第23話 協力者
翌朝、Innocent Visionを見なかったことはよかったがやっぱり作倉さんと会うのに抵抗があって僕は本気で休むか悩んでいた。
どうしようか決まらないままお腹が減ったのでリビングに行くとテレビでは新宿で起こった猟奇殺人について報道されていた。
(そうだ。これは明夜が!)
サッと血の気が引いた。
さっきまで空腹だったのに食欲は失せて、代わりに学校へ向かう意欲は高まった。
(明夜にあの事件について聞いてみよう。)
もしも享楽的な殺人ならば僕は友人として明夜を止めなければ。
支度をして学校に向かうとちょうど通学路の先を明夜が歩いているところだった。
後ろ姿とはいえ当然血に濡れていたりはしない。
僕は駆け足で明夜に近づこうとした。
「おい。」
その1歩目で腕を掴まれた。
聞き覚えのある声に体が強張る。
ゆっくりと振り返ると先週散々探し回っても会えなかった羽佐間先輩が睨み付けるように立っていた。
「おはよう、ございます。」
羽佐間先輩は挨拶もそこそこに親指で路地を指し示した。
抗うことは許されず人気のない路地に連れ込まれた。
「あ、そうだ。等々力先輩に襲われていたところを助けてもらってありがとうございました。」
「ああ、そう言えばお前、あの時の奴か。なら話が早い。」
羽佐間先輩はダンと僕の顔の両側に手をついて睨んできた。
顔がものすごく近いが恐怖の方が上回っている。
「お前がやつらの言うインヴィだな?」
羽佐間先輩がヴァルキリーと敵対しているのはわかったが僕の味方とは限らない。
だけどこの状況で虚偽は命取りだ。
「はい。Innocent Visionです。」
「それはやつらが欲しがるような力なのか?」
羽佐間先輩の顔がさらに近くなり息がかかりそうになるとさすがに恥ずかしくもなる。
「未来が、見えます。ランダムですが。」
「なるほどな。」
羽佐間先輩の顔は離れたがまだ解放してくれる様子はない。
「それなら昨日お前が渋谷にいたのは偶然じゃないな?」
「…はい。見ました。」
羽佐間先輩は不良と言われているが話してみると頭の回転が早い。
どうも成績が悪くてふて腐れて不良になったわけではなさそうだ。
「あいつのエスメラルダに操られなかったのもその力のおかげなのか?」
そう言えばそうだ。
僕は一般人と変わらないのだから操られてもおかしくなかったはずなのに。
考えられるのは直前に襲ってきた頭痛、あれは夢でソルシエールを見たときに感じるものと同じだったように思う。
「…よくわからないですが、そうかもしれません。」
「そうか。」
羽佐間先輩はようやく離れてくれると腕を組んでなにやら悩み出した。
少し気になることがあったので聞いてみることにした。
「あのあと神峰美保はどうなったんですか?」
「あいつは肉の壁を上手く使って逃げやがった。」
先輩はこちらを見ずに答え、自身の答えが見つかったのか向き直った。
「お前、名前は?」
「半場陸です。」
「陸、俺に協力しろ。」
ヴァルキリーに続いて羽佐間先輩からのお誘い。
「僕に戦う力はありませんし、Innocent Visionも万能じゃないですよ?」
「構わない。俺はある奴を探しているだけだ。」
「つまりInnocent Visionでその相手に関する内容を見たら教えるということですね?」
話の流れから終点を導き出して確認すると羽佐間先輩は驚いたように目をしばたかせ、
「ああ、そうだ。」
初めて笑った顔を見せてくれた。
(やっぱり、悪い人じゃなさそうだ。)
ソルシエールを持っているのだからなにがしかの負の感情を抱いてはいるのだろうが僕は羽佐間先輩を信じることにした。
「わかりました。確約はできませんが関係する夢を見たら連絡します。それで相手は誰なんですか?」
相手のことを知らないとその夢を見たところで判断がつかない。
しかも僕が知らない相手だったら写真でも見せてもらわないとわからない。
羽佐間先輩はわずかに左目を朱に染め上げて忌々しげにその名を口にした。
「俺にこの力を与えた、魔女だ。」
昇降口で羽佐間先輩と別れた僕は教室に向かいながら考える。
(ヴァルキリーや羽佐間先輩たちにソルシエールを与える魔女は何を考えているんだ?)
絶大な力を魔女が持っていると仮定したとき手勢を増やす一番の理由は自分の思い通りに動く戦力を作るためだ。
神峰の使ったエスメラルダがいい例だ。
圧倒的な手勢は時に個々の戦力を上回る。
だがそのためには兵を従わせるための誓約や精神操作をしなければ意味がない。
力を与えた部下の反乱は強力な敵を作ることになるのだから。
魔女はそれをしなかった。
結果として羽佐間先輩は魔女を狙っている。
明言してはいなかったが見つけたら戦い、殺すつもりだろう。
(手駒にするためじゃないとすると、なんだ?)
結論にたどり着く前に教室に着いてしまった。
気ままな夢では当てにならないが魔女の夢を見たら…
(って、魔女がどんな姿をしているのか知らないじゃん。)
なんだかダメダメだった。
「半場君、おはよう。」
教室に入ると作倉さんが真っ先に駆け寄ってきた。
心配しているのが顔にありありと浮かんでいる。
「もう大丈夫だよ。ありがとう。」
僕の答えに作倉さんは安堵のため息を漏らした。
そんな作倉さんの後ろから沸いてくる人影があった。
「ウムウム、計画は順調に進行中のようね。」
「好感度急上昇ね。」
久住さんと東條さんはなにやら満足そうだった。
「とりあえず叶が半場くんに話しかけるのに抵抗がなくなった。これは大いなる一歩である!」
久住さんの宣言に中山さんと芦屋さんが囃し立てる。
「にゃははは。」
「やんや、やんや。」
その盛り上がりに反比例するように男子勢から僕に向けられる嫉妬や憎悪は膨れ上がっていく。
「やめてよ、みんな。ごめんなさい、半場君。」
確かに作倉さんの僕に対する接し方が少し変わったように思う。
作倉さんが笑顔を見せてくれる度に複雑な思いを抱きながら、それを隠して僕も笑顔を作った。
無難に授業を乗り越えて昼休み、昨日のことでネタの宝庫と化している僕を久住さんたちが逃すわけもなく
「カルテットバインド!」
と言いながら両手両足に飛び付いてきた。
さすがに作倉さんは
「あわわ。」
と躊躇っていたが僕はまんまと捕縛されたわけだった。
「そう言えば今週秋祭りがあるんだよね。」
僕と作倉さんから根掘り葉掘り話題を漁り出し大満足の様子の皆。
反面僕たちは茹で蛸みたいになっていたが。
そんな時芦屋さんがそう切り出した。
「そう言えばそんなチラシが家にも置いてあったな。」
先週そんなチラシがテーブルの上に置いてあった。
「これは第2段階へと移行しろとのお達しに違いないわ。」
違うと思うがハイテンションな久住さんを止めることは僕にはできない。
「決戦は金曜日!太宮神社の縁日よ!」
「にゃははは。」
「ひゅーひゅー。」
「ミニスカ浴衣。」
ノリノリの面子に抵抗は無駄だと悟り頷いた。
隣を見ると作倉さんも僕と同じような顔をしていた。
心情を察し合い苦笑を浮かべる。
「以心伝心…」
東條さんがそんな僕らを拾い上げて皆が弄る、そんな平和な日常が返ってきた。
午後一番の体育は4時間目の体育同様地獄とされる。
曰く空腹と満腹時の運動は辛いということである。
今日の種目はサッカー、僕はディフェンダーをやっているのだが
「半場、行ったぞ!」
なぜかボールが頻繁に飛んできて
「うおおお!」
なぜか全力で皆が迫ってくる。
「半場、こっちだ!」
「うん。」
大抵は芳賀君が拾ってくれて得点を入れてくれていたがいつもと言うわけではなく僕は何度も弾き飛ばされた。
「何やってんだ、半場!」
敵から味方からヤジが飛んでくる。
(なるほど、これはいじめだったんだ。)
それに気づき
「うん、ごめん。」
僕は何でもないように立ち上がって埃を払った。
(授業中なら多少激しいプレーをしても事故で済まされる。)
僕の足を狙ってきたスライディングをさっさとパスを回して避ける。
(昔とは違って直接はやってこないのか。)
味方も重点的にボールを僕に集めて乱戦にしようとするから隙を見て遠くに蹴り出すか芳賀君にパスを回す。
それが出来なければサイドライン外に出す。
敵味方ともに僕の様子を睨み付けるように見ていて空気が淀んでいるようだった。
(なんて意気地がないんだろう。)
いじめに会いながら僕が抱いた感情は哀れみだった。
直接人を糾弾することも出来ず、群れなければ僕一人いじめることができない彼らがとても滑稽に思えた。
ピピー
結局1回倒された後はなんの被害もなく、チームとしても大勝して授業が終わった。
芳賀君は素直に喜んでいるがさすがに気付いているのだろう、それが僕を気遣ってのことだとすぐに分かった。
皆が僕を軽蔑した瞳で見つめ、暗い感情を宿した瞳で見つめてくる。
だけど僕はなんとも思わない。
だって高校に入るまではこれこそが日常だったのだから。
“化け物”の僕を受け入れてくれる“人”なんて誰もいないのだから。
放課後、久住さんたちはそれぞれに用事があるとかで早々に退散し、芳賀君も急いでどこかに行ってしまった。
残された僕は掃除当番だったが残りの人は男女含めて全員帰ってしまった。
これはいじめに関わらずサボりなのでちゃんと報告しておこう。
「なかなか面白い生活を送ってるみたいだな。」
「あ、羽佐間先輩。」
ドアに寄りかかるように立っていた羽佐間先輩は近くの机に腰かけて足を組んだ。
「体育の時に屋上から見てたが、随分と陰湿だな。」
「授業に出てください。」
「うっさい。」
羽佐間先輩は僕の正論に悪態をつきながら笑う。
僕は掃除の手を休めない。
「原因はInnocent Visionか?」
「心配してくれてるんですか?」
「一応協力者だからな。」
それは少し意外だった。
てっきり情報を与えるだけの一方通行な関係だと思っていたから。
「…Innocent Visionとはあまり関係ないですね。僕の周りに女の子がたくさんいるのが気にくわないだけの、かわいい嫉妬ですよ。」
「かわいい、ね。」
羽佐間先輩は苦笑して黙り込む。
僕も先輩も知っているから。
本当に背筋も凍るような殺意を、魂を吸い取られそうなほどの憎悪を。
僕は掃除を終えて器具を片付けた。
「終わりましたよ。」
「ご苦労。」
羽佐間先輩は机から勢いよく飛び降りると僕の前に立って僕の頭に手を置いた。
「先輩?」
「俺はいじめをするようなクズは嫌いだしいじめに屈するようなやつは大嫌いだ。」
羽佐間先輩はまっすぐに僕の目を覗き込んできた。
「だけどお前は協力者だし、俺は陸が気に入った。」
「どうも。」
いまいち羽佐間先輩の言いたいことがわからないでいるとなぜか頭を撫でられた。
「?」
「これからは俺を名前で呼べ。」
「由良さん?」
「そうだ。」
由良さんは満足そうに僕の頭をポンと叩くと背中越しに手を振ってさっさと出ていってしまった。
「由良さん。」
慌てて廊下に出てみたがすでに由良さんの姿はなかった。
「なんだったんだ?」
結局何をしに来たのかわからず、
「あ、明夜と会うのを忘れてた。」
職員室に行く途中に4組に寄ったが明夜はいなかったので担任に掃除の終了とサボった生徒の報告だけして帰路についた。
翌日、
「悪かった、俺たちが悪かった!」
「頼む。許してくれ!」
登校するや否やクラスメイトがドッと押し寄せてきた。
「え、なんのこと?」
「と、とにかくもうしないからさ!」
要領を得ないままクラスメイトは机に戻ってしまった。
ポンと肩を叩かれて振り返ると久住さんが神妙な面持ちで立っていた。
「半場くん。」
「なに?」
「羽佐間先輩に手を出して逆に舎弟になってたんだって?」
久住さんはとんでもないことを口にしたがクラスで悲鳴が聞こえたところを見るとすでに広まっているようだった。
「由良さんの出任せだよ。」
「“あの”羽佐間先輩を由良さんと呼べる時点でただ者じゃないよ。」
久住さんは訳知り顔で席に戻っていってしまった。
(まあ、いいか。)
これが由良さんの友好の証だと言うのなら素直に受け取ろう。
ただ、
由良さんと同じように僕も怖い人扱いされて前以上に周囲の人が遠退いていく結果になった。




