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Innocent Vision  作者: MCFL
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第30話 偶然の遭遇

ヴァルキリーの表の姿、壱葉高校乙女会は一応才覚豊かな淑女の集いということになっている。

そのため模範となるべく早くから登校するメンバーが多い。

良子のように例外もあるが彼女の場合にはスポーツ推薦的な意味合いが強いため誰も良子の行動を咎めるようなことはなかった。

そんな良子を除いたヴァルキリーのホームルーム前のティータイムで緑里と美保はそれぞれ小さいサイドポニーと尻尾のような髪を揺らしながら視線をある方向に向けていた。

「変だよね?」

「そうですよね。」

2人が目を向けた先では葵衣に淹れてもらった紅茶を優雅にたしなむ深窓のご令嬢、下沢悠莉がいる。

「…ふふ。」

悠莉は紅茶に映る自分の姿を見ては時折小さな笑いを漏らしていた。

緑里と美保は悠莉に背を向けて声を潜める。

「ここ数日様子が変なんですよ。」

「それって悠莉がインヴィにコラン-ダムを破られた後だよね?」

緑里の疑問に美保は頷きながら身震いした。

以前悠莉を怒らせてコラン-ダムに閉じ込められて精神崩壊を起こしかけた美保にはあの地獄から抜け出せたインヴィの存在が信じられなかった。

「ふふふ。」

悠莉は遠くに目をやってまた微笑んでいる。

男子なら悠莉が笑っているところを見ただけで幸せだろうが、あいにく緑里が撫子に向ける過剰な感情を除けばヴァルキリーの少女たちはノーマルな乙女たちなので不気味にしか写らない。

「いつまでも背を向けていては行儀が悪くてよ。」

ヘレナに諫められて2人は居住まいを正す。

撫子もヘレナも葵衣も悠莉の様子がおかしいことには気付いているはずなのだが優雅に紅茶を飲んでいた。

結局2人も直接悠莉に聞くだけの度胸はなく、紅茶をいただくのであった。


本日も僕はパンをくわえて全力全開オーバードライブしないと始業ベルに間に合わないほど大ピンチだった。

「おふへふー!」

パンをくわえていなければもう少し早く走れるし脇腹が痛くならない気もするが朝食抜きで全力疾走した後昼休みまで過ごすことは不可能に近い。

…後で冷静になったときにパンを持っていくとか授業の休み時間に何かを買いに行くという選択肢があったことに気が付いたが、とにかく走っていた。

「ふぁふぉ、ふふぉし…」

校舎が見えてきて奇跡的にまだ余鈴は鳴っていない。

人類未踏、ではないにしても自己新記録を目前にしていっそう地面を蹴る足に力を込めた僕は

ドンッ

と脇から出てきた人に結構な勢いでぶつかり弾き飛ばしてしまった。

僕も反動で尻餅をついたが相手の方は地面に倒れて動かなかった。

違う学校の制服だから転校生かもしれない。

「アニメでやっていたあれは実はこんなに危険だったのか。」

なんて悠長なことは言っていられない。

僕は慌てて起き上がりぶつかってしまった人に近づいた。

「大丈夫ですか…」

女の子の前に跪いたまま僕は動けなくなった。

「んん…」

ぶつかってしまった女の子はずっと逃げられていた柚木明夜だった。


「…」

「…」

「お前たち、サボりならさっさと教室に帰れ。」

倒れた明夜をおぶさって保健室に運んだときにはチャイムが鳴ってしまったので1時間目の授業は諦めて付き添うことにしたのだが

「…」

「…」

目を覚ました明夜は始終無言だった。

「ほらほら、目覚ましたし後は俺の仕事だから半場は戻れ。」

ちらりと明夜を見たが僕と目が合うとすぐにそらしてしまった。

これでは取り付く島もないし金子先生がいては話を聞くこともできない。

「それじゃあ失礼します。明夜、ごめんね。お大事に。」

「…ん。」

最後に返事をしてくれたことを救いに思いつつ僕は保健室を後にしたのだった。

先生に遅刻を謝りつつ慎ましく1時間目の授業を終えるといつもの5人プラス芳賀君が僕の机に集まってきた。

「来るのが遅いぞ、陸。」

「そうよ、せっかく勉強会の計画を餌に半場くんを弄ろうと思ってたのに。」

久住さんがさらりと弄るとか言っているが

「勉強会?」

僕が興味を持ったのはそっちだった。

「はい。昨日裕子ちゃんに聞いたかもしれませんけど私たちはテスト前に集まって勉強会をするんです。」

「そこでテストがよくわからないっていう半場も誘おうと思ってね。」

「りくだけだと女ばかりで気後れするだろうから、男手を呼んでおいたわ。」

相変わらず用意周到だが別に芳賀君がいなくても問題なかった気もする。

そんなちょっと芳賀君に失礼なことを考えていたら東條さんはクスリと妖しく笑い

「…別にいらなかったけど。」

「グハッ!」

「にゃはは、やえちん毒舌。」

芳賀君を精神的に叩きのめしていた。

本質が下沢と似ているのかもしれないと思って背筋が冷たくなる。

「それで、半場君も一緒にどうですか?」

少し不安げな作倉さんだったがそもそも僕に断る理由なんてなくむしろ誘われなければお願いしていたところだ。

その辺りを感じ取って久住さんや東條さんは弄る気だったのだろう、遅刻に感謝。

「ぜひお願いするよ。」

僕が頷くと作倉さんはぱっと明るく笑った。

とても和む。

「よし、役者は揃ったわね。本日放課後、図書室にてテスト対策勉強会を開催します。」

声高らかに宣言した久住さんにパチパチと拍手が送られる。

「勉強会か。」

およそ友達とわいわい楽しくとは縁のない人生を送ってきたので楽しみだ。

(あ、そうだ。)

そこで一つ名案が浮かんだのでいまだにいい気分に浸って賞賛を浴びている久住さんではなく東條さんに話を持ちかけた。


「というわけでお願いできるかな?」

「…報酬は?」

相談する相手を間違えたかもしれない。

でもこれは多分東條さんじゃなければ出来ないことだからなんとしてもやってもらうしかない。

「要求は?」

こういう場合は下手にでつつも抗う姿勢を見せておく。

完全に従う姿を見せると足元を見られてとんでもない要求をされることも考えられる。

…友達相手に考えることではないが東條さんならやりかねない。

「肉体的苦痛と精神的苦痛ならどちらが好き?」

相も変わらず表情を変えずに東條さんはとんでもないことを聞いてきた。

思わず声を上げそうになったのは慌てて堪える。

「肉体的苦痛の方でお願いします。」

「あら、りくなら精神的苦痛を選ぶと思っていたのに。」

精神的苦痛は先日下沢に抉られるほど与えられたので暫くは勘弁願いたいというのが本音だがそれを言うわけにはいかないので笑ってごまかす。

東條さんは肉体的苦痛の要求を考えていなかったらしく少しぼーっとしていたがやがて手を叩いた。

「男女の…」

「却下。」

内容を聞く前に止めさせるとさすがの東條さんも不満げだった。

「夜とかベッドとかそういうのが関わらないなら考えるよ?」

「…………」

東條さんは長い沈黙のあと後ろを向いてしまった。

気のせいでなければ舌打ちが聞こえたようだが、

(気のせいにしておこう。)

僕はそう納得することにした。

「それなら買い物に付き合って。買いたいものがあるの。」

「わかった。いつ?」

「今週の日曜に。」

「うん。」

こうして密約が交わされて東條さんは皆のところに戻っていった。

1人になってふと思う。

「さっきのって、デートの約束になるのかな?」

さらりと話が流れたから気づかなかった。

そう考えるとなんだかドキドキしてきたので

(ただの買い物だよ、買い物。)

と自分に言い聞かせるのだった。


その後昼食も5人と一緒に摂ったのだが

「八重花ちゃん、なんかご機嫌だね?」

「そんなことない。」

「いいや、何かあるね。」

「八重花が表情に出すくらいだからなかなか大事だね。」

「にゃはは、デートかな?」

「……」

僕にはよくわからなかったがどうやら東條さんは少し浮かれた様子だったらしく久住さんたちに弄られるという珍しい光景を見ることができた。


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