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Innocent Vision  作者: MCFL
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第4話 新たなる日常

僕は壱葉高校に通う…予定だった。

小学校の頃からInnocent Visionのせいで苛められ、地元の中学では同じ小学校から進学した同級生が多かったから同じように苛めに会い、苛めに参加しない生徒も陰で化け物だと悪口を言ったり無視したりと結構陰湿だった。

だから高校はあまりメジャーではなく家からも少し離れた壱葉高校を選んだ。

一からの再スタートに両親も何となくだけど喜んでいたように思う。

でも入学式前夜、僕はInnocent Visionで見てしまった。

入学式会場で乱闘騒ぎが起こることを。

僕は新しく始まる高校生活を壊したくなくて式の前に担任の先生に注意を促した。

だけど結局先生は何も対策を講じず、乱闘騒ぎは起きてしまった。


壇上で挨拶しようとした校長が飾ってあった花から落ちた花弁を踏んで盛大に転び、

その拍子にひた隠しにしていたと思われるかつらが外れてしまい、

空気を読まない不良っぽい生徒が大笑いして、

校長が逆上してその生徒に殴りかかるという、夢で見た結末をなぞって。

その日は救急車を呼ぶほどの騒ぎになって翌日僕は籠に入れられた。

なんでも担任から話を聞いた校長が僕の仕掛けたいたずらだと主張して一方的に糾弾してきたのだという。

こうして僕の高校生活は始まったと同時に終わってしまった。


そう、思っていた。


「ねえ、あれ誰だっけ?」

「なんで半場が学校にいるんだ?」

「はい、皆さん。半場君が来たので仲良くしてあげてくださいね。」

予想通りの反応とはいえ改めて挨拶させられると恥ずかしいものがある。

「せんせぇ。別のクラスの転校生の分で持っていかれた机が返ってきてないから席が足りません。」

どうやら僕の机がなかったのは悪意によるものではなかったようで安堵した。

「あー、そうだったわ。手配してくるからちょっと待ってて。」

先生はパタパタと教室を出ていってしまい、残されたのは教卓の脇に立たされた僕ととても興味深そうに僕を見るクラスメイトだった。

皆の視線が自分に向いているのがわかるから手に汗をかくほど緊張してしまう。

しかもそれが昨日神峰から感じたような敵意のようなものではなく純粋な興味や好奇心、厚意だから注目されることになれていない僕には堪えるものがあった。

「あの…」

声をかけてきたのは意外にも目の前に座っていた大人しそうな女の子で、恥ずかしそうにしながら上目遣いで僕を見ていた。

「うん、何?」

「い、いえ。私は作倉叶です。よろしくお願い、します、です。」

「こちらこそ、よろしく。」

机に額が付きそうになるくらい頭を下げる作倉さんに倣って頭を下げ、顔をあげた瞬間

「作倉さんに先を越されたわ!」

「もう我慢できん!」

「早い者勝ちだ!」

怒濤のように押し寄せてきたクラスメイトの質問攻めに曝された。

専ら乱闘予言についての質問だったが昔のように煙たがられる反応ではなく、純然たる興味本意のようだった。

さすがに精神も大人になりかけているだけあって物事の善悪をわきまえているということだろう。

それ以外にも家での過ごし方や趣味嗜好など普通の質問も多くて、面白味のない返答しか出来ないことが申し訳なかったがクラスメイトは嫌そうな反応はしないでくれた。

結局先生自ら机を持ってきてくれるまで質問は続き

「騒いじゃだめですよぅ!」

と泣きそうな声になった先生を合図にお開きとなった。


 僕は窓際の一番後ろに持ってきてもらった机を置いて座る。

左は窓で右と後ろには誰もいない、人と接するのが不得手な僕にとっては特等席だった。

「よう、久しぶりだな。」

前に座るちょっと悪ぶった感じに制服を着る頭をツンツン立てた男子生徒がホームルームで連絡事項を述べる先生を無視して振り返ってきた。

だけどあいにく僕は彼にまるで覚えがなかった。

小中校のいじめっこではないはずだし高校にしても入学式の日に親しくなった学生なんて…

「芳賀君、質問は後にして先生の話を聞いてください。」

「へーい。」

芳賀君と呼ばれた生徒は面倒くさそうに前に向き直った。

僕にはその名前に覚えがあった。

(芳賀…雅人君?)

それは入学式の日に前に座っていて声をかけてくれた男子の名前だった。

だが僕の知る芳賀雅人という人物は髪型も普通だったしどちらかと言えば大人しいタイプの印象を受けた気がする。

少なくとも前が見辛くなるような頭はしていなかったはずだった。

(この半年の間に何かあったのか?)

当然僕にその原因を推測することはできないがクラスメイトに多少なりとも僕を覚えていてくれた人がいてくれたことが嬉しかった。


2学期も始まって2週間も経っているため1限目から授業がある。

はじめは国語、国語教師は僕が来ていることを確認しても特に何も言わず授業にも変化は見られなかった。

「なあ、ここ、わかるか?」

「ここは、こうじゃないかな?」

「サンキュー。」

一応気が向いたときには自分で勉強してたからなんとか置いていかれていることはなかった。

「じゃあこれは?」

「うーん。ごめん。」

「そっか。」

だけど僕は賢くても愚かであってもならない。

今は長期休んでいた、それも例の予言をした生徒として注目されてしまっているがもともと饒舌な方ではないし予言の方もたまたまそんな夢を見たと言っているからそのうち皆の興味も薄れていくだろう。

それこそが僕の願い。

僕がこの場にいないと思ってほしい。

そうすれば僕はここにいてもいいのだと錯覚できるから。


人の中で“人”として生活できる幻想を抱いていられるから。


「ねえねえ、半場君。」

「趣味は?」

「特技は?」

「好きな子のタイプは?」

だからこういう質問攻めは困ってしまうんだけど

一瞬よぎった過去の映像、

-1人でぽつんと席に座って小さな拳を握り涙を耐えていた−

それに比べれば今の状態は限りなく理想に近い僕の姿だった。

だけど、僕にはもう一つ、人とは決定的に違うものがある。

クラリと視界が揺れたときにはすでに景色が横に流れていた。

「おい!どうした、半場!?」

芳賀君が呼んでいるのが見えるのに声も出ないし指先一つ動かない。

皆が慌てた様子で駆け寄ってきてくれるけど何も返事を出来ない。

だけど僕に恐怖はなくて

(またか。ごめん、みんな。)

諦念と皆への謝罪を心に浮かべて意識を閉ざされた。


Innocent Visionに限らず夢とは不思議なもので、夢だと分かっているのにそれがまるで現実のように知覚できることがある。

生ぬるい風、差し込む夕日、固い床の感触、そして床に倒れ伏した男の下に広がる紅き血の海と鉄ような匂い。

惨劇が校舎内で行われたという事実が目の前にあった。

男の胸に突き立っていた墓標は剣だった。

引き抜くと男の体がびくりと震えて今度こそ動かなくなった。

剣の担い手は夢の女の子でも神峰でもない見ず知らずの女子。

ただその左目だけは見覚えのある不気味な朱に染まっていた。


目を開けると病院みたいな白い天井が見えた。

「おっ、起きたか!」

突然視界に芳賀君が飛び出してきて思わず手をあげようとしてしまうのをなんとか抑え込んだ。

「…うん。」

「いきなり倒れて返事がないから心配したぜ。あ、ここ保健室な。」

それは芳賀君がいた時点で分かっていたけどそれはいい。

「ごめん。迷惑をかけて。僕はこういう病気なんだ。」

医者が治療を手放し精神病として処理した未知の病。

僕だけが知っていてそれを防ぐことも無くすこともできない僕だけの病。

その病名を気まぐれな夢、Innocent Visionという。

この強制シャットダウンとも言うべき症状はInnocent Visionが僕に未来を見せる副作用のようなもの。

だけどあれは気まぐれな夢、たとえそれが睡眠中であろうと水泳中であろうと僕の体を強制的に眠りへと誘うため幾度となく危険な目に会い、周りに迷惑をかけてきたのだ。

「そっか。大変だな。」

芳賀君はさっきの問題に対する答えと同じように適当に納得すると席を立った。

「まだ無理しないで寝てろよ。」

「うん、ありがとう。」

てっきり雰囲気が変わって悪っぽくなってるからこのままサボるのかと思っていたがどうやら教室に戻るようだ。

僕を保健室に運んでくれたのも彼のようだし根は善人なのだろうと思う。

芳賀君がいなくなると入れ替わりに白衣を来た養護教諭が入ってきた。

歳は30代前半、どちらかといえば煙草を吹かしていそうなちょい悪風の男性だった。

「半場陸君だな?保険医の金子俊樹だ、よろしく。」

握手を交わすと金子先生は僕の診察に移った。

すべて終わったらしく困り顔でカルテをつけている。

「聞いていた通り特に異常は見られない。一体なんなんだろうな、これは?」

僕は答えられない。

昔は必死になってInnocent Visionのことを説明したものだが今になって考えれば確かに精神病扱いされる虚言と思われても仕方がないと思える。

金子先生はポンと僕の肩を叩くと立ち上がった。

「調子が良くないようなら休んでいるといい。俺はそこにいるから。」

先生はデスクを指差すとカーテンを閉めた。

調子は悪くないのだがInnocent Visionが見せた夢の内容を考えるため少し留まることにした。

(僕はあの女の子も男の人も見覚えがない。)

しかしあの意匠の凝った剣と朱に光る目は間違いなく彼女らと同じ存在であることの証明に他ならない。

(でも、あの子は。)

神峰に襲われた所を助けてくれた女の子は何か神峰とは違うように思える。

それは新宿のダルマ事件の犯人とよく似ていたかもしれないが。

(とにかく今回のは神峰がうちらと呼んでいたグループかもしれない。起こるのはおそらく数日後の夕方。)

僕は正直どうするべきか迷っている。

神峰はグループが僕を抹殺することにしたと言った。

僕から首を突っ込めば死期を早めるだけになりかねない。

だけど同時に相手の情報を得るチャンスでもある。

どの道死を待つだけだとしても抗うのが人としての本能であるのなら僕は抵抗する。

そのためには助かるためのカードを揃えなければならない。

「もう大丈夫なので教室に戻ります。」

「ああ、そうか。またいつでもくるといい。サボり以外の生徒は大事な患者だからな。」

ニカッと悪ガキみたいに笑う金子先生には親しみが持てた。

会釈して部屋を退出する。

(カードは事件現場、時刻、犯人および被害者の特定。)

まずはそれらをすべて集めなければならない。

どんな理由であれ人を殺していい道理はなく、僕には被害者と殺害方法が分かっているのだからそれを止めることだって、そして犯人から情報を聞き出すことだって不可能ではないはずだ。

(それを考えるのは放課後にしよう。)

今は教室に戻る。

何をするにしても今の時間では不自然で教師に見つかったとき大変なことになる。

キーンコーンカーンコーン

ちょうどチャイムがなり、開けようとした教室のドアが急に開いてドタドタと数人の男子が僕を突き飛ばして大急ぎで飛び出していった。

ぶつかられたことはたいしたことないが転んでしまった。

「あ、あの、大丈夫、ですか?」

作倉さんが心配そうに手を差し伸べてくれたので手を取る。

「ひゃ!」

なぜかビックリしていたが特に怪我もない。

「ありがとう、作倉さん。」

「は、はひっ!ど、どういたしまして。」

作倉さんは妙に元気よく返事をしたり縮こまったりと表情を変えるとそそくさと出ていってしまった。

「?」

大人しい子からちょっと変わった子へ、作倉叶さんの印象は少しだけ変わったが別段重要ではない。

僕は気を引き締めてニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるクラスメイトの中に飛び込んでいくのだった。


飛び出していった学生は昼食戦線という修羅場に向かっていった。

つまり今は昼休みだということなのだが、何故か女子に囲まれて食堂に来ていた。

途中芳賀君に助けを求めたが

「さすがに女相手じゃ分が悪い。すまねえな。」

とあっさり諦められてしまい僕だけがここにいる。

僕にしてみれば学食自体初めてなのだが皆が親切に教えてくれたので難なく席につくことができた。

僕の左に芦屋さん、右に飛び出していったはずだった作倉さん、向かい側に左から中山さん、久住さん、東條さんと見事に完全包囲されていた。

久住さんがこのメンバーのリーダーのようで率先して僕を引き連れてきたのだ。

「それにしても例の乱闘騒ぎ、実は半場君が笑って校長を怒らせたをじゃないかって噂もあったんだけどね。そのあとちゃんとそれは見つかってね、半場君の言ってたことは本当だったんだって典子ちゃん落ち込んでたよ。」

典子ちゃんというのは担任の高村典子先生である。

僕としてはこの話題以外なら何でも答えられたのだがこればかりは真実を話すわけにはいかない。

相手が信じる信じないに関わらず僕が“人とは違う”ことを知られるのが嫌だったからだ。

「にゃはは、実は半場っちはエスパーかな?」

中山さん、鋭い。

「…動揺した?」

東條さんは洞察力がありすぎです。

僕は極力反応を殺してカレーうどんをすする。

「そんな。ただそういう夢を見て妙にリアルだったから先生に相談しただけだよ。」

「まあ、そんなもんでしょ。そんな色んなところに超能力者なんていないよ。」

「(こくこくっ)」

芦屋さんと作倉さんは僕を擁護してくれるつもりらしい。

つまり現在の座席はそのままの勢力図というわけだ。

………

勝てる気がしない。

なんかこうチームのオーラがライオンとコアラくらい負けてる気がする。

抗うにしても作倉さんは僕がちょっと目を向けただけで縮こまってしまい、芦屋さんも別段強く助けてくれる気があるようには思えない。

つまり実質的には孤軍奮闘。

「…あれはまだ僕が小学生だった頃…」

こうして僕は重大な秘密を避けるため夢ネタ大失敗談で恥ずかしい話を餌にInnocent Visionへの追求をどうにかかわしたのだった。

教室に戻ったとき

「ごくろうさん。」

という芳賀君の労いにいろんな意味で泣きそうになる僕だった。


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