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Innocent Vision  作者: MCFL
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第48話 夢見た戦いの幕開け

翠玉、青玉、紅玉のソーサリスが眼前に己の化身たるソルシエールを手に並んでいた。

対するこちらは僕を中心に明夜と由良さんが構えている。

「3対3、いい勝負になりそうだね。」

等々力の言に舌打ちをしたのは由良さんだ。

由良さんはわりとボロボロだしここにいる者全員が僕に戦う力がないことを知っているのだから。

「やはり半場さんは必要です。ですから私に従うように調教してあげます。」

どうやら僕の相手は下沢のようだ。

直接攻撃でない分、死の危険は減るがもう一度コランダムを受けて無事でいられる保証はない。

何度もかわせる自信もない。

「柚木明夜。前に邪魔してくれた礼、返させてもらうよ。」

神峰は私怨を瞳に宿して明夜を睨み付けるが当の明夜は両手の刃を構えはしても表情は変えなかった。

まさに一触即発、これで枯れ葉でも間に舞えば着地と同時に開戦するギリギリと緊張感。

その張り詰めた雰囲気の中


「ちょっと待ったぁ!」


そこに響く少女の声に皆の戦意が揺らぐ。

突入者は両者の間に走り込んできて両手を広げて止まれの意思表示をした。

「なんとか間に合った。」

駆け込んできた少女は幾度かの荒い呼吸を繰り返した後ニカッと口の端を釣り上げた。

「ランも参加させてもらうよ。」

誰も何も言わない。

“RGB”の面々は蘭さんが来ることが意外だったようで目を丸くしていたが咎めようとはしていない。

“Innocent Vision”において僕は蘭さんの闖入を知っていたし寧ろそれに備えてあらかじめ神峰や等々力の戦力を削ってもらったのだから驚かないし、

明夜は相変わらず驚きとかそういうリアクションとは無縁の存在みたいなので蘭さんをじっと見つめているだけだった。

一番驚いていたのは由良さんで、事前に教えておいたとはいえ信じられなかったようだ。

皆の沈黙を肯定と解釈した蘭さんはくるりと回った。

「さあ、行くよ。りっくん。」

動きを止めた蘭さんは僕たちを敵と定めて構えを取った。

ウズウズした様子の蘭さんとは対照的に僕たちはクールダウン気味だ。

「ヤル気満々のところ悪いんですけど…」

僕は溜めを作ってはっきりと告げる。

「蘭さんは、補欠です!」

「なんですとー!?」

実にいいリアクションだが場のシリアス度は絶賛下落中だ。

「蘭さんがこっちについてくれるなら僕を抜かした3対3で良いんですがヴァルキリー側である以上待機です。」

「やだやだー、やるの!りっくんはベッドの上なら2人くらい余裕だって聞いたよ。だから平気でしょ?」

駄々をこねる蘭さんだが僕にとってはそんなことよりも聞き捨てならない話題が気になった。

「誰だ、そんな根も葉もない噂を流したのは!?」

「んー。りっくんが女の子にモテモテなのはそっちが強いからだって。一部では『夜王』って呼ばれて崇められてるみたいだよ?」

「ああぁぁ。」

終わった。

なんかいろんな意味で“人”としての半場陸は終わった気がする。

戦意喪失してガックリと項垂れる僕。

心なしか神峰とか等々力とか由良さんまで僕から距離を取っている気がする。

「もうだめだ。」


江戸川蘭はわかりやすく落ち込んだ陸を見て可愛らしく小首を傾げつつ誰にも見えないようにひっそりとほくそ笑んだ。

「江戸川先輩。」

チョンチョンと悠莉が蘭の肩を叩いた。

「なぁに?」

振り返った蘭が見たのは笑顔の悠莉だった。

だが、同志2人が身を寄せあって震えるほどに禍々しいオーラを纏った笑顔だ。

蘭の肩に置かれた手がギリギリと万力のように締め付ける。

「私の一番の楽しみを奪いましたね。それもじわじわと苦しめるのではなく一気にドン底に。私がどれだけ半場さんを絶望に導いていくのを楽しみにしていたか。」

蘭は悠莉の手を払い除けると正面から向かい合った。

身長差で蘭が見上げる形になるが視線の強さは負けてはいない。

「それで、悠莉ちゃんはどうしたいの?」

悠莉はサフェイロスを蘭に突きつけた。

当人たち以外が展開についていけずあたふたしている。

「殺します。…と言いたいところですが今は決闘の最中。半場さんとの対戦の権利を懸けて私と勝負しましょう。」

「何を言ってるんだ、悠莉!?一応味方同士だろ?」

「私の楽しみを奪う者に容赦はできません。」

良子の説得にも応じず悠莉はヤル気満々だった。

一方の美保も蘭を説得しようとしたが

「ここは仲良く…」

「その勝負、乗ったぁ!」

蘭は楽しそうに瞳を輝かせて悠莉の言葉に頷いていた。

「あれぇ?僕の出番は?」

陸は一応覚悟して挑むはずだったのだが

「半場さんは待っていてください。」

「りっくん、邪魔。」

なんか2人に蔑ろにされてしまった。

「…いいよ、どうせ僕なんか。」

陸がしゃがみこんで床にのの字を書き始めたのを悠莉と蘭以外の皆が不憫に思いつつ良子と由良が仕切り直す。

「よし、やるか!」

「いくよ、みんな!」

「「おー!」」

決闘には似つかわしくない乙女たちの声が廃ビルに響き渡った。


明夜と神峰、由良さんと等々力、そして蘭さんと下沢の対決が始まった。

“Innocent Vision”の兵力は優秀で特に1対1での戦いにおいては抜群の戦闘力をもって相手を圧倒していた。

なので明夜と由良さんは心配ない。

問題はもう一戦、この勝者が僕と戦うことになる。

僕はどちらが勝っても面倒そうだなと考えながら戦いを見守ることにした。


悠莉はサフェイロスの刀身を指でなぞりながら正面に立つ蘭に目を向けた。

「さあ、江戸川先輩、ソルシエールで正々堂々勝負です。」

蘭は薄く笑みを浮かべて左手を横に伸ばした。

「ランたちの戦いに正々堂々なんてあるのかな?」

2人とも精神攻撃を主とするソーサリス。

相手の心を折ることに長けた2人が武器を打ち合う姿は想像しがたいものがあった。

「ラン、フォームアーップ!」

魔法少女、もしくは美少女戦士的な掛け声だったがその実左目が朱に輝き手の甲から不規則に漆黒の盾が形作られていく様はどう見ても不気味で悪役めいていた。

暗い闇よりもなお黒い盾・オブシディアンを胸の前に持ってきてキュルンと決めポーズを取った。

「腐った世界に舞い降りた最後の天使、魔女っ娘ランちゃんただいま参上!」

「…」

ヒュー

とても寒々しい風が廃ビルを吹き抜けていく。

決めポーズのまま固まった蘭の額からダラダラと汗が流れ、困惑顔になる。

「あ、あれぇ?反応ない?りっくんとか好きじゃないの?」

「ごめんなさい。イタ過ぎて笑えません。」

陸は申し訳なさそうに頭を垂れた。

悠莉も目が合いそうになるとさっと逸らす。

「むー、ラン怒ったよ!」

かなり逆ギレ気味な憤慨だが蘭の戦意が高まるのを見て下沢も構えを取った。

「始めましょう。」

蘭がオブシディアンの縁の刃を悠莉に向けて振るう。

それをサフェイロスで受けるが円形をした盾の刃はかち合わずギャリと金属を擦り合わせる音を立てて通りすぎた。

蘭は流れに逆らわず踊るように一回転するとわずかに軌道を変えて真下から振り上げた。

悠莉は正眼に構えて捌いていく。

(軌道が読みづらいですね。)

くるくると遊んでいるように見えるが斬撃は鋭く時折逆回転を交えたコンビネーションは悠莉に攻撃する隙を与えない。

「ほらほら、悠莉ちゃん。一緒に踊ろうよ。」

「生憎、ダンスは苦手なんですよ。」

悠莉は強引に武器同士をぶつけてその反動で距離を取った。

回りすぎたのか蘭は少しふらついたが負傷や疲労は見えなかった。

「戦い慣れているんですね?」

戦ってみて悠莉が抱いた感想はそれだった。

いかに側面が刃だと言っても本来は守るための盾を武器として振るうのは一朝一夕で出来ることではない。

小柄な体格が可能にする旋回性、剣ではない武器を手足のように扱う技巧は江戸川蘭がという人物の戦闘スタイルとして適しているように思えたのだ。

蘭はニコリと笑顔を浮かべる。

「ナイショ。」

「そうでしょうね。」

己の半身たる武器を構え直して2人はわずかに腰を落とした。

(さて、あの可愛らしい衣の裏側にはいったい何が隠されているのでしょうね?)

人の心の動きをよく見える悠莉だからこそさっきの質問の瞬間、笑顔を浮かべる直前に見えたのは同一人物とは思えないほど冷たい目をした女だった。

悠莉はゾクリと身震いをした。

恐怖ではない。

裏側に隠された本性を暴きたいという好奇心だった。

(人の心を暴く。なんて甘美な響きでしょう。)

悠莉の嗜虐心が膨れ上がりサフェイロスの刀身を青い光が覆い始めた。

「美保ちゃんと同じ技?」

「さあ、どうでしょう?」

悠莉が天高くサフェイロスを掲げると光はわずかな間をおいて後を追い、そのすべてが剣に収束して刀身に刻まれた文字がまばゆく輝いた。

ほぼ暗闇の状態での突然の光に目を覆った蘭の耳に楽しそうな響きを宿した悠莉の声が響いた。

「ルチル。」

2人を包む光が収まったとき、そこには青い宝玉が転がっているだけだった。


そこは人間にとって一種の地獄だった。

窓のない薄暗い部屋のドアは鉄製で壁は石造り。

一辺10メートル程度の広くない室内には乱雑に様々な形をした器具が置かれていた。

人が乗る場所なんて見当たらない三角形の木馬、人の形をした台の各所には固定具がありその脇には蝋燭がユラユラと揺れている。

直立した鉄製の棺桶のようなものには顔が描かれていてどこか泣いているようだ。

そして部屋の奥に禍々しい気配を放ちながら使用される時を待つギロチン。

その他大小様々な器具はそのすべてが拷問や処刑に用いられるものだった。

「うわぁ。」

さすがの蘭も笑顔というか引いた失笑を浮かべながら戸惑っていた。

その正面にこの部屋の主がいる。

王座のようだがそれは電気椅子だった。

たとえ端子を繋いでいないとはいえ誰も好き好んで座ろうとはしない椅子の上で悠莉は楽しげに微笑んでいた。

「ようこそ、私の部屋へ。」

「悠莉ちゃんの…部屋?」

蘭はもう一度周囲を見回した。

子供が与えられる部屋としては大きいがお金持ちっぽいのでないとは言えない。

蘭はごくりと唾を飲み込んだ。

悠莉は蘭の考えを読んだようにクスッと笑う。

「現実のではありませんよ。広さは似たようなものですが現実にこの部屋を作っていたら今頃私は精神病院にいますよ。」

「今でも十分危ないから病院に行った方がいいよ。」

蘭の正論に悠莉はこほんと咳払いをして受け流す。

「これらは私が本やインターネットで調べて思いを馳せた拷問器具です。本当ならインヴィを最初に招待したかったのですが効果のほどを見るために協力していただきます。」

楽しそうに笑う悠莉の目が妖しく嗤う。

蘭は身震いをして慌ててオブシディアンを構えた。

「安心してください。ここは一種の精神世界。肉体が傷つくことはありません。」

さらに悠莉はとても優しい笑顔で

「でも、もしかしたら心は死んでしまうかもしれませんね。」

そう付け加えた。

蘭が警戒心をMAXにして後ろに飛び退くと着地と同時に足に鋭い痛みが走った。

「っ!…な、に?」

見れば足下には無数のトラバサミが設置されていた。

蘭の両足はそれぞれ別の罠にかかっている。

必死に逃げようとしゃがんでトラバサミを斬りつけたり手で外そうとしたがまるで噛みついた鮫のように外れない。

悠莉は蘭が逃げられないのがわかっているように悠々と器具を見て回っていた。

「普段のコランダムでは私は入れないのでこれらを使うことはできなかったのですが、ルチルは私にこんなにも素晴らしい力を与えてくれました。」

悠莉は神に祈るように手を胸の前で組んで瞳を閉じた。

その姿は聖堂ならば一枚の絵画になりそうなほどに美しく、この場においては酷く滑稽だった。

神ならざる者に捧げた祈りを終えて悠莉がゆっくりと瞳を開き、怯える蘭の姿を見てニコリと微笑んだ。


「さあ、始めましょう。楽しい楽しい拷問を。」


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