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Innocent Vision  作者: MCFL
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第19話 魔剣の力

目の前には赤と青、2つの扉がある。

振り返っても暗闇が広がっているだけで進むためにはどちらかの扉を開けなければならない。

(急がないと…)

時間がないがこれまでの傾向からして間違えると大変な目に会うのは目に見えていたので慎重にもなる。

そして…


鳥の鳴き声で目が覚めた。

「夢か。」

Innocent Visionにしては珍しく平和な夢だったように思える。

おそらく明日の一部だろう。

「うん、なんだか楽しみになってきた。」

僕は珍しく朝から気分よく学校に向かうための支度をし

「いつも平和な夢ならいいんだけ…ど…あーっ!!」

いつもは平和な夢じゃない、それにより今日羽佐間先輩が渋谷で大惨事を引き起こすことを思い出した。

さっきまでの爽やかな気分が一転、緊張で体が縮こまり嫌な汗が流れてきた。

「結局昨日は羽佐間先輩を止められなかったから今日先輩が渋谷に行くのは確定か。」

それを考えると学校を休んで渋谷に張り込んでいた方が効率的だが羽佐間先輩が学校に来ないとも限らない。

学校で止められればずっと楽にことが運ぶのだからこれを逃して学校を休むのはリスクが高すぎた。

「ああ、もう!」

結局学校に行かないわけにもいかずその後渋谷に向かうことも考えて財布の中身を確認することくらいしか今は出来ない、そんな自分が歯痒かった。


「おはよう、芳賀君。」

「おっす。」

登校して羽佐間先輩がいるか確認しようと思ったのだが出発が遅れたせいで着いたのはホームルーム間際だった。

だというのにいつもの5人組は僕に近づいてくる。

「半場くん、ん。」

久住さんはにこにこと僕の前に立つと何も言わずに手を差し出してきた。

昨日のヴァルキリーの誘いのようで身構えるがそんなはずもない。

(まさか…かつあげ!?)

これまで金銭的ないじめにはあったことはなかったが僕のいじめられっ子レベルもそこまで上がっていたらしい。

よりによってお金が入っている日に来るとは彼女らの情報網恐るべし。

僕は財布を握り締めて必死に抵抗する。

「お、お金はあんまりないから。」

「へっへっへ、そんなこと言っていっぱい持ってるんでしょ?…って、違ーっう!」

手をわきわきさせながらにじり寄ってきた久住さんが吼えた。

「にゃはは、ナイスボケ。」

「これは上を目指せるかも。」

コント扱いされて唸っていた久住さんは諦めたらしくもう一度手を出してきた。

「だからお金は…」

「それはもういいって。お財布じゃなくて携帯。そう言えば連絡先知らなかったから教えてよ。良かったね。家族以外のアドレスに女の子が5人も増えるんだよ。」

弄られそうで抵抗があったが時間もないことだし携帯を渡した。

「これが、半場君のアドレス。」

なんか作倉さんが携帯を握り締めて泣きそうになっていたがチャイムが鳴ると早々に退散していった。

ホームルーム中マナーモードにされていた携帯が振動したので先生に見つからないように開くと

『(祝)、女の子からのメールだよ(^_^)v』

『にゃはは、ハーレムだね。』

『これでいたずらし放題。』

『よろしくね。』

『不束者ですが末永く宜しくお願いします。』

一気に5通のメールが届いていた。

作倉さんの内容は明らかにおかしいが作倉さんらしいと言える。

(まさか僕に女の子からメールが届くなんて。)

ちょっと感無量でいたらもう一度携帯が振動し

『明日はデート。』

『にゃはは、デート。』

『デートね。』

『デート、楽しんできなよ。』

4人から似たような内容のメールが送られてきた。

(あの5人にはメール要らないんじゃないかな?)

そんな風に思うのだった。


土曜日なのでお昼で学校は終わり。

「半場くん、明日の…」

「ごめん。急ぎの用があるから!」

お誘いという名の捕縛をしようとした久住さんたちを振り切って教室を飛び出した僕は3年の教室に向かった。

たまたまこの間の先輩がいたので羽佐間先輩について聞いてみることにした。

「すみません。は…」

「ひっ!」

ざま、に続く前に悲鳴を上げられた。

前より悪化している。

「は、はは、羽佐間、さんは、き、来てない、よ?」

ある意味予想通りだったが読み違えたことに顔をしかめる。

「ひぃ、ごめんなさい!」

「ありがとうございました。」

先輩が誤解していたようだったがそれどころではない。

僕は急いで階段を駆け降り、昇降口から飛び出すと駅に向かった。

(なんとか出来るのか、僕に?)

そんな不安を押し込めて走り続けた。


土曜日の渋谷駅前は人で溢れ返っていた。

羽佐間由良はそんな町の様子をビルの屋上から見下ろしていた。

その瞳の色は冷たい。

「本当に、嫌になるわよね。自分勝手に生きる人間って。」

それは由良の口から出た言葉ではない。

驚いた様子はなく、ただ苛立ちのこもった目で振り向いた由良の前には同じように町の人混みを眺めている神峰美保の姿があった。

「…何か用か?」

由良は美保の問いかけには答えず不機嫌さに殺気まで込めた目で睨み付けた。

美保はこめかみをひくつかせるが今日の目的を思い出して我慢する。

「ヴァルキリーが本格的に動くことになったのよ。それでソルシエールを持つ先輩をもう一度勧誘に来たわけ。うちらに付くか、それとも今回も誘いを断って今度こそ本当に敵になるか。」

由良は視線を外してまた町並みに視線を戻した。

それは美保とは話す価値もないという意思表示に違いなく、美保の額に青筋が2つ浮かび上がる。

「うちらヴァルキリーにいればいつかは世界を手にできるのよ?」

「失せろ、目障りだ。」

ブチリと聞こえそうなほど美保の堪忍袋の緒は千切れ、美保の顔から表情が消え去った。

「へー、あたしが折角誘ってあげたのにそういう態度を取るわけね?…ムカつく!」

ガシガシと頭を掻いた美保の左目が朱に染まり、乱暴に振るった左手に翠の宝玉をあしらった装飾剣スマラグドが握られた。

由良は初めて美保に向き直って口の端をつり上げた。

「誘った?お前が誘ったのはヴァルキリーにじゃなく戦いだろ?いいな、俺もそっちの方が性に合ってる。」

由良が掲げた左手に氷のように澄んだ結晶の刃・玻璃が顕現し、左目が朱く染まった。

「初めからヴァルキリーに参加させるの嫌だったのよ。ありがとう、羽佐間先輩。」

笑みを浮かべての礼から一転して美保の顔が歪む。

「だから、大人しく刻まれてちょうだい!」

「来るなら容赦しないぞ。」

晴天の下、誰の目に求まらぬビルの上で“非日常”の戦いが静かに幕を開けた。


僕が渋谷に到着すると駅前はすごい人だかりだった。

人生初渋谷で人混みに圧倒されながらも特に被害が出ていないことが分かりほっと胸を撫で下ろした。

「まだ起こってない。」

それでも楽観してはいられない。

今この瞬間にも羽佐間先輩が現れて大惨事を引き起こさないとも限らない。

一刻も早く羽佐間先輩を見つけなければならなかった。

僕は周りに気を配り羽佐間先輩がいないか確認しながら不馴れな渋谷の町で人探しを始めるのだった。


ギン、ギンと断続的な金属音がビルの屋上に響く。

それは複数のビルの上を跳ね回り舞う。

「攻撃特化だって聞いてたけど、大したことないのね!」

剣の重量を感じさせない素早い剣撃に由良は玻璃を合わせていく。

傍目から見ることができれば皆が皆、美保が優勢だと感じるだろう。

由良は氷のように表情を凍てつかせて美保の攻撃を凌いでいるだけだった。

すでに十数合の打ち合いと十数棟のビルを飛び交った2人は渋谷駅のすぐ近くまで来ていた。

巨大な看板の陰で互いの武器を構えて睨み合う。

「良子先輩が危なかったっていうのも間違いね。これならインヴィを追いかけた方が楽しかったかな?」

「…ペチャクチャ煩いな、お前。」

「なんですって?」

ようやく口を開いた由良は心底蔑んだ目で美保を見ていた。

自尊心を傷つけられた美保の眉がつり上がる。

「弱いくせにあたしをイラつかせるのは上手いのね!いいわ、原型留めなくなるまで刻んであげる!」

美保はスマラグドを両手で握って大上段からの一閃を放った。

防御に回された玻璃とぶつかってキーンと甲高い音を響かせた。

「馬鹿だな。」

「なっ!」

美保はギリギリと力を込めて押しているはずなのに由良は余裕そうな笑みを浮かべていた。

ギィンという音はまだ続いている。

「この状況でまだ…」

「この状況だからだ。お前は何を斬ろうとしているんだ?」

ギギギギと不快な音を響かせてスマラグドが激しく振動していた。

力のほとんどが振動に持っていかれて玻璃の上を刃が跳ねていた。

「人が手加減してれば付け上がりやがって。」

由良が柄を強く握ると呼応して玻璃の振動が強くなった。

「!」

美保は危険を察知して距離を取ろうとするが

「遅いッ!音震波!」

音速で飛来する波の一撃が美保に直撃した。


「きゃー!」

駅前が騒然となった。

突然ビルの屋上にあったネオンや窓が割れて降ってきたのだ。

人々は我先にと逃げ出そうとして僕を押し流そうとする。

それに抗いながら見た。

空から落ちてきた神峰とそれを追うように降りてきた羽佐間先輩を。

(神峰と羽佐間先輩が戦っているのか?)

騒然となった駅前では剣を持った2人に気を止める者は少ないようだったがそれでも皆無ではない。

そこかしこから特撮だ、イタイな、あいつらのせいかと勝手な憶測が飛び交う。

何とかしなければと思った矢先

「ぐっ!」

突然襲ってきた激しい頭痛に立っていられず頭を抱えてしゃがみこんだ。

周りの人からは邪魔にされ、蹴飛ばされるが動けないほどの激痛なので何もできない。

(このまま蹴り殺されそう。)

そんな最悪の結末を考えてしまったが


それが不自然なほどにピタリと止んだ。


皆直立不動で駅の方を向いているのが足の列びで分かる。

ようやく頭痛が収まってきたのでゆっくりと立ち上がる。

ぶつからないように立ち上がったつもりだったがよろけて目の前の女の人の胸に倒れてしまった。

柔らかい感触に頬が熱くなったが慌てて離れ頭を下げた。

「す、すみません。悪気も疚しいことも何もなかったです!」

頭を下げたものの一向に許しもビンタもこない。

不信に思って顔をあげると女の人は僕を見ていなかった。

女の人だけじゃない。

周りにいるすべての人が一方向をじっと見つめていた。

それは蝋人形館に迷い込んでしまったような不気味な光景だった。

皆の瞳が妖しく緑色に輝いている。僕はゆっくりと駅の方に振り返った。

嫌な緊張感に鈍い体を奮い立たせて振り向いた先には


神秘的なエメラルドグリーンの光を放つ装飾剣を天高く掲げた神峰美保の姿があった。



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