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Innocent Vision  作者: MCFL
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第21話 初めて

「はあ、はあ、はぁ。」

目が覚めると見慣れた天井が見えた。

背中にはびっしょりと汗をかいていて悪寒のようなものを感じる。

時計を見ると朝の6時より少し前だった。

「やっぱりあれは…明夜なのか?」

ダルマ事件の時は明夜のことを知らなかったし見たこともなかったから半信半疑だったが今のは間違いなく僕の知る柚木明夜だった。

「あれが明夜の抱える負の感情なのか?」

明夜が何を思って虐殺を行っているのか僕には分からないが普段の明夜からは想像できない姿だった。

僕から見た明夜は無口だけど人を傷つけるような子ではない。

抑圧されたものを引き出すのがソルシエールだとしても疑問は尽きない。

「…明夜を信じよう。」

もしも月曜の朝に事件が起きたならその時は明夜を問い質す。

今の僕にはそれくらいのことしかできないのだから。

「ふう、シャワーでも浴びてこよ。」

遊びに行く前だと言うのに陰鬱になってしまった気持ちを入れ直すためにちょっと早いが起き出して風呂場に向かう。

カーテンの向こうに見えた空は今の僕とは真逆で清々しいほどの快晴だった。


別に僕は1時間前集合を心がけているわけではない。

「…。」

たまたま早く目が覚めて準備が早く終わってしまい手持ち無沙汰だったことと待たせては忍びないという気持ちから早めに家を出ただけだった。

「…。」

だから今はまだ8時過ぎ、家から駅まで10分程度なので余裕で到着したわけだが

「お、おはようございます。」

「おはよう。」

なんで作倉さんはすでに待っていらっしゃるのでしょうか?

「ごめん、待った?」

「い、いえいえ、今来たところです。はい!」

ものすごく嘘っぽいが突っ込むこともあるまい。

なんだか恋人みたいなやり取りだと思っていたら作倉さんも同じだったようで

「えへへ。」

と照れていた。

(楽しみにしてたんだな。)

そう思うと楽しませてあげたいと思う。

「それで、どこに行こうか?」

こういうときには男がリードするものだとは思うがよくわからないので素直に聞いてみた。

「あ、あの!私、デイジーパークのチケットがあるので、どうですか?」

予想通り遊園地だった。

「それじゃあちょっと早いけど行こうか?」

「は、はい!よろしくお願いします。」

アセアセとお辞儀をしてくる作倉さんに僕もお辞儀を返す。

本当に作倉さんを見ていると癒される。


…僕みたいな“化け物”には眩しいくらい。


そんな暗い思いを胸の奥に隠して僕たちは初めての“遊び”に出掛けるのだった。



「私、デイジーパークに行くの久しぶりです。」

「僕は初めてかな?」

「そうなんですか?きっと楽しいですよ。」

今日の作倉さんは興奮しているのか饒舌だった。

電車内ということでそれでも周りに気を使っているしマナーを守っているから嫌な顔をされることはなかった。

(自然と周囲の悪意を探ってしまうなんて、ある意味病気だな。)

ヴァルキリーに狙われる立場になったのだから仕方がないとも言えるがそれにしたって楽しそうな作倉さんを前にすると罪悪感ばかりが募っていく。

(僕も純粋に楽しみたいよ。)

そう考えていることがすでに駄目なのだが引きこもりの性か要らないことばかり考えてしまう。

「半場君。」

「なに?」

「あの、今日のこと裕子ちゃんたちが勝手に決めちゃったけど迷惑じゃありませんでしたか?」

(作倉さんはこういう人なんだよね。)

心配性というか気を使いすぎというか、性質は違っても僕と作倉さんは似ていてきっと要らないことばかり考えてしまうのだろう。

だからせめて、何も悪くない作倉さんには心から楽しんでもらいたいと思う。

僕は手を差し出した。

作倉さんは困惑した様子で僕の手と顔を交互に見ていた。

「楽しい日にしようねの握手。」

「は、はい!」

作倉さんはおずおずと手を伸ばしてきゅっと握ってきた。

滑らかな感触に少し恥ずかしくなり、見ると作倉さんも恥ずかしそうにしていた。

「楽しみです。」

「そうだね。」

なんとなく手を放しづらくて笑い合う。

(今日は余計なことは考えないで作倉さんに楽しんでもらおう。)

今日の誓いを立てつつ電車はデイジーパークへと向かっていった。


デイジーパーク。

直訳すると雛菊園となるが別に植物園ではなく正確に言えばデイジーアミューズメントパークである。

臨海にある某巨大テーマパークとは比べるのも烏滸がましいがこの付近に住んでいる住民なら一度は足を運んだことがある遊園地だ。

近年老朽化に伴う大改装を行って生まれ変わったとのことで話題を呼んでいるらしい。

僕も昔両親に連れられて来たかったのだが出発直前にInnocent Visionが発動し、目覚めたときには夜だったあげく別の遊園地のジェットコースター脱輪事故を見てしまったためそれ以降行きたいと思わなくなっていた。

それが自分の意思ではないとはいえ女の子と2人きり、感無量である。

(生きててよかった。)

「半場君?なんだか泣いてるみたいですけど?」

「大丈夫、気にしないで。」

「? はい。」

さすがに休日のため9時半頃に到着した時にはすでに列ができ始めていた。

入園までは作倉さんが持参した「完全攻略デイジーパークの攻め方」というガイドブックを2人で眺めていた。

所々カップル限定企画のところに久住さん印の付箋が貼ってあったが見なかったことにした。

そして今

デイジーパーク開園の時間となった。


作倉さんが持っていたのは1日フリーパスだったので完全乗り放題だ。

入ってまず目につくのが大観覧車とジェットコースター、入り口脇にはお土産コーナーがあってマスコットのデイジーちゃんという頭が巨大な花というかわいいのか微妙なキャラクターのグッズが並んでいた。

地図によれば奥のほうにもいくつもアトラクションがあるようでどこに向かえばいいか迷ってしまう。

「まずはどれから乗ろうか?」

(作倉さんのイメージ的に絶叫系は苦手そうだから…)

と思っていたのだが

「あ、あれに、乗りましょう。」

作倉さんが指差したのは意外にも遊園地の花形、ジェットコースターだった。

でもゴーッと車体が駆ける度に小さく震える姿はとても楽しみという風ではなく

「た、たた、楽しみですね?」

その言葉は自分を奮い立たせているように聞こえた。

(そう言えば…)

さっきのガイドブックのジェットコースターのページに付箋があった。

どうせ久住さんか中山さんか東條さんが

「抱きついちゃえ。」

と言ったに違いない。


ちなみに言ったのは芦屋真奈美だったりする。

「クシュン。」


ジェットコースターの前まで来ると作倉さんは目に見えて青くなっていた。

「作倉さん。」

「は、はい!な、なんですか?楽しみですね?」

「本当に楽しみ?恐くない?」

真顔で尋ねると作倉さんは呻いて視線をそらせた。

押しの弱い作倉さんなら本音を引き出せばすぐに…

「だ、大丈夫です!」

とまたもや予想に反して作倉さんは乗ることを決め、乗り場に並んでしまった。

そうなると僕は従うしかなくなる。

「勇気があるというか、無謀というか…素直だな。」

「半場君、早く来てくださーい!」

すでに泣きそうながらも列を離れようとしない作倉さんに敬意を表して一緒に乗るとしよう。

人生初の絶叫マシンというやつに。


「うわあぁー!」

「きゃー!」


僕たちは命からがら乗り場から出てきて地面にへたり込んだ。

「真奈美ちゃん、無理だったよぅ。」

「…死ぬかと思った。」

彼女らが画策した色っぽい展開はなく、ただただ悲鳴が木霊しただけだった。

「よいしょっ。次、行こうか。」

手を出すと作倉さんは一瞬キョトンとして、恥ずかしそうに目線を泳がせて、

「…はい。」

嬉しそうに微笑んで手を取った。

まだ足が震えるという作倉さんに腕を貸す。

抱き着くように歩く作倉さんは心なし幸せそうに見えた。


「…それで、絶叫系の次はこれ?」

「(こくこく)」

作倉さんはすでに涙目で答えを口に出すこともできないらしい。

目の前には和風ホラーハウス、怨霊の館、お化け屋敷があった。

(勇者なのか、愚者なのか。)

入る前から脅えきっているのに逃げ出そうとしない勇気は先日の羽佐間先輩と神峰の戦いを見ていることしか出来なかった僕には眩しく映る。

「1人で行く?」

「!!(ふるふる!)」

どうやら完全な勇者じゃないらしい。

腕にしがみつくように離れない作倉さんを引きずりながら僕は人生初のお化け屋敷へと突入していくのだった。


「ぎゃー!」

「きゃあー!」


「ふえぇん!」

お化け屋敷から出てきた作倉さんは恥も外聞もなく泣いて僕の体に抱きついていた。

感触的には役得なのだがここまで本気泣きされると罪悪感の方が上回ってしまってそういう気分にならない。

「ごめん。やっぱり止めるべきだった。」

「…違い、ます。ぐすっ。」

作倉さんは瞳に涙を溜めて今にもまた泣き出しそうなのを必死に我慢していた。

僕のために。

(本当に、いい子だよ。)

その思いを口に出すのは恥ずかしかったので作倉さんの頭を撫でる。

「…はぅ。」

はじめは驚いていた作倉さんも僕に身を任せてだんだん落ち着きを取り戻していった。

「落ち着いた?」

「はい。もう、大丈夫です。」

作倉さんは僕の胸から離れて恥ずかしそうにはにかんだ。

作倉さんに見つめられるのがむずかゆくて視線を泳がせた。

「行きましょうか、半場君。」

今度は作倉さんが僕を先導するように歩き出した。



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