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Innocent Vision  作者: MCFL
184/189

第184話 "Innocent Vision"の戦い方

「ただいま、みんな。」


ブリリアントを回避させて振り返って生還の挨拶をすると、何故か皆惚けていた。

もっと感動的な出迎えがあるかと思ったのだが、やっぱり僕は必要とされていないのかもしれない。

「あの、陸君?」

恐る恐るといった感じで叶さんが声をかけてきた。

ただニュアンスが僕に質問というよりは僕自身に疑問を向けているようだった。

「ん、何?」

「陸君、ですよね?なんだか雰囲気が少し違うような…」

言われて自分の体を見てみるがファブレみたいに本物の"化け物"にはなっていないし第2の心臓が覚醒したわけでもない。

「りくの暗い感じがなくなってるのね。これはこれで素敵よ。」

八重花の指摘に皆が手をポンと打った。

「なるほど、引きこもりっぽくなくなったな。」

「鬱々としてないね。」

「爽やか君。」

皆が好き好きに感想を述べていく。

というか僕はそんな鬱々とした引きこもり野郎だと思われていたのか。

結構ショックだ。

「あはは。何はともあれ半場が元気そうで嬉しいよ。」

真奈美はこんなときでもしっかりものだ。

こんなやり取りも帰ってきたと実感させられる。

「オオオオ!何故貴様がそこにいる、Innocent Vision!?」

空気を震わせる雄叫びをあげるファブレに振り返ると隠す気が無くなった朱色の左目を向けた。

もともとInnocent Visionを使うときに手を当てていたのは集中する意味合いの他に気味悪がられないようにするためだった。

だけど僕はInnocent Visionを、自分の過去を受け入れた。

だからもう"化け物"と謗られようと隠すつもりはない。

「馬鹿な!私のアズライトをどうやって!?」

「知らないよ。ただ、Innocent Visionも長く住んでいた方に愛着が沸いたんじゃないかな?」

「戯れ言を!」

ファブレが顔を歪めながら触手を繰り出してきた。

Innocent Visionが返ってきてもソルシエールは無いらしく相変わらず僕は戦う力を持たない。

「陸君、危ない!」

声はしっかりと聞こえているし迫る触手もしっかりと見えている。

ちゃんと見えている。


触手は僕に当たらない。


ズンッ

地面を叩きつけるような音がして僕の後ろを触手が叩いた。

1歩だけ前に出た僕はかすり傷一つなく立っている。

「瞬間移動?」

「いや、動き自体は普通だった。」

「だけど踏み込むタイミングがドンピシャでしたよ。あり得ないくらい。」

後ろから皆の考察が耳に届く。

さすがに目がいいというかなんというか。

「1回避けたくらいでいい気にならないことね!」

先を尖らせた槍のような触手が今度は10本以上配置された。

それが時間差で打ち出される。

尖った丸太のような攻撃は思いの外速く、戦略的にずらされた杭はもはや安全地帯など存在しない。

「りくっ!」

「逃げろ!」

八重花のドルーズと由良さんの音震波が放たれるが杭を壊せるほどではない。

それらの攻撃は1本ずつ杭を揺らしただけで攻撃は僕に殺到した。

「手こずらせてくれたわね。でもこれで…」

「終わり、じゃないみたいだね。」

「!?」

ゆっくりと杭が退いていく。

僕は八重花と由良さんによって弾かれた杭同士がぶつかり合うことで生まれた空隙に偶然入り込んで助かった。

「ふう、間一髪。ありがとう、八重花、由良さん。」

体スレスレを巨大な物体が通過するのはものすごいスリルで僕は冷や汗を拭った。

「…。」

「…。」

背後から唖然としている視線を感じる。

僕だって驚いているのだからそれも仕方がない。

そしてそれは僕の前にいる神々しくもある化け物にしても同じだったようだ。

「…Innocent Vision、いったい何をした?」

その声は低く重く、ファブレの苛立ちや怒りに反応した触手が僕に狙いを定めていた。

冗談でも言おうものならすぐにでも殺されてしまうだろう。

僕は肩をすくめて答える。

「怖くて逃げようとしてたまたま踏み出した先が偶然安全だっただけですよ。」

触手が問答無用で襲ってきたが

「陸、あぶない。」

「やらせないよ!」

明夜と真奈美が斬り落としてくれて事なきを得た。

さらに由良さんと八重花も僕の所まで駆け寄ってきて

「えと…」

「江戸川先輩。」

最後に戸惑う蘭さんを叶さんが背中を押すようにして歩いてきた。

「りっくん、ランね、ラン…」

蘭さんは凄く言いづらそうに何度も口を開きかけてはつぐんでを繰り返す。

叶さんに目を向けると苦笑を浮かべていた。

その構図はいたずらをしてしまった女の子が母親に付き添われて謝罪しようとしているみたいだ。

僕は何も言わず蘭さんの頭をポンと撫でた。

「ただいま。」

「あ…うんっ!」

蘭さんは嬉しそうに頷いて僕を守るように前に出る。

それを見送った僕は叶さんと笑い合ってファブレに目を向けた。

「偶然などあるはずがない。そしていかに未来視で先を見たとしても避けられるわけがないわ。」

「それならきっと、初めから当たらない運命だったんですよ。」

僕は少しふらつきながら不敵に見えるように笑う。

ファブレのいる位置は見上げないといけない。

そのせいで立ち眩みみたいに意識が飛びかけた。

「陸君、大丈夫?」

叶さんが僕の体を支えてくれた。

「!?」

そして少しだけ強く腕を掴まれる。

「陸君の体、冷たい…」

「んー、さっきまで寝てたからじゃないかな?」

人間は眠っているときには代謝機能が低下したり体温を下げたりする。

ましてや死神さんに会ったくらいの臨死体験をしたのだから体が冷たくなって当然だ。

「ありがとう、もう大丈夫だよ。」

僕は優しく叶さんの指をほどいてファブレを見上げる。

「だが、どんな未来を見ようと私を止めることはできない!」

ファブレの体から力が溢れ出す。

アズライトの魔石を失ったというのにまだこれほどの力を秘めていたのか。

だけど僕は怖いとは思わなかった。

「まあ、僕の力だけならそうかもしれない。でも僕は1人じゃない。僕には仲間がいるんだ。」

ソルシエールが縁で出会った明夜、由良さん、蘭さん。

僕が巻き込んで、今は自分の意思で僕についてきてくれた真奈美、八重花、叶さん。

そしてもう1人の僕とも言うべきアズライト、Innocent Vision。

僕は無力でもこれほどの力が集結して叶えられない未来があるわけがない。

「僕たち"Innocent Vision"の力で未来を勝ち取る。」

「ほざくな、人間風情が!その血肉ごと取り込んで私は完全な個として世界に降臨する!」

"化け物"と"化け物たち"の最後の戦いが白色の光と轟音を合図に始まった。



僕と叶さんは戦闘開始と同時にファブレから距離を取り、明夜、由良さん、蘭さん、真奈美、八重花が飛び込んでいく。

「だがさっきは手も足も出なかったぞ。どうするんだ、陸?」

走りながら振り返らずに由良さんが尋ねてくる。

確かに無限とも言える数の力強い触手が襲ってきてはひとたまりもない。

だけど穴がないわけじゃない。

「僕が指示するよ。」

「了解。それだけ聞ければ十分だ。」

由良さんは音震波を放つ。

ぶつかった触手は大きく揺らぎ、反動をつけて地面を叩く。

由良さんが横に跳んだとき、すでに別の触手が振り被られていた。

「真奈美、手甲を足場にして。」

「由良先輩!」

すでに飛び上がっていた真奈美が左腕の手甲を由良さんの足につけた。

体勢は悪くても足場さえあれば由良さんなら跳べる。

由良さんの蹴りの反動で真奈美も触手を避け、そのままオーバーヘッドシュートのように縦回転に変化しながら近くの触手を切り裂いた。

「おおお!」

ファブレが叫ぶ。

真奈美のスピネルに斬られた触手はすぐには再生せずブスブスと焼け爛れていた。

これが"Innocent Vision"とヴァルキリーの違い。

セイントの力は魔女の力に対する大きなアドバンテージとなり全滅を防いだのだ。

その隙をついて2つの二刀が走る。

「合わせなさい、明夜。」

「了解。合体攻撃。」

明夜はぐんと速度をあげる。

八重花は手を左右に大きく広げると手から赤と青の炎を噴き出させた。

「もっと、もっと燃えなさい!ジオード、ドルーズ!」

三尺程度だった炎の太刀はぐんぐん伸びていく。

明夜が反対側に回ったとき、八重花は赤いドルーズを大きく振り上げた。

天を貫くように赤い火柱が立つ。

「我が熱き心!アーデントレッド!」

情熱の赤き炎が触手を根本から断絶する。

だがスピネルとは違い焼ききれた触手はすぐに再生を始めようと蠢き出す。

「冷静なる心、貫け。シーリーンブルー!」

その再生を始めた傷口にピンポイントで青き炎が突き立った。

ただの物質なら取り込めたのだろうが貫いているのは実体を持たないドルーズの刃。

再生する傷口はすぐにまた焼き抉られ、また再生しようとしては傷口に焼けた杭を押し込まれる。

「グウウ!」

いつもならほぼ自動的に回復する触手だがいつまでも治らないため体がその一点に治癒の力を回そうとする。

ドルーズの力が押し返される。

完全に再生を果たそうという触手を見て笑みで口の端を歪めたファブレは、それ以上の笑みを浮かべる八重花を見た。

「其は刃の化身にして女神の現身(うつしみ)。」

その声はファブレの背後から。

首を巡らせて振り返ったファブレはそこに無数の刃で装飾した美しい鎧を纏う明夜の姿を見た。

「我こそは刃。全てを断ち切る剣。」

明夜は駆け出した。

鎧を纏っている分いつもよりもスピードは遅い。

「邪魔よ!」

ファブレの丸太のような触手が真横に振るわれる。

「明夜、そのまま!」

僕の声が届いたのか明夜は立ち止まることもなく走る。

暴風を生み出す触手が明夜を捉え、自らの勢いを利用してスパンと切れた。

「これは鎧じゃなくて剣。私を剣とするスペリオルグラマリー・ガブリエル。」

明夜は両手を交差させる。

左手は明夜の刃、右手は鎧につくアフロディーテの刃。

触手の根本に飛び込んだ明夜は両手を大きく広げるように刃を振り抜き、横一線上すべての物体を断絶させた。

「グアア!さ、再生が…」

八重花によって再生能力を奪われた触手は新たに発生した傷口に対応できずに止まっていた。

「貴様ら!」

ファブレは八重花にアダマスを向けた。

だけどそれは分かっていた。

「蘭さん、叶さん。2人の力で八重花を守って!」

ファブレが撃つよりも前に2人は動いていた。

炎を穿ち続ける八重花の前に飛び出す。

ファブレがブリリアントを放った。

蘭さんのアイギスでも防ぎきれない究極の一撃が3人に迫る。

「叶ちゃん、力を貸して!」

「はい!」

蘭さんは左手を前に出し、右手を叶さんと繋いだ。

「アイギスが負けちゃうのはこの力が魔女と同じだから。でも、アイギスは神の盾。叶ちゃんがいればこの名前は本物になる!」

「オリビン、みんなを守る力を私に貸して。」

叶さんの右手に握られたオリビンが2人を包み込む。

ブリリアントは目前まで迫り

「アイギス!」

蘭さんの叫びが光に飲み込まれたかに見えた次の瞬間

オブシディアンを起点に巨大な鏡の盾が出現した。

かつてゴルゴンの魔眼を跳ね返したとされる名を受け継いだ盾は揺らぐことなくブリリアントを受け止め、さらには弾き返した。

「なっ!?ぐう!」

ファブレは咄嗟に上体を捻って戻ってきたブリリアントを回避した。

「や、やった。」

「はあ、はあ。」

アイギスの消失と同時に八重花も力尽きて膝を折った。

だが徹底的に傷口を抉られた触手は再生しない。

「由良さん!」

「分かってる!行け、玻璃!」

力を溜めに溜めて震える玻璃が再生しない傷口に突き刺さった。

「避けろよ、皆!」

由良さんが握った拳を地面に叩きつけた。

「超音激震! 」

「アアアアアアアアアアア!」

ファブレの悲鳴も飲み込んだ玻璃と言う名の爆弾はファブレの内部で炸裂し、プラズマを撒き散らして爆発した。


「うっ。」

僕はふらつきながら爆心地を見る。

そこに皆が駆け寄ってきた。

近づいてくるなり由良さんは僕の頭を叩いた。

「まったく、"Innocent Vision"はやっぱお前がいないとな。」

そのまま嬉しそうに僕の頭を抱えた。

む、胸が。

それを見る女性陣は自分と由良さんを見比べてため息をついていた。

和やかだが緩んでもいられない。

「まだ終わってないよ。」

「…ちっ。」

由良さんが離れ、皆の表情も険しくなる。


「ゴアアアアアアア!」


煙の中から飛び出してきたのはもはやファブレですらない本物の怪物だった。


「止めるよ、そのために僕はここにいるんだから。」


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