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Innocent Vision  作者: MCFL
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第24話 定められた結果

由良さんの舎弟扱いされて2日が経ち

「羽佐間先輩の一の子分だって?」

「“あの”羽佐間由良のパートナーだってよ。」

どんどん僕の立つ瀬がなくなっていた。


「にゃはは、りくりくも大変だね。」

こんな状況だというのにいつも通りご飯に誘ってくれる5人には凄く感謝している。

「それにしてもみんなは由良さんのこと怖くないの?」

みんなが僕を避けるのは由良さんに目をつけられるのが怖いからだ。

その理屈からするとこの5人は由良さんを怖がっていないことになるのだが

「怖いわよ?」

「あれ?」

久住さんはあっさりと怖いと言った。

「でも、半場君がいつも通りなので、本当は怖い人じゃないのかもしれないと思います。」

作倉さんは震えながらも笑顔を作る。

「でも僕が怖いのに強いだけかもよ?ほら、お化け屋敷平気だったし。」

と冗談めかして言ったら

「ほう?俺はお化けと同レベルだと、そう言いたいわけだな、陸?」

背後からプレッシャーをかけてこられた。

振り返るまでもなく由良さんだ。

「後はお2人でごゆっくりー!」

久住さんたちはいつの間にか席を立ってあっという間にいなくなってしまった。

「ちょっと面貸しな。」

「…これを食べ終わったらでいいのなら。」

由良さんは腕組みをしたまま無言だったので僕は速攻でうどんを食べ終えると席を立った。

「行くぞ。」

トレーの返却まで不機嫌そうに待っていてくれた由良さんに頭を下げると由良さんは先立って食堂を出ていった。

僕もその後に続き騒然となり始めた食堂を後にした。


到着したのは屋上。

由良さんは定位置である入り口の屋根の上に登り縁に腰かけた。

見上げると見えてしまうが上に登るのも怖いので側面の壁に背を預けた。

上から由良さんが手に提げていた昼食のパンを開ける音がする。

「んぐんぐ。すまない。」

「何がですか?」

さっき久住さんたちと一緒だったのを邪魔したことだろうか?

それなら気にすることじゃない。

言い方は悪くなるが久住さんたちが勝手に怖がって勝手に去っていっただけなのだから。

「陸を舎弟だと言いふらしたことだ。」

それについては先日由良さんから説明されて納得している。

今さら謝られることではない。

「それは…」

「そのせいで俺を目の敵にしている不良集団に陸が目をつけられた。」

「…はい?」

気にしていない、そう言おうとした口をつぐむ。

なんだか話の雲行きが怪しくなってきた。

「噂が1人歩きして陸が強いとか流れたせいで『壊愚是(エグゼ』から狙われている。」

「ちょっと!…待ってください。」

慌てて顔をあげたら見えてしまったので無理やり顔を背けた。

なので首が痛い。

「わりとでかい集まりだしヤバいのに手を出してるから武器も持ってる。気を付けろよ?」

由良さんは一通り伝え終えるとパンの包装をくしゃりと丸めて僕の頭に投げてきた。

「あの…守ってもらえます?」

由良さんは3メートルくらいの高さから屋上のタイルに飛び降りた。

せっかく見ないように努力してたのに盛大に捲れ上がったスカートの中がばっちり見えてしまいこっちが恥ずかしくなる。

由良さんは肩にかかる髪を流し

「俺は軟弱なやつは嫌いだ。」

惚れ惚れするほどかっこよく助けてくれないことを宣言したのだった。


(不良集団か。)

1人での下校中、僕はいつもよりも少し警戒を強めながら帰っていた。

(ヴァルキリーに狙われるだけでも大変なのにその上とばっちりで狙われることになるなんて。)

学内でのいじめはあくまで嫌がらせ程度だったが不良集団は武器を所持しているらしいから怪我だけじゃすまされないかもしれない。

2つの組織に命を狙われている事実に胃が痛む。

「ん?」

前の方から後ろを気にしながら走ってくる中学生くらいの少年の姿があった。

後ろばかり気にしているということは前は疎かになっているわけで避けようと移動した僕の方に曲がってきた少年とぶつかってしまった。

バチッ

「あ…」

肌に刺すような痛みを感じた直後、意識が遠退いていく。

流れていく視界で最後に見たのはおよそ子供らしくない醜悪な笑みを浮かべた少年の貌だった。


夕暮れの屋上で僕と明夜は向かい合っていた。

いや、その表現は正しくない。

僕は動くことも視線を動かすことさえ許されてはいない。

僕の首筋には明夜のソルシエールがピッタリと突きつけられていた。

「明夜…」

僕の目の前にいる明夜は夕日よりも朱色に左目を染め上げていつもより固い表情をしていた。

「関わらないで。」

明夜は簡潔に、そして率直に僕を拒絶した。

「嫌だ。」

絶体絶命の窮地だというのに僕は即座に否定した。

刃に力が込められ薄く切られた皮膚から血が流れて刃を赤く濡らした。

「陸はこないで。」

「嫌だ。」

「ッ!」

明夜がキッと僕を睨み付け、首筋から引いた刃を振り上げて脳天から振り下ろしてきた。

僕は…逃げなかった。

刃が僕を真っ二つにする直前、髪の毛を両断したところで刃は止まった。

その向こうに見える明夜の顔は今にも泣き出しそうなほど沈んでいた。

「来れば、きっと陸は後悔する。」

それは先ほどまでの拒絶とは違う、僕を気遣う言葉。

だから僕は微笑んで見せる。

「いいんだよ、それでも。僕は明夜と一緒に行く。」

明夜は泣きそうになりながら笑ってくれた。


目を開くと、眼前に男の顔がどアップで映し出された。

「うわあー!」

慌てて逃げようとしたらゴンと鈍い音がして額がぶつかり合った。

「あ゛ー。」

「ぬおぉ。」

僕たちは暫くの間、痛みにのたうち回るのだった。

痛みが引いて仕切り直し。

僕は冷ややかな目で男をねめつける。

「何をするつもりだった?まさか男の体目当てに誘拐を…」

「ちげぇよ!呼んでも叩いても起きねぇから人工呼吸ってやつを。」

「それは呼吸が止まったときだけだよ。」

どうやら男はあまり頭がよろしくないらしい。

格好は如何にも無法者といった感じでワイルドな男だった。

歳は20代後半に見えるがもう少し若いかもしれない。

部屋はどこかの廃ビルらしくコンクリート打ちっぱなしで窓はない。

夜景は見えるが場所の特定はできそうになかった。

「それで、男色じゃないと仮定したら僕を拐った理由は何?」

ベッドのマット部分だけが地面に無造作に置かれてその上に両手両足を縛られていては変な趣味を疑うのも無理はないだろう。

冷たい視線のまま尋ねると男は頭を抱えて叫んだ。

「だから違う!羽佐間のやつをギャフンと言わせてやるためだ。あの羽佐間が舎弟を作ったって聞いたからどんな奴かと思ったら、弱いただのガキじゃねえか。」

由良さんが言っていた通り彼らは不良集団『壊愚是』のようだ。

僕を人質にして由良さんを誘き出すつもりなのだろう。

建物内には武装した男たちが大勢待ち構えているらしい。

「くくく。」

僕は笑う。

可笑しさを噛み殺すように声を漏らすと男は怪訝な様子を見せた。

「何がおかしい?」

「おかしいね。どうして由良さんがこんなまるで戦う力のない僕みたいな男を舎弟に加えたと思っているんだ?」

低く嘲笑うような僕の声に男は顔をひきつらせてわずかに後退った。

「なんだよ?なにかあるのか?」

僕は狂ったように大口を開けて笑う。

「あははは。僕には見えるんだよ、未来が。だから由良さんは僕の力を欲した。ふふふ、見えるよ。お前たちが由良さんに叩きのめされる様が。」

男は完全に怯えた様子で、それでも優位な拠り所にすがり付いてどうにか虚勢を張る。

「だけど、そんなに大事ならお前を盾にすればやつも…」

「由良さんにとって僕の力なんてただのおまけだよ。邪魔だと思えば切り捨てる。由良さんにはそれだけの力があるんだから。」

僕の落ち込んだような冷たく低い声に男はとうとう悲鳴をあげて部屋を出ていった。

カチャリとドアの音が聞こえたのを確認してから

「ふぅ。」

僕は大きくため息をついて簡易ベッドに身を投げ出した。

(疲れる。)

もちろん演技だったのだがそれでも精神的に疲れた。

(この光景、以前見た夢と同じか。)

Innocent Visionで見た以上結末はわかっている。

ならば焦ることはない。

ゆっくりとその時が来るのを待つとしよう。


そして一眠りして起きると廃ビルの窓からは月が見えていた。

時刻は車の音もあまり聞こえないから恐らく深夜。

さっき脅したからか室内に犯人らしき姿は見えない。

僕はただ静かに事が始まるのを待つ。

展開を知っているドラマを見ているようで緊張感に欠けるが不測の事態も考えられるので警戒はしておく。

パンと突然窓の外から銃声が聞こえてドアの向こう側から切迫した雰囲気が伝わってきた。

あまりよくは聞こえないがこう叫んでいる。


羽佐間が来た、と。


外からは断続的に銃声が響き、それに混ざるように悲鳴が上がる。

銃声が止まないことからも由良さんが互角以上の戦いをしていることが窺えた。

やがて窓の外が静かになり壁を伝わるような銃声に変わった。

「羽佐間が入ってきた。武器を持ってるぞ!」

「くそっ、卑怯な。」

(それはあんたらだろうが。)

心の中でツッコミを入れる。

悲鳴が下の階から徐々に上がってきてこのフロアが緊迫した雰囲気になっていく。

「ヤベェよ。羽佐間のやつ、本気で俺たちを潰す気だ!」

「やっぱ舎弟に手を出したのがやばかったんすよ!」

「うるせぇ!さっさと…」

「ギャー!羽佐間が来たー!」

ドアの向こうで口論していたらしい不良たちは階段から聞こえた悲鳴で一気に静かになり、直後狂ったように銃声が鳴り響いた。

手が動かせないので耳が痛い。

そんな銃声も無駄撃ちばかりで弾切れのようで

「は、羽佐間!それ以上進むとお前の舎弟が…」

「ギャーッ!」

「止まらないっす!」

「やっぱりあの舎弟の言う通りか。俺は中で待機してるからどうにかしろ。」

「そんなぁ!」

ドアの外から悲鳴と口論と銃声が聞こえ、ドアノブが回った。

ガチャガチャ

「なんで鍵閉めてんだよ!」

「あんたが閉めたんでしょうが!ギャー!」

「ま、待て、羽佐間。俺たちが悪かった。謝るから痛くしないでぇ!」

ゴンと鈍器で殴るような音がして銃声も悲鳴も聞こえなくなり世界は夜の静寂を取り戻した。

ドアの鍵を開ける音が妙に大きく響いた。

ゆっくりと部屋のドアが開き、そこには…

「大丈夫だったか、陸。」

予想通り由良さんがいた。

分かっていたこととはいえ助けが来たことに安堵した。

由良さんは急いできてくれたのか息を弾ませていた。

「待ってましたよ、由良さん。」

余裕な様子の僕に由良さんはキョトンとした顔をするのだった。


「すみません。」

「陸が謝ることじゃない。まさかこんなすぐに動くとは思わなかった。」

僕は由良さんと並んで帰り道を歩いていた。

「それで、どうして僕が捕まったって分かったんですか?」

「ん?東條とかいうやつから連絡があって陸がどこにいるか知らないかって聞かれてな。それでまさかと思って来てみれば、だ。」

てっきり不良集団が連絡を入れたんだと思っていたが…どこまで抜けているのか。

「陸は随分と余裕そうだったな。」

「分かっていましたから。」

「それはInnocent Visionでか?」

「はい。」

「…。」

「…。」

由良さんが黙ってしまったので僕も口をつぐむ。

僕はポケットの中に手を入れた。

カチリと固い感触が手に触れる。

「ん。」

突然由良さんが僕の方に手を伸ばしてきた。

「カツアゲですか?」

素直に尋ねたらアイアンクローを叩き込まれた。

「さっき何か拾ってただろ?バレてないと思ってたか?」

「見逃してくれるとは思ってました。」

「それはInnocent Visionでか?」

「いえ、僕の勘です。」

僕はポケットから黒くて固いものを取り出す。

「スタンガンだったのか。」

「銃は怖いですから。これなら護身用になりますし、ちょっと別の使い道も見つかったので。」

「そうか。まあ、それくらいならいいか。」

由良さんは後ろから僕の頭を掴んでグリグリと揺さぶる。

「今度は捕まったりすんじゃないぞ?」

「ふぁい。努力しにゃすから、はにゃしてください!」

由良さんは楽しそうに笑いながら僕の頭を弄くる。


月夜の下、ここではないどこかで何が起こっているかも知らず僕たちは笑っていた。


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