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Innocent Vision  作者: MCFL
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第67話 相方

「ヘレナさん。昨晩はご苦労様でした。」

朝のヴァルハラで花鳳撫子は葵衣の淹れた紅茶をたしなみながらヘレナを労った。

しかしヘレナは不機嫌そうに頭を下げるだけだった。

目をしばたかせる撫子に葵衣は淡々とヘレナの不機嫌な原因を告げる。

「昨晩出現したジェムは発症を前に柚木明夜と羽佐間由良によって鎮圧され、ジュエルは他のジェムを発見できませんでした。」

「…その通りですわ。結局何もしないまま解散ですの。」

司令官気取りでいながら同業者に手柄を取られてしまいヘレナはふて腐れていたのである。

ジェムに関する共闘条約がある以上"Innocent Vision"を責めるわけにもいかず、収まらない感情が渦巻いている。

「今日の体育はこの鬱憤を晴らしてあげますわ。」

暗い笑いを浮かべるヘレナに撫子はお手柔らかにと苦笑を向けつつ共闘条約について思う。

「確かに、ジュエルが集まってきた今、"Innocent Vision"と手を結ぶ利点はあまりありませんね。」

とは言うもののもともと共闘条約は撫子自身が陸に持ちかけて半ば強引に承引させたものだ。

今さらやめましょうと申し出るのは人としてダメな気がする。

「葵衣、何か良い案はあるかしら?」

万能な付き人に意見を求めたがさすがの葵衣も少しだけ困った顔をした。

「お嬢様が持ちかけられた約束を反故にするのは如何なものかと。特にいずれ人を率いる立場に立たれるお嬢様がそのような不義理を致しますと信用問題に関わります。」

「そうでしょうね。」

まったくもってその通りなので反論の余地もない。

"Innocent Vision"もこの条約を快く思っていないはずなのだが今のところ小競り合いすらなくむしろ常に先を越されていた。

「やはりインヴィの力は無視できませんね。たった4人でヴァルキリーと同等、いえ、はっきりと申しましょう。今のヴァルキリー以上にジェムを抑えているのですから。称賛に値します。」

「それは…認めるしかありませんわ。」

ヘレナも渋々ながら頷いて紅茶に口をつけた。

誰もが今の"Innocent Vision"の力を脅威に感じていた。

「そんなことありません!あんな撫子様のお誘いを断った男がすごいはずがありませんよ!」

そんな中、いままで妙に静かだった緑里が突然叫んだ。

「姉さん?」

緑里は全身を憤りで震わせて立ち上がった。

「撫子様のヴァルキリーがあんな男のいる組織に負けるわけないんです。」

「ミドリ。ヴァルキリーはナデシコのものでは…」

「とにかく、私がそれを証明してみせます!」

文句を封じられて怒りのバロメーターがレッドゾーンにいるヘレナを置き去りに緑里は拳を握って宣言した。

撫子と葵衣は顔を見合わせる。

「緑里、具体的にはどうするつもりなの?」

「勿論、インヴィに決闘を申し込みます!」

予想通りの安直な回答に2人は嘆息。

「姉さん、それはヴァルキリーが条約に違反することと変わりません。お嬢様のお顔に泥を塗るつもりですか?」

「うぐっ。そんなつもりじゃ…」

シオシオと萎んでいく緑里をヘレナが淑女のマナーを口実に鬼気として断罪…嬉々として説教している。

それを見ながら撫子は思案するように頬に手を添えていた。


「…というようにヴァルキリーが条約を白紙にしたいみたいなんだけどどうする?」

朝というか昨晩のInnocent Visionで僕はそんなヴァルキリーの朝の風景を見た。

海原緑里の冥福を祈るとしよう。

学校に行かないニート予備軍の"Innocent Vision"の面々と昨晩のうちに由良さんが買ってきてくれたカップ麺を食べながらその話題を振ったところ、みんなの動きが不自然に止まった。

ちょうど箸をつけようとしていた由良さんは箸を置き、

掴んだ麺を口に入れる寸前だった蘭さんはするすると麺をカップに戻し、

明夜は…また普通に食べ始めた。

一応目だけはこちらを気にしているようだったので聞いてるものとして話を再開する。

「分かっていたことだけどヴァルキリーと僕たちの共闘は向こうにとってはジュエルという戦力が整うまでの緊急措置みたいなものだった。」

由良さんと蘭さんは頷いた。

明夜は…気にしないようにしよう。

「それもこの一月でだいぶ状況が変わった。ヴァルキリーはジュエルという大軍勢を手に入れ…」

「烏合の衆だけどな。」

由良さんの辛辣で的確な意見に頷いて続ける。

「魔女が生み出しているジェムはまるでジュエルと数を合わせるように増加の一途を辿っている。」

実際魔女は数を合わせて遊んでいるのだろう。

何がしたいのかはいまだに謎だが。

「僕たち"Innocent Vision"は被害を最小限に食い止めるためにどちらかと言えば裏方の仕事に回ってきた。ジェムの対応だけ、ジェムは勝手に増えていることを考えればどっちの勢力にも手を出していないことになる。」

「何度かソーサリスと会っても無視してたもんね。」

お願いはしていたがみんなソルシエールがある。

衝動に抗えないこともあると思っていたが大丈夫だったようだ。

「相手の戦力をでかくする時間を与えたくらいだ。何か考えがあるんだろ?」

僕はしっかりと頷いてみんなの顔を見回した。

蘭さん、由良さん、明夜が僕の言葉を待っていた。

「僕たちは、活動を止める。」

「…」

言っている意味は伝わっているだろうが本質的な意味では分からないようでみんな明確な反応を示さなかった。

明夜だけは責めるような視線を向けてきた。

明夜は元々一般人にジェムの被害が及ばないように戦ってきたのだ。

もちろんそれはわかった上で提案している。

「大丈夫。今のヴァルキリーの組織体系を考えれば被害が広まる前に鎮圧できるよ。」

明夜は頷いてくれたが納得はしていない様子だった。

「陸、ちゃんと説明しろ。何もしないでどうするんだ?」

「なにもしないよ。強いて言えば静観する、かな?」

さあ、一月の間温めていた計画を明かす時がきた。

「"Innocent Vision"の反撃の時だ。」


今日も八重花は1人考え込んでいた。

(昨日の夜にまた羽佐間先輩がコンビニで見つかった。建川だったけど今までの傾向からするとただの偶然のような気もする。でもそう考えると羽佐間先輩しか引っ掛からないのはおかしいかもしれないわ。何かの罠かも…)

相変わらず思考のドツボにはまりこんでいた。

「八重花、ちょっといい?」

「何?」

突然声をかけられて睨み付けるように見ると裕子はウッと呻いて半歩下がった。

「お客さんだよ。」

用がないなら追い返そうとしたが用件があったらしく入り口の方を指差していた。

誰だろうと八重花が振り返ると、にこやかに手を振る等々力良子の姿があった。

八重花はあからさまに嫌そうな顔をしたが人としての良心もあったため待ち人のもとへ向かった。

「やあ、東條。来てくれて嬉しいよ。」

「無視しても居座るつもりでしたよね。それで、用件はなんですか?」

話すのが面倒だと書いてあるような刺々しい口調と視線にクラスメイトから避難の声が上がった。

だが良子は動じた風もなく笑う。

「君のことをもっと知りたいんだ。」

微笑みを湛え手を差し伸べる姿はあまりにもかっこよく

「きゃー!」

クラスの女子や良子についてきたファンの子が悲喜こもごもな悲鳴を上げた。

八重花はドッと疲れを感じ、ぐったりした様子で改めて良子と向き合う。

「すみませんが私はノーマルです。お姉様とかに興味はありませんから。」

「いや、あたしもそういうのはないんだけど。」

良子は尚も手を伸ばしたまま困ったように笑った。

本人にその気がなくても周囲はその気があるのか妖しい光を湛えた目をする生徒がいた。

他人事ながら八重花も悪寒がして震えた。

「仕方がない。出直すとするよ。」

差し出した手を力なく下ろした良子はあっさりと踵を返す。

やっと諦めたかと八重花が心の中で嘆息していると良子はくるりと首だけ振り返って

「あたしは諦めないからね。」

そう言い残して去っていった。

悲鳴とわずかに泣き叫ぶ声が廊下に響いた。

八重花は呆気に取られて良子の背中が完全に見えなくなるまで立っていたが

「ウッ!?」

良子の気配がフロアから消えた瞬間様々な方向から向けられる敵意の隠った目、目、目。

(東條さんが等々力先輩のご寵愛を?)

(良子様がお声をかけてくださっているというのにあの態度は何?)

(憎い、今私は人生で初めて心から憎しみを感じている。)

黒い怨念で陽炎のように空間が揺らいで見える。

人の目をあまり気にしない八重花もビクビクしながら席に戻った。

クラスにも敵はいるわけで八重花はいつまでも突き刺さるような視線から逃げ出すことができなかった。


上機嫌な良子が階段に差し掛かると

「良子先輩。」

「おはようございます、等々力先輩。」

下から上がってきた美保と悠莉と鉢合わせた。

「ああ、おはよう。」

「あ、聞きましたよ。インヴィのとこの女子にちょっかい出してるんですか?」

邪魔にならないように踊り場まで移動してから良子は頷いた。

「まあね。別にインヴィをどうにかしたい訳じゃないんだけどさ。」

「しかし等々力先輩が執着するほどの方、何かあるのですか?」

2人はどこか興味津々な様子で質問する。

どんな女の子であれ色恋沙汰に関する話題に興味があるのである。

「薄々感じていたんですがやっぱり良子先輩は女の子好きなんですか?」

「女性同士でしか分かり合えない行為に…」

質問者にいろいろと誤解があったり歪んでいたりしていたが。

微妙に変態扱いされているのに良子の機嫌はそれくらいでは悪くならないらしい。

「酷い言われようだね。そろそろあたしも相方がほしいと思ってね。」

「それは恋人という意味ですか?」

悠莉の問いに良子は微笑むだけ。

「美保と悠莉はいいパートナーでしょ?」

「えーと、まあ、付き合い長いですし。」

「美保さんは弄ると楽しいですし。」

美保は悠莉を睨み付けるが悠莉は笑って受け流す。

「やっぱり仲がいいな。撫子先輩と葵衣も完璧な主従の連携が取れているし、ヘレナ先輩と緑里は喧嘩も多いけど戦闘の時は助け合う。だからあたしにもそんな相方がほしいんだよ。熱くなりやすいあたしを止めてくれるけどバカに乗ってくれる人が。」

ふと良子が顔を上げると2人は思いの外険しい顔をしていた。

2人は目を合わせて頷き合い、美保が口を開いた。

「それは、東條八重花がソーサリスの資格を持っているって事ですか?」

不意にどこからか風が吹き込んで良子の髪を揺らした。

「――」

口が動いていたが誰の耳にも聞き取れなかった。

ただ、良子の口許には笑みが湛えられていた。


「…」

教室でも

「…」

廊下でも

「…」

食堂でも、八重花の行く先々で無言の視線による攻撃があった。

情報が広まるのが異様に早いことを嘆くが文句を言ったところで現状に変わりはない。

(厄介な人に目をつけられた。)

それが良子に対して抱いた感想だった。

いったいどこを気に入られたのか八重花にはまったく思い当たる節がない。

視線が気になって考え事に集中できなかったので本当に厄介だと顔をしかめた。

食べた物の味もろくにわからないまま食べ終わってしまい教室に戻っても視線が止まない状況から少しでも逃れるために八重花は腕に顔を埋めるように突っ伏した。

(りく、ごめんなさい。)

陸が学校にいた頃、ふざけて抱きついたりして男子の嫉妬心を煽って遊んだりしていたが実際に味わってみると笑ってなどいられなかった。

(りくはやっぱり強いね。)

もうほとんど消えてしまった腕の傷を抱き締めるようにして陸にすがる。

こうしていると陸がそばにいるみたいで落ち着けた。

(やっぱり私にはりくが必要なのよ。だから絶対に見つけるわ。)

八重花は決意を胸に顔を上げた。

もう周囲の敵意も気にならない。

やるべきこと、進むべき道を再認識した八重花は迷わない。

情報をまとめた手帳を開いて今後の捜査展開についての思考を巡らせ始めた。

もう回りの音は気にならない。


八重花は突き進む。

その瞳に強い意思を宿して。


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