表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Innocent Vision  作者: MCFL
18/189

第18話 目指すべき理想

僕の顔は間違いなく険しくなったろう、花鳳はクスリと笑った。

「インヴィと呼ばせて戴いて構いませんか?」

「…どうぞ。」

もはや下手な小細工や口先だけのやり取りが通用する相手じゃないと分かり、肯定して話を進めることにした。

花鳳は満足そうに頷いてコーヒーを一口飲んだ。

「単刀直入に申し上げましょう。わたくしたちヴァルキリーにあなたの力を貸していただきたいのです。そのInnocent Visionの力を。」

それは予想されていた言葉。

そしてそれに対する言葉も僕の中にはある。

「2度も命を狙ってきた人たちに協力しろと言われても、後ろから刺されては敵わないですよ。」

花鳳も予想していたのだろう、驚いた様子もなく頷いていた。

「それはごもっともです。わたくしがあれは2人の独断でしたと申してもあなたは納得できないでしょう。ですが是が非でもあなたには協力していただきたいのです。わたくしたちの掲げる理想を実現させるために。」

わずかに興奮を見せて花鳳は胸を張った。

ヴァルキリーの掲げる理想、それは大いに興味があった。

「その理想とは?」

「世界征服です。」

「…。」

お嬢様はやはりスケールが違いすぎて凡人の僕には理解できなかった。

でも花鳳がいうと子供の無邪気な夢が途端に現実味を帯びてくるから怖い。

「お嬢様、結論だけを述べますと半場様が理解に苦しまれてしまいます。」

海原の冷静で的確な指摘に花鳳は得心したように頷いた。

(海原葵衣、ナイスツッコミ。)

心の中で賞賛を送る。

なんか頷かれた。

「世界征服と言いましても武力による世界統一ではありません。わたくしたちが目指すのは世界の恒久平和、それを実現するための意識の変革です。」

恒久平和なんて世界征服より難しい人類の命題だが少しは分かりやすくなったのは確かだ。

「それはまた大胆というか大それたというか、本当に実現できますか?」

「ふふふ。なかなか手厳しいご意見ですね。ですがそれもごもっともです。人の歴史上目指した者は数知れないものの誰一人として成し遂げられなかった理想ですもの。」

花鳳は一見穏やかに見えるが興奮しているようで、誰かに聞いてもらいたいようだった。

こちらとしてもヴァルキリーの理念を知る機会なので口を挟まず耳を傾ける。

「人はなぜ争うのでしょう?それは他者との違いがあるからです。能力の差、貧富の差、容姿の差、ほんのわずかな違いでさえ劣等感を抱かせるものです。ならば答えは簡単で、それらすべての差を埋めることが出来れば人々は争う理由を無くし、平和な世へと向かうでしょう。」

熱の入った弁だったが正直に言ってしまえば花鳳を過大評価していた。

簡単で大切なことを花鳳は見落としている。

「でも、それは机上の空論です。貧富の差を埋めるにはお金をあげなければならないし容姿の差は整形すればどうにかなるとしても能力の差は生まれます。そして優れていた人は劣っていた人に追い付かれれば嫉妬し、それがまた争いの火種となるはずです。どこまで行っても争いは耐えませんよ。」

真っ向から否定してからハッと気付いた。

(言いすぎた!?)

3人は俯いていて表情が見えない。

それが恐怖心を煽って僕の背中を嫌な汗が伝っていく。

Innocent Visionを見なくても

「わたくしたちの意向に添えないならば必要ありません。死になさい。」

とか言われる未来が見える気がする。

僕はなんとか殺されないように弁解しようとして

「…ふふ。さすがインヴィ、美保さんと良子さんが認めるほどの方ですね。」

誰一人として怒っていないことに気が付いた。

むしろ花鳳や下沢は笑っていた。

「ええと…」

「無論わたくしたちもわかっています。不躾でしたがインヴィの実力を試させていただきました。想像した通り賢い方ですね。」

つまりあそこでご機嫌取りであれ本気であれ賛同していたら死亡フラグだったらしい。

だけどまだ気は抜けない。

「ですがもしもその嫉妬や憎しみの感情を発散することができるとしたらいかがですか?」

確かにそれが可能なら諍いは起こらない。

(負の感情…発散…手段…!)

明夜から聞いた話と合わせるとその手段とは

(ソルシエール。)

朱い瞳と不思議な剣は人間の持つ負の感情を糧に顕現するという。

だがその行き着く先、発散させる方法は

(対象の殺害。)

「…人の心をどうにかできる方法なんて本当にあるんですか?」

心の中で進む考えを表に出さず無知な自分として話を聞き出す。

「難しくはありますが不可能ではありません。」

殺害がソルシエールに注がれた感情の果てならば神峰や等々力、下沢の行動のすべてに合点が行く。

前者はヴァルキリーの敵を恨む心、後者はバレー部へのパワハラに対する怒り、それらが本人の持つ本質と混ざり合って実行されるのだとしたら…

(世界は大変なことになる。)

「それは催眠術ですか?それとも新興宗教ですか?」

花鳳は少しだけ言葉を探すように押し黙った。

「そこまでの情報は部外者にはお教えできませんね。」

「それなら、僕に何をさせたいんですか?」

それこそが本題であり僕にも予想しづらい部分、ヴァルキリーは未来を見て何を成したいのか?

「Innocent Visionで未来の年表を作り上げていただきたいのです。」

花鳳はまた壮大なことを言い出した。

未来年表なんて、予言者でも気取って教祖にでもなるつもりだろうか。

「わたくしたちは、神様の作り出した運命という道筋をすべて打ち壊したいのです。」

「!」

花鳳は揺らがない真っ直ぐな瞳で宣言した。

僕にはそれが定められた未来に抗おうとする強い意思に見て取れた。

(花鳳も、ヴァルキリーも、僕と同じで未来に抗おうとしているのか。)

すべてを話し終えたらしい花鳳は僕が整理する時間を与えるようにコーヒーを飲んだ。

改めてみると制服を着ているのでどうにか体面が保たれているものの花鳳たちお嬢様に対して僕は不釣り合いで場違いだと思う。

「花鳳先輩。」

「お返事を聞いてもよろしいですか?」

もう質問は終わりらしい。

僕の声を遮るように花鳳先輩は返答を求めてきた。

今この場において僕に肯定の意を示す以外の選択肢はない。

神峰や等々力による襲撃がヴァルキリーの総意ではないことや彼女らの理念を知り、少なからず共感できる部分もあった。

(だけど僕は…)

引き延ばすのは限界で、抗う術を持たない僕には圧倒的な流れに逆らうことはできそうになかった。

「わたくしたち、ヴァルキリーに力をお貸しいただけますね、インヴィ?」

花鳳の浮かべた笑みは魔女のように見えた。


入ったときは落ち着いた深い色の店内だと思ったのに今はその暗い色が無言を重圧をかけてきているように感じた。

「さあ、わたくしの手を取ってともに世界を平和へと導きましょう。」

花鳳の手を取るということはヴァルキリーの理念に賛同するということ。

確かに世界の恒久平和や未来に抗う姿勢は共感できるところもあったがその手段が対象の殺害では平和とは相容れない。

それを問いただしても

「大事の前の瑣末事です。」

と片付けられてしまいそうだった。

だけどここでこの手を拒めば僕はヴァルキリーの敵となりこの場で排除されるだろう。

僕は今断崖絶壁で落ちそうになっているようなものだ。

花鳳から差し出された手を取らなければ死ぬし、手を取ったとしても“半場陸”は死ぬ。

ヴァルキリーに求められているのは“Innocent Vision”なのだから。

(僕1人の力ではどうすることもできない。)

僕はゆっくりと手をさし伸ばした。

花鳳がやさしい笑みを浮かべ、その手が重なる…


「マスター、コーヒーちょうだーい!」


そこに響いた元気な声に僕は手を引っ込め、全員が入り口に目を向けた。

そこには小柄な壱葉高校の生徒が立っていた。

「蘭さん!?」

「あれ、りっくんだ!どうしたのこんなところで?」

蘭さんは僕のところまで駆け寄ってきて初めて花鳳たちに気づいたようだった。

「…江戸川さん。」

「あれ?撫子ちゃんに葵衣ちゃん、それに悠莉ちゃんまで。りっくんモテ王国拡大中?」

「変な王国を作らないでください。」

蘭さんと話をしながらさりげなく花鳳たちから離れる。

「それがあなたの答えですか、インヴィ。」

「…。」

僕が答えずにいると花鳳はそれを肯定と受け取ったようで小さくため息をついた。

蘭さんの手前かそれともはじめから殺す気がなかったのか動く様子はない。

「なんだかコーヒーって気分じゃなくなったし、りっくん、行こっ!」

蘭さんに引かれる形で店から飛び出す。

店を出る直前

「ふふ、楽しいな。」

相変わらず同一人物とは思えないような冷たい笑みを浮かべた蘭さんに怖気を感じる僕だった。


店内は重たい沈黙に包まれていた。

江戸川蘭とインヴィが出て行った店内にはヴァルキリーの戦乙女3人とマスターになりすました撫子の手の者しかいない。

「よろしかったのですか、お嬢様?」

海原葵衣は自ら淹れた紅茶を撫子に差し出して尋ねた。

撫子は紅茶を一口飲んで深く息をつく。

「仕方がありません。インヴィがこちらに下らない可能性もあったのですから。」

だからこそ店を借り切って反抗できないように万全の体制を整えたのだ。

だというのに逃げられた。

江戸川蘭というイレギュラーの存在によって。

「これも運命なのでしょうか?」

撫子は自分達が抗おうとしている存在の大きさを知って身を震わせた。

「葵衣、皆さんに連絡を。インヴィが敵に回った以上こちらの作戦が気取られる可能性が出てきました。早急にことを進めます。」

葵衣は深くお辞儀をする。

「了解しました、お嬢様。」

撫子は不敵な笑みで紅茶を飲む。

「わたくしたちを敵に回したことを存分に後悔させてあげますわ。インヴィ。」


ちなみに

「それはそうと、ずっと黙っていらしたけれど悠莉さん大丈夫ですか?」

隣で俯いていた下沢悠莉の顔を覗き込むと

「ああ、インヴィの真剣な顔、追い詰められた顔、絶望して諦めかけた顔、そして助けが入って輝いた顔。どれもいじめ甲斐があって素敵です。はぁ。」

なんだか恋する乙女みたいな表情で身悶えていた。

撫子はこほんと咳払いをすると居住まいを正し

「葵衣、もういっぱい紅茶をいただけるかしら?」

…見なかったことにするのだった。


店から逃げ出せた僕だったが気付けば蘭さんはいなくなっていた。

店は学校からそれほど離れたところではなかったので歩いて帰ることができたが、それでも家に着いたときには日が暮れていた。

夕飯を断って部屋に戻りベッドに倒れ込む。

「僕はヴァルキリーには参加しない。」

自分の意思を口にするもののその手は震えていて僕がヴァルキリーを恐れていることを物語っていた。

(これで僕はヴァルキリーの敵になった。神峰や等々力みたいに僕の命を狙ってくるんだろうな。)

ソルシエールを持つ彼女たちに対して僕は何の力も持っていない。

あるのは気まぐれな夢、Innocent Visionだけだ。

「対策を、立てなきゃ…」

心は危機感を抱くものの体の要求する眠気には抗えず僕は制服のまま眠りに落ちたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ