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Innocent Vision  作者: MCFL
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第56話 取り戻した時間

その朗報は朝一番に八重花からの電話で伝えられた。

「真奈美が目を覚ましたって!」

八重花にしては随分と興奮した様子で教えてくれた。

みんなとも相談して放課後の面会時間まで普段通りすごそうと決めた。

だけどみんな普段通りに過ごすなんて無理で

「さぁて、どんな学園祭にしようかしら?」

久住さんはこれまでのやる気の無さから一転ハイテンションフルドライブで、今まで決まらなかった学園祭の出し物を「中華風喫茶店」にあっさりと皆を納得させて決めてしまった。

芳賀君曰く

「ただの喫茶店は在り来たりだけど中華風は新しい。中国茶は健康や美容にも言いらしいから女性客は集まるしウェイターをチャイナドレスにすれば男客も狙える。いける、いけるぞ!」

とどこかの評論家のように熱く語っていたのですごいのだろう。

中山さんも

「この問題を…中山。」

「にゃはは、わかりませーん。」

ドッとクラスが沸く。

「まったく、困ったやつだな。ここはだな…」

クラスの愛すべきおバカさんとして元気いっぱいに戻っていた。

そして作倉さんは

「…」

すでに緊張しているらしく席に座りながらもそわそわそわそわ落ち着かない様子だった。

昨日までの暗く沈んだ様子とはまるで違う微笑ましい姿にクラス全体も穏やかな雰囲気に包まれていた。

僕たちの祈りが通じたのならこれほど嬉しいことはない。

「祈りが神様に届いたかしら?」

八重花も同じことを考えていたらしく僕たちは笑い合った。

放課後までの少し長くて待ち遠しい時を僕たちは逸る気持ちを押さえつつ普段通りに過ごしていく。


そして放課後、僕たちはホームルーム終了と同時に教室を飛び出して病院に向かった。

明夜と由良さんには芦屋さんの病院に行く旨を伝えてある。

病室の前で作倉さんがしり込みして躊躇ったので優しく背中を押してあげる。

「半場君。」

「大丈夫だよ、だから入ろう。」

「…はい。」

作倉さんはゆっくりとスライド式のドアの取っ手を握ってゆっくりと横に開いた。

そこには

「あ、みんな。いらっしゃい。」

昨日まで目が覚めなかった重傷者とは思えないくらい元気な、それこそ友達を自宅に招いたような気安さで芦屋さんは軽く手を上げて迎えてくれた。

「ま、真奈美ちゃーん!」

作倉さんがタックルみたいに飛び付いたのを筆頭に久住さんも中山さんも八重花ですら駆け寄っていく。

「よかった、よかったよぅ。」

「心配かけてごめん。」

「元気そうで何よりよ。」

「にゃはは!」

「これ、お見舞いの果物。」

僕は抱き合って泣き合って笑い合う五人の姿を微笑ましい思いで見ていた。

僕にはあの5人の輪は眩しすぎて、あんなにも無垢に相手を思いやれることが羨ましくて少しだけ胸が傷んだのを笑みで隠した。

「半場も迷惑をかけちゃったね。」

芦屋さんが僕に声をかけてくれた。

「怪我をしたって聞いたときは驚いたよ。もう大丈夫なの?」

僕の質問に芦屋さんは少し陰のある笑みを浮かべて掛けてある布団を剥いだ。

そこには本来あるべきはずの左膝から下がなく中途半端な長さの左足が包帯や固定具に包まれていた。

分かっていたこととはいえ現実を目の当たりにすると言葉も出なかった。

作倉さんがまた泣きそうになるのを見て芦屋さんは布団をかけ直すと作倉さんを抱き寄せた。

「平気だよ。足はこんなだけどみんながいてくれるなら、みんなといられるならそれだけで十分。」

「真奈美ちゃん!」

感極まって結局泣き出してしまう作倉さんを僕たちはただ優しく見守っていた。

病室は暖かな雰囲気で満たされていた。


みんなが帰った後、真奈美は夕日に染まる窓の外を眺めていた。

1階にある病室の窓からは入り口の方が見えるので5人が帰っていく後ろ姿が映っていた。

そこに自分の姿が無いことを真奈美は悲しく思う。

「みんなと一緒にいられて十分。だけど、本当はみんなと歩きたいよ。」

今朝両親を交えて今後のことも踏まえて説明があった。

経過観察のため数週間から一月ほど入院すること。

切断した足が治ることはないので将来的には車椅子か義足となること。

それらを真奈美はしっかりと受け止めた。

「痛いな。」

失ったはずの足が痛んだ気がする。

それが悔しくて真奈美は少しだけ泣いた。

涙を流す左目は夕日を浴びて仄かに朱く輝いていた。


翌日、僕は屋上で"Innocent Vision"のメンバーと昼食を摂っていた。

ヴァルキリーやジェムのことを話し合うがすぐに話すことはなくなって学園祭の話になった。

「由良さんのクラスは何をやるの?」

「知らない。」

会話終了。

「め、明夜は…」

「…モグモグ。」

食事に夢中で返答不能につき会話終了。

"Innocent Vision"はとても日常会話に問題のある組織だった。

がっくりと肩を落としながら味気ないパンをかじっていると

「ランのクラスはね、定番のクレープ屋さんだよ。」

背後から突然かけられた声に座ったまま少し飛び上がった。

振り返らなくても明夜と由良さんの警戒した様子でわかる。

「江戸川蘭、ヴァルキリーのソーサリスが何の用だ?」

由良さんが今にも玻璃を取り出して斬りかからんばかりに警戒心を露にして睨み付ける。

明夜も2個目の弁当の手を止めて蘭さんを見つめている。

「2人とも、こんなところで戦わないで。蘭さんも。」

「はーい。」

蘭さんは初めからその気はなかったようで僕の隣に座った。

明夜と由良さんも不満げながら気を緩めてくれた。

あんな状況じゃ味気ないパンですら喉を通らないので助かった。

由良さんはまだ怖い顔で蘭さんを睨んでいるがそれはある意味いつものことなので気にならない。

…本人に聞かれたらただじゃすまないので口が裂けても言わないが。

「それで、何の用だ?」

「んー、ただのお話をしようかって。」

そう言うと蘭さんは不満げに頬を膨らませた。

「だって撫子ちゃんたちとご飯食べても食事中は私語を慎んでーとか本日の料理はどこどこ産の何々ですーとかぎにゃーとか、つまんないんだもん。」

「あいつら、そんないいもん食ってるのか?」

「うん。フランス料理とかそんなの。」

明夜がピクリと箸を止めた。

蘭さんと弁当を交互に見ると立ち上がろうとする。

「わー、明夜!ご飯につられちゃ駄目だって!」

「………………………うん。」

とても長い間の後なんとか明夜は腰を下ろしてくれた。

明夜にはしっかりと知らない人とか悪い人から食べ物をもらっちゃいけないと教えておくとしよう。

「あはは、うんうん。とっても楽しい。」

僕たちのやり取りを見て蘭さんはとても楽しそうに笑っていた。

それを見ていたらなんとなく、本当に何気無く蘭さんの頭に手を伸ばしていた。

ちょっとふわふわした感触の滑らかな髪を撫でる。

「ふぁ、りっくん、どうしたの?」

首をかしげながらもとろんと目尻を下げて擦り寄ってくる様はねだる猫のようなので手を止めない。

「なんとなくです。」

「はふぅ、りっくんは女たらしだね。」

心外な感想を持たれたが蘭さんは幸せそうに目をつぶっているので別にいいかと思えた。

「蘭さんはどうしてヴァルキリーに入ったんですか?」

これもなんとなく、今なら聞いてもいいかなと思えた。

蘭さんは

「んー…」

と首をふりふり撫でられる位置を調整する。

「面白そうだったから。」

それは予想通りの答え。

蘭さんにとって一番大事なのはそこなのだろう。

「"Innocent Vision"はつまらないですか?」

由良さんがぎょっとしていた。

僕の言わんとしていることがわかったのだろう。

蘭さんがピクリと反応したがまたふにゃっと身を預けてくる。

「前にフラれたのに、りっくんの節操なし。ランを落としたいなら本気を見せて。」

本気と言われて邪なことを考えてしまった頭をブンブンと横に振る。

ちょっと手が止まった瞬間に蘭さんはするりと逃げ出してしまう。

「危なかったよ。りっくんに手込めにされちゃうところだった。」

「人聞きの悪いことを言わないで下さい。」

蘭さんはぴょんぴょんと後ろに飛んで僕たちから距離を取った。

「ランはりっくんが好きだから本気を見せてくれたら入ってあげるね。バイバーイ!」

蘭さんはスキップしながら屋上を出ていった。

残された僕に向けられるのはジト目の2対4つの瞳。

「節操なし。」

「女たらし。」

弁解の余地もなく言葉による攻撃を受けて撃沈した僕を残して2人は去っていってしまった。

床に座って頭を掻きながら自分の行動を鑑みる。

「節操なし、かな?」

本人たちの思惑を考えなければ久住さんたちに明夜、由良さん、蘭さん、下沢に海原に花鳳と2桁に上る女性と交友があることになる。

端から見れば取っ替え引っ替えいろんな女の子と仲良くしていると言われても仕方がない。

「でも、蘭さんは"Innocent Vision"に入ってくれるんだ。」

それはもう見て知っているから。

それがいつなのかはわからないが今日の様子を見る限りそう遠くない未来のはず。

「本気、か。どうやって見せればいいんだろう?」

結局休み時間が終わるまで考えても答えは出ず、体も冷えてしまったため教室に戻った。



夜の公園で僕は立っていた。

日の沈んで久しい夜は冬の到来を予感させるように肌寒い。

だが、それ以上に体の内側から底冷えする感覚があった。

幾度か感じてきたこの感覚は、恐怖。

呼び出しを受けた時点でわかっていたはずなのにそれを理解したくないと感情が拒む。

ザリと地面を踏む音がした。

まるで普通に歩くような速さで近付いてくる足音に顔が強張るのを感じた。

僕の背後、少し距離を置いた位置で足音は止んだ。

「お待たせ。」

軽い口調で声をかけられても僕は答えることができない。

あり得ないことを現実だと受け入れてしまったとき、僕は決意しなければならないから。

だけどもう遅い。

僕がここに来た時点できっとどこかで覚悟していたのだから。

"人"ではなく"化け物"の僕が。

「…それほどでもないよ。」

「それはよかった。まだちょっと慣れてないから時間がかかったんだ。」

ただの待ち合わせのような会話が僕の意識を徐々に"化け物"へと変貌させていく。

ゆっくりと振り返った。

外灯を挟んだ向こう側、闇に隠れるように立つ人物をしっかりと見据える。

それは戦うことを決意した証。

「それで、こんな夜に何か用かな、芦屋さん?」

僕の目の前には芦屋さんが穏やかな表情で立っていた。



「はっ!」

あり得ない光景を前に目を見開くとそこは陽光を照らし出す白い天井だった。

立っていたはずの体は横になっていて寒かったはずの体は布団を掛けられていてむしろ暑いくらいだった。

度重なる処理不能な事態に脳みそがオーバーヒートする直前

「…夢?」

ようやくさっきの夜の光景が夢だったのだと思考が追い付いた。

僕の声が聞こえたのかカーテンが開いて金子先生が顔を覗かせた。

「おう、大丈夫か?」

「あの、僕は?」

「教室のドアを開けながら倒れたって聞いたぞ。」

そこでようやく自分が屋上から教室に戻る直前Innocent Visionに襲われたことを思い出した。

「相変わらず目立った症状は見られないな。まったく、医者に匙を投げさせる未知の難病なんて面倒なものを背負ってるな。」

「笑い事じゃないですよ。」

ベッドから起き上がり体の調子を見るがどこも悪くない。

「今日もお前の彼女が運ぶのを手伝ってたんだけど友達の病院に見舞いに行くとか言ってたぞ。捨てられたか?」

金子先生がにやにやと小指を立てていたのでへし折る勢いで手を下げさせる。

「作倉さんは彼女じゃないですし捨てられてません。」

先生は寸でのところで手を引いて避けた。

「なんだよ、つまらねえな。」

子供みたいに口を尖らせている先生に軽くため息をついて僕はベッドから降りて立ち上がった。

「とにかくありがとうございました。もう放課後ですよね?」

「とっくにな。」

僕はもう一度会釈すると保健室を出て教室に向かった。

窓の外からは部活動の声が聞こえる。

廊下、階段に人影がなくどこか異世界めいた光景だと思った。

教室にも誰もいない。

当然芦屋さんの姿があるわけもない。

「あの夢はいったい…?」

ふと見た窓の外はゆっくりと朱に染まろうとしていた。


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