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Innocent Vision  作者: MCFL
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第27話 罪過の刃

ドアを開けた瞬間に飛び出してきた水にびしょ濡れになった僕だったが溢れたはずの水は背後にはない。

僕は頭を振って水を払うと青い扉を開いた。

途端に眼前から水が迫り僕を飲み込む。

「ぼっびぼはずべじゃだいが!(どっちもはずれじゃないか!)」

水に押し出されて部屋の真ん中に放り出された僕は起き上がる時に手に紙を掴んでいることに気が付いた。

『一度外れを引くと1からやり直しです。正解は毎回変わりますので私のコ-ランダムで心が壊れるまで楽しんでください。下沢悠莉』

開いてみればこのコ-ランダムのルールが書かれていた。

「つまり今のは1回ミスをしたから正解の扉が変わったってことか。厄介だな。」

拷問を受けても次に進めるのなら耐えればいいだけだし正解が変わらないなら覚えればいい。

だが外れれば1からやり直しで答えが変わるとなるとヒントでもなければ完全に運任せになる。

まさに名前の通りランダムのようだ。

僕は本当にヒントがないか部屋をくまなく調べることにした。

運だけで扉を選んでいたら全部正解できる確率は1/1024、1000回に1度成功するようなことになってしまう。

1000回も拷問されて正気を保っていられるほど僕は強くはない。

「下沢の性格を考えるとやりそうで怖いけどね。」

人の苦しむ様を楽しそうに眺めていそうな下沢ならやりそうだと半ば諦めて流していたら

「…あった。」

ドアとドアの間の壁に文字が彫り込んであった。

「ごめんなさい。」

下沢の厚意を疑ったことを謝りつつ文字を読む。

『リンゴは果物か?はい→赤、いいえ→青』

「…」

僕は壁を凝視して何度も目を擦って見直した。

何度見てもどう見ても『リンゴ』と書いてあった。

「だーッ!バカにしてるのか!?」

きっとこれを見ずにドアを開けた不用心さを呪えと言うことなのだろう。

さすが下沢悠莉、見事な精神攻撃である。

僕はどっと疲れを感じながら赤い扉を開いた。

そこはまた同じ作りの部屋だった。

今しがた通りすぎたはずのドアはいつの間にか消えていて背後が闇に覆われていた。

「やな感じだな。」

さっきまで暗闇にいたせいか闇が怖い。

どのみち進むべきは先なので気にしないようにする。

「ええと何々…」

『インヴィくんは1万円を持って買い物に出かけました。5000円の服を20%オフで買い、単価520円で5個セットなら10%値引きの電池を10個買い、その他に…』

延々と並べられる食材と値段は読んでいるのが苦痛になるほどだった。

『これらの商品を買うことができたか?』

単純な算数問題だが如何せん足す項目が30以上あり、かつ紙がないので暗算となる。

それに加えて無駄に値引きが多いからその都度単価を計算しなければならないのは思いの外苦痛だった。

「よし、答えはいいえだ。」

ようやく計算を終えたときには頭が痛くなっていた。

僕はいいえに当たる青い扉を選んだ。

ドアを開いた瞬間、何者かに手を引かれて部屋に引きずり込まれた。

「どこか計算ミスをした!?」

僕は丸太に磔にされて周囲に火を焚かれる。

炎の熱が肌を焦がし立ち上る煙が呼吸を遮る。

「げほっ、ごほっ。」

熱による被害はそれほど大きくなかったがそれでも肌がちりちり痛むほどの熱さだったし何より煙を吸い込む度に涙が出てきた。

「屈する、げほっ、ものか。」

僕は足元で火の手が燻るまで拷問に耐えきって最初の部屋に戻された。

「はあ、はあ。またここからか。」

消耗した体力を少しでも回復させようと地面に寝転がる。

固い床の感触はここに入ったときは有り難かったが今は足が痛くなるので嫌だった。

それでも手足を伸ばせるだけましだと思い体を休める。

「冷静になれ、焦るな。」

焦ったからさっきは計算ミスをした。

時間制限はないのだからちゃんと確認すればよかった。

「同じ失敗はしない。」

自らをそう戒めて僕は再び脱出のために立ち上がった。


序盤は焦らなければ解ける問題だったが4問目の

『冬に重宝する温熱カイロ、一般的なものの発熱原理は?』

という問いは

『鉄が酸化して発熱する→赤、炭が酸化して発熱する→青』

答えが書いてなければ忘れていた。

赤い扉を開きながら思う。

「クイズ番組に影響されたな、これ。」


「クチュン。」


「拷問も厳しくなっていそうだし気を引き閉めないと。」

部屋の作りはいつも同じなので僕は壁に書かれた問題を読んだ。

『神峰美保には姉がいる。はい→赤、いいえ→青』

「…」

これはまた難問だ。

「っていうかこんなの知らないって!」

叫んだところで事態は好転しないので赤か青の扉を選ぶしかない。

(神峰の姉か。神峰はキレやすいイメージがあるから何でも思い通りになるようわがままな育ち方をしたに違いない。)

僕が見た断片的な情報なので信憑性は低いが間違ってはいないはず。

そしてわがままに育てられるのは大抵次女、つまり上がいる。

兄かもしれないがもはやそこは運だ。

「よし、いる。」

もはや勘に近かったが勢いよく取っ手を掴みグッと回した。

バンッと開いた先には…

「はは、当たった。」

全く同じ作りの部屋、つまり正解だった。

命をかけているせいか神峰に姉がいるという情報が頭に刻み込まれた。

「無駄知識で脳に皺が1つ増えた。」

使う機会はないだろうが覚えておいて損はないだろう。

こんな感じで数問勘でしか答えられないような身内の問題が出題されたがなんとか正解し9番目の部屋にたどり着いた。

次の問題を読む。

『あなたに好意を持っている人物が10人以上いる。』

「ん?」

これは質問としてはおかしい。

問題には当然答えがあるから2択な訳で、ならば出題者はその答えを知っていなければおかしいことになる。

(人の好意なんてどうやって決めるんだ?)

それでも問題なのだから答えるしかない。

「僕に好意を寄せてくれている人…」

真っ先に浮かんだのは両親ではなく作倉さんだった。

ただそれがどれほどの感情なのかは当然僕では計り知れないので「嫌われてはいない」とした。

「そうなるとあの5人は全員僕を好いてることになるのかな?」

久住さん、中山さん、東條さん、芦屋さん。

皆僕をからかってはいるが僕がクラスメイトから疎外されても声をかけてくれたしいろいろと誘ってくれる。

「明夜も大丈夫かな?」

「由良さんは、きっと平気。」

「蘭さんは遊んでいるだけだろうけどオーケー。」

これで8人、そう思うと意外と沢山の女の子に好かれていることに気づいた。

「芳賀君…ありでいいや。」

友情もきっと好意のうちと拡大解釈して加える。

そして最後に両親を加えれば…

「父さんと母さんは僕を嫌ってないのかな?」

ずっと迷惑ばかりかけてきた僕を疎ましく思っている可能性もある。

それでも僕は信じたかった。


“化け物”として生まれてしまった僕が“人”として愛されていることを。


僕は赤い扉を開けた。

拷問はなかった。

「…よかった。」

こんなのはでたらめかもしれないしもしかしたら今あげた以外にも誰かいるのかもしれない。

それでもこんな僕が10人以上の人に好意を持たれているという事実は嬉しかった。

これで最後とあって気分よく問題を覗き込んだ。

『あなたには妹がいる。』

それを見た瞬間、一瞬だが体温が消え去った気がした。

知らず心臓を押さえていた。

「…はは、こんな問題、なんで下沢が答えを知ってるんだよ?」

自分でも驚くほど声は涸れていて顔に手をやれば頬を涙が伝っていた。

僕は震える右手を左手で押さえながら赤い扉の取っ手を握る。

「…ありがとう、海。」

妹の名前を呟きながら最後の扉を開いた。

そこはまた真っ暗な闇で、

「あ、うそだ…」

その真ん中に

「外れだよ、お兄ちゃん。」

いるはずのない海の姿があった。

そしてその手にはナイフが握られていた。

動けない僕に抱きつくように迫ってきた海はそのまま僕の脇腹にナイフを突き立てた。

「なんで…こっちが正解のはずだ?」

ダクダクと流れる血よりも答えが気になった。

海は僕を見上げて

「だって…」

狂ったような壮絶な笑みを浮かべて


「お兄ちゃんが殺したんだからいないよ。」


ナイフよりも鋭い刃で僕を刺し貫いた。



目を開けると最初の部屋だった。

脇腹に傷はなくただ天井を見上げるように転がっている。

「は、はは…」

口が勝手につり上がって笑い声が漏れる。

「ははは、はーっはっは!」

それは次第に大きくなり

「あーっはは、はっはっは、はっく、ひっく、はは!」

僕は止めどなく涙を流しながら壊れたように笑い続けた。

笑っていないと本当に心が折れてしまいそうだったから。

「…やってくれたね、下沢悠莉。」

それはひどく冷たい声だった。

自分で発したのに自分のものとは思えない。

それでも構わなかった。

口に出したことで明確な抗う意思が芽生えた。

僕はポケットに手を突っ込んだ。

固い感触を掴むと引っ張り出す。

それはスタンガンだ。

僕はそれを、自分の首筋にあてがった。

「目にもの見せてやる。」

僕はバチリと刺すような痛みですら笑いながら受けて意識を失った。


それはInnocent Visionの世界。

だけどそれはコ-ランダムの中、つまり今の続きだった。

先日スタンガンで強制的に気を失ったときにもInnocent Visionを見たことで自分の意思でInnocent Visionに入る方法に気がついたのだ。

何度も試してこの夢を見るつもりだったのだが

(よほど強く願ったのか?)

そう思わずにはいられない。

夢の中の僕は再び脱出への挑戦を開始する。

だが僕はそれを見ることはしない。

必要なのは問題ではなくどちらの扉を通ったかだけ。

時間をかけて問題を解いていく僕を僕がじっと観察している。

着実に進んでいく僕はとうとう最後の部屋にまでたどり着いた。

視界がぼやけ雑音が入る。

僕が目覚めようとしているのだ。

(もう少し、もう少しだけ…)

最後の問題は前回と同じだった。

僕は悲しい決意で青の扉を開け

「裏切り者。」

妹に刺された。

痛みに意識が覚醒する。


「ぐあっ!」

頭と刺された脇腹が痛んだ。

だがどちらも傷はない。

僕は痛む頭を押さえながら扉に向かい問題を見ずに開いた。

次の部屋も次の部屋も、答えを知っているテストに問題を見る必要性はない。

9つの部屋を越えて最後の部屋に到着した。

問題は同じ

『あなたに妹はいますか?』

だが僕は見落としていた。

今まですべてはいが赤でいいえが青となっていたから今回もそうだと勝手に思い込んでいた。

だが今回はその表記が何処にもない。

下沢の心理トリックに見事嵌まってしまったのだ。

僕は振り返る。

いまでもまだそこに暗い闇がある。

それでも目の前にあった扉の両方が外れであるのなら正解はそれ以外の場所にあることになる。

この部屋で正面の2つのドア以外にはもう後ろしかない。

僕は向こうの壁が見えないほどの暗い闇に向かって駆け出した。

このまま飲み込まれてしまいそうな恐怖を振り払って駆ける。

周囲すべてが闇に包まれたがただ一点、向かう先に微かな光が見えた。

僕はその光に飛び込んでいった。



「…。」

ゆっくりと目を開くとそこは建川の裏路地だった。

「下沢は?」

てっきり出てきたところを攻撃してくると思って身構えていたが周りにいる様子はなかった。

振り返って足元を見ると壊れた青色の宝石にセロテープで張り紙がしてあった。

『この張り紙を見ているということは私はもう…』

という前振りを飛ばして本文へ

『所用で離れますのでここに隠しました。出てこられたのならお帰りください。また遊びましょうね、インヴィ。下沢悠莉』

(何なんだ?)

もしかしたら遊んでいたのかもしれない。

人の心の弱味に付け込むところは魔女のようだ。

「とにかく帰ろう。」

時間はまだ7時を回った辺りであの空間がいかに異常かを思い知らされた。

電灯で明るい表通りに向かおうとした僕は


ドサッ


と重たいものが落ちる音を聞いて反射的に振り返った。


そこには


頭を刺し貫かれた人だったものが転がっていて


それを見下ろすのは制服を真っ赤に血に染めて、左目を朱に染めた


「明夜…」


「…陸。」


ソルシエールの担い手、柚木明夜が感情を映さない瞳で僕を見ていた。



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