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Innocent Vision  作者: MCFL
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第64話 逃亡者の今

僕は腕時計で時間を確認する。

12月5日午前2時。

日付表示機能のついたデジタル時計から顔を上げると今度は空を見上げる。

月の満ち欠け、正座の位置、そして町並みから現在地を特定する。

僕がここにいるのには意味がある。

僕は地図を鞄に放り込んで近くの曲がり角に向かっていく。

誰もいないはずの深夜の住宅街の中央に蹲る男がいた。

こちらに気付いた男が顔をあげる。

その瞳は朱に輝いていた。

頭がいたんだがソーサリスと対した時ほどではない。

襲い来るジェムを前に僕は腕時計に視線を落とし、笑った。

眼前にまで迫ったジェムを前に

「時間だよ。」

その瞬間、世界は闇に包まれて意識が閉ざされた。


目を覚ますとすでに見慣れた天井が目に入った。

汗でびっしょりと濡れたシャツの感触に顔をしかめながら体を起こす。

ベッドサイドに置いてある地図を手に取るとさっき見た夢の現場を探してチェックマークと日時を書き加えた。

「ふぅ。」

スタンIVの反動で来る疲労に思わずため息が漏れた。

いつまでもへばりつくシャツを着ているのも気持ち悪いので脱いでベッドサイドの洗濯籠に放り込むとタオルで体を拭いて新しいシャツに着替える。

改めてベッドに寝転がった。

セミダブルくらいのベッドでシーツは黒く掛け布団はない。

室温調節が万全なので布団は要らないらしい。

元々は僕のものではないが最近はすっかり僕専用になってしまっていた。

尤も本来の所有者である由良さんは

「別に広いんだし一緒でも構わないがな。」

と言っていたが断固拒否させてもらった。

同衾の時点で問題ありだがそれ以上に厄介なのは由良さんの寝間着である。

彼女は暑がりなのか寝るときは大きめのワイシャツにショーツだけという所謂裸ワイシャツという破壊的な格好をするのである。

しかもボタンは2つ3つは確実に開けていて、場合によってはボタンを止めていないためかなり際どいのだ。

実際一月の生活の間で何度か鼻血を吹きそうな事態に遭遇している。

その辺り由良さんは無頓着というか男らしいので気にしないから僕が気を付けないといけないのだ。

「陸。」

軽いノックの後明夜が入ってきた。

さらにその後ろから

「りっくん、起きた?」

とひょっこりと蘭さんも顔を出す。

2人も僕と同様に由良さんの家に厄介になっている。

僕は両親に真実を隠しながらしばらく帰らないことを説明したが2人はどうやって説得したのか気になる。

しかし聞いても答えてくれないのでその話題は打ち切りになっていた。

「すごい汗だったから水持ってきた。」

「ありがとう、明夜。」

確かにシャツが濡れ雑巾みたいだし喉もカラカラだ。ありがたくいただく。

「それで?Innocent Visionで何か見えた?」

蘭さんは僕の右隣に腰かけると地図を見てほうと声を漏らした。

「すっごいね。未来地図だよ。」

「ずいぶんと殺伐としてるけどね。」

なんと言ってもジェムの将来発生する地点を印したマークが白地図を赤く染めているのだから。

僕はここ最近度々スタンIVを使ってジェムの発生地点の確認をしていた。

Innocent Visionの見せる未来なので予測ではなく確認だ。

「何かわかった?」

明夜が蘭さんに対抗するように左隣に座ると身を乗り出して地図を覗き込んでくる。

「まだ何とも言えないね。発生地点は法則があるのかランダムなのか、それを分からせないようにしてる節があるよ。」

日付順に追っていくと無秩序に見えるが全体を並べてみると山手線沿線と建川に発生しているのが分かる。

「もしかして電車で動いてるのかな?」

「いや、どうだろう?」

蘭さんの冗談とも本気ともつかない意見に苦笑してしまう。

「戻ったぞ。」

玄関から声が聞こえたため皆がドアの方を見ると由良さんが帰ってきた。

「お疲れさま。うまくいった?」

「ああ。時間まできっちりわかってれば楽なものだ。」

由良さんには今日発生することがわかっていたジェムを発症前に止めてもらうために出てもらっていた。

うまくいったようで何よりだ。

「俺が仕事を終わらせた後に等々力が来て驚いてたな。あれは傑作だった。」

由良さんは楽しそうに笑って乱暴にベッドに座ってきた。

波打ったベッドにバランスを崩して僕たちは皆倒れ込んでしまう。

4人でEの字に寝転がった状態で由良さんは僕の手から地図を取り上げると今日のジェムのところにペケをつけた。

その地図を睨み付ける。

「陸。これから魔女がどこにいるのかわからないか?」

それこそが"Innocent Vision"の行動理念。

由良さんの復讐のためだけでなくこんな事態を一刻も早く止めるために諸悪の根源たる魔女を探しているのだ。

「現状ではまだなんとも言えないよ。ただ、人が多く集まり、ストレスの多い都心部で活動しているから東京にいる可能性は高いよ。もしくは建川か。」

起き上がろうとして膝立ちになったらクラリと視界がぶれて力なく倒れてしまった。

ちょうど由良さんの胸に顔を埋める形になってしまい柔らかい感触が遠退いていくのがものすごく勿体無い。

「陸、またあれか?」

答えることもできず、僕は夢へと落ちていく。


気が付けば僕は東京タワーの展望室にいた。

Innocent Visionを意識してどんな状況でも時計を確認する癖をつけたので確認すると

(表示がない?)

表示がすべて8になっていた。

そうなると普通の未来の夢ではない。

その証拠に町の明かりは煌々と輝いているのに物音一つしない。

車も行き交う人たちも見えない。

ここは東京タワーと似て非なる場所だと理解した。

「順応性が高くて助かるわ。」

(…)

背後から聞こえた声にももはや驚くことはない。

その分の驚きはすでに使い切ってある。

振り返ればいつもの余裕そうな笑みを浮かべて立つ白髪の少女がいた。

(…魔女。)

「ようやく気付いてくれた?もっと早く気付くと思ったわ。」

確かに由良さんから魔女の容姿を聞く機会はいくらでもあった。

だけど結局それを知ったのは"Innocent Vision"として活動を始めてからだった。

初めて魔女が白髪の少女だと聞かされたときは声を上げて驚いてしまい由良さんたちに怪訝な顔をされてしまったがそんな少女だとは思わなかったと誤魔化しておいた。

「どうせロリババアだと言ってたでしょ?」

確かに驚いた僕に由良さんはロリババアだから見た目に騙されるなと言っていた。

すっかり騙されていた。

(それで、僕に何か用?)

彼女が由良さんの敵でありヴァルキリーを生み出した張本人だと分かり僕は警戒しながら尋ねる。

魔女は余裕な様子で肩を竦めた。

「せっかく世間話をしようと思ったのに警戒しないでよ。」

(はあ?)

世間話?魔女が世間の話をするというのもおかしな話だがその相手が僕だというのはもっとおかしな話だ。

真意が掴めず唖然としている僕の目の前で魔女がパチンと指を鳴らすと何もなかった空間に椅子とテーブルが現れた。

魔女は優雅な所作で席につくと

「いつまで立っているの?まあ、座りなさい。」

と着席を促してきた。

(でも僕は…)

これまでこの世界で自分というものは存在していなかった。

今だって声にならない声で会話しているのだから。

「時計を見ておいて何を言っているの?君はそこにいるわ。」

「あ…」

それは魔法のように、ただ一言で僕はこの世界で自分の存在を認識した。

声が出て触れた椅子の質感が現実のままに感じられる。

魔女は微笑むと改めて着席を促してきた。

「どうぞ。」

「あ、ありがとう。」

落ち着かない様子で席につくと魔女はまた指を鳴らした。

目の前にティーセットが現れて誰もいないのにポットが浮かび上がり香り豊かな紅茶がカップに注がれる。

恐る恐る一口飲んでみると今まで味わったことのないほど美味しい紅茶だった。

「…美味しい。」

「それはよかった。」

魔女は満足そうに頷くと自分も紅茶を飲み、ほうとまったりしたため息をついた。

東京タワーの展望フロアに置かれた場違いなテーブルで紅茶を飲む非現実感。

それ以外のすべての感覚が現実と相違なかった。

「でもここは夢の中。」

「フフ。もしかしたらこれが現実であっちが夢かもしれないよ?」

「怖いこと言わないでください。」

ここまで現実味に溢れているとそう思えてしまいそうで僕は慌てて否定した。

魔女は僕の反応を見て楽しげに笑う。

やはり気を許すには危険な相手だ。

「君はこの世界が好き?」

「?どっちかと言えば嫌いだけど。」

よく考えないで答えてしまったがこの世界とはどこを指しているのだろうか?

僕が生きる現実の世界か、それとも元は砂漠の『この』世界か。

「私は嫌いよ。大嫌い。」

魔女は激しく顔を歪めてカップを握りつぶした。

巨大な憎悪の念に押し潰されるように意識が落ちていく。

「む、気に当てられたか。それじゃあ、またの機会に。さようなら、Innocent Vision。」

最後はまた余裕の表情を浮かべ

「…良き夢を。」

そう口の端をつり上げて、笑った。

体温を根こそぎ奪われたような恐怖を感じたまま僕の意識は途絶えた。


息苦しい。

「はあ、はぁ。」

目を開けてもそこは闇でしかなく、密閉された空間のようにひどく息苦しい。

周囲からのし掛かるような重圧を感じて必死に抜け出すと

「くー。」

「すー。」

「ぴー。」

「へ?」

僕は明夜と由良さんと蘭さんに囲まれてベッドで眠っていた。

セミダブルとはいえ4人で眠るには少々手狭なためみんな身を寄せあっている。

その間に挟まれる形の僕は色々と大変な状況にあるわけで、明夜と由良さんのサンドイッチとか蘭さんが足に抱きついているとか、とにかく理性的なものが耐えきれそうになかったので起こさないように気をつけてベッドを抜け出した。

キッチンで冷蔵庫に入っていたミネラルウォーターを飲み、ベランダに出る。

深夜の町は時折車の走る音がする以外は静かなものでさっきまで見ていた夢を連想させた。

「この世界が嫌い、か。」

魔女に言ったように僕はこの世界が嫌いだ。

正確にはこの世界に僕という"化け物"が生まれてしまったことが許せない。

僕さえいなければ芦屋さんを傷つけることもなく作倉さんや八重花が悲しい思いをする必要もなく、そして、もしかしたら海は死ななかったかもしれない。

だから僕は"人"としての半場陸を捨てた。

これ以上誰も傷つけないように。

それがエゴだとわかっているしみんなを傷つけた罪は消えないだろう。

だから僕は魔女と戦う。

"非日常"の世界が平和な"日常"を侵さないように、その抑止力として戦うと決めた。

"化け物"の力をもって化け物を征す。

それが正しいあり方だと思うから。

「魔女もそうだけど、ヴァルキリーもどうにかしないといけない。」

これまでは共通の敵に対して共闘という形を取ってきたがヴァルキリーの新しい兵士『ジュエル』は着実に数を増してきている。

見立てではジェムと同程度の数にまで達している。

まだ戦い慣れていないためジェムに遅れを取ることが多いがそう遠くないうちに熟練した彼女らはジェム以上の脅威になる。

例の願い石が広まってしまった以上止める術はないのかもしれない。

それでも僕たちは罪なき彼女たちも救うために戦うのだ。

「…僕1人じゃこんな大それた決意は机上の空論だったな。」

大勢力を前に戦うことが出来るのは偏にみんながついてきてくれたからだ。

感謝してもしたりない。

いずれすべてが終わるときが来たら僕の持てる限りのお礼をしてあげようと思う。

(だから今は一緒に茨の道を歩いてほしい。)

静まり返った町をもう一度だけ眺め、一瞬目に止まった壱葉高校を無理矢理視界から外して僕はベランダを後にした。

すっかり冷えてしまった体をみんなに温めてほしいという欲望が鎌首をもたげてくるがさすがにそういうわけにもいかずリビングのソファーに横になる。

寝てばかりいるはずなのにまた眠気が出てきた自分に苦笑しつつ僕は逆らわずに瞳を閉じる。

(今度はゆっくり眠れるといいな。)

そんな淡い願いを浮かべながら僕の意識は深淵へと沈んでいく。


冬を迎える季節、様々な思惑を持つ少年少女たちの戦いは静かに日常の世界へと広がり始めていた。


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