第35話 威乃戦徒美女ん?
「陸よ、お前もいつか分かるはずだ。愛情よりも友情こそが本当に尊いものだと。」
そう芳賀君から語られたのは泣いた先生を宥めてそのまま授業を終えた休み時間だった。
芳賀君はとても神妙な顔をしていいこと言ったみたいな顔をしていたが
「うーん、僕も一応健全な男だから最終的には男の友情よりも女の愛情を選ぶと思う。」
その意見に同意するのはとても怖かったので一般論+本音を返した。
「がーん。」
口に出すほどショックだったらしく芳賀君は机に突っ伏してしまった。
僕の机なのでツンツン頭が若干邪魔くさい。
「所詮男の友情なんて女の肉の前にはまやかしよ。むしろモテない男の言い訳よ。」
「グサハッ!」
東條さんの精神攻撃に芳賀君は奇声を上げてご臨終された。
「言い過ぎだよ、八重花。いくら芳賀の半場に向ける感情が歪だからって嫉妬はよくない。」
「イビツッ!?」
芦屋さんのフォローのような追い討ちに芳賀君、撃沈。
合掌。
「にゃはは、りくりく風邪大丈夫?」
僕は中山さんの手を両手で包み感動の涙を流す。
「ありがとう、中山さん。ちょっとおバカな子だと思ってたけどやっぱり君は優しい子だ。」
「にゃは、褒められた。」
「半場くん、それ褒めてる?」
もちろんと頷くとなぜか久住さんはため息をついた。
短い休みだというのに何だかんだで全員…
「あれ?作倉さんは?」
このメンバーなら必ずいるはずの作倉さんがいない。
「半場くんもだいぶ叶がいる生活が日常になってきたみたいね。よきかな、よきかな。」
久住さんは勝手に納得しているので芦屋さんに目を向けた。
「叶はクラス委員の手伝いだよ、ほら。」
芦屋さんの視線の先にはちょうど次の授業の教材らしき道具を抱えた作倉さんと眼鏡のいかにも委員長な感じの男子が入ってきた。
残念ながら僕の中にこのクラスのクラス委員長という存在はインプットされていない。
「クラス委員って、誰だっけ?」
「黒原策、うちのクラスで一番影の薄い男。」
東條さんの辛辣な説明に聞こえていないはずの黒原君が身震いしていた。
「腹黒策士の異名をもつ善人よ。」
「呼んでない、呼んでない。」
フフフと不気味に笑う東條さんの横で芦屋さんが手を横に振っていた。
「それでこの久住裕子が副委員なのだよ。」
「?それならなんで作倉さんが手伝ってるの?」
普通に考えれば委員長と副委員長が働くのがセオリーだ。
すると久住さんたちは互いに顔を見合わせて苦笑いをした。
そして輪を縮めるようにしていかにも内緒話というように顔を近づけてきた。
「ここだけの話、黒原は叶の事が好きみたいなのよね。」
言われてもう一度よく観察してみれば、なるほど好意を寄せていると見える仕草が見て取れた。
チラチラと作倉さんを見たり、話すときに照れたり、意識しているのは丸分かりだった。
「つまり黒原君と作倉さんの仲を応援してるってこと?」
今の話の流れからすればそうなるはずだが久住さんたちはまたも苦笑い。
「まあ、最初はその予定だったんだけど。叶のお相手が来たからね。」
どうも僕のことを言っているみたいだが東條さんが不機嫌そうに口をへの字に曲げていたのでとりあえず気付かない振りをしておこう。
「それならどうして今も作倉さんが手伝ってるの?」
「それは私が面倒になったからよ。」
「うん、最低だね。」
僕はにこやかに笑みを返す。
「きゃあ、半場くんが黒い!」
失敬な、ちょっと本音が口と態度に出ただけだ。
「まあ、今さら叶を手伝いから外すのも黒原に悪いからね。」
「なるほどね。」
「何を話していたんですか?」
内緒話終了と同時に職務を終えた作倉さんがやってきた。
「ええと…」
どう答えていいか悩んでいると短い休み時間の終わりを告げるチャイムがなった。
「あとで教えてくださいね。」
作倉さんは真面目な性格に違わずすぐに席に戻っていった。
皆も席に戻り、とりあえず次の休み時間まで言い訳を考える猶予が与えられた。
ほうとため息をつくと、ふとピリッと刺すような気配を感じた。
だがヴァルキリーから感じる殺気には比べられないくらい弱い敵意ともいうべき感情。
(誰だ?)
頬杖をついて何気無い様子で慌ただしく授業の準備をするクラスメイトを眺めていると
「…。」
(いた。)
敵意の主は分かりやすいほど僕をまっすぐに睨み付けていた。
僕はフッと笑って気付かない振りをして視線を外した。
クラス委員長、黒原策から。
「うちの舎弟はいるか?」
結局作倉さんへの言い訳は適当に済み、黒原君からの明確な攻撃もないまま迎えた昼休み。
由良さんが教室に現れると騒がしかった教室が一瞬にして静まり返った。
ドアの近くにいた生徒は一目散に教室から飛び出していき、机を寄せてお弁当を広げようとしていた女子は防空壕の中で爆雷に怯える避難民みたいに震えていた。
他も程度の差はあれ身動きを止めていた。
さて、皆の精神が擦りきれる前に…
「陸、ご飯。」
そこに新たな勢力が前のドアから参入してきた。
「ん?悪いが陸は俺と用があるんだ。」
「…そうなの?」
2つのドアと窓際の席で形作られたクラスを巻き込む大三角形は緊張状態になっていた。
由良さんは何事かと、わりと大人なスタンスで僕と明夜を見ているが明夜は無表情ながら捨てられた子犬みたいな目をしている。
どちらかを選べば後で必ず面倒なことになると直感した僕は
「2人とも、ちょっと来てください!」
2人を回収すると教室を飛び出した。
連れてきたのは校舎裏の体育倉庫脇。
「はあ、はあ。」
「大丈夫か?」
「はひ。」
息を乱しながらも僕を心配してくれる由良さんはやっぱり面倒見の良いアニキのようだと思ったが言うとまた気絶させられてしまうので心の中に止めておく。
明夜は疲れたようには見えないが少し息が上がっていた。
「陸、誰?」
とても率直に明夜が由良さんを指差して尋ねてきた。
「人を指差さない。」
「ん。」
素直に引っ込めたが目は依然回答を求めていた。
「前にも話したと思うけど羽佐間由良さん。2年の先輩だよ。」
明夜がボーッと、見様によってはジロジロと見るので由良さんは居心地悪そうに後退った。
「その様子だとこれが例の柚木明夜ってことか。説得できたのか?」
「それについて今からお話しします。」
僕は簡単にここ数日のことと明夜の目的、猟奇殺人の真実を語った。
蘭さんのことは迷ったが結局話さなかった。
一通り背を壁に預けて腕を組んでいた由良さんはギリと奥歯を噛み締めた。
「魔女のやつ、どこまで腐っている!」
ドンと横に振るった拳が校舎の壁を叩く。
由良さんの左目が朱に輝き始めた。
「わー、由良さんストップ!」
「…わかってる。」
由良さんは不服そうにそっぽを向いてしまったが玻璃は出てこなかった。
勢いをつけるように壁から離れた由良さんは明夜と真正面から向き合う。
由良さんの本質を知ってなお僕でも怖い眼力を前にしても明夜は揺らぐことなく由良さんを見返していた。
「明夜、お前は俺を襲うつもりはない、そういうことでいいのか?」
僕は口を挟まずに成り行きを見守ることにした。
由良さんからすれば僕が信用した相手を自分も信じていいのか試しているのだろうし、明夜にしても由良さんを仲間と認めても良いか見極める必要がある。
それには僕を介さないで話し合ってくれるのが一番だと思ったからだ。
明夜はしばらく無言で緊迫した空気が人気のない空間に漂っていた。
「私は、人を守りたい。あなたが邪魔をしないならあなたは敵じゃない。」
明夜の答えはひどく危うく思えた。
明夜は無関係な人を守るためにジェムを狩っていた。
だが由良さんの超音振はかつて渋谷に大惨事を引き起こしている。
もしそれを明夜が傷つけたと判断したなら明夜は迷わず攻撃を仕掛けるだろう。
「俺は襲ってくる奴がいればそれが誰であろうとぶちのめすだけだ。俺に襲いかかってくるなら一般人だろうが魔剣使いだろうが容赦しない。」
(由良さーん!)
いきなり敵対させるような発言に僕は心の中で絶叫する。
せっかく仲間が増えると思ったのにすでに内部分裂の危機に陥っていた。
気のせいか両者の間で火花が散っているように見える。
いよいよ止めに入らなければと前に出た僕は
「…よろしく。」
「ああ。」
あっさりと和解してしまった2人を前につんのめって転びそうになってしまった。
「陸?」
「なんだ、どうした?」
2人の不思議そうな視線が心に痛い。
「なんだって、一触即発みたいな雰囲気だったから止めようとしたんですよ。なんでいきなり認め合ってるんですか?」
納得がいかず問い詰める僕を相変わらず2人は不思議そうな顔をして見つめ合い、笑った。
「陸が、信じてるなら私も信じる。」
「そうだな。陸が認めたんならそういうことだろ?」
それは互いに抱いていた不信感を「半場陸が認めた相手だから」という理由で納得したということで、なんだか無性に恥ずかしくなった。
「陸、顔が赤い。」
「何でもない!」
「純情少年だな。」
「由良さんもからかわないで下さいよ。」
僕は熱くなった顔を2人と正反対に向ける。
背後ではそんな僕を優しく見守る気配があって顔の火照りはなかなか収まらなかった。
「しかしヴァルキリーだけじゃなくジェムまでいるんじゃ面倒だな。」
「ジェムはだんだん増えてきてる。」
僕は先日の凄惨な夢を思い出していた。
恐らくはあれも暴走したジェム同士の戦いだったのだろう。
「面倒だとは思いますが由良さんにもジェムを見掛けたら止めてほしいんです。」
「殺していいのか?」
由良さんの直球過ぎる質問に僕は返答を躊躇ったが
「…止むを得なければ。」
そう答えた。
「そうか。」
由良さんは頷いてくれた。
「明夜もあまり無理はしないで。それと魔女を見つけたら由良さんに連絡して。」
「うん。」
そして僕はInnocent Visionでジェムやヴァルキリー、魔女についての未来を見る…ように努力する。
ヴァルキリー、ジェム、そしてすべての元凶である魔女。
結局僕たちはこれらすべてを相手にしなければならないのだ。
だけど初めて神峰に襲われたとき、ヴァルキリーの恐ろしさを目の当たりにしたような恐怖はない。
僕は前に目を向ける。
そこには僕を信頼してくれる“仲間”の姿があった。
戦う力のない気まぐれな未来の夢を見せるだけの異能の力、Innocent Visionを持つ“化け物”の半場陸を認め、それぞれの思惑を胸に僕と共に戦うことを選んでくれた乙女たち。
僕は前に手を差し伸べた。
握手ではなく手の甲を空へと向けて。
その意味に気付いた由良さんはニッと笑うとバチンと音をたてて僕の手の甲を叩いた。
「痛いですよ、由良さん!」
「はは、いいじゃないか、よっ。」
サッ、バチン
「ぎゃー!」
再び衝撃。
でもそれは由良さんじゃなくて
「め、明夜。」
「?こうするんじゃないの?」
明夜は首を傾げたまま手を重ねてきた。
由良さんも笑いながら手を重ねてくる。
「よっし、『威乃戦徒美女ん』の結成だ!」
「待ってください!なんか言葉だと分かりづらいけど変な名前にしてますよね?」
「陸、仲間なんだから敬語なんてやめろ。これからも頼むぞ。」
「頑張ろう。」
由良さんと明夜の様子に名前なんて大した意味がないのだと思えた。
「僕たちは絶対にヴァルキリーや魔女に負けない。いや、勝つぞ!」
「「おぅ!」」
皆で勝鬨を上げた。
この日、人気のない校舎裏で壱葉高校に2つ目の異能集団『"Innocent Vision"』が発足したのであった。
ちなみに、教室に戻ると
「…りくが私を捨てた。」
「半場君が2人の手を握って走っていってしまいました。うう。」
結局面倒なことになっていた。