第185話 魔女怪獣ファブレ襲来
ファブレだったものはもはやその原型を留めてはいなかった。
本体だったはずの少女の姿はなくなり、アダマスのついた無数の触手が手足であり、朱色の瞳がギョロリと動く、もはや怪物としか形容できない姿へと変わってしまった。
「グオオオオオ!!」
口なのかすら定かではない巨大な裂け目の奥は腐った血肉を放り込んだように醜く爛れていて口の端からは煙が漏れ出ている。
それでも、そんな姿になってもファブレは生きていた。
「蘭さん、何でファブレはあんなにも面倒なことをして肉体を手に入れようとしているの?」
それこそが根源。
未来を見る力はあっても過去は見ることはできない僕は口を利けなくなったファブレのかわりに蘭さんに尋ねた。
蘭さんは顔を俯かせていたが
「…ファブレ様は、呪いを受けたんだよ。」
訥々と話し始めた。
「昔、それこそ数百年前、ファブレ様は魔女と呼ばれて人々に恐れられていたの。だけど通りがかった別の魔女の気紛れで精神を別の世界に飛ばされてしまった。」
僕が何度か見た砂漠の世界がそうなのか。
しかし気まぐれでファブレを異世界に追いやる魔女って。
魔女と呼ばれる人種はやはり変人ばかりなのかもしれない。
「ファブレ様は諦めきれず元の世界に戻るために術を組み上げてどうにかこの世界に繋がる道を作った。だけどそれはもうかなりの時が経っていてファブレ様の肉体はとっくの昔に滅んでいた。ファブレ様は世界を、そして元凶となった魔女を呪い、復讐を誓ったの。初めは世界を覗くことしかできなかったけどだんだん色々とできるようになって、人の心を操ったり憑依して元の世界に戻る方法を探していたファブレ様はとうとう見つけたの。魔石の力を使って道を開く方法を。」
ファブレは執念だけの怨霊のようなものだったということか。
そしてようやく僕たちに関わる魔石が出てきた。
「だけど魔石の力を引き出すためには人の怒りや憎悪といった強い感情が必要だった。ファブレ様は魔石を武器の形にして人に与え、感情を解き放たせて争わせることで力の成長を促した。だけど2つの魔石だけが成長しなかった。」
「それがアズライトとアダマス。」
魔女の話だとアズライトの方が厄介だったようだがアダマスも同様に手に余る魔石だったということか。
蘭さんは苦笑を浮かべて頷いた。
「うん。そして研究の結果、この2つが道を開く鍵だと分かったの。ファブレ様はまた世界を呪った。その感情を糧にしてさらに年月をかけて2つの魔石に適した人間を探し、遂に見つけたのが半場海ちゃん。」
「ちょっと待て。2つの魔石の適合者だろ?それなら陸と海じゃないのか?」
由良さんの疑問に蘭さんは首を横に振った。
「海ちゃんだよ。だからファブレ様はりっくんのお母さんの胎内に魔石を埋め込んだ。生まれる前から魔石に馴染ませるために。」
「本来なら海さんがアダマスとアズライトの2つを持って生まれてくるはずだったってことですか?」
「うん。そして2つの魔石が成長したとき、海ちゃん自身が道となり、そしてファブレ様の肉体となる予定だった。」
「酷い。」
目を伏せる叶さんに蘭さんは苦笑を浮かべた。
それはそうだ。
だってその予定はすでに潰えているのだから。
「それなのにまさか海ちゃんと一緒にりっくんまで生まれることになって、入っていた魔石がそれぞれに入っちゃったんだよ。」
僕という存在が生まれたこと自体がファブレの計画を妨害をしていたということだ。
「ただ、いろんな意味で誤算だったのは男であるりっくんに植え付けられたアズライトは順調に育ったこと。ファブレ様はこれまでソルシエールの力は女性にしか使えないと思っていたから。」
「確かにソーサリスはみんな女ね。」
確かに魔女という表現で分かるように魔法は女性の扱う物という概念があるようだ。
もしくは魔女が生み出した物だからこそ本来女性しか扱えないということなのか。
「それに魔女の術式と魔法使いの術式は少し違うからね。」
「魔法使い?」
ここでまたニューワードが登場した。
いや、魔法使いという言葉自体は聞いたことがあるがそれは漫画や小説の中での話だ。
蘭さんの語る"現実"の中では違った定義が与えられているはずだ。
「魔女の力を他の誰かが使えるように編み出された術式を扱う人、それを魔法使いって呼ぶんだよ。魔女のダウングレード品みたいなものかな。」
そう聞くといっそう僕が特異な存在だと思えてくる。
僕の扱うInnocent Visionはどう贔屓目に見ても魔女の力のダウングレードとは思えない。
やはり僕が海と双子で魔石を別けて生まれたことが起因しているのだろう。
「りっくんのおかげでアズライトはいいところまで成長した。だけど海ちゃんのアダマスはその時まだちょっとしか成長してなかったの。もう何百年も待ったのにファブレ様は最後の最後で焦ってミスを犯した。海ちゃんを恐怖漬けにしてアダマスを無理やり成長させたけどその負荷に肉体が耐えられるよう闇の瘴気で海ちゃんをデーモン化させちゃった。」
海の恐怖の過去はそうして遥か昔から続いたファブレの妄執の犠牲として生み出された。
その事がとても悲しかった。
だが今は嘆いていられない。
海が繋いでくれたこの命でファブレの野望を打ち砕くために。
「そのせいでファブレは化け物になったってわけか。自業自得じゃねえか。」
由良さんは気に食わないらしくフンと鼻を鳴らした。
蘭さんはまた苦笑する。
「そうだね。そうとは知らなかったファブレ様はさらにアズライトを成長させるために他の余っていた魔石をみんなに与えてりっくんと争わせた。後は知ってるよね。」
魔石の力を得た花鳳たちがヴァルキリーを結成、魔女の思惑通り僕を狙い、ヴァルキリーに反感を抱くソーサリスが僕の下に集まり戦いの日々が始まった。
「ふぅ、これでファブレ様の嬉し恥ずかし昔話はおしまい。」
蘭さんは語り終えると大きくため息をついた。
そしてファブレだったものをなんとも言えない表情で見つめた。
「ファブレ様はランのお母さんだから、その願いが間違ってるとわかっていても叶えてあげたかったけど、もう無理みたいだね。」
「オオオオオオオオ!!」
今のファブレに自我が残っているようには見えない。
あそこにいるのは現世への渇望と儘ならない運命への憤りと自分を追放した魔女への怒りが凝縮された怪物だ。
止めなければ壱葉だけでなく世界すべてを破壊するかもしれない。
蘭さんが寂しそうに化け物となった母を見ていたのでポンと頭を撫でる。
「えへ。」
蘭さんは少しだけ笑ってくれた。
それでいい。
「半場、魔女が動き出した。」
真奈美の言葉に手を放して顔を上げる。
律儀に話の間待っていてくれたわけではないだろうけど魔女は触手をくねらせながら歩き始めた。
向かう先は分からないが放っておいてはろくなことになりそうもない。
「この一帯でケリをつけないと被害が広がる。なんとしても止めるよ!」
駆け出そうとした矢先に足元がふらついて転びかけた。
「あっ、と。ふふふ。」
八重花が受け止めてくれたがギュッと抱き締められると苦しい。
「大丈夫か、陸?」
「Innocent Visionの使いすぎ?」
由良さんや明夜も心配してくれる。
その優しさが人の悪意ばかり見てきた僕にとっては嬉しい。
「どうだろうね?ありがとう、八重花。」
僕は八重花に礼を言って自分の足で立つ。
足もふらつかないし大丈夫そうだ。
叶さんが心配そうに見ているが見て見ないふりをする。
魔女の始末は僕がつけなきゃならない。
海の仇だからじゃない。
それが運命だから。
「由良さん、八重花、撃てぇ!」
怪物を後ろから追った僕たちは先手必勝で遠距離攻撃を放った。
音震波と炎が飛ぶが怪物に当たる前に体を覆う光の膜に阻まれた。
「バリアだね。生存本能みたいなのが強まったのかな?」
「ちっ、傍迷惑な。」
「そうなるとセイントの力が有効そうね。真奈美、お願い。」
素早く状況を判断して八重花が指示を出す。
的確な指示は僕の要らない子意識を強くする。
「あれに近づくの怖いな。蘭ちゃん先輩、護衛お願いします。」
「はいはーい。ランにお任せ。」
すぐさま真奈美は蘭さんを伴って駆け出していく。
各自で判断も出来るので僕は別に何も言わなくても平気だ。
怪物の触手が近づく真奈美に反応して一斉にこちらを向き、その先についている魔石を輝かせる。
「あれ全部アダマス!?蘭ちゃん先輩!」
「そんなのさすがに無理だよ!」
2人が悲鳴を上げた直後、白色の光が空間を切り裂いた。
分断されたため個々の太さは細くなっているもののその分数が増えたことで空間の逃げ場が減った。
ここで僕の出番。
「真奈美はそのまま前進。2秒後左。蘭さんは3歩下がってから右を迂回して。」
僕の指示を聞いてその通りに動くと真奈美たちは光の檻の合間を縫って怪物に近づいていく。
「ゼロ距離取った!輝け、スピネル!アルファスピナ!」
肉薄した状態で真奈美はスピネルを高々と蹴り上げた。
バチッと弾ける音が怪物からした。
バリアを抜かれる恐怖の為か蘭さんを狙っていた触手もすべて真奈美に向き直る。
真奈美はスピネルを頂点で止めて次撃の溜めを作っている。
僅かにだがファブレの方が早い。
「真奈美ちゃん!」
蘭さんが駆け出すが間に合ったところで叶さんの力がないオブシディアンでは防ぎきれるものではない。
「くそっ!明夜、八重花!1本でも多く叩き落として威力を削ぐぞ!」
「うん。」
「了解。ドルーズ、行きなさい!」
「わ、私も行きます!」
由良さんを筆頭に真奈美と蘭さんを助けるために駆け出していく。
叶さんですら恐怖を押して飛び出していった。
(だけど、間に合わない。)
この状況を救うには叶さんが蘭さんに届いて真のアイギスを展開する以外に手はない。
由良さんの音震波や八重花の炎ではあの触手を撃ち落とせないし、明夜の速さを持ってしても出始めのタイミングが遅すぎた。
(このままだと蘭さんのオブシディアンは砕かれて…)
僕はもうその"結果"を知っている。
僕が知っていると言うことは未来に起こる"事実"だ。
すべては無駄な努力。
蘭さんと真奈美の消失にうちひしがれた仲間たちは戦意を失って怪物の餌食となってしまう。
そんな"運命"。
「受け入れられるわけがない!」
僕もふらつく体で駆ける。
とてもじゃないが届くわけがない。
だけど僕は立ち止まらない。
僕の意思が体を動かしていく。
ブリリアントの光が殺到して光の洪水を生み出した。
「ガンマスピナ!」
その向こうから聞こえた声と共に怪物の纏う防御が消滅した。
「グオオオ!」
怪物が叫んでいるが"Innocent Vision"の皆は気にしていない。
それ以上に不思議なことがあったなら意識を向けられるはずもなかった。
「りく、何をしたの?」
「…。」
八重花の呟きがこの場に満ちる沈黙の正体。
僕たちは偶然にもブリリアントの攻撃から避けられた。
その"事実"。
「守りが抜けたよ。攻撃開始!」
僕は皆の迷いを払うように大きな声で指示を出した。
ハッとした様子で怪物に向き直る"Innocent Vision"の面々だったがそのときにはすでに光の膜が再生するところだった。
さらにアダマスが第二射の為の準備を始めていた。
「時間を掛けすぎた。一時撤退!」
その言葉とほぼ同時にブリリアントの雨が降り注ぐ。
僕は明夜、叶さんは真奈美に捕まって戦域を離脱した。
僕たちは倒壊したビルの陰に隠れて怪物の様子を窺っていた。
はじめはブリリアントを四方に乱射していた怪物もゆっくりと移動しながら僕たちを探している。
どうやらこちらに意識を集中させることに成功したようだ。
「さて…」
壁の陰から怪物の動きを警戒していた由良さんは危機が去ったことを確認すると車座に座った輪に入ってきた。
皆の視線が僕に集中する。
「さっきのあれは何?」
疑問を口にしたのは明夜だったが全員頷いている。
「たまたま外れただけでしょ?」
そう、たまたまだ。
だけどそんな説明で納得されてくれるわけがないことも分かっている。
「そう言えば最初にりっくんが起きてきた時、大きなブリリアントを逸らしてたよね。」
「そして今回も向かってくるブリリアントをねじ曲げた。無敵だと思われたブリリアントに対抗する力を死の間際からの復活によって得たのね。戦闘民族みたいね。」
蘭さんの確認に八重花が悪のり気味に便乗し、由良さんがクッ笑う。
「残念ながら戦闘力は上がってないよ。」
明夜と真奈美、叶さんは首を傾げていた。
蘭さんはわりと何でも知ってそうだが由良さんがそういうものに興味があったのはちょっと意外だ。
「戦闘力はともかくブリリアントを避ける力についてはどうなんだ?」
「どっちの場合も夢中だったからわからないよ。」
そう、夢中だった。
そうとしか言いようがない。
だけど2回起こった偶然は必然と等しい。
僕が前に出ればブリリアントを封じることも可能となる。
そうなればブリリアントという最強の鉾をも上回る究極の盾を手に入れた"Innocent Vision"は一気に攻勢に出られる。
「…まあ、たとえブリリアントに対抗する力があったとしても陸を前に出すわけにはいかないからいいんだけどな。」
だけど"Innocent Vision"の皆はきっとそう言うだろうと思っていた。
納得はしていないみたいだったけど僕が話す気がないのは分かったのか追求は終わった。
次は怪物退治、語呂的に魔女怪獣ファブレの怪獣退治についてだ。
「ファブレに対する作戦はさっきの攻防でほとんど決まったよ。真奈美が先陣を切ってバリアを破壊して、それが再生する前に全力攻撃を叩き込む。」
シンプルイズザベスト。
僕の提案に皆苦笑を浮かべた。
「完全に力押しだね。でも半場がいう作戦しかもうないか。」
「昔の"Innocent Vision"だったら出来なかった。皆が集まって戦力が整ったから安心してこの作戦で行けるんだよ。」
「嬉しい事を言ってくれるわね、りく。そんなにおだてられると惚れ直すわよ?」
初撃で一番狙われやすい真奈美が賛同すると他の皆も次々にやる気を満たしていく。
「私はどうしたらいいですか?」
叶さんが小さく手を上げた。
戦闘力としてはあまり期待できない叶さんだが純粋なセイントとしての力はファブレにとって脅威となるはず。
「一応待機だけど場合によっては飛び込んでもらう可能性もあるから覚悟しておいて。」
「…はい。」
頷く叶さんの向こうから真奈美と八重花が睨んでくる。
言いたいことは分かるが今は戦力を抑えていられる状況ではない。
2人もその事は分かっているので異論は述べず叶さんを守る決意を瞳に宿すだけだった。
「作倉の力で回復しても精神的には疲れるからな。これで終わりにするぞ。」
「「おー!」」
由良さんの言葉に皆が拳を振り上げる。
やっぱり"Innocent Vision"のリーダーは由良さんではなかろうか。
立ち上がって出ていく皆の後を追おうとして
(あ…)
不意に意識が白く染まった。
「陸君?」
叶さんが振り返ったので手を振って応える。
「大丈夫だよ。」
心配そうな顔をした叶さんだったが真奈美に呼ばれて掛けていった。
僕もその後を追う。
もう一度ふらついて出口の壁に手をついた。
(まだだ。まだやることが残ってる。)
白く霞む視界を振り払い、最後の戦場へと向かった。