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Innocent Vision  作者: MCFL
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第39話 避けられぬ現の夢

目覚ましの音が聞こえると同時に手を伸ばした。

結局なかなか寝付けず明け方にようやく眠れたため睡眠不足気味だったが二度寝してInnocent Visionのせいで遅刻なんてなってしまっては嫌なので起き出すことにした。

尤もInnocent Visionは起きた後でも起こるからあまり意味はなかったが。

とにかく今日は東條さんとの買い物、昨日迷惑をかけてしまったお詫びも込めて楽しくしようと思った。

そこに被さるように浮かぶスタンIVで見た夢。

不吉な何かが起こるのは目に見えていた。

「見えているんだからそれを回避出来ればいいんだけど。」

それは何度も試したこと。

だけど最近ほんの少しだけ未来を変えられている気がしていた。

ヴァルキリーとの戦いの夢はそのほとんどが僕がやられる内容だったが過程はともかく殺されてはいない。

先日の神峰の強襲も胸にスマラグドの先が少しだけ刺さったが明夜に助けられて事なきを得た。

もしかしたら未来は変えられるのかもしれない。

「よし、頑張るぞ。」

未来を変える決意表明だったのだが母には誤解されてしまったらしく出掛けるときにデートの励ましを受けることになってしまったのだった。


待ち合わせ場所に到着したのが9時半と30分早かった。

駅前には休日ということもあって若者から老人、1人から家族連れまで様々な人がいて駅に入っていった。

娯楽の多い建川や都心に出るつもりなのだろう。

僕は駅の壁に寄りかかって東條さんの到着を待つ。

この間作倉さんと遊びに行ったときはどちらも1時間近く早く集まってしまったが東條さんはその辺は落ち着いて…

「りく。」

ポンと肩を叩かれて小さく笑う。

東條さんも楽しみにしてくれていたのだ。

振り返った僕は思わず

「あ。」

と声を漏らした。

そこにいたのはもちろん東條さんだったがいつもとは違って見えた。

タイトスカートにストッキング、Tシャツにジャケット姿で髪は普段のポニーテールではなく下ろしていた。

ともすれば活発に見えるし大人っぽくも見えて僕は少し見惚れてしまった。

東條さんの悪戯な目が僕の心情を的確に読み取ったことを物語っていて、恥ずかしくなって視線を外した。

「普段と違う髪型で新鮮さをアピール、成功。」

「…そういうのは黙っておくものだと思うよ?」

ニヤリと笑う中身はやっぱり東條さんのままだった。

これも狙ったのか素なのかはわからないがとにかく変な緊張は東條さんのお陰でなくなった。

「ちょうど店が開き始めるみたいだけど電気屋でいいんだよね?」

買い物としては至極当然の質問に東條さんはチッチッチと指を横に振った。

ついでウインクを一つ。

「デートは過程も重要よ。」

「…もしかして、結構緊張してる?」

どうにもいつもの東條さんらしくないので不審に思い、控えめに尋ねてみたが

「!?」

東條さんは面白いくらい一瞬で顔を真っ赤にして身を仰け反らせた。

「…そんなことない。」

反応が少し昔に戻っているが顔が赤いままなので照れ隠しなのは見え見えだった。

東條さんが慌ててくれるおかげで僕の方は落ち着くことができた。

「それじゃあ本命の前に建川にでも行こうか、東條さん?」

僕は今日の買い物を楽しいものにするための提案をした。

東條さんの顔が驚きから喜びに変わっていく様を見て僕の顔も綻んでいた。

「行くわ。」

口調は簡潔で素っ気なく、態度は急かすように引っ張るという真逆の行動も普段冷静なのに時折情熱的な東條さんを表しているようだった。

自然と握られた手を引かれながら僕たちは到着した電車に飛び乗り2駅先の建川へと向かったのだった。


それが悲劇の始まりと気付かぬままに。



休日の建川は人で溢れていた。

若者が中心だが中高年のおじさんやおばさん、老人の一団もいたりといろいろな人たちがいた。

僕たちもそんな人波に乗りながら大通り沿いの店を物色していく。

「どこか行きたいところはある?」

あまり出歩かない僕よりも建川に詳しそうな東條さんに任せようという浅はかな魂胆を隠しつつ尋ねると

「よく分からないからりくに任せるわ。」

あっさりリターンされてしまった。

てっきり女の子はお店とかに詳しいのかと思っていたが偏見だったらしい。

「作倉さんたちとは来たりしないの?」

「よく来るけど、私はついていくだけだから。」

確かにあのメンバーを考えると久住さんと中山さんがグイグイと引っ張るタイプだし芦屋さんと作倉さんはお店に詳しそうだ。

東條さんはみんなと出掛けられればどこでもいいとのことだった。

「だからりくが連れていってくれる場所を楽しみにしてる。」

「う、うん。わかった。」

(参ったな。)

これがいつものからかいならツッコミを入れて笑って終わりなのだが東條さんは冗談を言っているようには見えなかった。

つまり僕の選択次第で好感度急変のイベントなのだ。

選択肢は

1.ゲームセンター

2.映画

3.ウィンドウショッピング

4.バッティングセンター

5.ホテル…

(いやいやいや、いくら視界に入ったからってホテルはないでしょ!?関係すっ飛ばしすぎだよ!)

「んー、ホテル?…ふふ、確かに楽しそうね。」

僕の脳内葛藤に割り込むように東條さんがとても楽しそうに笑みを浮かべた。

「駄目だって、こんな昼間から…」

「夜ならいいの?」

「ーー!」

もはや恥ずかしすぎて声も出ず僕は顔を真っ赤にして視線を逸らした。

視界の端で東條さんがくすくすと笑う。

東條さんの方が一枚も二枚も上手だなと思いつつ、そんな人を楽しませる場所を模索する僕であった。


結局僕たちは映画を見にやって来た。

ショッピングは後でするしゲームセンターとバッティングセンターは相手を置き去りにして熱中してしまう可能性があったからだ。

目の前にはSF時代劇『戦国ニート』、サスペンスホラー『独リニアラズ』、それと子供向けのアニメ映画の看板が並んでいた。

アニメ映画は家族連れでごった返している。

特に興味もないので除外だ。

「どっちも微妙な気がするけど、どっちがいい?」

個人的には戦国ニートが気になる。

何でニートが主役なのか、戦国時代でどう生きるのか、オチはどうするのか疑問は尽きない。

言い換えればものすごく興味がある。

だけど僕の興味だけで決めるのはよくないので東條さんの返事を待った。

東條さんは看板や謳い文句、それと何故か僕の顔を見てようやく答えを出した。

「りくが好きそうな戦国ニートにするわ。」

見抜かれていたが

(まあ、東條さんだからな。)

と納得できてしまった。

「でも東條さんが見たい方でいいよ?」

さっきの言い方だと別のを見たいように聞こえたので改めてそう告げたが東條さんは首を横に振った。

「りくが楽しみなら私も楽しみよ。」

「そ、それならこっちでいいね。」

本当に東條さんには敵わない。

いつまでも慣れないが思わず照れてしまうようなことをいう東條さんが上手なだけだと自分に言い聞かせる。

2人分のチケットを買って片方を東條さんに渡す。

「いくら?」

「いいよ。それよりも早く入らないと始まるよ。」

「…ありがと。」

逃げる口実だったが席に着くとすぐに照明が落ち、予告編を経て衝撃のSF時代劇、戦国ニートの幕が上がった。


「…。」

「…。」

なんとも言えない微妙な空気が映画の終了した館内に漂っていた。

自分至上主義のニートが何か大いなる意志によって戦国時代に飛ばされた。

ネットで培った未来の無駄知識を使って小さな村から徐々に大きな町まで自らの地位を高めていく。

ここまでは自分の力を駆使して苦難を乗り越えていく辺りが面白かったがいざ戦国武将との戦いになったら自分は安全圏に引きこもり姦計、籠絡、夜襲、色仕掛けにデマ情報の流布というようにありとあらゆる正攻法以外の手段で武将を次々に打ち倒し、最後には将軍となる武将の右腕となって2人で国を支配したのだった。

(制作者は何を考えているんだ!?本人がニートか?)

ニートを更正させるわけでもなく悪知恵だけで国を手に入れた男の子の何に感動しろというのか。

いったいこの作品から何を伝えたかったのかまるで理解できない。

僕はこのやるせない思いを分かち合うために隣で一言も話さない東條さんに声をかけた。

「東條さん、どうだっ…」

だがその言葉は途中で止まる。

東條さんがとても輝いた瞳でスタッフロールを見つめていたからだ。

無邪気な子供みたいな瞳でこちらを向いた東條さんの口が開く。

そこから発せられる答えを聞くのが怖かった。

ゴクリと唾が喉を通ったあと東條さんは言った。

「すごいB級映画だったわね。」

東條さんの言葉に恐らくは館内の全員が納得した瞬間だった。



別の意味で堪能した東條さんが上機嫌に前を歩いている。

その後をついていきながら僕は背筋にチリチリと嫌な予感を感じていた。

(似ている、夢で見た光景に。)

スタンIVの見せた今日の夢はほとんど不明瞭だったが間違いなくこの周辺だと言えた。

未来を変えるためにも一刻も早くここから離れるべきだと体が動いた。

「東條さん、ここは…」

その声に被さるように


ドンッ


僕たちがいた通りに面した店の2階で空気を震わせるような爆音が響き窓から炎が吹き上がった。

それと同時に中から吹き飛ばされた窓ガラスが真下にいた僕たちに向けて落ちてきていた。

騒然となる周囲。

「あ、あ…」

東條さんは恐怖に足をすくませて上を見上げながら震えていた。

(そういうことか。)

僕はすでに地面を蹴っていた。

走りながら僕は諦めていた。

あの夢が現実に起こるならどうしようもないことだと。

ガラスの破片が降り注ぎ、東條さんは立っていられなくなって地面に座り込んだ。

(大丈夫だよ、東條さん。)

僕はしっかりと地面を踏み締めて最後の跳躍をすると東條さんを守るように抱き締めた。

(だって傷つくのは僕だけだから。)

「りくッ!」

東條さんの悲鳴のような声が聞こえた直後、僕の全身に無数の刃のようなガラスの破片が襲ってきて、

「ぐあっ!」

窓のサッシが背中に直撃して僕の意識は途切れた。


赤い。

ぼやけた視界の向こうに明滅する赤い光が見えた。

(救急車か、消防車か?)

空気が悪いのか息を吸う度に体の中が痛む。

(煙でも吸ったかな?)

カンカンと騒がしい。

顔に何か冷たいものが降ってくるせいか体が冷たくて寒い。

(放水かな?)

赤とは違う橙色の何かが視界の端に見えた。喧騒が大きくなる。

(まだ鎮火していないのか。何があったんだ?)

「ダメ!」

誰かが呼んでいた。

「死なないで!」

僕は死ぬつもりなんてない。

そう答えるはずの口がうまく動かない。

「返事をして、りく!」

少しだけ見えた世界には黒い煙と青空と赤い光、そして泣いている東條さんがあった。

(僕は死なないよ。)

痛む手を無理矢理動かす。

「りく!」

東條さんはその手をギュッと握ってくれた。

じんわりと温かい手の感触に気分が安らいだ。

それもつかの間、複数の足音が聞こえてきて僕の脇で止まった。

「搬送します!」

救急隊は素早く僕を担架にのせて救急車に運び込んだようだった。

その間も東條さんは可能な限り手を握ってくれていた。

その温もりがとても嬉しい。

(僕は、死なないんだ。)

その一方で今の状況を冷静に観察している自分がいた。

身体中痛いし意識もぼんやりしている。

それでも死への恐怖は少しも感じない。

(だって…その先の未来があることを知ってるんだから。)

それは絶対の結果、Innocent Visionの見せた未来なのだから。

だから僕はこの痛みが死に繋がらないことを知っている。

「りくッ!」

泣きながら僕の名を呼び続ける東條さんに口が動くなら言ってあげたかった。


僕は“死”すらわかってしまう“化け物”なのだと。


口が動かないことを残念に思いながら僕は不鮮明な世界を閉ざして意識を眠りにつけた。



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