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Innocent Vision  作者: MCFL
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第66話 乙女たちの思惑

深夜と呼ぶには早い10時前の壱葉高校の校庭に十数人の人影があった。

本来なら見たいドラマがある時間だが文句を言うものはいない。

そこにいるのは全員女子でどこか期待に満ちた様子で列を乱さず何かを待っている。

校舎の方から漆黒のマントをはためかせ、手には三日月を象った鎌を手にした金髪の少女が出てくると少女たちの緊張が場を満たした。

黒衣の少女、ヘレナ・ディオンは理路整然と並ぶ12の乙女たちを見て満足げに頷き、ソルシエール・セレナイトを掲げた。

「選ばれたあなたたちは恒久平和のために戦う戦乙女。プロジェクト・ジュエルが成功した暁にはあなたたちはヴァルハラへと誘われ乙女会、ヴァルキリーの正式な一員となるのですわ。」

壱葉高校のみならず付近の女学生の憧れである乙女会に入れるという期待に少女たちは喜び、わずかに列が乱れる。

「コホン。」

ヘレナの咳払い一つで場は再び静まる。

「ワタクシたちの敵は魔女の力を得て凶暴化した卑しき男たち、ジェム!さあ、行きなさい、与えられたその力を振るい世界に平和を!」

「「はい!」」

少女たちの掛け声と同時に左目が朱色に輝いた。

そして左手に種々の武器が現れる。

あるものは剣を、あるものは槍を、槌を、ナイフを。

異様であり無骨な印象を与えるジュエルを手に少女たちは与えられた役割を果たすために駆け出していった。

彼女らが完全に見えなくなってからヘレナは大きくため息をついた。

「恒久平和のためではなく乙女会のためですのね。そんな低俗な思想の持ち主を迎え入れるはずがありませんわ。」

失望に目を細める様子はその姿と相まって死神のようであった。

「プロジェクト・ジュエル。本当に役に立つのかしら?」

ソルシエールは極論を言えば非常に強い感情が産み出す力である。

その胸を焦がす感情が様々な形となって美しい意匠の武器となる。

だがそこまで強い感情を抱いている少女は多くない。

日々に多少の不満は抱いていても現状を打破し貪欲に高みを目指す者はほんの一握りだ。

だからこそソーサリスの数は少ない。

力を与えた魔女の気まぐれもあるかもしれないがそれでも劇的に増えるようなものではない。

「だからこそのプロジェクト・ジュエル。」

力では非常に高い能力を持つソーサリスもジェムのような"人"以上の大軍勢を前にしては分が悪い。

そこでヴァルキリーの人材不足を解消する手段として人造ソーサリスが持ち上がった。

ソーサリスが持つソルシエールを科学的に解析し、可能な限りオリジナルと同じような能力を得られるように研究された結果、件の八面体結晶、ジュエリアが開発された。

願い石の噂の真相は比較的強く願うことでジュエルが反応し、ソーサリスの能力の一部を解放するため身体能力が向上する。

多少の願いであれば頭と体がよくなれば叶えられるので噂は現実となるのである。

そしてジュエルの特徴はヴァルキリーの為にしかソルシエールを発現できなくした点にある。

この枷により羽佐間由良のように力を与えた者に歯向かうことが出来なくなる。

しかしジュエルは比較的強く願えば力を与えてくれる。

それはヴァルキリーの持つソルシエールに比べて質の低い力だった。

有象無象の大軍勢はジュエルに込められた忠誠によりヴァルキリーの駒として働いている。

その戦果は徐々に上がっては来ていた。

「ワタクシが出向けばすぐですのに、上の立場も辛いものですのね。」

ヘレナは機嫌がいいとも悪いとも言えない表情で虚空を見上げる。

確かにジェムごときソルシエールを持つヘレナの敵ではない。

だが今の彼女はジュエル兵団の長という役職を与えられているのだ。

人の上に立つことに喜びを感じるヘレナに文句があるはずもない。

だからこそ複雑な顔をしているのである。

ジュエルの数は近々100に届く。

すべてを統括できるわけではないがジュエルの中に部隊長に使える者が見い出せれば統制も楽になるだろう。

ヘレナは軍略的な思考を展開させて笑みを強めた。

「こうなればワタクシがジュエルたちの力を引き上げて差し上げますわ。ふふふふ。」

ヘレナは月明かりに踊る。

刃の煌めきが妖しくも美しく、演舞はいつまでも続いた。


「りっくん。ランに提案があるんだよ。」

今日は明夜と由良さんがジェム討伐に向かったため広い家に僕と蘭さんが残っていた。

パソコンもどこから情報が漏れるかわからないので極力使わないようにしているため専ら寝たり地図を眺めたり寝たりするばかりである。

期せずしてニートに逆戻りだ。

そんなわけで暇をもて余しているのは僕だけではなく、むしろ我慢の足りないお子様な蘭さんが退屈していないわけもなく

「りっくんと遊ぼう!」

予想通りの展開となった。

「まあ、今のところすることもないからいいけど。」

ちなみに由良さん同様蘭さんたっての希望で敬語は止めた。

ついでに呼び名を「蘭ちゃん」か「蘭さま」に変えられそうになったがどうにか現状維持にした。

あの時の攻防は筆舌にし難いものがあった。

「ムフフ、なら大人の遊びを…」

「却下。蘭さん相手だと犯罪っぽい気がする。」

それ以前の問題でここで蘭さんに手を出すと明夜とか由良さんの対応が大変なことになりそうだ。

最悪法律で認められていない一夫多妻な状態に。

「ぶぅ、りっくんの意気地無し。みんなにロリコンだ変態だと言われても己の道を突き通すのが男だよ。」

「その意見は大体賛同できるけどロリコンとか変態とかはできれば呼ばれたくない。」

蘭さんの申し出を丁重に断ったのはいいが問題は何をするかだ。

この家、モデルハウスみたいに生活感が非常に薄い。

最初から据え置きである家具類はあってもそれ以外に買い足したものはほとんど見当たらない。

だからすごく見映えはよくて、意外と生活には不便なことが多い。

普通に売り出している家にゲーム機が置いてあるわけもなくこの家にも当然ない。

「テレビでも見ようか?」

「さっき見たけど面白いのやってなかったよ。」

疑うわけではないがテレビをつける。

蘭さんにはつまらなくても僕には面白い番組もあるかもしれないからだ。

「本当に何もやってないね。」

「でしょ?」

国営放送には期待していないが民放までニュースだったり微妙なバラエティー、よくわからない洋画劇場と見事につまらなかった。

蘭さんがしたり顔で後ろから首に腕を回して抱きついてきた。

ロリだと言っても女の子なので緊張してしまう。

蘭さんは特に気にした様子もなく頬を擦り付けてきた。

「りっくーん。」

「はは、くすぐったいから、やめて。」

「やーだー。」

蘭さんは腕だけでなく足も絡めて背中に抱きついてきた。

空調完備で薄着でも快適な室内なのでシャツだけの蘭さんの体が密着して感触諸々が伝わってくる。

振りほどくべきなのだが触れるのもまた妙に意識してしまって躊躇われた。

「やめてよー。」

「良いではないか、良いではないか。」

蘭さんは絶対に僕の反応を面白がってわざとやっている。

このままではなし崩し的に僕の貞操の危機。

「良いではないか。」

「良いではないか。」

そこに聞こえてきたのは蘭さんの声ではない。

蘭さんと2人で同時に首を巡らせるとそこにはニヤニヤとした笑みのまま青筋を浮かべた明夜と由良さんが立っていた。

蘭さんに抱きつかれたままの背中にブワッと汗が吹き出す。

「は、早かったね、2人とも。」

「近場だったからな。」

「お、お疲れさまだね。お風呂入ってきたら?」

「いい。」

2人の笑みが段々消えていく。

残されたのは青筋を浮かべる2人の形相のみ。

「ひぃ!」

「きゃー!」

僕たちはあまりの恐怖に悲鳴を上げて抱き合った。

ピシリと青筋が大きくなる。

「命かけて戦ってきた俺たちの出迎えがこれか?なあ、明夜?」

「うん。報復する。」

明夜の物騒な物言いに由良さんは頷くとゆっくりとにじり寄ってきた。

蘭さんは僕の背中から離れて逃げていったがもはやどうにかなる段階でなく、僕みたいな力を持たない鴨は

「覚悟はいいな、陸?」

「ゴー。」

「わー!」

捕食者たちにあっさりと捕らえられたのだった。


「もう勘弁してください。」

「まだだな。」

「ダメ。」

「まーだだよ。」

妙に音の反響する空間で僕は目隠しされている。

大気は大雨の時のように湿気に富んでいて、水気を吸って重くなった服が肌にまとわりつくのが気持ちが悪い。

だけどそんなことよりも

「これはあんまりだと思うよ。」

みんなが入っている風呂場にいなければならない状況が一番問題だ。

この家の風呂場は割りと広い。

3人でもギリギリ入れるのだろう。

だからといって僕を置いておくのは拷問にしても酷すぎる。

「別に手を出してもいいんだぞ?」

湯船に浸かっているらしい由良さんが少し棘のとれた口調で囁いてくる。

(悪魔だ、悪魔がいる。)

「りっくんも一緒に入ろうよ。」

蘭さんは一緒に入っているらしく笑いを含んだ声をかけてくる。

というかなんで蘭さんが罰を与える側にいるのか?

(小悪魔もいる。)

「陸、手が止まってる。」

「ご、ごめん。」

そして今僕は手探りで明夜の背中を流していたりする。

極力タオル以外のものを触らないようにしているがタオル越しでも柔らかい肌の感触が伝わってくるしタオルから手が滑って触れた時は想像以上で鼻血が出そうだった。

「陸、前も…」

「それだけは勘弁してぇ!」

この一線だけは越えると抑えが効かなくなりそうなのでちょっと泣きながら死守した。

明夜は不満そうだったが由良さんと蘭さんが止めてくれた。

(うう、天然こわい。)

ようやく明夜の背中流しが終わって憔悴した僕は風呂場の壁にもたれる。

「入れない。」

「ランが詰めるよ。」

「人の胸に抱きついてくるな。揉むな。」

「むむむ、おっきい。」

「お願いだからそういう話しないでよぉ!」

「仕方がないな。」

ザバッと浴槽から出ていく音にようやく終わりかと希望が見えた。

見えないけど。

「それじゃあ、次は俺を洗ってもらおうか。」

「…わあぁぁ!」

結局由良さんと蘭さんも洗うことになってしまった。

こうして僕は逆なぶり(男女男ではなく女男女)で天国のような地獄を味わわされ、その夜はいろいろと大変だったのであった。

でも、やっぱり役得だと思ってしまうのは男の性だと思った。


結局風呂に入っていないのに逆上せたように寝室に入っていった陸を見て由良は苦笑して頬を掻いた。

「ちょっとやりすぎたか?」

「問題ない。陸も喜んでた。」

「あれでちっとも喜ばなかったらただのホモだ。」

「あははは!」

由良の本音とも冗談とも言えない意見に蘭が大笑い。

「蘭。もともとお前が原因だろうが。」

由良の睨みも蘭はサラリと受け流して微笑むだけ。

「りっくんとのスキンシップだもん。明夜ちゃんだってよくりっくんの隣に擦り寄ってるし由良ちゃんも寝てるりっくんの頭をこっそり撫でたりしてるでしょ?」

「!?」

「なっ、なんで…」

「フッフッフ、ランに解けない謎はない。」

蘭自体が一番謎だとツッコミたかったがそれを言ったところではぐらかされるだけだと由良は口をつぐんだ。

「でも、陸が元気になった。」

明夜の言葉に年長組の2人はギョッとして頬を赤らめたが明夜は不思議そうな顔で首をかしげていた。

深読みしすぎたことに気付いた2人は申し訳なさそうに縮こまってあははと笑った。

「…確かに、最近の陸は無理してるからな。」

「自分は化け物だからって口癖みたいになってるしね。」

「Innocent Visionがあっても、陸は人間。」

「そうだな。」

素直な気持ちを口に出すからこそ伝わる明夜の思いに由良は優しげな微笑みを浮かべて明夜の頭を撫でた。

「ん。」

猫みたいに目を細めてもっとしろと言うように頭を差し出してくる明夜を愛でつつ由良は天井を見上げた。

「魔女とジェム、ヴァルキリーとジュエルをなんとかするしかない。」

「ランは今のままでも楽しいからいいけど?」

由良は睨み付けようとして、止めた。

その思いは十分に理解できた。

自分たちの傍に陸がいてくれるのは陸が言うところの化け物だからだ。

もしすべてが終わって陸が人に戻ったらどうなるか…

「…」

不安げに見上げてくる明夜の頭をポンと叩いて由良は笑う。

「大丈夫だ。」

「うん。」

「ランもして。」

少女たちは身を寄せ合って不安を紛らわす。

静かな夜は過ぎていく。


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