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Innocent Vision  作者: MCFL
188/189

第188話 戦いの終焉

ファブレの攻撃はいまだ衰えを見せず、僕の方は限界が近づいてきていた。

頭には霞がかかり、目蓋は開いているのか閉じているのかもわからない。

夢にも現実にも巨大な魔石の瞳が僕を見下ろしている。

(まずい、かな?)

このままいけば僕が先に夢の世界に落ちてしまう。

"Innocent Vision"の皆は僕が動けなくなったとしてもファブレに挑むだろう。

だが強力な消滅の光を扱う今のファブレの攻撃は蘭さんでも何度も受けきれる代物ではない。

誰かが失われる可能性の方が高いし最悪全滅しファブレが勝利することもあり得る。

(そんな未来、僕は望まない。)

唇を噛み締めた痛みで目を開く。

「まだ、僕の目が朱いうちは好き勝手はさせないよ。」

限界ぎりぎり、立っているのやっとのフラフラな状態でよくもまあこんな虚勢を張れる度胸を褒めてやりたいものだ。

「陸!」

「陸君!」

ちょうどそこに女神の祝福が届いた。

由良さんと叶さんがファブレの両側から皆を引き連れて戻ってこようとしているのが見えた。

(叶さん、やっぱり君は神に愛されたセイントだよ、女神だよ!)

心の中で喝采を送る。

別に由良さんが女神じゃないとかそんな大それたことは考えない。

それに由良さんたちが叶さんたちとは逆側から走ってきたためファブレは両側からの声に振り向く方向を迷っていた。

(今だ!)

僕からファブレの意識が外れた一瞬こそが最大の好機。

僕は瞳を開けたまま夢の中に深く落ち込む。

ファブレが消滅した夢は力を使い続けて衰弱した現状では難しい。

だけどそらすのと同じようにファブレを縛りつけることくらいは出来る。


「Akashic Vision!」


グラマリーを発動した瞬間、ファブレを見えない鎖が縛り付ける。

僕は最後の力を振り絞ってファブレの動きを拘束した。

それすらもファブレは抗おうとするが消滅とは違い今は拮抗していた。

これが最初にして最後の絶好の好機。

そして何より僕自身が戦える限界だ。

「今のうちにファブレを!」

立っている感覚がなくなり片膝をついた体勢で手を前に突き出す。

手から力が出るわけではないがなんとなくだ。

僕の叫びに仲間たちは言葉ではなく態度で応えてくれる。


「プリティ蘭ちゃん大分身!」

蘭さんが先陣を切って再びオプティカルランを発動、無数の蘭さんがファブレを取り囲む。

「さようなら、ファブレ様。」

最後に少しだけ泣きそうな声で呟いた蘭さんは

「神風蘭ちゃん特攻隊、いっけぇー!」

人間ミサイルよろしく全方位から一斉に分身体を叩きつけた。

いろんな意味でシュールすぎる光景に呆れていると蘭さんが僕に向けてブイサインを送ってきた。


「玻璃、もう一度俺に力を!Xtalオーバークロック!」

由良さんが再び超高速振動の玻璃を手にした。

「ごふっ!」

なんかものすごい勢いで血を吐いたが立ち止まることもなく口の端から流れる血を強引にぬぐう仕草はかっこよくすらある。

由良さんは無防備なファブレに駆け寄り

「いい加減、くたばりやがれぇ!」

玻璃を突き立ててファブレの体の側面を深々と切り裂いた。

裂傷と呼ぶには深く広い傷口からは肉が見えていて気持ちが悪い。


さらに明夜もそれに続き、

「アフロディーテ、ファイナルフォーム・ガブリエル。」

鎧を纏った姿に変わた。

明夜の左目が朱色の輝きを放って両手の刃に力が満ちる。

両手を上で組むとそのまま明夜は自身を一振りの剣としてファブレに向かって駆け出し、

「成敗。」

跳躍して由良さんの開けた傷口からファブレの肉体に突撃、そのままを突き抜けた。


痛みの感覚があるのかファブレが暴れるためそれを押さえる負荷が増す。

「くっ!」

一際激しい抵抗に意識が白濁して微睡みの中にいるように思えてきた。

だけどここで僕が倒れたらファブレの拘束は解け、近づいた皆はブリリアントを避けることが出来ずに消滅してしまう。

僕は唇を噛んで痛みで"眠る"のを堪える。

口の中に血の味が広がるが今はその味すらも目を覚ますための刺激だ。

その隙に反対側から走り込んでいた叶さんたちが追いついた。


八重花が両手でジオードを握って大きく振りかぶる。

赤と青の螺旋は絡み合い、混じり合い、紫色の炎となって一つの炎の刃を成す。

「断罪の炎、受け取りなさい!」

ジオードはその巨大な炎を刃に凝縮させていく。

刀身の紫色の上に揺らめく炎が膜を張ったように覆い尽くす。

八重花はそれをファブレの体に深々と突き立てた。

グチュリと嫌な音を立てながら突き刺さったジオードの刀身は完全にファブレの肉体に埋没している。

「弾け飛びなさい!」

柄を握ったままだった八重花が叫んだ。

ジオードを突き刺した僅かな隙間からゴウと炎が漏れ出す。

だがそれはおまけでしかない。

本命は体内に放たれた。

正面からでもアダマスの魔石の奥で紫色の輝きが見えた。

ファブレの傷口から紫色の炎が噴き出し、皮膚を食い破って新たな傷を生み、ファブレの全身を焼く。


そしてその火ダルマと化した標的に降る一条の流星。

「スピネル、本気で行くよ!」

燃えるファブレの直上から直撃した光はさんざん傷つけられていたファブレを形成していた肉体を完全に消滅させた。

ファブレの触手の体からアダマスの魔石が分断された。

肉のこびりついた魔石が宙を舞う。

「やった!」

だれかの喜ぶ声が聞こえた。

僕もようやく戦いの終わりの時が来たことを素直に喜ばしく思った。

力が続かず拘束を解いてしまった。

(なんとか限界を迎える前に倒すことが…!)

唐突に僕の本来の力、アカシックレコードを読み出す絶対予言の力Innocent Visionが発動した。



分断されて宙を舞うファブレの瞳であった魔石アダマス。

だがその瞳の奥に見えたのは世界すべてを怨む果てない憎悪。

それはもはやアダマスという魔石自体にファブレの意志が乗り移ってしまったかのようにあやしい光を放つ。

その目は僕を見ているようだった。



「陸君!?」

気が付くと僕は立ったまま眠ったような状態にあったらしい。

尤も本当に一瞬の事でアダマスはまだ宙を舞っている。

夢で見たのと同じように。

僕は心配そうな顔をする叶さんに手を振って応えながら気づけばフッと笑っていた。

(ファブレは凄いよ。僕はもう…)

もはやファブレを押さえるどころか自分の意識をつなぎとめておくことすらぎりぎりの状態だ。

だがファブレはあんな石だけの姿になっても強い意志を持っていた。

その使い方を間違えたとはいえ心の強さにはある種の尊敬すら抱いた。

飛び上がった瞳は僕に照準を合わせていた。

(僕もこの目、Innocent Visionをもっと早くに受け入れていれば違った未来が見られたのかもしれないな。)

皆は勝利を喜び合い、こちらに駆け寄ってこようとしている。

だが最後の最後、その力の収束にようやく気付いたようで

「陸、逃げろ!」

由良さんが声を張り上げた。

だけどもう遅い。

僕は自分が立っているのか夢を見ているのかも分からないほどに眠いんだ。

避けようと意思すら眠気に飲まれてしまい、たとえ動けたとしてそれが現実に作用しているのかも分からない。

夢か現か、ファブレの瞳に最後の光が宿り僕を見た。

(ごめんね、皆。ごめんね、海。僕は…やっぱり駄目だったよ。)

もう一歩も動けない。

最後の最後、土壇場での執念で勝ったのは僕ではなくファブレの方だった。

少年漫画などで見られる主人公の一発逆転とはまるで逆の、悪役の最後の足掻き。

油断していた主人公たちの誰かがそれで死んでしまう悲しい物語。

現実で起こるその被害者は…僕だ。

(海、もうすぐ行くよ。)

僕は何も恐れていない。

すべてを出しつくして、それでも僅かに届かなかった。

悔いは無い。

「陸!」

「陸っ!」

「りっくん!」

「半場!」

「りく!」

「陸君っ!」

悔いは…やっぱりあった。

僕は最後の力で瞳を開く。

僕の大切な仲間、僕の大切な人たち、"Innocent Vision"という名の僕の夢。

僕は精いっぱい皆に笑いかける。

皆は泣きそうな顔をしているけど、やっぱり笑ってほしいから。

「皆、ごめんね。」

言葉は届かなかっただろう。

誰かが僕の名前を叫んだような気がしたけどそれももう認識できなかった。

ただ圧倒的な光が巨大な魔石の瞳に凝縮し、放たれようとしていた。

(さあ、ファブレ。試合に負けて勝負に勝ったのはあなただ。代償に僕の命を道連れにするといい。)

それで他の誰かが助かるのなら、せめてこの"化け物"の命を差し出そう。

僕は眩しさに目を細めて最後の瞬間を待ち


「コロナ!」


魔石の輝きが最大にまでなって放たれる直前、光の本流は正面ではなく真後ろから飛んできた。

太陽の光にも見える波動がファブレに直撃する。

その光の波に流されて瞳は方向を変え、ブリリアントは空に撃ちだされた。

僕はもう振り返ることはできないけど花鳳たちも無事だったんだ。

(良かった。)

誰も死んでほしくはない。

だからヴァルキリーの面々が生きていてくれたことも嬉しい。

気が抜けて一気に眠気が襲ってきた。

もう閉じかけた目が見たのは叶さんがオリビンを振り上げ

「やーっ!」

アダマスに突き立てて最強の魔石を粉砕している姿だった。

(本当に強くなったね、叶さん。)

ファブレの放った最後のブリリアントが開いた空の穴から光が差し込んできた。

どうやらもう世界は夜を越えて朝を迎えていたらしい。

まさにそれは未来を掴んだ彼女たちの明日そのもの。

(これで、もう休んでいいよね。)


すべての終わりを見届けたことに安堵しながら僕は安らかな気持ちで眠りについた。

次回、Innocent Vision最終話です。

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