第6話 未来への推理
目が覚めると朝になっていた。
寝起きだというのに頭が妙にクリアで体の芯から震えてしまうような寒気が来た。
Innocent Visionの見せた銃声や悲鳴のせいで眠りながらショック症状でダウンしそうだった。
尤も、あれが未来である以上否応なしに体験せざるを得ないわけだが。
「誰かはわからなかった。」
襲撃者に予想はついているが夢は襲撃者の姿を映す前に途切れた。
これは神峰の時と同じで予想外の人物が立っている可能性もあるということかもしれない。
「とにかく今日も学校だ。」
時計を見ると…8時15分。
「…。」
ちなみに予鈴は8時40分。
「遅刻だ!」
僕は生まれて初めてパンをくわえながら全力疾走する人を見た。
「はあ、はあ。もう、だめ。」
「ごくろうさん。」
ギリギリ間に合って机に突っ伏すと芳賀君がニヤニヤ笑いながら労ってくれた。
「それにしても寝坊か?昨日のアレだったんなら無理することはないと思うぜ。」
「微妙なところだったからね。」
Innocent Visionは厳密には眠りとは違うわけで日が顔に当たっていようが雨風に晒されようが気まぐれな夢が終わるまでは僕が目覚めることはない。
たとえ僕の命が失われたとしても、その時は夢の中が現実となる…ただそれだけだ。
「おっはよー。」
「おはよ。」
久住さんと東條さんが好対照な感じで予鈴とともに悠々と入ってくる。
直後先生もやって来て学生の日常が始まった。
僕は授業を聞き流しながらノートに起こるであろう事件に関する知識を纏めていた。
机の中には生徒手帳の簡易地図も開いてある。
(犯行現場は夕方の時間帯に窓から光が垂直に射し込む廊下のある場所。)
時間にもよるが概ね南西からの日と直角の場所。
地図でみると壱葉高校は教室が連なる面が南を向いていて北に向けて特別教室が伸びたT字をしている。
しかし校内には南西に面した廊下は存在しなかった。
…そう、校内には。
(体育館の廊下、あそこだけは斜めを向いているから条件に合致する。)
土地の問題だろうが併設された体育館は校舎の東側の面に対して斜めに建っているため、夕方になれば日がほぼ正面から射し込むことになる。
(あまり遅くなると校舎の陰に入って日が差さなくなるから時刻は3時から4時のあたりか。)
体育館の廊下となれば部活の学生が出払った後なら目撃者は必然的に少なくなる。
犯人の名前に下沢悠莉と記す。
これで犯行場所、犯行時刻、犯人が決まったが、一ヶ所だけ空欄がある。
(あとは被害者か。)
昨日の夜壱葉高校の職員も検索してみたが被害者の男はいなかった。
外部の人間となるといつどんな目的で学校に来るのかを絞り込みづらくなり防衛手段を講じられない。
(ふぅ、後で体育館に行ってみるしかないか。)
僕は記したノートを千切ってポケットに放り込む。
万が一にも内容がバレると本人まで伝わってしまうかもしれない。
ヴァルキリーには僕の存在は当然知られているだろうから下沢に僕が気にしていると気づかれるのはまずいのだ。
「半場、聞いてるか?」
「はい、先生が呼んだのは聞いてました。」
素直に答えるとクラスから忍び笑いが聞こえて、先生が苦笑していた。
今回はお咎め無しで授業再開、僕は悪びれず策を練るのであった。
昼休み、昨日の二の舞にはなるまいと離脱したはずだったのだが…
「にゃは、捕まえた。」
「中山さん。」
購買に到着直前で中山さんに捕まってしまった。
学食に行く可能性だってあったというのに、やはり鋭い。
「抵抗は無意味だよ?」
後ろから抱きつかれてしまうともはや乱暴に振りほどいて逃げることもできず大人しくなるしかない。
男として抱きつかれた感触が…というのもある。
「捕まえたよ。」
「でかした。」
久住さんがサムズアップで中山さんを労う。
芦屋さんは何やらご愁傷さまというように手を合わせていた。
今日も今日とてお花畑での食事となった。
「で、半場くんは授業も聞かず一体何をやっていたのかね?」
今日は座る位置が微妙に変化していて左に作倉さん、右に東條さんで向かいに3人がいる。
理由がわからなかったがよく考えたらローテーションしただけだった。
話題を流すためにそんなことを考えていたが逆にその間が興味を持たせてしまったようで注目されてしまった。
ごそごそ
上着のポケットを漁られる感触に慌てて振り向けば東條さんが僕のポケットから千切ったメモを取り出そうとしている所だった。
(めざとい!)
こうも的確に狙ってくるとは本当に侮れない。
咄嗟に手を伸ばしてメモの端を掴む。
ビリッと紙が破けて片側が東條さんの手に渡ってしまった。
「下沢悠莉。」
しかも躊躇なく読む。
「ほー、登校早々女の子チェックとはちょっと意外だね。」
「…それでいいよ。」
あまり良くはないが勘違いしてくれたのでそういうことにしておく。
何故か隣の作倉さんが泣きそうになっていた。
「でも下沢に目をつける辺りいい目してるね。ズバリ大人しい子好きと見た。」
「強引な久住さんみたいなタイプよりは好みかもね。」
「むむ、言うねぇ。」
「それで、どんな子なの?」
話の流れは不本意だが自然に聞き出せる状況になったので利用する。
久住さんはハンバーグを頬張り首を横に振った。
「詳しくは知らない。結構いいとこのお嬢さんだってことくらい。」
「にゃはは、あたしと違って成績が学年上位だよ。」
「…よく知らないわ。」
珍しく東條さんが目を伏せた。
これは何かを知っていると考えるべきだがそれがヴァルキリーに関するとも限らない。
(無理やり聞き出すのはやめておこう。)
「うーん、ピアノが得意だとか聞いた気がする。」
最後の作倉さんは瞳をうるうるさせて僕をチラチラと見ていた。
「…その、お嬢様サークルに参加してるみたいです。ぐす。」
お嬢様サークル、一般人がついつい敬遠しがちな呼称は秘密のグループの隠れ蓑とも考えられる。
が、結局
「しかし2組には結構品のいい子揃ってるよね。クラス分けで操作してんのかな?」
下沢悠莉が2組の生徒だと判明したくらいしか有力な情報は得られなかった。
教室に戻るときなんだか元気なくついてくる作倉さんにまたご飯に誘ってと告げたら凄く瞳を輝かせて何度も頷いてくれた。
嬉しそうに前を歩き出した作倉さんの変わりように僕は首を傾げるのだった。
放課後、被害者を探すために体育館に向かうとちょうど下沢と鉢合わせになってしまった。
驚いて声をあげそうになるのを堪えて小さく会釈する。
向こうも会釈を返してくれるだけで特に話すこともなく下沢は教室の方へと歩いていった。
(あー、びっくりした。)
しかし運動とは縁がなさそうな下沢が体育館の方から出てきたことが良くないことのように思えて僕は急いで体育館へと向かった。
と、横から出てきた人にぶつかってしまった。
体格のいいジャージ姿の好青年と言った印象の人。
「おっと。廊下をあんまり走るなよ。」
「すみません。」
上機嫌な様子で男性は体育館に去っていった。
僕はその後ろ姿を眺めてほくそ笑んだ。
(見つけた。)
彼こそが被害者、夕方ここの廊下で血みどろになって倒れることになる男だった。
現場の下見ついでに体育館を覗くと
「高梨コーチ、お願いします!」
「行くぞ、それ!」
女子バレー部のコーチとして指導をしているようだった。
それを流し見つつ併設されている体育棟に入る。
1階は男女の更衣室とシャワー室があり、階段を登った2階には教員用の事務室と多目的演舞場が2面あった。
犯行予定現場は演舞場の前の廊下。
演舞場に利用予定がないのなら更衣室は下にあるのだから上がってくる人間はかなり少なくなる。
体育棟2階から体育館の2階部分に通じる道があったので覗いてみるとバレー部はサーブの練習をしているようだった。
だけどそこに違和感を覚えた。
高梨コーチの指導はやけに接触が多いように思える。
コーチが触れる度に部員はビクリと身を固くするが抵抗はせず怯えた様子で指導を受けていた。
他の生徒は冷たい目で避けるだけで近づこうとはしない。
そこに1人の女子が声をあげた。
「コーチ。ちゃんと全体の指導をお願いします。」
内容こそ正論だが態度と怒りを宿した様子は無言の糾弾をしているのと変わりはなかった。
「…と言うわけだ。しっかりな。」
「は、はい!」
高梨コーチは何事もなかったように肩を叩いて反抗的な女子とすれ違い、舌打ちをして体育館を出ていった。
途端に指導を受けていた女子が崩れ落ちた。
「部長、助かりました。」
「現部長がいるんだからまだ部長候補だよ。それより嫌なら嫌って言わなきゃ。」
「等々力さんは勇敢よね。」
等々力と呼ばれた女子に皆が集まってコーチに口を漏らしている。
僕はその等々力という名前に見覚えがあった。
(等々力良子、ヴァルキリーのメンバーか。)
ホームページにその名前があった。
現場ともう1人のヴァルキリーを確認できたことに満足して体育館を後にすると裏で高梨コーチはタバコを吸っていた。
「くそっ、等々力のやつ!女ならもっとおしとやかにしてろってんだよ。そう、下沢みたいに…くくっ。明日が待ち遠しいな。」
プリプリ怒っていた高梨コーチは今はだらしなく鼻の下を伸ばしていた。
僕が見ていたことに気付くとばつが悪そうに咳払いをしてタバコを踏み消して体育館に戻っていった。
(下沢からの誘いがあったのか?)
それならさっき下沢が体育館の方から出てきた理由にもなる。
つまりは死の招待状を高梨コーチは受け取ったのだ。
(でも助ける価値があるのか少し疑問が…)
さっきのコーチという立場を利用したパワハラが日常的に行われているのだとしたら女の子に刺されるくらい仕方がないようにも思えてきた。
僕はその考えを振り払う。
(何であれあの武器をどうにかする方法を見つけないと僕の命に関わる。)
個人的な理由だが結局人間は自己の存続を第一に考えるものなのだ。
これで条件はすべて整った。
下沢が高梨コーチを明日の放課後に体育館に呼び出した。
それによりInnocent Visionの見せた夢を実現させるためのピースが揃ったことで複雑な思いになる。
「どんなに僕が抗っても未来は変わらないんだろうか。」
それでも僕は精一杯最悪の結末を避けるための努力をするつもりだ。
「まずはあの武器をどうにか出来ないか。そもそもあれが何なのかから知らないと。」
帰路につきながらふと助けてくれた女の子を思い出す。
学校で、そう言っていた彼女とは会っていないしそもそも知らない学校の制服を着ていた。
会いたいのか会いたくないのか、
怖いのか恐れる必要はないのか、
そもそも名前すら知らない彼女は何者なのか?
考えたところで答えは出ないのだが妙に気になって胸が騒いでいた。
「まさか…恋?」
自分で言ってまるで説得力がない。
だいたいまともに顔を合わせたことも話したこともないのだから恋というのは無理な話だ。
それでも胸に残るしこり。
これが良くない予感でないことを祈りつつ僕は家に帰るのだった。
ここは壱葉高校の一室。
7人の乙女の秘密サークル、ヴァルキリーの根城「ヴァルハラ」。
等々力良子は椅子の背もたれにダラリと身を預けて愚痴を漏らした。
「ほんっとうに、高梨のやつ、ムカつくよ。あんなセクハラ野郎すぐに辞めさせたいね。」
聞き手に回っていた神峰美保も今回ばかりは激しく同意して首を縦に振った。
「権力に物言わせて女に手を出すなんて最低ですね。」
「だろ?」
激昂する2人を見て下沢悠莉がフッと笑う。
「すでに手は打ってあります。週明けには高梨コーチは学校から去っていると思いますよ。」
美保以外の面子の反応がフッと笑う余裕の反応な事に不満を覚えつつ等々力良子は明日の計画に思いを馳せ、ニヤリと笑みを浮かべるのだった。