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Innocent Vision  作者: MCFL
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第3話 始まりの現実

「はっ!」

飛び上がるように起きると僕はベッドに眠っていた。

心臓が締め付けられるように痛くて動悸は激しく全身から滝のように汗をかいているのに体は芯から底冷えして震えている。

それは絶対的な死を目の前にした恐怖なのだとわかった。

「…夢?」

ようやく思考が追い付いて現実を理解する。

だけどそれはなんの慰めにもならない。

時計を見ると夕方の4時頃、日付は…9月14日。

普通ならなんだ夢かと笑って終わりだが僕の場合そうはいかない。

僕の夢、Innocent Visionは気まぐれなことを除けば完全な未来予知でとりあえず今までは的中率100%だった。

つまり僕はあの場所に行かざるを得なくなる。

未来を知ることで過程が変化することはあるが結果は変わらない。

それは何度も試して絶望してきた僕が一番良く知っている。

あの様子だと神峰にはInnocent Visionが僕だと予想がついているのだろうから行かなければ乗り込んでくる可能性は高い。

そうなれば両親も巻き込むことになってしまう。

「それでも…いいわけないか。」

腕を枕にしてベッドに倒れ込む。

確かに僕を恐れて幽閉状態にしていることに不満がないとは言わないがそれでも“化け物”の僕を見捨てずにそばに置いて外敵から守ってくれていることは事実、僕にとってはただ一つ人らしく生きられる支えである。

これ以上僕のせいで両親が辛い目に会うのは間違っている。

「ははっ。僕っていいやつだな。」

少しくらいは自画自賛してもいいだろう。

(だって…)

手を目の前に持ってくれば痺れているわけでもないのに震えていた。

(もうすぐ、死ぬかもしれないんだからさ。)


 日が暮れるより少し前、僕は人気も疎らな学校に来ていた。

一応怪しまれないように制服を引っ張り出してきた。

部活終わりの集団と入れ違うように校舎に入る。

まだ何人か学生が残っているようだが知り合いはおらず当然誰も僕に声をかけてこない。

階段を上り、3階まで来た僕は

「…」

階段ではなく廊下に、教室に向かっていた。

別に何か目的があった訳じゃない。

ただ、死んでしまうのだとしたら最後にもう一度だけ自分が在籍し、通うはずだった教室を見ておこうという感傷が僕を教室に向かわせた。

廊下の端の1年6組のドアを開くと真っ赤に染まった教室があった。

でもそれは寒くない、暖かみのある茜色の光、僕の知る朱ではない色をしていた。

自分の座席を探すが席替えをしたらしく入学式の日にあてがわれた席には他人の荷物が置いてあった。

他の机も確認していくが余っている机は見当たらない。

「…当然か。」

半年も来ない学生のために席を残しておくほど学校も優しくはないということか。

だけどこれで諦めがついた。

僕の居場所はここにはない。

部屋には万が一に備えて遺言めいた手紙を残してきた。

他に別れを告げる相手なんていない。

我ながら寂しい人間関係だと苦笑してしまう。

僕は教室のドアを静かに閉めて顔をあげた。

「さて、Innocent Visionの最期を迎えに行こうか。」


夢よりも少し早い夕陽がまだ沈む前の時間、屋上の重い扉を開けるとこちらに背を向けて夕陽に染まった町並みを眺めている女子生徒が待っていた。

開く音に気づいて振り返ったのは、やはり夢で見た神峰美保だった。

神峰は入ってきた僕を見てニヤリと笑った。

夕陽を背にしている以外、すべてが夢と酷似している。

ならば僕がすべきは…夢をなぞること。

「よく来てくれたね、インヴィ。」

「インヴィ?」

「ああ、ごめんごめん。うちらの間でのInnocent Visionのあだ名よ。なかなか良いでしょ?」

「…そうだね。」

ゆっくりとドアを後ろ手に閉めながら目の前の彼女を警戒する。

明るい場所で見た彼女の瞳はこれから始まる狩りの愉悦に笑みを隠しきれない様子が見てとれた。

夢で体験したとはいえやはり悪寒が走り首筋から冷や汗が背中を伝った。

「君が、ピエロなのか?」

神峰の芝居がかったお辞儀同様に僕も慣れない芝居を打つ。

「そうよ。あたしは神峰美保、あなたは半場陸でオーケー?」

僕はゆっくりと頷く。

「入学式の大乱闘を予言して忽然と消えた男子がいる、さすがに半年も経てばみんな忘れていくけどうちらはあの掲示板を見たときに確信したのよ。あなたがインヴィだってね。まさかそっちからも興味を持ってくれるなんて思わなかったけどね。」

例の武器、あれを持つ者たちがグループを形成しているのだとしたら、あんな風に何もない空間から武器を出せるのだとしたら事実上どこでだって人を殺すことができる。

その集団に目をつけられたことが堪らなく不安を煽った。

「詳細を聞きたがったのは何で?止めようとした訳じゃないよね。」

これはもはや確信。

神峰の目的を知ったから、僕は一歩後退る。

神峰はおかしそうに笑った。

「もちろん。うちらは知りたかったのよ。インヴィには何がどこまで見えているのかを。まあ、一度も返事はくれなかったけど。」

「怖かったからね。」

神峰が首を傾げるがそれ以上は答えない。

今なら分かる。僕は本能的にピエロに関わるのは危険だと感じ取っていたんだ。

「ねえ、犯人を見たんでしょ?」

「…見てないよ。」

「うそ。」

神峰は信じず笑みを張り付けたまま手をゆっくりと横に掲げた。

瞳はいつの間にか左目だけが沈む直前の日を宿したように朱に染まっていた。

「教えてよ。ねえ?」

僕はまばたきをする間も惜しんで神峰の右手に集中する。

1、2、3。

3度目に瞬きをした時、夢と同様に神峰の右手には唐突に装飾剣が握られていた。

それは空間の揺らぎから、別の次元から顕現したように見えた。

「くっ!」

突然襲ってきた頭痛に頭を片手で押さえつつ神峰から目を離さない。

神峰は細身とはいえ重そうな西洋剣を軽々と振りかざして素早い動きで距離を詰めてきた。

「もう少し話しててもよかったんだけど…」

赤く光る刃を振り上げ

「だけど、もう無理。バイバイ。」

神峰はそれを迷うことなく降り下ろした。

「ッ!」

僕は咄嗟に左斜めから迫る斬撃から一番遠い右下、神峰の左脇に飛び込んで転がった。

下手な受け身のせいで体が痛いがそれらを無視して起き上がる。

神峰は感心したように目を見開きながら振り返った。

「引きこもりだって聞いてたけど、意外とやるわね。」

荒くなった息を整えつつ僕は考える。

(とりあえず完全に夢の通りになることは阻止した。)

僕はいい加減このInnocent Visionにうんざりしていた。

だから今日ここで夢の見せる未来を自分の手で変え、Innocent Visionを制御する。

(僕は“化け物”じゃなく“人”として生きたいんだ。)

神峰は決意を新たに警戒を強めた僕を見て面倒くさそうにガシガシと頭を掻いた。

「困るんだよね。みんなからはインヴィを連れてこいってのもあるんだけど抵抗されるのはね。…ムカつくんだよ。」

ゾワリ、神峰の気配から遊びが消えた瞬間に体が硬直してしまう。

それほどまでに今の神峰は異質だった。

(僕なんかよりよっぽど化け物だ。)

恐怖が足元から染み込んできて体の自由を奪う。

「だからこれが最後通牒、従属か死か。好きな方を選んでいいよ。」

他人の人生の選択をケーキを選ばせるような感覚で簡単に告げる神峰に嫌悪感を抱いた。

「気に食わないな、その目。」

目が細められた時には僕の目の前に神峰が立っていて脇腹に蹴りを入れられて地面を転がった。

「ゲホッ、ゲホッ。」

「私はインヴィを入れるのは反対派、邪魔になるから殺した方がいいって思ってるの。だから次にちゃんと答えないなら問答無用で殺すよ。」

とても同じ人間とは思えない自分勝手で一方的な宣告を僕は奥歯を噛み締めて起き上がりながら聞いた。

(いや、これが人間の本来のあり方なのか。)

異能を排することも本質は自分達を脅かしかねない存在を隔離するという、殺害を穏やかにしただけの行為。

それが人間の本質だというなら僕は否定するつもりはない。

だけど僕は神峰の提案を何一つ受け入れる気はなかった。

ふらつく足で立ち上がり神峰を睨み付ける。

神峰は頬をひくつかせ、瞳の朱が強くなったように見えた。

「へぇ、そんなに死にたいんだ?」

「死にたくはないよ。でも君に、君と同じ思想の人たちと一緒になるなんて嫌だ。」

「そう…」

抑揚のない声で呟いた神峰が軽く剣を振るっただけで屋上の床のタイルにヒビが入った。

顔をあげた神峰は、狂ったように笑っていた。

「なら、殺してあげる。アレみたいにダルマもいいかもねっ!」

瞬間的に神峰の姿が消えたように見えたが視界の端に見えた影を頼りに横に飛ぶ。

制服の端が横薙ぎの斬撃で斬れた。

ダルマにするとか言っておきながら胴体を真っ二つにする気だったところを見ると本当に狂っているのかもしれない。

ちらりと目を横に向けると僕の窮地を救ってくれた日が沈もうとしていた。

暗がりの中では神峰の動きを追いきれなくなる。

「あー、イライラするな!」

またも避けられた神峰はヒステリックに髪を掻きむしり地面を蹴る。

僕はこれを好機と見て攻勢に出る。

「君の攻撃はわかりやすいからだよ。正面から攻めてこないからそれ以外を警戒していれば避けられる。」

独りよがりでプライドの高そうな神峰はあからさまに怒りを見せた。

狂乱に怒気で完全に冷静さを欠いてくれれば上手くやり過ごすことができる。

「なら、その生意気な口を頭から真っ二つにしてあげる!」

挑発に乗った神峰は真正面から剣を振り上げて襲ってきた。

この行動は予想通り、逆上した神峰の短絡的な攻撃。

だが、予想外だったのは速すぎて僕の目では神峰を捉えられなかったこと。

間一髪で斬撃をかわすことはできたが、日が沈んだとき、僕は蹴り倒されて神峰に馬乗りにされていた。

切っ先を僕の胸に合わせて掲げた神峰は楽しそうに笑う。

「よくやったって言ってあげる。だから、もう死んで。」

「嫌だ。」

僕が必死に抗うがそれは神峰の感情を刺激するだけで逃げ出すことはできない。

「バイバイ、インヴィ!」

容赦なく全力で振り下ろされた刃がまっすぐに僕の胸を貫こうと迫る。

(結局、僕はInnocent Visionの通り…)

そこで思い至る。

(僕は自分の死を見ていない?)

夢は刃が胸に突き刺さる直前に途切れた。

だけどもうそれは現実で秒を待たず僕の心臓を貫くだろう。

なのに僕は恐怖とは別の感情に胸が高鳴った。

それは、期待。

刃が胸に届いた


ガキン


「…」

「な、に?」

それはまた夢なのだろうかと思ってしまった。

完璧なタイミングで現れた女の子は両手の甲から指先の方へまっすぐに伸びた刃で僕を救い、もう一方で神峰を攻撃した。

神峰は間一髪で避けて飛び退いたがその表情は驚愕に染まっていた。

ギリと奥歯を噛む音がここまで聞こえてきた。

「なんで、なんであんたがここにいるのよ!」

「…殺させない。」

それは澄んだ声だった。

そして強い意思を秘めている声だった。

2人はしばらくにらみ合っていたが神峰が舌打ちして視線をそらし、僕を睨み付けた。

「インヴィ。うちらはあんたを抹殺することに決定したから。せいぜい怯えながら過ごしなさい。」

嫌な言葉を残して神峰は素早く屋上から去っていった。

「…はあ。はあ、はあ。」

ようやく緊張が解けて僕は上半身を起こした状態で荒く呼吸をした。

僕を助けてくれた女の子はまるで本当に夢のようにいなくなってしまった。

ただ一言

「学校で。」

そう言い残して。

僕は痛む体を休めるように屋上に横になる。

「学校でって言っても見覚えのない制服…」

本当にそうだったかと疑問が浮かぶ。

確かにどこの学校の制服かは知らない。

だけどあの制服には見覚えがあった。

それは…

「!?」

まだ9月で暑い日が多いのにいやに冷たい風が吹いた。

(だってあの制服は、あの武器は…)

寒気のする体を起こして拳を握る。

確かめなければならない。

神峰の属する集団、あの不思議な力を感じる武器、そして俺を助けてくれた女の子。

それらすべてを知るためには学校に来るしかない。

「はあ、今日で自堕落な生活もおしまいか。」

またいつ引きこもらなければならない状態になるとも知れないが少なくとも今は、真実を知るまでは引き下がれないと心に誓うのだった。


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