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Innocent Vision  作者: MCFL
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第40話 乙女たちの決意

「…と、いうことがあっただけの普通の買い物だったよ。」

月曜日、登校早々昨日の買い物(久住さんたちに言わせればデート)の報告を求めに来た東條さん以外の4人は僕の絆創膏と包帯だらけの格好を見て仰天していた。

作倉さんが泣きそうになったり

芦屋さんが慌てたり

久住さんが妙に優しかったり

中山さんが笑うしかなかったりと

その反応を見る限り昨日のことを東條さんはみんなに話していないことがわかったので、かいつまんで説明したのだった。

ちなみに東條さんはこちらを気にしながらも気まずそうな顔で席に座ったままだ。

話を聞き終えた4人は呆然としていた。

僕の前の席で聞いていた芳賀君が

「いや、普通じゃないだろ。買い物してないし。」

と呆れた様子でツッコミを入れてきた。

とたんに久住さんたちが詰め寄ってきてガッシリと僕の手を取った。

「半場くん、よく八重花を守ってくれた!」

「ありがとう、半場君。」

「半場は見た目以上に男気があるな。」

「にゃは、りくりくすごい。」

感謝と尊敬の眼差しで見詰められて照れてしまうがペタペタ触られると傷が痛む。

「その割りには元気だな。自作自演なんじゃねえか?」

クラスの中からそんな声が聞こえた。

クラスが静まり返り、声の方向を見るとクラスメイトの1人、中岡君が僕を嘲るような目で見ていた。

「入学式の時といい、そんなに注目されたいのか?」

「…」

クラスの中からも“半場陸”の存在を不自然に思い奇異する声が聞こえてきた。

「ちょっと待ちなさいよ!半場くんは別に悪いことはしてないじゃない。なんで非難されなきゃならないのよ?」

久住さんが声を張り上げて怒ってくれた。

すると迷うような様子を見せる主に女子が現れる。

要するにどちらでもいいのだろう。

ただ多数派に身を寄せようとしているだけなのだから。

「事実だろうが。病弱だかなんだかで同情されて取っ替え引っ替え女と一緒にいて、俺たちの知らない所でいったい何をやってんだか?」

中岡君が久住さんに真正面から対抗する。

再びクラスが半場非難に寄る。

その切迫した雰囲気に怯えている作倉さんを支えていた芦屋さんが不安げな瞳で僕に近づいてきた。

「半場、何か反論しないと押しきられるよ?」

「…いいんだ。」

別にどうでも、とまでは言わない。

それは僕のために怒ってくれている久住さんに失礼だから。

(意外と持った方かな?)

半場陸という“化け物”が人に紛れて生活するのは周囲が拒絶したときに終わりを迎える。

そう決めていた。

(この一月もない間に学校での楽しかった思い出がたくさん出来た。これだけあれば僕はもう学校に憧れることはない。)

友達が出来て、いろんな話をして、女の子と遊びにも行った。

未練がないかと言われれば嘘になるが少し前まで抱いていた“楽しい学校”への羨望はもうない。

(本当に楽しかった。)

だからここで“化け物”は退場して幕を引こう。

学校に来なくなっても僕はきっと戦わなくちゃいけないからこの“人”としての思い出を胸にしまっておこう。

「半場?」

僕は立ち上がりすべてを終わらせるために前に出た。

「久住さん、もういいよ。」

「よくないでしょ!?半場くんはいいやつなのに、なんで邪魔者にされなきゃならないの!?」

涙声になってまで叫ぶ久住さんを中山さんに任せて僕は視線の矢面に立つ。

「なんだよ、半場?」

中岡君もまた一歩前に出てきて険しい顔を向けてきた。

嫌な沈黙が教室を支配する。

僕は謝るために口を開いた。

「ご…」

「…いい加減にして。」

「え?」

それは静かに、しかし教室を飲み込むほどに強く発せられた。

僕も中岡君も、クラス中が言葉を無くし一点を見た。

すべての視線が集中しているのに東條さんは怯えた様子もなく逆に周囲を威圧するような気配を放っていた。

「危険を冒してまで私を助けてくれたりくを侮辱するなら、許さない。」

東條さんの迫力に中岡君はたじろいだ。

「ど、どうせ東條も半場とグルになって点数稼ぎだろ?」

どうにか反論しているが完全に気圧されてしまっている。

東條さんは無言で中岡君を見ていたが不意に左腕を胸の前に持ってきて袖まくりをした。

そこには湿布のように大きな絆創膏が貼ってあった。

「東條さん、それは…」

僕は慌てて止めようとしたが東條さんは優しく微笑むとビッと勢いよく絆創膏を引き剥がした。

わずかに顔をしかめた東條さんの左腕には斜めに引かれた傷があった。

まだ癒えきっていないのに剥がしたせいで血が滲んでいる。

クラスがざわざわとどよめきに包まれる。

「りくはこんなものじゃないくらい体中傷だらけよ。あなたはそこまでして人気を取りたいの?」

中岡君は青ざめた表情で何度も首を横に振っていた。

僕は東條さんの腕の傷を見て居たたまれなくなった。

僕がもっとうまくやれば傷が残るかもしれない怪我をさせずに済んだかも知れなかったのだ。

「りく。」

いつの間にか近づいていた東條さんは僕の左腕にそっと手を置いた。

そこに先ほどまでの迫力はなくいつも通りの東條八重花だった。

「これはりくのせいじゃないわ。それに…」

東條さんは愛おしげに僕の左腕を撫でた。

「お揃いだもの。」

確かに僕の左腕にも同じような傷がついていた。

東條さんはそれがお揃いだと気に入っているようだった。

「でも…」

男の傷は勲章だというが女の子の傷は下手をすれば一生を左右することもあるほどの汚点である。

僕が自分を責めていると東條さんはまたいつもの悪戯な笑みを浮かべた。

「傷物にした責任を感じてるなら、取ってくれてもいいよ、責任?」

東條さんの発言で教室内が別の意味でどよめく。

それはつまり生涯面倒を見るということ。

もっと端的に言ってしまえば結婚を意味する言葉だから。

「…考えさせて。」

「おお、半場くんが揺らいだ!」

「あうー、八重花ぁ。」

「八重花、本気の目だ。」

「にゃはは、婚約?」

僕の答えに今度こそクラスが悲鳴をあげた。

騒がしい中

「りく、ありがとう。」

身を寄せてきた東條さんの熱っぽい言葉にドキリとさせられたのだった。



昼休み、ヴァルキリーの居城であるヴァルハラの面々にもインヴィ負傷の報が入った。

等々力良子が購買で買ってきた焼きそばパンをかじりながら首をかしげる。

「よくわからないな。未来が見えるならなんで事故を避けなかったんだ?」

陸が被害を被った原因となった火災は完全に偶発的なもので特定の人物を狙ったものではなかった。

そのため普通ならば予測することは出来ず怪我をすることになる。

「…」

「…」

花鳳撫子、ヘレナ・ディオンは食事中なので話に参加せずどこからか取り寄せた高そうな料理を黙々と食べていた。

反応がなくて不満げな良子に下沢悠莉が口元をナプキンで拭いて応対する。

「私たちのソルシエールと同じように使うためには何か条件が必要なんでしょうか?」

神峰美保もお手製弁当をつつきながら話に割り込んだ。

ちなみに海原姉妹は撫子とヘレナの世話についている。

「それはありそうね。本当にいつも見えているならこっちの攻撃なんて当たらないわよ。」

「そうだよな。」

うーむと唸りながら良子は美保のお弁当から唐揚げをひょいと摘まんで口に放り込んだ。

「あ!」

「ん、うまいじゃん。」

「あたしの唐揚げぇ。」

取っておいた唐揚げを掠め取られて一瞬美保の左目が色付くがすぐに消えてテーブルに顎を乗せたまま恨みがましい視線を投げ掛けていた。

さすがに良子もばつが悪いので話題を修正する。

「いつも何だかんだでインヴィを倒せないのはInnocent Visionの力のせいだと思う。だからそれを使えないときに一気に攻め落とす。3人で。」

静かに食事をしていた撫子たちもこればかりは驚いてしまい食事の手を止めた。

撫子が疑問を口にする。

「卑怯とは言いませんが良子さんのプライドとして数で攻める作戦はどうなのですか?」

的確な指摘に良子は苦笑いを浮かべた。

「確かに勝負は正々堂々真っ向勝負が心情ですよ。」

その笑みを消した良子の顔は戦士としての表情に変わっていた。

「でも、そんなものを捨てなければならないほどインヴィは危険です。あの柚木明夜と羽佐間由良を簡単に仲間にできるくらいだからきっと本気になればいくらヴァルキリーでもただでは済まないでしょう。」

良子が個の尊厳を捨ててまで警戒するインヴィの存在にヴァルキリーの面々は改めて危機感を募らせた。

撫子は静かに目を閉じて自分の考え、ヴァルキリーとしての行動、そして同志の進言それらをまとめた。

瞳を開き良子に頷いてみせる。

「良子さん、悠莉さん、美保さん。お三方は持てる力のすべてを駆使して我らヴァルキリーの敵、インヴィと彼に組みする者を排除してください。」

「はい!」

「わかりました。」

「見てなさい、インヴィ。」

やる気を見せる3人を満足げに見ていた撫子はようやく1人足りないことに気がついた。

「江戸川さんはどうしました?」

撫子は同じクラスだが教室を出るときにはもう蘭の姿はなかった。

「江戸川様は友人と食事をするとおっしゃっていました。」

葵衣が答えると納得と困惑の混ざり合った微妙な雰囲気になった。

良子がため息をついた。

撫子はコホンと咳払いをして仕切り直す。

「江戸川さんにも打診しておきましょう。いざという時には彼女にも参戦してもらいます。」

「…わかりました。」

不満を見せつつも良子は頷いた。

撫子にもわかっていた。

江戸川蘭は掴み所がなく、下手に信用すれば痛い目を見ると。

それでも撫子は蘭を投入するつもりでいた。

何よりもインヴィを倒すためだがそこに割ける人員がいないこともあった。

(ですがもう少しです。この計画が実現すればわたくしたちの夢も…。その前にインヴィを倒すことができればよいのですが。)

信頼する同志3人をあてがっても絶対の勝利を確信できないでいる不安を笑みで隠し、撫子は冷めてしまった昼食に取りかかるのだった。



放課後、一応今日も病院で診察なので東條さんと一緒に下校していると由良さんと鉢合わせになった。

東條さんが警戒するように僕の腕に身を寄せてきた。

「陸と東條か。今日もデートか?」

「はい。」

からかうような口調の由良さんに東條さんはものすごく真面目にはっきりと答えた。

さすがの由良さんも面食らっている。

「昨日怪我しちゃって、病院だよ。」

補足すると東條さんは不満げにしていたが

(けが)しちゃって?」

ちゃっかり際どいツッコミを忘れないあたりはさすがだ。

「違うから。」

「くく、お前ら仲いいな。」

「はい。ラブラブです。」

実際に東條さんからラブラブ光線みたいな熱い視線を感じる。

同意しろと言うことらしいが嘘だし冗談にしても恥ずかしい。

「まあ、怪我なら無理するな。ところで明夜に会ったか?」

「いや、今日は見てないけど?」

「そうか。邪魔したな。」

「はい。」

東條さんの素直な答えに由良さんは苦笑すると手を振りながら去っていった。

(由良さんは大人だな。)

そう思わずにはいられないのはやはり東條さんの反応のせいか。

「りく、行こう?」

「うん。」

昨日の一件以来東條さんは前以上にストレートに感情をぶつけてくるようになった。

好かれているのは嬉しいのだが僕はどう接したらいいのか分からなかった。

“化け物”の僕が東條さんの思いに応えて良いものか、ずっとそればかりを考えている。

「…りく、難しい顔をしてる。」

「ごめん。」

「許さない。」

「ええ!?」

予想外の反応に驚くと東條さんは

「八重花って呼んでくれないと許さない。」

可愛らしく笑いながらそう言った。

「…」

「…」

「…」

「…」

粘ってみたがお許しは出なかった。

(まあ、明夜も名前で呼んでいるし。)

僕としては名前で呼びあうのは特別なことだったはずなのだが気が付けば明夜に由良さん、蘭さんと名前で呼んでいる人も増えていた。

もう1人くらい増えてもいいかと思えた。

「わかったよ、参りました。八重花。」

「うん。」

東條さん…八重花は嬉しそうに弾むように隣を歩く。

仲良くなりたい自分と化け物の自分の葛藤は当分決着がつきそうになかった。


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