを知っていましたね?」

花鳳の口調はもはや確認ではなく問い詰めるものになっていた。

確かにやりすぎた。

最後の演出がなければもう少し警戒されずに済んだかもしれないが仕方がない。

僕が笑ったのを肯定と受け取った花鳳はブランコから降りるとソルシエールこそ出さないもののあからさまに警戒の構えを取った。

「警戒しないで下さい。相変わらず僕は戦う力をほとんど持たないただの一般人ですよ。」

「一般人はそんな未来を先回りするような真似は致しません。」

自分で言っておいてなんだが花鳳の言う通りだ。

確かに戦う力は無いままだが僕はもう一般"人"じゃない。

僕も柵から立ち上がって花鳳の正面に立った。

睨み付けてくる花鳳を前にしても恐怖はない。

以前はあんなにも自分の意見を伝えるのが怖かったというのに。

「お話が、あるとおっしゃっていましたね?」

僕から切り出そうとしたが先に花鳳に言われてしまった。

気丈に振る舞いながらも人気のない暗い公園と敵対勢力のリーダーが前にいるためか怯えているのが見て取れた。

「話があるのはそちらじゃないんですか?」

「なんのことですか?まさか芦屋真奈美さんにジュエルを与えたことを謝罪してほしいということですか?」

「違いますが、もしかして気にしてましたか?」

僕のあっさりとした物言いに逆に花鳳が怪訝な顔をした。

確かにあの時のことは怒っている。

でも、いずれこうなることはわかっていた。

"化け物"の僕は本来こちら側の存在なのだから。

「違うのですか?それならいったい…」

「いったいいつまで共闘の条約を守ればいいのでしょう?ですよね。」

「!?」

今度こそ、完全に花鳳の顔から血の気が引いた。

ギュッと自分の腕を抱き寄せる仕草は普段の威厳に満ちた姿とはかけ離れていて酷く頼りない。

「…インヴィ、あなたはいったい何者ですか?」

「神でも悪魔でもありませんよ。」

「あ…」

言動の先を答えてあげると花鳳は絶句した。

これは別にInnocent Visionではなく僕の処世術、会話の先を読んで人の顔色を窺っていた頃に培った技術の応用だ。

僕の生きてきた中で得たものすべてが今の状況を作り上げていることに高揚感を覚えて自然と笑みが浮かぶ。

いよいよ取り繕うことも出来なくなったのか花鳳は「あ、あ…」と恐怖の呟きを漏らした。

僕は公園の外灯の下まで移動すると振り返り、怯える花鳳に向けて恭しく礼をした。

「僕はInnocent Vision。未来を見る…」

僕はこれ見よがしに笑い

「ただの化け物ですよ。」

こっそり拾っておいた石を電灯に向けて投げ上げた。

パリンと音がして照明が消える。

「きゃー!」

「お嬢様!」

向こうで待機していた運転手が駆けてくる足音が聞こえてきた。

目が闇に慣れてしまう前に退散することにする。

僕は懐から取り出した紙をビリッと破いた。

「ひっ!?」

「これで共闘条約は解消されました。明日からは僕たち"Innocent Vision"はヴァルキリーの敵です。それではごきげんよう、花鳳先輩。」


僕は足音を殺して、ゆっくりとその場を後にする。

後ろで花鳳の泣き声だか悲鳴が聞こえた気がする。

十分に恐ろしさを伝える演出が出来たのだからいいだろう。


(さて、これからヴァルキリーがどう動いてくるか。そして僕たちがどう動くべきか。)


僕は闇に消えるように公園を後にした。


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