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Innocent Vision  作者: MCFL
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第59話 決断のとき

放課後、僕は作倉さんの誘いを断って学校を出ると由良さんと連絡を取った。

数分後、今日は学校に来ていたらしく中からやって来た。

「魔女は見つかった?」

「相変わらず手がかりすら見つからない。ったく、どこに隠れてやがる。」

悔しそうに顔を歪めて拳を手に打ち付ける由良さん。

帰り途中の学生が物凄くビビっていた。

早足に逃げていく学生を見て機嫌を悪くする由良さんの気をそらすために慌てて声をかける。

「実は話したいことがあって。」

「昨日のアレか?」

由良さんはすぐに意識を切り替えて真面目な顔になった。

あっさりしていて切り替えの早いところは由良さんの利点だ。

さすがに校門を出たところで話すような内容でもないので移動しながら簡単に昨日明夜に話したのと同じような話をした。

「今日の夕方、明夜がお見舞いに行きながら様子を見てきてくれることになってるからその結果次第だよ。」

由良さんは腕組みをしながら聞いていた。

昼間に花鳳も似たような格好をしていたのに由良さんのそれはとても男らしく感じる。

行く宛もなく歩いていた僕たちは駅前に向かっていて、もうすぐ人通りの多い道に出るところだった。

不意に由良さんが足を止めた。

何事かと振り返ると由良さんは僕を糾弾するように険しい目で見ていた。

射竦められて体が硬直した。

「陸が訳もなく友達を疑うとは思えない。お前、何を見た?」

僕は呼吸が止まったような錯覚に陥った。

まさかここまで心の内を読まれてしまうとは思わなかった。

それが驚きで、同時におかしくて笑いが漏れた。

僕の態度がバレバレなのか由良さんが賢いのか、とにかく隠し通すことは出来そうになかった。

降参を示すように両手を小さくあげて苦笑する。

「由良さんには敵わないな。…Innocent Visionで見た夢も不鮮明だったけど芦屋さんは黒だよ。」

「そうか。」

由良さんはそう答えるだけで目を閉じた。

僕は芦屋さんを敵と断言した。

もう引き下がれないところまで来てしまったということだろうか。

僕は自分が"化け物"だと、僕自身が"Innocent Vision"だと…

「…だが、陸は芦屋を助けるんだろう?」

だから由良さんが優しい目をして尋ねてきたとき僕は理解できなかった。

由良さんがムッと不機嫌そうな顔をする。

「俺はまだ芦屋が敵だと自分の目で見ていない。だから倒すべきかどうかなんてわからない。なら、俺が出会う前に誰かが助ければ殺す対象にならないだろ?」

それは屁理屈で、僕に対する優しさだった。

芦屋さんは敵だと言ったのにそれを僕の友人だということで除外しようとしている。

由良さんの負の感情である憎しみは敵と定めた者に否応なく向けられるらしい。

だから由良さんはこの件に関わらないから僕に助け出せと言っているのだ。

「あ、アネキ!」

アニキと呼びたかったが前にこっぴどく怒られたのでアネキと呼ぶ。

考えるまでもなく由良さんは女の子なのだからアネキこそが自然なのだ。

が…

「アネキはやめろぉ!」

眼前に瞬間的に顕現させた玻璃を振り上げて吼える瞳の赤い鬼神がいた。

「あ、死んだ…」

自分のことを妙に他人事みたいに感じながら高速微細振動搭載水晶刀が脳天直撃して一瞬で僕の意識を奪った。

最後の瞬間、流れていく視界の向こうに笑っている白髪の女の子が見えた気がした。


ザーッ

深夜のテレビのような音がする。

だけどこちらが本物だ。

僕の周囲には無限の砂漠が広がり強い風に流されて砂嵐を巻き起こしていた。

その砂が頬に触れて痛い。

その事実が僕を困惑させていた。

自分の手を眺めてみれば半透明の不完全な幽霊みたいな手があった。

(ここでの僕の存在が増している?)

「半分正解。」

クスクスと笑う声に振り返ると砂漠の世界にただ一つの異物である白髪赤目の少女が唐突もなく立っていた。

「ふふふ、頭は大丈夫?」

一瞬馬鹿にされてるのかとも思ったが少女が言っているのは別の事だろう。

不完全な手を脳天に持っていってみるがとりあえずスイカみたいにパッカリと割れたりはしていなかった。

(やっぱり、さっき見えたのは君だったのか。)

「見えたのね。まあ、おかしすぎて偽装が剥げたかもしれないわ。」

少女は僕の声ではない声に正しく答えると思い出したのかお腹を抱えて大笑いした。

端から見ればさぞ滑稽だっただろうが生憎当人は笑ってなどいられない。

目覚めたときにパックリの可能性もあるのだから怖くて仕方がない。

(ここはどこなんだ?)

「砂漠以外の何に見える?」

少女が少女らしくない悪戯な笑みを作った。

どこかで見たことがあると思ったら八重花が冗談を言うときにあんな顔をしていた。

(未来の世界ってことか?)

「それなら君は意識だけとはいえ未来への跳躍を可能にしたことになる。素晴らしいわね。」

今度は小馬鹿にしたように笑う。

笑いのバリエーションが豊富なのはわかるがどうも相手を不快にさせるものばかりな気がする。

「君にはまだ少しここに至るには早かった。だけど近づいてきた。本来のものと違うとはいえ目覚めたからね。」

少女が酷く大人びて見えた。

砂嵐が酷くなり少女の姿を覆い隠していく。

(待って!)

「会いたくなれば会えるわよ。君が目覚めさえすれば。では、また良い夢を。」

その言葉を最後に世界も音もすべてが砂嵐になり、不協和音に晒されながら僕は意識を閉ざした。

(あれは、誰なんだ?)

根本的な謎を残したままで。


目を覚ますと昨日と同じように白い天井が見えた。

「あれ?」

外は夕方と呼ぶには暗く深夜と呼ぶには明るい逢魔が時。

世界が紅蓮に燃えているようだった。

背後のドアが開く音がして振り返るとなぜか明夜と作倉さんがキョトンとした顔で立っていた。

現状を理解できていない僕はこう答えることにした。

「ここは芦屋さんの部屋じゃないよ?」



「驚きましたよ。真奈美ちゃんのお見舞いが終わって帰ろうとしたら看護師さんが昨日の男の子が頭から血を流して運び込まれたって教えてくれたんですから。」

目が覚めた後、作倉さんが医者を呼んでくれて問題なしと診断されたため今は3人で帰り道を歩いていた。

作倉さんは心配したんですよと頬を膨らませて怒っていたが迫力はない。

それよりも無言で僕の半歩後をついてくる明夜の方がよほど怖かった。

頭に巻かれた包帯を弄りながら苦笑を漏らす。

よもや由良さんにやられたとは言えないので当て逃げにあったことにした。

「怖いです。気を付けないといけませんね。」

「そうだね。それで、芦屋さんは元気だった?」

「はい。みんなで遊びに行きたいって駄々をこねてます。」

作倉さんは困りながらも嬉しそうだった。

ようやく芦屋さんの傷を受け入れ、その上で今まで通り友人としての関係を取り戻したのだろう。

ついこの間までは足の怪我で遊び回ることもできない芦屋さんを不憫に思って泣いていたのだから作倉さんも成長したようだ。

「私、お母さんに買い物を頼まれてるので。半場君、明夜ちゃん、また明日です。」

軽く手を振って見送ると作倉さんは会釈をして去っていった。

作倉さんの姿が完全に見えなくなるのを確認してから振り向くと明夜は頷いた。


夕日はもう沈む。

ここからは"Innocent Vision"の時間だ。



すべての準備が整い、すべての覚悟が決まった。

いよいよ明日、学園祭が始まる。


短い期間でどうにか学園祭の準備を終わらせ、いよいよ明日から11月4,5日の2日間の学園祭を迎えるに至った決戦前日、僕たちはクラスメイトの厚意で全員揃って芦屋さんのお見舞いに来ていた。

「こんにちは、芦屋さん。」

「やっほー、来てあげたわよ。」

「にゃはは、元気?」

「はい、お土産のお菓子。」

「何かしてほしいことある?何でも言ってね、真奈美ちゃん。」

「ランもいるよー!」

今日はなぜかたまたま出くわした蘭さんも一緒だった。

本人曰く

「一緒に遊んだから友達。友達の心配をするのは基本だよ。」

とのことだ。

「みんな。それに江戸川先輩まで。来てくれてありがとう。」

稀に見る大所帯でのお見舞いに芦屋さんは目をぱちくりさせた後柔らかく微笑んだ。

身の回りの世話は看護師さんやご両親がやってくれているので基本的にすることはなくみんなは芦屋さんを囲んで話に花を咲かせている。

話のお供にはみんなで出し合って買ったちょっとお高い名のあるケーキ(看護師の許可済)。

「それでね、チャイナドレスの色は半場君が…」

「へえ、なかなかいいセンスだね。」

話題はやはり明日に控えた学園祭だった。

みんな楽しみにして浮き足立っている一方でどこか乗りきれていない感じがする。

原因は誰もが分かっているが言い出せない。

「それで、外出許可は降りそうなの?」

ただ1人、八重花を除いては。

楽しそうに笑っていた芦屋さんはフッと諦めたように小さくため息をついて頭を横に振った。

「まだリハビリも始めたばかりでそんな人の多いところに行くのは危険だから無理だって。」

「でも車椅子なら…」

「壱葉高校はバリアフリーじゃないらしいからそれも難しいね。」

その辺りはちゃんと調べてくれたのだろう。

恐らくは芦屋さんの体調だけでなく本人や作倉さんたちの意思を考慮した上で、それでも無理だと判断したのだ。

芦屋さんが納得してしまっては僕たちが何を言っても仕方がない。

作倉さんはまた泣きそうになっていたが目元を拭って無理やり笑った。

「そうしたらお土産とか写真とか持ってくるからね。一緒に楽しもう。」

「そうだね。あたしの分まで楽しんできて。」

抱き合って互いを思い合う光景は眩しく、それを見守るみんなは暖かい。

僕と蘭さんはその世界から少し離れたところで見守っていた。


面会時間の終わりをもって僕たちは病院を後にした。

4人は次に訪れるときは楽しい思い出で笑い合えると信じて疑っていないはずだ。

僕はそんなみんなの後ろを歩く。

僕の行動は間違いなく皆の関係を崩すものとなる。

この心地よい居場所がなくなるのが名残惜しくないわけがない。

蘭さんは僕の隣を跳ねるように歩いていたがテテテと前に出てきた。

「りっくんがどんな選択をするのか、楽しみだよ。」

もはや蘭さんの言動は驚かない。

この人なら何を知っていても不思議じゃない気がしてきた。

「たぶん、期待には添えないですよ?」

蘭さんはクスリと笑うだけだった。

真剣さを隠して元気よく手を挙げる。

「ランは用があるからバイバイね。」

蘭さんを見送って

「僕もここで失礼するよ。」

僕もみんなの輪から外れる。

「そう?それじゃあここで解散ね。」

「明日はりくの分もチャイナドレスを用意しておくから。」

「勘弁してください。」

そんな他愛のない会話を他人事のように感じ、寂しくなる。

「にゃはは、楽しみ。」

「明日は頑張りましょうね、半場君。」

「…うん。そうだね。頑張ろう。」

(ああ、頑張るとも。)

帰っていくみんなを見送ってとうとう僕1人が残された。

振り返って見上げた病院は摩天楼のように聳え立っている。

準備はすべて整えてきた。

万が一の場合の準備も含めて終わっていて、後は待つだけだった。

「場所は、そこの公園か。」

僕は家には帰らずにベンチに腰を下ろした。

手を組んで肘を膝に乗せ、手で額を支えるように頭を下げた。

(頑張らなければ死ぬだけだ。)

生きるために戦わなければならないのなら僕は戦う。

明夜の観察では芦屋さんは黒に近い。

そして最近鎧の歩く音が聞こえる範囲が広がってきているとの事だった。

(来るなら、今日しかない。)

だって彼女は強く願っているから。

どんなに取り繕ったところで到底隠しきれない願いを秘めているから。

だけどそれは求めてはいけなかった。

その願いはやがてすべてを滅ぼすものだった。

だから僕は戦うことを決めたのだ。

たとえそれが彼女の願いを踏みにじる行為だとしても、結果的に助けるために。

僕は顔をあげた。

夜までは時間がある。

それまでの間くらいみんなとの楽しかった思い出に浸るのも許されるだろう。

「そんな力に頼っちゃいけないよ、芦屋さん。」

僕の敵、そして守るべき者。

「僕のすべてをかけて君を助けるから。」


始まりにして終わりの時を僕は1人、待ち続ける。


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