第47話 “Innocent Vision” v.s. “RGB”
僕にすべての視線が向けられていた。
1つは困惑。
由良さんがボロボロになりながら目を丸くしている。
1つは期待。
明夜が僕の指示を待っている。
そして残り2つが敵意であり殺意。
明夜の追撃をかわしながらスマラグドを回収した神峰は等々力と合流して僕を睨み付けている。
僕はそのすべてへの答えとして笑顔を浮かべて見せた。
混乱、微笑、憤慨、警戒、反応は様々だった。
「羽佐間の超音振からこんなに早く目覚めるなんて君はどんな手品を使ったの?」
等々力は心理的な未知への恐怖と背後からの物理的な恐怖に最大限警戒した様子で尋ねてきた。
僕は思うままに軽い口調で答える。
「慣れじゃないですか?」
等々力が唖然とした。
でも事実として僕は過去に4回、超音振を喰らっている。
起きる時間は定まっていないので単純に慣れと考えられた。
別の理由も考えられるがここでは黙っておく。
代わりに神峰がどこか無理のある余裕ぶった笑みを作った。
「あのまま逃げればよかったのにわざわざ戻ってくるなんて。」
「プッ。」
僕は思わず笑ってしまった。
神峰は訳も分からないままとりあえず笑われたことに対してブチキレた。
「何がおかしいのよ!?」
「おかしいじゃないか。下から攻め込まれていた僕たちがどうやって逃げるのさ?」
「「「あ。」」」
神峰も等々力も由良さんまでポカンと口を開けた。
ここはビルの5階で隣接した建物はない。
屋上に当たる部分はあるが階段はないし逃げ道がさらに減るだけだ。
そんなところに逃げたところで助かることなんて出来ない。
「だったら今までどこに隠れてたのよ?」
苛立った様子の神峰がガリガリと頭を掻く。
僕はあくまでも笑みを絶やさないまま指を下に向けた。
神峰と等々力がつられて下を向く。
「4階の真ん中の部屋で寝てたよ。」
「「「あ!」」」
またもや3人が驚きの声を上げた。
これは簡単な心理トリックだった。
1階の罠にかかったことで2人は他の罠を警戒していた。
3階まで罠がないことを確認した2人に由良さんの奇襲をぶつけた。
僕が由良さんにお願いした作戦は
『4階に上がる階段で可能な限り足止めをしてください。突破された場合は5階に先回りして同じように追い返してください。』
だった。
これは時間稼ぎの意味合いが大きかったがそれ以上に敵の目を由良さんに向けさせるためだったのだ。
由良さんが姿を見せて戦うことで相手に明確な標的を印象付け、他の事への注意をそらす。
由良さんは僕が5階にいると思っていたので必死に戦ってくれ、バレずに目覚めることができたというわけだ。
すべてを理解した由良さんがとても不機嫌そうに僕を睨み付けてくることに冷や汗をかきながら視線を戻すと等々力がクックと笑っていた。
「まんまと騙されたよ。だけど君が上がってきたらせっかく逃げ出すチャンスが無駄になったんじゃないかな?」
「…」
無言を肯定と取った等々力の体が紅色の光に包まれる。
「ここで君を殺せば私たちの勝ちだよ、インヴィ!」
視認すら難しい速度で突っ込んできた等々力に僕は
「明夜!」
彼女の名前を呼んだ。
「今さら間に合うわけがないでしょう?」
神峰の嘲笑を聞き流して真っ直ぐに前を見つめる。
床を爆発させるように踏み込みながら瞬く間に迫ってきた等々力は
「突貫。」
真横からの明夜の攻撃に不意を付かれて派手に弾き飛ばされて壁に激突した。
神峰が口をパクパクさせて等々力と明夜を交互に見た。
「良子先輩のルビヌスに追い付けるやつがいるわけがない!」
「そうだね。」
僕があっさりと肯定してあげると神峰は形容しがたいほど困惑に顔を歪めた。
「あのスピードを離れた場所から追い付くのは難しいだろうね。」
「だったら…」
「だったら、最初から近くにいればいいじゃないか。」
神峰の疑問を遮るように答えを告げた。
まだよく分かっていない神峰の後ろで舞台裏を見ていた由良さんが呆れた様子で呟く。
「お前、明夜がずっと後ろにいたことを確認したか?足音も気配も消してゆっくりと陸の方に近づいてたぞ。」
「…」
もはや驚きすぎて声も出ない神峰。
呆れ笑いのまま由良さんは僕を指差した。
「こんの狸が。」
「はは、誉め言葉として受け取っておくよ。」
「陸、起きた。」
明夜の声に横を向くと等々力がゆっくりと立ち上がっているところだった。
「ふう、やっぱり君は怖いね。絶対に殺さないといけないと改めて思ったよ。」
静かな殺意に背筋が凍るが表面上は強がってみせる。
「それは光栄ですよ、等々力先輩。」
明夜が僕を守るように間に割り込んできた。
由良さんもだいぶ動けるようになったみたいで再び顕現させた玻璃を手にしていた。
等々力と明夜、神峰と由良さんがにらみ合い
「由良さん、明夜!」
僕の声で2人が攻撃を仕掛けたことを切っ掛けに戦闘が再開された。
明夜は紅く輝く等々力良子スーパーモードと対峙していた。
その瞳はいつもよりわずかに輝いている。
「…かっこいい。」
「…。こんな出会い方をしなければ君とはいい友になれただろうに。残念だ。」
良子は哀愁漂う顔で首を横に振り瞳を閉じた。
目を開けたとき迷いはなかった。
「ルビヌスは疲れるからね。そろそろケリをつけさせてもらうよ。」
紅の軌跡を残して振るわれるラトラナジュ、それが左右と上の三方向からほぼ同時に襲いかかった。
「…。」
明夜は左の刃で上と左、右の刃で右からの斬撃を防ぐ。
等々力が明夜を両断せんと上からの攻撃に力を込めた。
「2本の刃、両側をガードできるのは少し面倒だね。」
「守るだけじゃない。」
抑揚なく告げた直後、右の刃が良子の喉元を狙った。
首を振って避けた良子だったが攻撃から意識が外れた隙を明夜がついてラトナラジュを受け流した。
懐に滑り込んだ明夜の左右の刃がハサミのように良子の首を両断しようと迫る。
「くっ!」
良子はルビヌスの力を使って全力で後退した。
涼しい顔で構えを取る明夜を見て良子は冷や汗を拭いながら渇いた笑いを漏らす。
「なるほど。確かに想像以上に厄介だ。」
「行く。」
明夜は再び両手を翼のように広げて良子に踊りかかった。
ギギンと甲高い音を立てて玻璃とスマラグドがぶつかり合う。
だが美保の目は眼前の由良ではなくその奥に立つ陸に向けられていた。
「わざわざこっちにくるなんてあたしに殺されたいのかしら?」
「逆だよ。こっちの方が殺されにくいから。」
陸の返答で神峰の弱々しい堪忍袋の尾はブチブチ切れていきスマラグドの力が増していく。
「陸!余計な挑発をするな!」
押され気味の由良が叫ぶが陸は苦笑を浮かべるだけ。
「殺す。インヴィぃ!」
力任せにスマラグドを振るって由良を弾いた美保がそのまま陸に向かっていく。
翠色の光がスマラグドの刀身を覆い
「はっは!死んじゃいな!」
翠の光刃が陸に放たれた。
「陸!」
由良は慌てて防御に回ろうとしたが
「…」
陸の目を見た瞬間顔を引き締めて美保へと向き直る。
「がら空きだ!」
無防備な背中に向けて音震波が打ち出され
「ああ!」
美保は振り返りざまに直撃してきりもみ状に吹き飛んだ。
美保の状態なんてものはどうでもよく、慌てて振り返ると陸は無様に地面に転がりながらも光刃から逃れていて無事だった。
わずかに安堵の表情を浮かべた由良に
「よくもぉ!」
怒髪天をつくような怒りの美保が斬りかかった。
刃をぶつけ合いながら美保が狂ったように笑う。
「よく考えればインヴィは後でも簡単に殺せるのよ。だから先に…」
コツン、コツン
断続的に美保の背中に小石がぶつかる。
それは後ろから、徐々に強く大きくなっていく。
美保は振り返れない状況での嫌がらせに血管がブチンと切れてしまいそうなほど顔を真っ赤にして怒り狂った。
「インヴィ!!」
「ほらほら、こっちに気を取られてるとまた由良さんにやられるよ?」
陸は石を投げるのをやめない。
美保の力は強くなり、注意力は散漫になっていく。
由良は美保の攻撃を凌ぎながらも他人事のように2人のやり取りを見て呟いた。
「俺、本当に陸の敵にならなくてよかった。」
神峰を挑発しつつも僕は緊張感に包まれていた。
一見戦局はこちらが優勢だが楽観はしていられない。
(あの夢の通りになる以上、そろそろか。)
警戒を強めて重心を低くしたのとほぼ同時に僕の周囲に半透明の壁が生まれようとしていた。
「これは…っ!」
驚くよりも早く空いた隙間に飛び込んで区切られた空間の外側に飛び出す。
壁は1ヶ所に集まって最終的には青い宝石に変わった。
それをほっそりとした滑らかな手が宝石を拾い上げた。
「あら、かわされてしまいましたか。残念です。」
戦場に響く穏やかな声に誰もが動きを止めた。
僕だけは知っていた事実として驚きはしないが警戒せずにはいられなかった。
彼女はある意味この中でもっとも危険な相手だから。
「下沢、悠莉。」
「はい。」
呟くような声に、下沢はにこやかに答えた。
「悠莉!」
「起きたのか!」
神峰と等々力が2人を抜いて下沢と合流する。
自然と僕たちも集まることとなり
「いよいよザ・玉とインヴィたちとの決戦て構図になったね。」
満足そうに頷いているのは等々力だけで
「ぷっ…くく…ザ・玉って。」
「由良さん、ダメですよ。くっ、笑ったりしたら。」
「くく、陸だって。」
僕たちは笑いを堪えるのに必死だった。
明夜はいつもどおりに見えるが口の端がひくついている。
一気に“Innocent Vision”の戦意を奪い去った恐るべきザ・玉の攻撃だったが
「その名前は絶対に認めません!」
「ふふふ、インヴィよりも先に殺さないといけない人がいるみたいですね。」
同時に仲間の戦意とか団結とかも奪っていったようだった。
「くく、それなら、“RGB”なんてどうかな?」
ザ・玉は面白いが思い出す度に笑ってしまうのでまともそうな名前を提案してみた。
等々力のラトナラジュがRed、神峰のスマラグドがGreen、下沢のサフェイロスがBlue。
その3つの頭文字を使って色の三原色“RGB”と名付けてみた。
別に今考えたわけではなく、3人の武器の色を見たときから何となく思っていた事だ。
ヴァルキリーのお三方がそれを聞いて制止する。
最初に動いて難色を示したのは等々力だった。
「そんなわけのわからない横文字なんて嫌だね。2人もそう思うでしょ?」
だが、振り返ろうとした等々力を突き飛ばすようにして神峰と下沢が尊敬の眼差しを向けてきた。
敵とはいえ美少女に見つめられては照れる。
「あたしは今、初めてインヴィに好意を抱いたわ。」
「やはり半場さんは私たちに必要です。」
よくわからないところで評価が上がったみたいだが勧誘は丁重にお断りして、
向こうは受け入れられなくてふて腐れる等々力の説得、
こちらは2人に対してデレデレしていたと明夜が不機嫌になってしまったのでどうにか宥めて仕切り直しとなった。
3対3、互いに横に並んで向かい合う。
「俺たちはチーム“Innocent Vision”。ヴァルキリーには屈しない。」
由良さんが玻璃を突きつけて宣言する。
向かいに立つ等々力もラトナラジュをかざして宣言した。
「あたしたち“RGB”、ヴァルキリーに敵対する者を排除する。」
散々罠や心理トリックを使って相手を追い詰めようとしていたのに結局最後は総力戦になってしまった。
悔いはあるがどこか清々しい。
決意表明は決闘らしさを演出してくれる。
これでいいんだ。
だって
どうせ、この決闘の舞台をぶち壊す人が突入してくるんだから。